第四話 原作を越えた旅立ちに向けて
「艦長としても、グラティアを強化したいとは思っているんです。エーテリウムさえ手に入ればすぐにでも。ですが、やはり難しいですね。天使様のようにはいきません」
「当然ですわ。現存するエーテリウムのほぼ全ては、教会と聖域の管理下にあるのですから。民間に流通しているとしても、せいぜい粉末程度の量でしょう」
表向きはそっけない態度を装っているが、明らかにエリシェヴァはこの話題に興味を惹かれている。
それこそ当然だ。
あのエリシェヴァが、グラティアの高速飛行形態を見たがらないはずがない。
(現状、自力でエーテリウムを手に入れるのは不可能……でもエリシェヴァなら話は別だ。囮のためのレプリカ全てにエーテリウムのコーティングができるんだからな。名門デウスクーラト家の名は伊達じゃないってわけだ)
恐らく、エリシェヴァは悩んでいる。
グラティアにエーテリウムを提供して、本物の高速飛行形態を見たいという衝動。
個人的な楽しみのためにエーテリウムを使っていいのかという理性。
この二つが頭の中でせめぎ合っているのだろう。
それなら、自分を納得させられる大義名分を作ってやればいい。
「もしも高速飛行形態が使えるようになれば、今回の作戦の成功率も跳ね上がると思うんですけどね。空の彼方の天界にまで飛んでいける速度なんですから、万が一のことがあっても敵を振り切って逃げればいい」
「た、確かにその通りですわね。当家が所蔵するエーテリウムを提供し、作戦遂行を確実なものとする……大変に魅力的ですわ! ……ああ、いえ! 魅力的というのは作戦遂行能力のことでしてよ?」
手応えあり。けれどエリシェヴァも、まだ最低限の冷静さを保っている。
「ですが、今からエーテリウムの補給を要請したとして、届くまでに何日掛かることか。近頃は空賊のせいで遅延が酷いと聞きます。出発が遅れては元も子もありませんわ」
レプリカを造ったときの余りを融通してもらうのは困難か。
それならもう一歩、思い切って踏み込んでみるとしよう。
「残念です。ところで、これはグラティア本人から聞いた話なんですが、機能解放の『鍵』にはマスターキーとでも呼ぶべきものが存在するとか。どんな代物かは存じませんが、美術館に収蔵されていたりはしませんよね」
自然なやり取りだと思われるように、冗談っぽく笑ってみせる。
マスターキーの正体を知らないというのは、もちろん大嘘だ。
一体どんな代物なのかも、エリシェヴァが間違いなく所有していることも、原作知識で既に把握している。
後はエリシェヴァがその気になってくれるかどうか。
この世界で最も貴重な宝物を、グラティアに使わせてくれるかどうかが全てだ。
「……ええ! そうです、思い出しましたわ! 補給を待つ必要などありません! 確かグレイル級は『あれ』をマスターキーとして使えたはず……!」
エリシェヴァが目を輝かせて腰を浮かせる。
だがその矢先、聖騎士ローエングリンが冷静な声で横槍を入れてきた。
「お嬢様」
「ひゃっ!?」
ローエングリンは天使エリシェヴァを護衛する立場だが、唯々諾々とエリシェヴァに服従するわけではなく、駄目なことは駄目だと教えるお目付け役の仕事も担っている。
原作でもエリシェヴァの無茶に対して、ローエングリンが圧を掛けて諌めるというのが、ある種の様式美のようになっていた。
「い、言われなくても分かっています。あれは私利私欲で使っていいものではありません。ですが私利私欲でなければ……例えば、グレイル級を強化しなければ作戦が失敗してしまう……そういう場合でしたら、致し方ありません……よね?」
「……よほどの緊急事態でしたら、御父上も御納得なさるでしょうね。そのときは私からも御父上に報告いたします」
「言質! 言質取りましたわ! 撤回は許しませんから!」
エリシェヴァとローエングリンの話が纏まったのを見届けて、内心で胸を撫で下ろす。
緊急事態が発生した場合には――間違いなく発生するのだが――マスターキーの使用許可を下してもらう。
今はそれで充分だ。欲張りすぎてもロクなことになりはしない。
(想定外のことばかりだけど、俺がやるべきことは何も変わっちゃいない。アヤを死なせないために、やれることを片っ端からやってみるだけだ。きっとそれこそが、俺がここにいる理由なんだからな)
◆ ◆ ◆
ひとまずエリシェヴァとの会合も無事に終わり、俺達は港に停泊したグラティアのところへ引き返した。
出発したときは五人だけだったが、エリシェヴァにローエングリン、そしてエリシェヴァの身の回りの世話をするという従者も加わって、十人以上のグループになってしまっていた。
「す……素晴らしいですわ! これがグレイル級の内部……大教会の再現図が子供の落書きに思えてしまいます!」
グラティアに乗り込むなり、エリシェヴァは変装のために着込んでいたローブを脱ぎ捨て、目を輝かせながら艦内廊下を歩いていった。
そこに二人ほどのブラウニーが駆け寄ってきて、小さな体で敬礼のような仕草をする。
「歓迎です! 艦内の案内はお任せください!」
「じ、人工精霊……! 何と可愛らし……こほん! とても興味深いですわね。学術的な好奇心として。それではローエングリン、さっそく参りましょうか」
「はい、お嬢様」
興奮を抑えきれない様子のエリシェヴァの後ろを、ローエングリンが歩幅を合わせながらついていく。
しかし彼らを先導したブラウニーは一人だけ。
もう一人はそれを見送ってから、俺とアヤの方に振り返った。
「報告です! 騎士らしき人物が本艦に接触、艦長との面会を求めています!」
「騎士? デウスクーラトの私兵か?」
「詳細は不明です。だけど状況からすると、艦長達の後を追ってきたんだと思います」
「……どうする、アヤ」
一応話を振ってはみたが、あっさり肩を竦められてしまう。
「会ってみるしかないでしょ。まずは様子見ね」
「だよな。天使様達のことは任せていいか?」
「お任せあれ! 天竜戦争時代のプロトコールはバッチリ記録されてますので!」
二重の意味で一抹の不安を覚えつつ、エリシェヴァ達の案内をグラティアとブラウニーズに任せて、俺はアヤを連れて艦の外に取って返した。
俺達をつけて来た謎の人物は一体どこの誰なのか。
危険人物や不審人物だったり、神器強奪事件に関わる輩だったりしないだろうか。
そんな不安の数々は、本人を前にした瞬間に消し飛んでしまった。
「アヤ! 久し振りだな!」
「ハルシオン!?」
翡翠色の長い髪を蓄えた女騎士が、凛々しい笑顔で俺達を出迎える。
姫騎士ハルシオン。
この島で出会うことはないと思っていた人物が、当然のような顔をしてそこにいた。
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