第三話 身勝手な感傷かもしれないけれど
打ち合わせが終わる頃には、すっかり日が落ちて日没も間近になっていた。
俺は一人でケストレル工房を後にして、アヤ達が部屋を取っているはずの宿に急いだ。
グラティアはより専門的な情報共有が必要だと言うことで、まだ工房に残ってリネットと依頼の詳細を詰めている。
自己修復に必要な素材の種類と量だとか、補充する霊力の属性の比率だとか、その手の情報はいくら原作プレイヤーでも全く分からない。
というか、こういう細かすぎるデータなんて、原作の運営すら考えていないだろう。
飛空艇本人と専門家のメカニックに任せられるのなら、素人が下手に口を挟んだりせずに、丸投げした方がいいに決まっている。
(まあ、飛空艇談義に花を咲かせたいのもありそうで……おっと! あれが今日の宿か)
ジャンクヤードの建物は、現実の軍艦に似た飛空艇が甲板まで地面に埋まったような形をしているが、このホテルは少し趣が違う。
喩えるなら、豪華客船が丸ごと地面に乗っかっているような外見だ。
(クイーン・カシオペア・ホテル。原作にも出てきた、ジャンクヤードで唯一の観光客向け宿泊施設……さすがに、運び屋向けの素泊まり宿は色々とマズいだろうしな)
恐らくこの建物、ジャンクヤードが出来上がった後で持ち込まれた廃艦で、船体が大きすぎるのもあって地面に組み込むスペースがなかったのだろう。
各部屋も元の船の客室がそのまま流用されていて、なかなかに雰囲気がある。
探検意欲をくすぐられながら、途中の売店で買い物を済ませ、経過報告のためにアヤとエヴァンジェリンが宿泊している部屋を訪れる。
両手が塞がっていたので扉越しに声を掛けると、しばらくの間を置いて、アヤが扉の隙間から顔だけを覗かせた。
「早かったわね。どうだった?」
「おおよそ予定通りってところかな」
真面目ぶって喋りながらも、視線を横に逸らしてしまう。
待っている間にシャワーでも浴びたのか、アヤのくすんだ銀髪はしっとり湿っていて、健全な色気のようなものを醸し出している。
いつものレザージャケット的な黒い革装備も着ておらず、かなり薄着になっていたのもあって、つい目のやり場に困ってしまったのだ。
「今はリネットに仕事を見繕ってもらってるから、それが終わったら飛行ルートを決定して、補給と修理が終わったら晴れて出発って流れになると思うぞ」
「ふぅん。とりあえず、詳しく聞かせなさいよ。そんなところで突っ立ってないでさ」
どうやら、アヤは俺が目を逸らした理由に気付いていないらしい。
内心でほっと胸を撫で下ろしながら、アヤとエヴァンジェリンの二人部屋にお邪魔することにした。
「あっ! レイヴンさん、おかえりなさい!」
エヴァンジェリンに元気よく声を掛けられ、何気なくそちらに顔を向ける。
視界に飛び込んできた光景に思わず面食らう。
真っ先に視界に飛び込んできたのは、ベッドに座って思いっきり翼を広げて寛いだエヴァンジェリンの姿だった。
戸惑う俺に、アヤが軽く状況を説明する。
「どうせ夜まで掛かると思って、エヴァにもシャワー浴びさせといたの。まさか、羽が乾くより早いとは思わなかったからね」
「……なるほど。天使は羽も洗うんだし、そりゃそうなるか……」
妙な現実味のある光景に、感動と感心を同時に覚えて小さく頷く。
原作ではここまで細かい描写はされていなかったが、人間以外の異種族にも彼らなりの生活スタイルがあって当然なのだ。
「か、艦長さん……打ち合わせの方、どうでした?」
エヴァンジェリンの大きな白い翼の後ろから、同じくベッドの縁に腰掛けたサーシが、遠慮がちに顔を覗かせた。
「何だ、サーシもいたのか」
「えへへ……さっき天使様に……じゃなくて、エヴァンジェリンにお呼ばれされました」
そいつはちょうどいい。売店で買ってきた手土産を配り歩く手間が省けた。
うっかり忘れてしまわないうちに、売店で購入した蓋付きの飲み物を三人に渡す。
