第五章 雷の神器と天使の館

第一話 神器輸送計画

 依頼主から指定された集合場所は、美術館の敷地の裏手に位置する庭園だった。


 よく整えられた生け垣に囲まれたその場所は、雇われた大勢の飛空艇乗りを全て収容してもなお余りある面積を誇っている。


「そろそろ依頼主の登場ね。まぁどうせ、デウスクーラトの従者あたりなんでしょうけど。一体どんな厄介事を持ち込んできたのやら」

「聖騎士が言っていいセリフか、それ」


 アヤは気後れすることなく堂々と振る舞っていたが、俺はさっきから周囲の視線が気になってしょうがなかった。


 今のエヴァンジェリンは、白い清楚な衣装に身を包んで、天使の翼を露わにしている。


 他の運び屋には天使の構成員なんかいないので、必然的に注目を集めてしまうし、俺達を依頼主だと勘違いして話しかけてきた奴も一人や二人ではない。


 しかも、天使に付き従っているのは聖騎士だという先入観があったのか、アヤだけでなく俺まで聖騎士だと勘違いする者すら出てくる始末。


 早く仕事の説明をしてもらって、さっさと引き上げてしまいたいところだ。


 そんなことを考えた矢先、裏庭に面した二階のバルコニーに、長身の人影とそれに付き従う数人の従者が姿を現した。


「本日は招集に応じていただき、誠にありがとうございます」


 最初に口を開いたのは、背の高い方の人影。

 明らかに聖騎士然とした佇まいで、黒い礼服に身を包んだ長身の青年だった。


「私はローエングリン。聖騎士の末席に名を連ねさせていただいております」

「何が末席よ。エリート街道まっしぐらなくせに」


 アヤの呟きは、壇上のローエングリンには遠くて届かない。


「誠に僭越ながら、正式な依頼主であるデウスクーラト家御令嬢、エリシェヴァ・デウスクーラト様の代理人として、皆様に依頼の詳細を説明させていただくことになりました。まずはこちらを御覧ください」


 ローエングリンが手振りで指示を出すと、すかさず従者達が前に進み出て、金属製の長方形の箱を恭しく差し出した。


 現実でいうジュラルミンケースのような外見だが、両腕を広げた幅くらいに大きく、見るからに厳重なロックが施されている。


 聖騎士ローエングリンの手でそれらのロックが解除されていき、箱の中身が明らかになった瞬間、庭園全体が驚きの声と困惑のどよめきに包み込まれた。


 雷霆槍ケラウノス。

 先程のレプリカとそっくりな代物が、深紅の内布で彩られた箱に収まっている。


「お、おい! レイヴン! あれエーテリウムじゃ……!」


 リネットが声を潜めて俺の服の裾を引っ張る。


 俺が返答に迷っていると、肩に乗ったミニチュアのグラティアが代わりに返事をした。


「解析完了。該当物はエーテリウムのコーティングを施された鉄製品です。しかし仮にエーテリウムのみで作成されていた場合、本艦の強化形態を起動させるに充分な量があったと思われます」

「そっか……いや別に、アレ鋳潰して使えたらな、とか思ってないからな?」


 今更な言い訳をするリネットの顔も、バルコニーのローエングリンにしてみれば群衆の一人の顔に過ぎず、いちいち注意を向けるほどのものではないようだ。


「あえて申し上げるまでもありませんが、これは外見だけの複製品です。皆様にはこれと同じものを運んでいただきたいと考えております。順序立てて説明いたしますと――」


 依頼主の天使エリシェヴァ・デウスクーラトは、神器ケラウノスの装飾部分を修繕するため、最高クラスの設備が存在する芸術都市ベガを訪れた。


 ところが、ベガ島に神器を運び込んだ事実が外部に漏洩したらしく、ライラ空域の周辺に大量の空賊がうろつくようになってしまったのだ。


 空賊の大部分は『貴重な宝を運ぶ飛空艇があるらしい』という程度の認識だが、そういった空賊達を隠れ蓑にして、神器を狙う何者かが潜んでいるのだという。


(つまり俺達を襲ったあの空賊も、噂を聞きつけて集まった連中だったってことか。本っ当にトラブルメーカーだな、あのお嬢様は!)


エリシェヴァは原作にも登場しているキャラクターで、イベントなどで登場する場合はだいたい事件の発端になっていた。


 もっともその半分くらいは、名門天使の娘という理由で事件に巻き込まれたケースなので、いつもエリシェヴァ自身に問題があったわけではないのだが。


「神器を狙う『敵』が空賊達に情報を与えた目的は、我々を撹乱するためであると考えられます。そこで我々は一計を案じました」


 ローエングリンのよく通る声が中庭に行き渡る。


「撹乱には撹乱を。本物のケラウノスをデウスクーラト家の飛空艇で運び出すタイミングに合わせ、大量のレプリカをそれぞれ異なる空域に送り届けていただきます。神器を狙う『敵』の目を欺くのです」


 理屈は納得できるが、事情を知らずに雇われた側としては、よくもまあ厄介事に巻き込んでくれたものだと思わずにはいられない。


(……ていうか! ケラウノスのレプリカ、原作でも出てたな! 今思えば! 神器はこんな形をしてますよっていう、本物を登場させるための前振りでしかなかったけど……多分あれもこのタイミングで運ばれた奴だったんだろうな……)


 雷霆槍ケラウノスは本物が劇的なシチュエーションで登場していたので、直前にワンシーンだけ出てきたレプリカの印象は、どうしても薄くならざるを得なかった。


 その『劇的なシチュエーション』というのは、実のところ――


「今回の依頼で重要な点は、レプリカを『届ける』ことではなく『運ぶ』ことそのものにあります。とはいえ、輸送に失敗した場合は依頼未達成として扱わせていただきますので、どうかご留意ください」


 作戦に使ったレプリカは後でちゃんと回収するということか。


 まぁ当然だろう。表面処理に使った程度とはいえ、貴重なエーテリウムを使い捨てにはしたくないに決まっている。


 聖騎士ローエングリンの説明が終わり、デウスクーラト家の従者の手によって、運び屋達に担当のレプリカが配られていく。


 俺も従者の女性から、一抱えもあるケースを手渡されたのだが――


(――あれ?)


 明らかにケースが軽すぎる。


 まるで中に何も入っていないかのようだ。


 困惑する俺に、従者の女性が他の同業者には聞こえないように囁きかける。


「応接間にお越しください。エリシェヴァ様があなた方とお話がしたいと仰っています」

「……天使の御令嬢が? 一体どうして……」

「あなた方は失われたはずのグレイル級を保有し、なおかつ……いえ、これ以上はお嬢様から直接お聞きください。私の口からは語れません」


 天使の令嬢の直々の呼び出しだ。

 どう考えても只事ではないが、断れる理由は見つからない。


(これは……やっぱり『アレ』かな……原作でケラウノスが出てきたイベント……『神器強奪事件』絡みとしか思えないけど……こんな予想、当たってほしくないんだがなぁ……)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る