第五話 姫騎士ハルシオン
ハルシオンとレイヴン達が出会うのは、原作では第四章のこと。
アヤの親友を本気で自称して、プロローグで行方不明になったアヤの代わりを務めると宣言し、行き当たりばったりだったレイヴン達の旅路に指針を与える重要キャラクターだ。
しかし今は、時期的には原作第一章の中盤に相当する。
原作よりもハイペースに旅をする都合上、ハルシオンと出会うイベントは起こせないだろうと割り切っていたので、この状況には素直に驚かざるを得なかった。
「驚いたぞ、アヤ。まさかこんなところでお前の顔を見ることになるとは」
「それはこっちの台詞よ。当分は遠征で忙しいとか言ってなかったっけ? 巡回警備って意外と暇なの?」
「暇なものか。今だって仕事中だ」
二人が気の置けない会話を交わしているのを見るだけで、胸の奥からこみ上げるものを感じてしまう。
アヤとハルシオンは友人同士という設定だが、実際にアヤとハルシオンが直接絡む描写は、回想シーンを除くとほとんどなかった。
唯一の機会は第八章。
プロローグで殺されていたアヤが死霊術師の手で一時的に蘇り、ウルフラムの工作員として送り込まれながらも、命令に抗ってエヴァンジェリン達の再起を助けて消滅する――このシナリオの中で描写された交流が全てだ。
最初から自身の運命を悟っていたアヤ。
真相を知らずに再会を喜び、これからは共に旅ができると胸を躍らせるハルシオン。
第八章はエヴァンジェリンとアヤの別れがクローズアップされがちだが、ハルシオン絡みの描写も強く心を打つものばかりだった。
「私とお前の仲だ。単刀直入に言わせてもらうぞ。私の用件は、エリシェヴァ様にお会いすることだ」
俺とアヤは思わず顔を見合わせた。
エリシェヴァがここにいると知っている?
まさか作戦が漏れているのか?
「心配は要らない。偽の輸送依頼を囮とし、エリシェヴァ様と神器ケラウノスを護送する作戦だろう? それなら本人から聞かされている」
「は? どういうこと?」
「手短に説明しよう。お互いに忙しい身だろうからな」
――ライラ空域に持ち込まれた神器ケラウノスが、正体不明の何者かに狙われている。
隣接するヘラクレス空域に領地を持つハルシオンの実家も、早い段階でその情報を入手していた。
ハルシオンは天使教会所属の聖騎士ではなかったが、天使と神器の危機に見て見ぬ振りをするわけにもいかず、協力を申し出るためライラ空域に駆けつけた。
しかし、エリシェヴァは運び屋を使った作戦を準備していると答え、ハルシオンの協力の申し出を断ってしまったのだ。
「断ったぁ? 何考えてんのよ、アイツ。馬鹿じゃないの?」
「相変わらず怖いもの知らずだな。デウスクーラトだぞ? まぁ、私も断られるとは思っていた。デウスクーラト家は四大名門……もとい三大名門の一角。一般の騎士の力を借りるのは、名門の権威に傷が付くと考えたんだろう」
ハルシオンは諦観した顔で首を横に振った。
「私は父上の指示を受け、独自の判断で空域周辺の巡回警備を行いながら、エリシェヴァ様に進言を繰り返した。今からでも考え直すようにとね。それも尽く無駄骨に終わり、いよいよ出港するつもりだと聞いたので、最後のご注進をと思ってみれば……」
「乗り込んだのはこの船だったと。偶然ってたまに怖いわね。私はとりあえず納得できたけど……レイヴンは? どう? 信じられそう?」
「大丈夫、納得したよ」
おそらく原作では、説得に失敗してこの空域から撤収している最中にレイヴン達と出会い、アヤの不在を知ってクルーになったという流れだったのだろう。
こう表現すると不謹慎かもしれないが、原作で説明されなかった部分が明らかになっていくのは、正直かなり心躍る展開ではある。
「ええと……ところで、ハルシオン卿」
「卿は不要だ。アヤの友人なら畏まらなくてもいい。普段通りに接してくれ」
「……それじゃあ、ハルシオン。もし今回も駄目だったら、そのときはどうするんだ? 万が一に備えて、こっそりついて来たりするのか?」
「できればそうしたいところだが。エリシェヴァ様に気付かれた場合のことを考えると、実際に後をつけるのは難しいな。これ以上の不興を買うのはさすがにハイリスクだ」
「あー、やっぱりそうだよな」
ここまでは最初から分かりきっていた返答だ。
けれど、このまま別れてしまうのはあまりにも惜しい。
もしもハルシオンが一緒に来てくれたら、神器強奪を未然に防げる確率はぐんと上がるに違いない。
(ハルシオンは『ウルフラムに負けなかった』キャラクターなんだ。確かに最初は諦めてたけど、チャンスがあるなら何が何でも……!)
