第五話 甲鉄姫ドレッドノート

 翌日、俺達はリネットとの約束通り、進捗状況の確認のためケストレル工房に赴いた。


 今回は飛行ルートの決定にも関わってくるはずなので、ちゃんとアヤ達も一緒だ。


 工房の受付はほぼ顔パスで、すぐさま地下階に――つまり原型となった飛空艇の船体内部へと案内される。


 元は艦載の小型飛空艇を収納していたと思しき地下倉庫。


 体育館を一回りか二回りほど小さくしたようなその場所に踏み込んだところで、妙に気の抜ける光景が視界に飛び込んできた。


「ほほー! 霊力ジェットの構造的脆弱性はウィルフォルティス定理の応用で克服してたのか! 誰だか知らないけど、考えた奴は天才だなぁ!」

「フェニックス・コンバーターの利点を理解いただけましたか。実に素晴らしい」


 マスコット状態のグラティアとリネットだ。


 俺達が来たことに気付く様子も見せず、何やら技術的な話題に花を咲かせている。


「あいつら意気投合してるわね」

「うわぁ、何だか難しそうなお話が」

「ぜ、全然……意味が分からない……」


 三者三様のリアクションを見せるアヤとエヴァンジェリン、そしてサーシ。


 リネット達がこういう形で打ち解けるのは原作通りだ。


 ……それと、意味不明の専門用語が多すぎて何を話しているのか分からないのも、バッチリ原作通りである。


 ウィルフォルティス定理。フェニックス・コンバーター。


 これらについての詳しい設定は、全くない。

 というかシナリオ中で一回しか出てこない。


 多分シナリオライターも適当に思いついた単語を並べたんだろうな……などと、しみじみ思いを馳せてしまう。


「おっと、皆もう来てたのか。悪いね、わざわざ呼びつけたりして」

「こちらこそ。面倒事押し付けて悪かったな」

「いやいや、久々にやり甲斐があって楽しかったよ。ところでさ、レイヴン。折り入って頼み事があるんだけど」


 本題に入ろうかと思った矢先、リネットが急にそんなことを言い出した。


「これから先の航海、あたしも一緒に連れて行ってくれないか? メカニック、まだいないんだろ?」


 その提案に、俺は驚きを隠し切ることができなかった。


これも運命と呼ぶべきなんだろうか。


 確かに、原作のリネットは最初に仲間入りを果たすキャラクターだ。


 けれどリネットを仲間に加える過程のイベントは、飛空艇グラティアの精霊の覚醒を前倒しした影響で、ほとんど全てスキップしてしまっている。


 にもかかわらず、彼女が出した結論は原作と何ら変わらなかったのだ。


「こんな高性能艦を前にしてさ、黙って見送るなんて出来っこないんだよ。技術をモノにできなかったら一生後悔しちゃうって!」

「レイヴン艦長、私からもお願いします。自己修復機能だけに頼るのではなく、優秀なエンジニアのサポートを受ける方が、あらゆる面において効率的です」


 つい言葉に詰まってしまったけれど、もちろん拒否するつもりなんて毛頭ない。


 ただ単に、未来を変えるのは決して簡単なことではないのだと、改めて認識させられただけである。


「ありがたいけど、本当にいいのか? こっちからお願いしたいくらいだけど、ひょっとしたら給料払えないかもしれないぞ?」

「もちろん! グレイル級の現物に乗り込めるんだからね! さーて、艦長のお許しも出たことだし、張り切って仕事の続きといきますか!」


 リネットはテンション高く張り切ったまま、積荷用の木箱の上に置いてあったファイルを手に取って、慣れた手付きで書類の束をめくり始めた。


「まずは補給の件から。水に食料、霊力に一般的な修理用資材。それと生活に必要な内装品の一式は問題ないと思っていいね。ただ、上手くいくか怪しいところもあってさ」


 ファイルのページが数枚ほど纏めてめくられる。


「ほら、グレイル級は希少金属を山程使ってるから、そいつの補充も必要だろ? あたしの一存だけじゃ融通できそうになかったんで、もうちょい権限がある奴に相談してみたんだけど……いや、本人から直接聞いた方が手っ取り早いかな」


