第三話 神器強奪事件

 ――プロローグで最初の島を脱出し、第一章から第三章の旅を終えた原作のレイヴン達は、第四章でこのベガ島に到着して姫騎士ハルシオンを仲間に加え、続く第五章をハルシオンの一族が治める島で過ごす。


 そして第六章、レイヴン達はエリシェヴァが持ち込んだ厄介な大事件の解決に手を貸し、第七章でその黒幕だったウルフラムと対峙する。


 これまでに何度も頭の中で思い返した、対ウルフラムの強制敗北イベントまでのおおまかな流れ――俺は今、第六章の大事件こと『神器強奪事件』の発生直前に立ち会ってしまっているというわけだ。


(第六章の内容は神器奪還で、強奪事件が起きたのはそれより前……だけど、実際に『いつどこで事件が起きたのか』は描写されていなかった……くそっ! こんなに早く輸送を始めてたのか! さすがに想定外だ!)


 原作のデウスクーラト家は、事件発生からしばらくの間、神器を奪われた事実そのものを隠蔽していた。


 この大失態を世間に知られるわけにはいかないと考え、自分達だけで神器を取り戻そうとしたのだが、結局は失敗に終わって外部の協力を仰ぐことになる。


 想定外だったのは、この隠蔽期間が思っていたよりも長かったこと。


 原作プレイ中は『第六章の少し前くらいだろう』と想像していたのだが、実は第一章の裏で発生していた最初期の出来事だったのだ。


 何ていう皮肉だろう。


 ショートカットだと思って突き進んできた道が、実は避けて通りたかった断崖絶壁への最短経路だったなんて。


(考えろ……どうしたらいい? 今更依頼を断るのは無理だ。それなら仮に、原作通りに神器を奪われたとしたら? ……俺達やグラティアが無事だったとしても、奪還に協力せず先を急ぐってのは……まぁ不可能だろうな。むしろ責任を問われる心配をした方がいい……結局、強奪を未然に防ぐしかないってことか……!)


 どれだけ頭を捻っても、簡単な解決策は微塵も思い浮かばない。


 だが少なくとも、神器を奪われて捜索に付き合わされる展開だけはお断りだ。


 原作知識で事件を解決しようにも、分かっているのは『第六章の時点で犯人がどこにいるのか』だけなので、完全に原作シナリオの展開と合流することになってしまう。


 それだとアヤを守れない。

 エヴァンジェリンの父親の予言が成就してしまう。


「なるほどね。道理で喋りすぎてると思ったわ」


 今後のことで頭がいっぱいになってしまった俺の代わりに、アヤがすかさず他の重要な点を言葉にしてくれた。


「喋りすぎって?」


 エヴァンジェリンが小首を傾げて聞き返す。


「さっきの説明会。神器を狙う『敵』とやらは、間違いなく情報収集能力に長けているはずでしょう? それなのに、運び屋は囮だの本命はデウスクーラト家の船だの、余計なことをペラペラと。スパイの一人や二人は混ざってたっておかしくないでしょうに」

「あ……言われてみれば……」

「でも合点がいったわ。あの説明会は筒抜けになること前提だったんでしょう。あえて情報を掴ませて、雇われた運び屋の船に本物は乗っていないと思い込ませるためにね」


 いわば二段構えの偽装工作。


 ずいぶんと手の込んだ撹乱だが、しかしそれでも、この作戦は失敗に終わることになる。


 何かしらの不測の事態が起きるのか、相手の情報収集能力が想定以上だったのかは分からないが、このまま無策で挑むわけにはいかないだろう。


「その通りですわ、聖騎士アヤ。もちろん、民間船に偽装した護衛も随伴させますけれど」


 エリシェヴァはアヤの解説にちゃんと耳を傾けていたらしく、こちらの質問を待たずに補足を加えた。


「さて、他に質問はありますか?」


 今の確認は明らかに俺へ向けられたものだった。


 アヤは横目で『お前が対応しろ』と告げてきているし、サーシに至ってはさっきからずっと青ざめて小刻みに震えていて、意見を尋ねることもできそうにない。


 これから先のことを考えると頭が痛くてしょうがないが、こういうときに艦長らしく振る舞えないようなら、神器強奪をアドリブで切り抜けるなんて夢のまた夢だ。


「……そうですね、私達が選ばれた理由を伺っても? エヴァンジェリンが乗艦していることはご存じなかったようですし……」

「エヴァンジェリン・ルクスデイに関しては、教会側が情報を伏せていたのでしょう。ローエングリン辺りが考えそうなことですわ。今更撤回するつもりはありませんけれど」


 エリシェヴァは涼しい顔のローエングリンを横目で睨んだ。


「あなた方を選んだ理由は幾つかあります。ケフェウス王の推薦だったというのはもちろんのこと、空賊を難なく退けてこの島に来た実績も考慮しております。ですが、最大の理由はやはり飛空艇です」

