第二話 芸術都市ベガ
丸一日以上の航海を終えて、飛空艇グラティアはようやくライラ空域へ辿り着いた。
寄港地は芸術都市ベガ。
大仰な異名で呼ばれるだけあって、港の様子もジャンクヤードとはまるで別物だ。
ジャンクヤードを訪れる船は運び屋の飛空艇がほとんどで、積載量を重視した飾り気のないものばかりだった。
しかし、ここの港には豪華な客船が何隻も停泊している。
港湾施設もジャンクヤードの工場じみた雰囲気とはまるで異なり、裕福な旅行者を迎えるに相応しい景観が整えられていた。
――だが一つだけ、ジャンクヤードと変わらない点があった。
「何というか……凄いことになってるな……」
停泊と上陸の手続きを通信で済ませ、船を降りるために甲板へ出たところで、他人事のような感想を漏らしてしまう。
数え切れないくらいの群衆が、接岸したグラティアの周辺を埋め尽くし、驚きと感激に満ちた表情で白い船体を見上げているのだ。
「あれはまさか、グレイル級!?」
「信じられん。見た目だけの模造品じゃないのか」
「本物だとしたら一大事よ! 誰かカメラ持ってきなさい!」
グラティアを前に大騒ぎなのはジャンクヤードと同じだが、そこはさすがの芸術都市。
大慌てでキャンバスやカメラを――現実なら明治時代くらいの代物だ――担いでくる芸術家が何人もいて、どんどん収集がつかなくなっていく。
「しょうがない。グラティア、港湾事務所に通信繋いでくれ。小型艇でも借りなきゃ降りられそうにない」
ウィンドウ越しにグラティアを呼び出して、人混み対策の指示を出す。
「それと……悪いな。見世物みたいになっちまって」
『お気になさらず。天使の乗船を前提に設計された船として、外観を評価されるのは喜ばしいことです。ただ、本艦は軍用飛空艇でもありますので、やはり武装済みの状態を評価して頂きたいところでしたが』
「……手続きが大変だから、武装はまた今度な」
グラティアを初めて見たプレイヤーは、まずはクールでミステリアスな印象を受ける。
しかし、グラティアの性格の根幹は『軍艦』だ。
典型的なミステリアス系ヒロインのように見せかけて、実際のところは軍人系キャラクターに近い。
原作でも事あるごとに武装がないことへの不満を漏らし、ストーリーが進んで武装を獲得したときには、早く実戦で使いたいと危ない台詞まで口走っていたくらいだ。
そうこうしているうちに、要請していた迎えの小型艇が到着したので、ようやく群衆を飛び越えてベガ島に上陸することができた。
捕らえた空賊を官憲に引き渡し、さっそくその市街地に足を踏み入れた俺達は、想像以上の街並みに揃って言葉を失った。
(……驚いた。まさかここまで凄いなんて……)
建物は一つ一つが芸術品のようで、石畳の道路はモザイク画さながらだ。
道端の街灯すら一級品の彫刻に思えてくる。
もちろん、芸術的なのは街の中だけではない。
グラティアを入港させるときに遠くから見えたのだが、郊外には広大な庭園が広がり、水と緑を巧みに織り交ぜた美景が作り上げられていた。
原作ゲームのプレイヤーである俺は、ベガ島を含めた世の各地の風景を、ゲーム画面の背景やイメージイラストという形で事前に知っている。
しかし最初に訪れた――『転生』した場所の――デラミン島でもそうだったが、実際の光景として目にしたときのインパクトは、言葉ではとても言い尽くせないものがあった。
「わわっ! オシャレな人がいっぱいです!」
「全員そうってわけでもなさそうですけどね。ほら、あっちの見るからに気難しそうな芸術家集団とか」
大通りの真ん中で、相変わらずキラキラと目を輝かせるエヴァンジェリン。
そのすぐ横のリネットは、人目を引く綺麗なものよりも、むしろそれらを生み出す過程で汚れた職人に関心を向けている。
「レイヴンさん。私、変に見られたりしません? 田舎者だーって思われたりとか……」
「いやぁ、あたしに比べりゃ全然綺麗ですって。職人や芸術家連中は服装とかあんまり気にしてないみたいですし?」
エヴァンジェリンの不安を笑い飛ばすリネットだったが、何故かエヴァンジェリンは頬を膨らませて不満げな視線を返した。
不満の原因はリアクションの中身ではない。
リネットもすぐそれに気付いたらしく、口調を崩して同じ内容を言い直した。
「……っと。大丈夫だって。オシャレなんかしてない奴も結構いるし、あたしもエヴァも浮いたりしないだろ。平気平気」
「うーん、リネットがそう言うなら、気にしないようにしよっかな」
望み通りに呼び捨てをされ、満足げにするエヴァンジェリン。
この二人も、ちゃんと原作通りに打ち解けあえているようで何よりだ。
「俺もそう思うぞ。色んな格好の人が集まってるみたいだし、ひょっとしたら外套脱いでも平気だったりしてな。追手がこの島にいないって保証があればだけど」
「じゃあ無理ってことじゃないですかぁ」
ブランドショップの大きなショーウィンドウの前では、見るからに特権階級の空気を漂わせた天使が、翼を隠すこともなく新作ドレスを品定めしている。
付近で周囲を警戒している集団は、きっと平服姿の聖騎士だろう。
大通りに沿って視線を動かしてみると、今度は二人組の音楽家が人混みに囲まれているのが視界に入る。
彼らはどこからどう見ても人間ではない。
四本腕タイプのリザードマンが常人の二倍の勢いでドラムを鳴らし、犬か狼の耳を生やした人間顔の獣人の女がギターを掻き鳴らしながら、反骨的な歌詞を激しいメロディーに乗せて力強い声で歌い上げている。
(あっ! どっかで見たことあると思ったら、あいつら原作キャラだ! 一章の時点だとこんなところにいたんだな!)
