第三話 最初の仕事が終わって

 ひとしきり市街地を見て回った後で、俺達は予定の時間通りにベガ島の市庁舎を訪れた。


 今回の羊毛の配達はケフェウス空域の王国政府名義の依頼なので、受け取り手もライラ空域を統括する政府だ。


 ブラウニーズも含めた全員総掛かりで荷降ろしと引き渡しを済ませ、後はあちらが内容確認を終えれば依頼完了という段階まで作業が進んだので、ひとまず皆には休憩に入ってもらうことにする。


 芸術都市ベガには見るべきものが山ほどある。


 せっかくだから、エヴァンジェリン達には心行くまで楽しんでもらいたいところだ。


「お待たせして申し訳ない。期日ちょうどの到着、心からお礼申し上げる」


 ロビーで独り待機していた俺のところに、恰幅のいい白髪の紳士が近付いてきて、心の底からホッとした顔で握手を求めてきた。


「空賊を生け捕りにした件も素晴らしいとしか言いようがない。さすがはケフェウス王のご推薦だ。しかも幻のグレイル級とルクスデイの遺児にまでお目にかかれるとは!」


 白髪の男は俺に口を挟む暇も与えず、感謝と感動を饒舌に語りまくっている。


 とても上機嫌なのは分かるが、どこの誰なのかも分からないので、正直なところ反応に困ってしまう。


「おっと、失礼した。私はこの島の市長を務めている者だ」

「市長? 驚きました。まさか空域のトップがわざわざ……」


 ライラ空域に国王はいない。


 世界有数の大都市を擁するベガ島が、人口的にも経済的にもライラ空域のほぼ全てを占めているため、ベガ島の市長が空域全体の代表者も兼ねているのだ。


 ケフェウス空域とライラ空域は『各空域がそれぞれ異なる政治システムを持つ』という設定の最も分かりやすい実例だといえるだろう。


「市長といっても、主な仕事は芸術家達の各ギルドの仲裁役に過ぎないのだがね。気苦労の絶えない雑用係さ。しかもここ最近は輸送の遅延が常態化していて、各ギルドからの突き上げが激しくなる一方でね……」


 市長は日頃の気苦労が詰まった溜息を吐いた。


「とりわけ今回の荷物は、天使のお召し物を織り上げるためのもの。納期を守れなければまさに一大事だ。貴殿が仕事を受けてくれて本当に助かった」

「遅延の常態化って、何かあったんですか?」

「空賊だよ。芸術品狙いの空賊は昔から後を絶たないが、最近はそれに輪を掛けて活動が盛んになっている。本当に忌々しい奴らだ」


 その言葉には露骨な苛立ちが籠もっていた。


 空賊は原作でもよく出てくるエネミーの一つだ。


 制作側にとっても気軽に出しやすいのか、章ごとの戦闘回数のノルマを通りすがりの空賊で消化したな、と感じる場面も珍しくなかった。


(それを現実にしたら、昨日みたいな襲撃ラッシュになるんだと思ってたけど)


 どうやらこの世界の住人にとっても、あの襲撃頻度は度を越していたらしい。


「愚痴ばかりになってしまったな。話題を変えよう。確かケフェウス王との約束は、羊毛を受け取り次第、ヘラクレス空域行きの次の仕事を紹介するというものだったな」


 気を引き締めて耳を傾ける。


 空賊の件も気になるが、今はこちらの方が最優先だ。


「二日後の正午、中央区画にある『デウスクーラト美術館』を訪ねてもらいたい。依頼主からの詳細な説明があるはずだ」

「……依頼主は他にいると? てっきり市長からの依頼だと思っていました」

「私は仲介を命じられたに過ぎないよ。もちろん信頼できる方々であることは保証する。そこは安心してほしい」


 じわじわと嫌な予感が込み上げてくる。


 ライラ空域のトップに命令ができる存在なんて、それこそ天使くらいのものだろう。


 デウスクーラトといえば天使の四大名門の一つであり、しかも原作だと、名門絡みの仕事は例外なく厄介事の始まりだと相場が決まっている。


(でもまぁ、この依頼を受けるしかないのは間違いないんだ。背に腹は代えられないよな)


 ウルフラムを出し抜いてアスクレピオス空域に先回りし、予言されたアヤの死を回避する――こんな無茶を実現しようというのだから、多少のリスクは覚悟の上だ。


「それと、こんなことを言うのは心苦しいが……」


 市長は露骨に言葉を濁しながら、俺の服装にさり気なく視線を落とした。


「デウスクーラト美術館は、その名が示す通り、天使の名門デウスクーラト家の私有物だ。本来は格式に見合った者しか入館を許されないのだ」

「俺達の格好は美術館のドレスコードにそぐわない。そういうことですね」

「気に触ったなら申し訳ない」

「いえ、ご忠告ありがとうございます。依頼主の心証は良くした方がいいでしょうし」


 確かに原作でも、特権意識の強い天使が一般人丸出しの格好をしたレイヴンを見下したり、快く思っていなかったりする描写があった。


 さすがにゲーム内だと門前払いを食らったりはしなかったが、ここは地元の人間の感覚を信じた方が良さそうだ。


 それにあわよくば――原作では衣装違いの立ち絵が全くなかったアヤに、普段と違う服を着てもらえるチャンスかもしれない。


 合理的判断と少々の下心を抱えながら、次は服を調達しに行こうと決めたのだった。

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