原作で無敵を誇った不死身のウルフラムも、さすがに百戦百勝というわけではない。
というかそうでなければ、レイヴン達の冒険は途中で終わっている。
俺がプロローグの展開を捻じ曲げたときのように、ウルフラムを完全に倒すことはできなくても、その場を切り抜けたり一時的に退けたりすることは不可能ではなかった。
原作のハルシオンは、それを一対一の戦いで成し遂げた唯一の登場人物なのだ。
もっとも、ハルシオンがウルフラム並に強いのかというと、そうではない。
設定上はアヤと互角くらいで、ネームドキャラクターの中でも上位に入ってはいるものの、さすがにウルフラムと比べたら分が悪い。
しかもハルシオンは風属性。
火と竜の二重属性であるウルフラムからしてみれば、理論上最大のダメージ補正が入るタイプ相性であり、原作のダメージ計算式だと通常攻撃一発でHPを全て持っていかれるほどに不利な関係なのだ。
(あのイベントは本当に凄かったな……シナリオライターの本気を見たっていうか。一発でも食らったら終わりっていう状況で、ドラゴンに乗ったウルフラムを相手に回して、空中浮遊の精霊術でドックファイトだ。映像化されたら名シーン間違い無しの……)
そんなことを考えている間にも、アヤとハルシオンは二言三言と言葉を交わし、そろそろ会話を切り上げようかという雰囲気になってしまっていた。
「じゃ、頑張んなさい。あのお嬢様が素直に言う事聞くとは思えないけど」
「筋を通しておくだけさ。諦めずに最後まで説得したという事実が大事なんだ」
「領主の娘ってのも大変ね。私は身軽で良かったわ」
「お前は逆に怖いもの知らず過ぎるだろう。さて、そろそろ……」
ハルシオンがエリシェヴァのところへ行こうと踵を返す。
まずい。ハルシオンの協力を取り付けようと思ったら、これが最後のチャンスかもしれない。
「ちょ……ちょっと待った!」
焦りを抑えきれず、見切り発車で思わず声を掛けてしまう。
ハルシオンはちゃんと立ち止まってくれたが、呼び止めてしまったからにはもう後には引けない。
エリシェヴァとの話が終わるのを待つべきだったかもしれない、という一抹の後悔を胸の奥に押し込めて、アドリブ同然に説得の言葉を絞り出す。
「……まだ不確定なことが多すぎるから、エリシェヴァ……様には伝えてないけど……多分、この作戦は失敗すると思うんだ」
「何だって?」
「ちょ、どういうこと!?」
ハルシオンだけでなくアヤも驚きの声を上げる。
「うちの船には占いが得意な子が乗ってるんだ。その子に頼んで、今回の仕事が上手くいくかを占ってもらったんだけど……作戦は失敗、神器が奪われるという結果が出たんだ」
「アヤ、その占い師は信頼できる人物なのか?」
「まぁ……少なくとも腕は確かだと思うけど」
アヤとハルシオンは、わざわざお互いに視線を交える必要すらなく、流れるように言葉を交わしあっている。
「なるほど。お前がそう言うなら信じてもよさそうだ」
「でも精霊信仰の島の出身らしいから、天使が信じるかっていうと疑問だけどね」
「確かに。却って態度を頑なにさせかねない。お伝えしなかったのは正解だな。ふむ……」
口を閉じて考え込んだのは、ほんの一瞬。
ハルシオンは即決即断で結論を出した。
「あまり時間の余裕がない。ひとまずこの件は伏せたうえで、エリシェヴァ様に考えを改めるよう促してみよう。それでも駄目なら、そのときは占いの詳細を教えてもらえないか。今後の作戦内容の参考にさせてもらいたい」
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