 次の瞬間、リネットの背後で霊力の光が激しく渦巻いた。


 そして、この光の渦をまるでワープホールか何かのように使って、巨大な精霊が上半身を実体化させていく。


 全体的な輪郭は人間とよく似ているが、まるで球体関節の人形かレトロフューチャーなアンドロイドのような質感だ。


 背中には仏像や聖人像の後光のような輪を背負っているが、よく見るとそれは軍艦の長い砲身を組み合わせた無機質な装飾である。


 エヴァンジェリンとサーシが息を呑んで見上げる中、巨大な機械の精霊は更に実体化を進行させていき――倉庫の天井に思いっきり頭をぶつけた。


「あっ」


 この場の誰かが思わず声を漏らす。


 しばらくの気まずい沈黙の後、精霊の巨体が霊力の飛沫となって砕け散り、一回りも二回りも小さな人間サイズの体を再構成させた。


「いやぁ、失態だ。思った以上に狭かったな」


 人間離れした無機質な巨体から一転、新たな体は人間と見分けがつかない姿をしていた。


 軍服をガーリッシュに改造したような衣服を纏い、流行の軍艦擬人化ゲームを思わせる装備に身を包み、黒髪ロングの頭に乗せた軍帽の位置を直しながら、さっきの出来事を快活に笑い飛ばす。


 俺はその姿を見て、目の前の精霊が何者なのかをようやく理解した。


「上級精霊、甲鉄姫ドレッドノート。簡単に言えばジャンクヤードの主って奴だ」


 リネットが本人の代わりにその名を口にする。


 遠い昔にジャンクヤードを生み出した古い精霊であると同時に、リネットを始めとするメカニック達の契約精霊でもある、この人工島において最上位の存在。


 ジャンクヤードを一つの国と喩えるなら、間違いなく国王に相当するといえるだろう。


「じ、上級精霊っ! どど、どうしてそんな凄い精霊が、こんなところに……!?」


 サーシの慌てぶりは、この世界の住人としては当然の反応だ。


 ドレッドノートはサーシを軽く横目で一瞥して、すぐに俺の方に……いや、俺の肩に乗ったミニチュアモードのグラティアに視線を向けた。


「グレイル級なんて懐かしいものを見せられたんだ。ジャンクヤードの管理者として、歓迎しなければ失礼に当たるだろう? なぁ、二番艦」

「艦隊司令官殿も御壮健のようで何よりです。戦艦が両断されたときに消滅なされたものとばかり。本艦も直後に放棄されましたから、消息を確認する機会がありませんでした」

「ははは! アレは確かに死にかけた! 融合した船があんなことになるとは、まさしく夢にも思わなかったからな! 形を取り戻すのに苦労したぞ!」


 原作通り、グラティアとドレッドノートはお互いに面識があるようだ。


 もしもここが原作と違ったら、期待していたような補給を受けられなかったかもしれないので、とりあえずは一安心といったところだろうか。


「さて、そういうわけだから、こちらとしても援助は惜しまないつもりだ。支援が必要なことがあれば何でも言ってくれ」

「何でもは無理だからな。あんまり利益とか考えない奴なんだよ」


 リネットに無遠慮な態度を向けられて、ドレッドノートは愉快そうに笑った。


「そんなに褒めるな。さて、修理用の希少金属だったな。ほとんどの素材はすぐにでも用意できるが、残念だが『エーテリウム』だけは諦めてもらいたい。さすがに教会の許可なく売却していいものではないからな」


 グラティアは残念がる素振りも見せずに頷いた。


「レイヴン艦長。エーテリウムがなくとも、通常の飛行能力は完全に回復させられます。特殊機能は復元できませんが……構いませんか?」

「もちろん。これ以上を求めるのは贅沢ってもんだ」

「決まりだな。それでは、次は報酬の話をしようか。今回の補給の代金を輸送依頼の前金で支払うなら、アスクレピオスにたどり着けるのは一ヶ月後になるだろう」


 原作シナリオの時間経過と比べれば大幅に短縮できているが、それでもウルフラムの先回りができると断言するのは難しそうだ。


 何でも都合よく進むわけではないのだから、多少の妥協は仕方ない。


 そんなことを考えていると、ドレッドノートはニヤリと笑って予想外の言葉を口にした。


「ただし、これは普通の仕事だけを斡旋した場合の概算だ。実は私以外にも、君達を支援したがっている物好きがいてね。話だけでも聞いてみてくれたまえ」

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