第六話 嘘から出た真
サーシの降霊術の占いによると、エリシェヴァの作戦は失敗するとのことだった――これはもちろん嘘っぱちだ。
そもそも飛空艇グラティアに戻ってきてから、サーシに占いを頼む暇なんかなかった。
あくまでアレはハルシオンを納得させるための方便だ。
しかし、嘘を嘘のままにしておくことはできない。
ハルシオンがエリシェヴァと面会している間に、ちゃんとサーシに話を合わせるよう頼んでおかなければ、こんなその場しのぎの嘘はすぐに破綻してしまう。
そう思ってサーシの部屋に向かったのだが――
「あ、あの、艦長さん……!」
――それよりも先に、サーシの方が俺を探しにきた。
そして息を切らして肩を上下させながら、呼吸を整えるのもそこそこに、要領を得ない内容をまくし立てる。
「私、今回のお仕事、本当に大丈夫なのかって、凄く不安になって……占ってみたんです! そしたら、グラティアが襲われるって……!」
「……っ!? 落ち着いて、詳しく説明してくれ」
不謹慎かもしれないが、驚きに混ざって一抹の安堵感が湧き上がってくる。
嘘から出た真とはまさにこのことだ。
サーシはなかなか落ち着きを取り戻せないまま、何度も言葉に詰まりながら、降霊術の結果をゆっくり語り始めた。
「その……犯人が誰かとかまでは、分からなくって。だけど、悪い人達がシップレック・ベルトで待ち伏せて、エリシェヴァ様を狙ってるって……多分、計画を知ってた幽霊が、降霊術に応じてくれたんだと……思います」
「シップレック・ベルトか……絶対に通らなきゃいけない場所だな」
今までに何度も振り返ってきた基本的な設定だが、セレスティアル・ファンタジーの地理は夜空の星をモチーフにしている。
空域は星座で、浮遊島は恒星という対応を主軸とし、他のメジャーな天体なども散りばめられているわけだが、この中には『天の川』を元ネタにした場所もあった。
それこそがシップレック・ベルト。直訳するなら難破船帯域。
現実でいう気流や海流のように、世界規模の大気の流れや霊力の流れの影響で、飛空艇の残骸や浮遊島のなり損ないが集まりやすくなったエリア――宇宙が舞台のSFでよく出てくる、小惑星帯(アステロイドベルト)のイメージが一番近いだろうか。
プロローグの舞台となったケフェウス空域も、一部がシップレック・ベルトに引っかかっていて、そこに漂う残骸をかき集めたのが人工島ジャンクヤードの原型である。
「あそこは大艦隊が近寄りにくいから、内側にある島が防御に徹したら鉄壁だと聞くけど……空賊にとっては絶好の隠れ家でもあるんだよな……いや、空賊だけじゃなくて、悪事を企んでる邪竜勢力にとっても……か」
「艦長さん! その、差し出がましいかもしれませんけど……今からでも、依頼をキャンセルした方が……!」
「いや、それは駄目だ」
サーシが顔をこわばらせたまま目を見開く。
「ど、どうして! 危険なんですよ!?」
「危険だからって諦めるわけにはいかないだろ。アヤとエヴァンジェリンを最速最短で送り届けるためには、この依頼を達成するのが一番の近道なんだからな」
思わず本音が口を衝いて出る。
今のは『レイヴン』の台詞として違和感がなかっただろうか――一瞬そんな不安が脳裏を過ぎったが、サーシは疑問に思うどころか逆に目を丸くして納得しているようだった。
そんな発想はなかったという驚きが、表情だけでもひしひしと伝わってくる。
「……そっか……そうですよね……エヴァンジェリンはきっと諦めない……それなのに、私が足を引っ張るわけには……」
サーシは葛藤を拭い捨てるように首を強く振り、普段の気弱さからはとても考えられないくらいに力強い眼差しで、体が触れそうなほどの至近距離から俺の顔を見上げてきた。
「私も手伝います! 手伝わせてください! ここで逃げたら、絶対に後悔すると思うんです! 責任だけは取らなきゃいけないんです! だから、私も……!」
「力を貸してくれるっていうなら、本当にありがたいけど……」
「あ、ありがとうございます! まずは何をしましょうか!」
あまりの勢いの強さに、思わず気圧されそうになってしまう。
原作にも登場していた皆と違って、サーシについては価値観や行動パターンの事前知識が全くない。
この積極性の原動力は一体何なのだろう。
責任を取るというのはどういう意味なのだろう。
分からないことだらけだが、根掘り葉掘り聞き出すような時間はないのもまた事実。
今は素直に力を貸してもらうのが一番かもしれない。
「……そうだな。まずはハルシオンっていう騎士に、その予言のことを説明してあげてくれ。うまくいけば協力してもらえるかもしれないんだ」
結論から言うと、その後の展開はおおよそ俺の予想通りに進んだ。
ハルシオンはエリシェヴァの考えを変えることができず、かといってサーシの予言を無視して立ち去ることもできず、折衷案的な方針を取ることになった。
エリシェヴァの不興を買わないように距離を取って後をつけ、万が一の場合にはすぐさま救援できるように備えるというものだ。
俺にとっては最善の展開だ。
それなのに――何か大事なことを見落としている気がする。
決して致命的なことじゃない。
ほんの些細な見落としというか、小骨のようなちょっとした引っ掛かりだ。
ここまで切羽詰まった状況でなければ、冷静に頭を働かせてすぐに気付くことができたはずなのに、大きな問題が目の前にあるせいで注意を向ける余裕がないというべきか。
奇妙な収まりの悪さを感じるのは事実だ。
けれど、今は直近の障害をどうにかする方が先決だろう。
俺は自分にそう言い聞かせ、大急ぎで出港準備に取り掛かったのだった。
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