第六話 待ち望んだ最良の依頼
「ただし、これは普通の仕事だけを斡旋した場合の概算だ。実は私以外にも、君達を支援したがっている物好きがいてね。話だけでも聞いてみてくれたまえ」
ドレッドノートが片手を上げると、ステータスウィンドウに似た画面が空中に表示され、ノイズ混じりの映像と音声を流し始めた。
そこに映し出された人物は、原作にも登場しているネームドキャラクターであった。
『……お初にお目に掛かります、ルクスデイ家の若き天使様。私はケフェウスの名を襲名させていただいた、今代のケフェウス空域国王であります』
エヴァンジェリンとサーシは驚きに目を丸くし、俺とアヤは想像通りの展開に納得の表情を浮かべた。
セレスティアル・ファンタジーの世界の政治形態は、空域によってそれぞれ異なっている設定だ。
ケフェウス空域は元ネタを反映して王政ということになっていて、メインストーリーでの存在感は薄いものの、国王が統治する空域と設定されている。
そんな人物がここまで低姿勢になっている辺りからも、この世界における天使の地位の高さが見て取れるというものだ。
『天使狩りの狼藉を阻止できなかったのみならず、おめおめと取り逃がしてしまったことは、まさしく我々の失態に他なりませぬ。重ねて謝罪申し上げる』
「い、いえ! 私なんかにそんな!」
映像に映った国王が頭を下げたのを見て、エヴァンジェリンも慌てて頭を下げ返す。
「落ち着きなさい。録画だからね、これ。ていうか、取り逃がしたとかあっさり言うことじゃないでしょうに」
「まぁ、予想通りではあるんだし……」
『そして、レイヴンという名の飛空艇乗りよ。貴殿には感謝の言葉もない』
――半ば他人事のように耳を傾けていた俺に、不意打ちの言葉が投げかけられる。
『一体どのような経緯があったのかは見当も付かないが、貴殿の活躍は大いに讃えられるべきものだ。素晴らしいとしか言いようがない』
掛け値なしの称賛を送られて、不覚にも面食らってしまう。
アヤを助けることに意識を持っていかれていて、すっかり忘れてしまっていたけれど、一般人が天使を助けたというのは、この世界だと凄まじいビッグニュースなのだ。
もちろん嬉しくないと言えば嘘になるが、それはそれとして、予想外の事態に戸惑いを感じてしまうのも本音だった。
『聞くところによれば、天使様はアスクレピオス空域を目指しておられ、その資金調達のためにジャンクヤードで依頼を探されているとのこと』
「……耳聡いわね」
アヤが「どうしてアイツが知っているんだ」と言いたげにドレッドノートを睨む。
ドレッドノートは無言で微笑みながら自分の胸元を指差し、それから同じ指で映像ウィンドウを指し示した。
教えたのは自分だ、とにかく続きを聞け、といった意味合いのジェスチャーだろうか。
『できることなら、我が近衛艦隊でお送りして差し上げたいところなのですが……天使教会の方々は、我々が聖域を追放された天使様に肩入れするのを好みませぬ。我々のような下々の者にしてみれば、尊い方であることに変わりはないというのに……』
天使様と持ち上げまくる発言の連続に、エヴァンジェリンはさっきから居心地悪そうにソワソワしっぱなしだ。
しかし、そんな困惑が一発で吹き飛ぶ一言が、この先に待ち受けていた。
『そこで! 教会に気付かれることのないやり方で、貴方様を支援させていただきたい!』
「えっ! 本当ですか!?」
「だからエヴァ、これは録画で……」
『具体的には、空域政府からの依頼という名目で、甲鉄姫ドレッドノートに腕利きの飛空艇乗りの紹介を要請いたします。報酬はもちろん高額。また偶然にも、アスクレピオス空域の付近を通過する仕事になることでしょう』
俺もアヤも揃って息を呑んだ。
『この仕事が誰に割り当てられるのかは、私の知り得ぬこと。それが偶然にも天使様の乗った船であったとしても、教会にとやかく言われる筋合いはございません』
「で、私がどの飛空艇乗りに声を掛けるのかといえば……もちろん現時点で最速最高の飛空艇を持つ運び屋だ。他ならぬ国王陛下のお声掛けなのだから、半端な輩に任せるなんてありえないからな。その船に天使が乗っていようと、そんなものはただの偶然だとも」
本来なら、アスクレピオス空域に向かうまでの間に、他の島に何度も立ち寄って仕事をこなさなければならなかった。
だがドレッドノート達の提案なら、普通はあり得ないような好条件の依頼を受けることができ、なおかつ寄り道を最小限に抑えて目的地へ向かうことができる。
「どうだ? お偉方の余計なお節介かもしれないが、乗ってみる気はないか?」
諦めかけていた最短経路が、最高に都合のいい形で組み上がっていく。
原作のプロローグでは、エヴァンジェリンが天使だと判明したのは港から逃げ果せた後で、グラティアが再起動したのはジャンクヤードに到着した後のこと。
しかもグラティアが目覚めてすぐに、ウルフラムの息が掛かった空賊に居場所を突き止められてしまい、大急ぎで出港せざるを得なくなるというおまけ付きだ。
つまり原作だと、ケフェウス王はエヴァンジェリン襲撃の真相を知らず、ドレッドノートがこんな風に根回しをしてくれるような時間もなく、レイヴン達はろくな準備もできないまま大空に飛び出す羽目になってしまったのである。
――だが、今は違う。
アヤを助けるためにプロローグの展開を前倒しにした結果、巡り巡って『アヤを助けた後』の出来事も好都合な形に変わっていったのだ。
(想定外の展開ではあるけど……こんな幸運、逃すわけにはいかないよな!)
口元が緩むのを抑えきれない。
俺は何一つ迷うことなく、ドレッドノートの提案を承諾することに決めたのだった。
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