「ほらこれ。さっき一階の売店で買ってきたんで、冷たいうちにどうぞ」
「ありがとうございます! 何味ですか?」
「炭酸レモネードだってさ」
アヤが蓋を少しだけ開け、香りを確かめながら懐かしそうに笑った。
「訓練生時代によく飲んでたわ。砂糖と重曹ぶっ込んで作るんだっけ」
彼女達と行動を共にするようになり、こういった原作にはなかった振る舞いを見るたびに、言葉にできない喜びが湧き上がってくる。
エヴァンジェリンが不慣れな炭酸に驚いて吹き出しそうになり、それを見たアヤが声を上げて笑う――この平和な光景を、アヤの死という最悪の形で終わらせることだけは、何が何でも避けなければ。
「あ、あの……艦長さん。お話は変わるんですけど……」
サーシがおずおずと手を上げながら口を開く。
「……私からの依頼、今から延長できませんか?」
「依頼というと、最寄りの大きな島まで乗せていくっていう?」
「はい。今更なんですけど、私もアスクレピオス空域まで、乗せてもらえないかなって……エヴァンジェリンと同じ島で大丈夫ですから……」
やたらと申し訳無さそうに切り出された割には、あまりにも普通のリクエストだったので、逆に困惑させられて即答できなかった。
「実はですね……あの空域の端っこの方に、私の家があるんです。かれこれ一年くらい留守にしてるので、この機会に様子を見に帰ろうかなと思いまして……ご、ごめんなさい。急に思いついたものでして……」
サーシは不安そうに胸元のペンダントを――正確には小さな写真が入るロケットペンダントを握り締めた。
「了解、三人ともラサルハグ島で下船だな」
「あ、ありがとうございます!」
「やったね! サーシ!」
何故かエヴァンジェリンも自分のことのように喜んでいる。
どうやら俺とリネットが打ち合わせをしている間に、同世代の少女同士で打ち解けあっていたらしい。
メインヒロインのエヴァンジェリンと、原作には登場していなかった住人のサーシ。
原作とは違う新たな人間関係を見せられて、楽しさに口元が緩むのを抑えるだけで精一杯になってしまう。
「……なぁ、アヤ。ちょっといいか?」
歓談するエヴァンジェリンとサーシに気付かれないよう気をつけながら、アヤをこの部屋のベランダに連れ出す。
「とっくに勘付いてるとは思うけど、例の予言を回避するための作戦っていうのは、とにかく大急ぎで目的地に向かうってだけなんだ」
「でしょうね。他にやり方があるとは思えないもの」
「アスクレピオス空域でウルフラムと戦ったら殺される……それなら、ウルフラムよりも先に目的を果たしてしまえばいい。あいつも俺達も同時にデラミン島からスタートしたんだから、後はどっちが早いかだ。まぁ……向こうは競争してるつもりはないんだろうけど」
「その分、こっちが有利って言えるかもね」
アヤはベランダの柵に背中を預けながら、落ち着いた態度で俺の話に耳を傾けている。
自分の生死が掛かった話なのに――原作のアヤを知らない人はそう受け止めるかもしれないが、俺にとっては何の違和感もない反応である。
「……今更かもしれないけど、自分が死ぬかもしれないのに、怖くないのか?」
「別に? でも死にたがりってわけじゃないからね。エヴァのためなら死んでもいいとは思ってるけど、死なないで済むならそれに越したことはないわ」
「死にたくない理由も、エヴァンジェリンなんだな」
「他に生き甲斐もないしね」
アヤはあっさりとそう言い切った。
――ああ、もちろんこれも原作通りだ。
けれど俺は、言いようのない物悲しさを感じずにはいられなかった。
身勝手な感傷かもしれないが、できることなら、アヤにはもっとたくさんの生き甲斐を――生きる目的を見つけてほしい。
だから、こんなところで死なせたくはない。
俺は心の中で、改めて決意を固めたのだった。
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