その近くでは、肉体に蔦と花が絡みついた少女が――いや、生まれつきそういう姿をした花の精霊が、契約相手と思しき人間の少女と一緒に、即席フラワーアレンジメントのパフォーマンスを披露している。
こちらは原作にはいない人物だったが、むしろああいう『日常の中の精霊』というのは、あまり原作では見られなかった要素かもしれない。
(……おっと、あっちの方でも何だか興味深い話の気配が……)
顔だけを動かして、少し離れたところにいるアヤの方を見やる。
そこにいるのはアヤだけでなく、せわしなく周囲を見渡すサーシの姿もあった。
「はうぁ……! 眩しすぎて死ぬ……空気そのものが致死毒……! さては根暗が存在を保てない空間なのでは……? アヤみたいな陽キャでなければ生きる価値なし……!」
「誰が陽キャよ。私だって、この手の島は肌に合わないっての。そういうセリフはエヴァとかリネットに言いなさいな」
うん、アヤはどちらかというと根暗寄りだと思う。
態度が攻撃的で刺々しいから分かりにくいが、基本的な思考回路は後ろ向きでネガティブ思考な傾向だ。
「そういえば……あっちこっちに像が立ってますけど、何だか鳥の像も多くないです? 天使の像は分かるんですけど。何で鳥……?」
「はぁ? 鳥の像が多いのは当たり前でしょ。だって鳥よ?」
「……はっ! もしかして天使教会の信仰的な! すみませんごめんなさい! 私、精霊信仰サイドな島の出身なので! 邪竜信仰嗜んでるとかじゃないので! 聖騎士のお仕事執行タイムはどうかご勘弁を!」
普段からは考えられないくらいに回りまくる舌で言い訳をしながら、サーシは青ざめて盛大に後ずさりをした。
しかし当のアヤは、果てしない呆れと脱力感が混ざった目をしていた。
「あんた、聖騎士にどんなイメージ持ってんの……まぁいいけど」
「田舎者で申し訳ないです……それで、どうして鳥なんです?」
「伝統的に、空を飛ぶ鳥は天使の使いってことになってるからね。ハーピーも特別扱いされてるから、教会の力が強いところほど多くなるわ」
最初のデラミン島にもハーピーは暮らしていたが、このベガ島では更に数が多く、どこに目を向けても最低一体は視界に収まるほどだ。
その半分は人間と変わらない洒落た服で着飾っていて、残る半分は聖職者のそれと同じ白装束に身を包んでいる。
ステージ衣装を思わせる格好のハーピーが、街頭に設けられた白い石材の足場に止まり、翼を振るって美しい歌声を響かせる姿は、芸術都市ならではの光景かもしれない。
「……あの、ということは、もしかして。天使教会がある島だと、鶏肉って食べられなかったりします?」
サーシが恐る恐るといった様子で問いかける。
「うちの島でも、天使様は特別な存在って扱いなんですけど、天使教会の価値観とかはよく知らなくって……」
「飛んでる鳥はタブーね。食べちゃいけないというか、食べる発想自体が信じられないっていうか。任務で精霊信仰の島に行ったことあるけど、スズメの丸焼きの屋台とか初めて見た日には、後で夢に出たわ……」
「つ……つまり鶏のササミがアウト! 動物のお肉とか、食べたら気持ち悪くなるタイプなので、美味しく頂ける貴重なお肉だったんですが……!」
「いや、飛んでない鳥は普通に食べるけど。教会的には『飛ばない鳥は天使が授けた有り難い食料』って扱いだし、ヒヨコの丸焼きとか名物のとこあるし」
「……わ、分からない! スズメが駄目でヒヨコが平気な感覚が分からない……! むしろヒヨコの方が可哀想に思えるんじゃ……!?」
何やらとてつもなく好奇心を刺激されるやり取りが交わされていて、思わず立ち聞きにも力が入ってしまう。
原作のセレファンは、スマートフォン向けゲームアプリという媒体の都合上、こういった文化面の掘り下げが豊富だったとは言い難かった。
それが目の前で、しかも本人達の言葉で語られているのだから、そちらに気を取られるのも仕方ないことだろう。
「あっ! レイヴンさん! あっちで記念撮影してくれるみたいですよ! せっかくですから撮ってもらいませんか?」
しかし、あまりに注意を向けすぎていたせいか、アヤから怪訝な目を向けられてしまう。
エヴァンジェリンが指差した先では、獣人の写真家が三脚に大きなカメラを置いて、芸術的な建築物を背景に観光客の写真を撮っていた。
「そうだな。時間の余裕はあるし、一枚くらい撮ってもらうか。サーシも一緒にどうだ……って、ほら逃げない逃げない」
この世界にも、カメラと写真は既に存在している。
見ての通り素人には扱えない専門家限定の代物だし、現実のカメラとは違って霊力を使ったメカニズムで撮影しているが、それでも……いや、だからこそ、この世界で得た思い出を残す手段としてこの上ない。
……とまぁ、それっぽい理屈を並べ立ててはみたものの、結局は俺が撮ってもらいたいだけなのだが。
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