「飛空艇……グラティアですか?」

「ええ! グレイル級巡航飛空艇! ネームシップの残骸だけが現存するとされてきた、名実共に幻の飛空艇! 空の彫刻とまで謳われた美しい造形、天使親政期の高度な技術の結晶! まさに夢のようです!」


 ソファーから腰を浮かせ、前のめりになりながら熱弁を振るうエリシェヴァ。


 その勢いと豹変ぶりに、アヤもエヴァンジェリンも目を丸くして圧倒されている。


 もちろん俺は原作通りの一面に感動すら覚えていたのだが、それに加えてもう一人、リネットも目を輝かせて身を乗り出した。


「わ……分かる! 分かりますよその気持ち! 多分これ歴史に残りますよ! あたしもずっと興奮しっぱなしで!」

「さすがはケストレル工房の跡取り娘、話が分かりますわね!」

「え、あたしのこともご存知なんです?」

「著名な工房については一通り網羅しておりますわ。上級精霊ドレッドノートが目を掛けている工房ともなれば尚更です。天龍戦争を戦い抜いた精霊将の生き残りともなれば、優れた技師を見抜く目も確かでしょう」


 実は、エリシェヴァは『機械好き』という隠れた趣味を持っている。


 メカニックのリネットが高度な技術や職人の腕前を好むのに対し、エリシェヴァは実用性と芸術性の両立や機能美を好むという違いはあるが、原作の二人も同好の士として仲良くなっていたのだ。


「ところで精霊といえば、グレイル級には人工精霊が宿っているそうですが。レイヴン艦長。グラティアにも人工精霊が?」

「ええ、もちろん。今は小さな端末しか出せませんけど」


 そう言うが早いか、妖精サイズのグラティアが俺の膝の上に出現した。


「お初にお目にかかります、エリシェヴァ・デウスクーラト。此度は重要な任務に本艦をお選びいただき、幸甚に存じます」

「こ、これがグレイル級の人工精霊……! 本物の精霊とまるで見分けが……いえ、気配は明らかに別物……ああ、本当に素晴らしいですわ!」


エリシェヴァが目を輝かせながら身を乗り出す。


「とりわけ高速飛行形態の美しさときたら! 主翼の展開機構は舞踏のように美しく! 流線型のシルエットは優美を極め! 天竜戦争時代における最高傑作といえますわね!」


 熱く語るエリシェヴァに、リネットが深く頷いて同意を示す。


「ですよね! 本当に凄いっていうか! できることなら現物も見てみたいんですけど、まだデータアーカイブと模型しか見たことがなくって」

「わたくしも似たようなものですわ。現存するグレイル級は、大破状態で保管された一番艦くらいのものでしたから」

「うへぇ! デウスクーラトの天使様でもそうなのか! やっぱり激レアなんだな、グラティア!」


 リネットとエリシェヴァはすっかりスイッチが入ってしまったようで、二人とも本題を忘れているんじゃないかと思えるくらいに盛り上がっている。


 その一方で、アヤとエヴァンジェリンは会話に混ざるきっかけを見つけられず、顔を見合わせたまま何も言えなくなっているようだった。


「天使様に披露できたらいいんですけどねぇ、グラティアの高速飛行形態。でも肝心の材料が調達できなくって」

「本艦自体の復元は完了しております。しかしながら、変形機能を開放し霊力を増幅させるための『鍵』が失われたままなのです」

「作り直すにはエーテリウムが必要不可欠。それもメチャクチャ大量に。ドレッドノートですら無理みたいですから、あたし達にはどうしようもないっていうか」


 きっと、リネット達は何の他意もなく、現状への些細な愚痴を溢しただけなのだろう。


 だが俺は見逃さなかった。


 リネットがエーテリウムという単語を口にした瞬間、エリシェヴァがピクリと体を反応させていたことを。


(……ちょっと待てよ? ひょっとしたら……解決策になるんじゃないか? うまくやれば、強奪事件を未然に防げるかも……!)


 そんな発想が頭の中を駆け巡る。


 俺は居ても立っても居られなくなり、後先を小賢しく考えることもなく、リネット達とエリシェヴァの会話に割って入ったのだった。

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