第二話 機械の街のメカニック

 人工島ジャンクヤードの街並みは、中世ヨーロッパ風のファンタジー世界とは似ても似つかない、無機質で工業的な雰囲気に満たされていた。


 風情のない喩えをすると、据え置きゲーム機のRPGでありがちな、SF風味強めのファンタジーに登場しそうな光景だ。


 島の土台は強固に連結された金属製飛空艇。


 地表に相当する部分は飛空艇の甲板がベースになっており、隙間は分厚い金属板と足場の骨組みで埋められている。


 そこから突き出した艦上構造物は、まるで建ち並ぶ雑居ビルのよう。


 あれらは全て建物として再利用されているわけだが、ジャンクヤードの建造物はそれだけではない。


 廃材を利用した建物も数え切れないほどに造られ、土も草もない地表を隅から隅まで埋め尽くしている。


 顔を上げれば、艦橋と艦橋を繋ぐ連絡通路が立体交差のように頭上を横切り、思わず溜息が出るほどの立体感を生み出していた。


(無機質、無秩序、インダストリアル。やっぱり浪漫の塊だよなぁ。ハイファンタジーよりもスチームパンクって感じだけど。時間さえ許すなら、隅から隅まで探検して回りたい……んだけど、我慢我慢!)


 興奮に弾む気持ちを抑えながら、リネットの案内でケストレル工房の事務所へ向かう。


 アヤ達には宿の確保を頼んだので、工房に行くのは俺一人――


「これが天竜戦争期の飛空艇の残骸で造られた街ですか。本艦としましては、言語化困難な感想を抱かざるを得ません」


 ――訂正。グラティアも同行中。


 ただし、精霊としての本体は飛空艇の方に残り、十数センチ程度の大きさの端末が俺の肩に乗っかっている状態である。


 妖精のようというべきか、デフォルメされたマスコットというべきか。


 原作ではメインストーリーの進行に応じて、艦内での姿と同じ端末も送り出せるようになるが、それもまだまだ先の話だ。


「そういえば、グラティアと同時代の飛空艇ばっかりなんだよな。やっぱり気分が悪かったりするのか? 俺としては、何というか、浪漫みたいなのを感じるんだけどさ」

「いえ、不快感に分類するのは不適切です。本艦と戦場を駆けていた戦闘用の軍艦が、長期間の時間経過を経て、人々の平和な営みを支える島になる……肯定も否定も難しい、複雑怪奇な印象を受けています」


 そんな会話をこそこそ交わしていると、先を行くリネットが目を輝かせて振り返った。


「くあーっ! もう我慢できない! なぁなぁレイヴン! その子ってグレイル級の人工精霊だよな!? モノホンの精霊と全然変わらないじゃん! もっと近くで見てもいいか? できれば触らせてもらっても……!」

「あ、後でな? まずは仕事の話からさせてくれ」

「言われなくても分かってるっての! いやぁ、できるもんならあたしも契約させてもらいたいけどなぁ。多重契約ってかなり難しいっぽいからなぁ」


 ぐいぐいと迫ってくるリネットの額を押し返し、ケストレル工房への道を急ぐ。


 ケストレル工房はさっきの港から少しばかり離れた、飛空艇用のメンテナンスドックの隣に位置している。


 現実の軍艦とよく似た古い飛空艇を素材に、地上部分は艦橋をビル代わりに使い、甲板は作業用スペースと倉庫用の敷地で、地表の下に隠れた船体は地下階として機能している。


 ジャンクヤードではごく一般的な構造の建物だが、俺にとっては見上げているだけで楽しくなってくる代物だ。


「ええと、空いてる会議室はっと……あったあった! それじゃレイヴン、何がどうしてこうなったのか、一から十まで洗い浚い吐いてもらうからな!」


 心底楽しそうなリネットに連れられて、船室を改造して造られた会議室に場所を移す。


 リネットに話しておくべきことは山程ある。


 グラティアを手に入れた経緯の説明――もちろんアヤにしたのと同じ内容だ。


 エヴァンジェリンをアスクレピオス空域まで送り届ける契約。


 輸送依頼の前金で補給をさせてほしいという、都合のいいリクエスト。


「……とまぁ、こんな感じかな」

「うーん、なるほどねぇ」


 必要事項を一通り話し終えたところで、リネットは真面目な仕事の顔になってしばらく考え込み、手近にあったファイルの内容を慣れた手付きで確認し始めた。


「支払いはそれでオッケーだけど、問題は条件に合う依頼かなぁ。アスクレピオスまで直行できて報酬も充分! ……なんて仕事はさすがにないんで、いくつも掛け持ちで引き受けてもらうしかないぞ」

「やっぱりそうなるよな。できる限り早く到着できる組み合わせで頼めるか?」

「ちょっとしたパズルだね、こりゃ。とりあえず、ウチの親父と『ドレッドノート』にも相談してみるから、明日の夜くらいまで待ってくれ」


 俺だって、いきなり最適解が手に入るとは思っていない。


 これだけでも充分に上々の成果だと言えるだろう。


「んじゃ、次は整備と補給の見積もりだな。つっても、大昔の飛空艇なんて弄ったことはないんだけどさ」

「問題ありません。本艦には自己修復機能が備わっております。必要な資源の補充と霊力の補給さえしていただければ、それだけで事足ります」

「自己修復! いやマジで実現してたんだな! さすがは天使文明の最盛期! 人工精霊もだけど半端なさすぎだろ!」


 リネットのテンションは右肩上がりで、今にも掴みかかってきそうな勢いだ。


 グラティアは何やら満更でもないらしく、マスコットサイズでテーブルに乗ったまま、うんうんとしきりに頷いている。


「レイヴン艦長、修復の優先順位に関する提案があります。推進機関が最優先なのは当然として、次に居住環境を充実させるべきでしょう。本艦の自己修復は、家財道具や調度品などには作用しません。寝台、冷蔵庫、調理器具……これらは現代のものを搬入するべきです」

「そっか、そういう問題もあったのか。内装は盲点だったな」


 原作だと、グラティアの覚醒とリネットの登場の順番が逆だった。


 まずはケストレル工房が内装などを修理して、高度な機能は直せないから人工精霊を再起動させてみようという流れだったので、住心地の整備はシナリオの行間ですっ飛ばされてしまっていたのだ。


 ゲームだと省略されている部分も、ちゃんと考慮しないといけないな――改めてそう実感させられてしまう。


「それに加えてもう一つ、武装の早急な復元も行うべきです。本艦は鹵獲対策として、武装を可能な限り切り離した状態で遺棄されました。少々特殊な素材が必要になりますが、本艦の強力な武装を復元すれば、皆様の旅路もより安全に……」

「あ、それは駄目だ。悪いけど」


 テーブルの上のミニチュア版グラティアが、信じられないものを見るような顔で唖然として振り返る。


「いや、そんな顔されても。民間船が武装しようと思ったら手続きが大変らしいからさ。審査だとか色々必要で時間が掛かるんだよ。そうだろ、リネット」

「確かにメチャクチャ大変だけど……でもグレイル級の武装か……見たいな! メチャクチャ見たい!」

「そうでしょう、リネット技師。本艦の搭載兵器は当時においても最新鋭。客観的な評価として、現代において敵はないと申し上げましょう」

「うっひゃあ! それ見たい! 絶対凄いって!」


 飛空艇絡みの話題で盛大に盛り上がるリネットとグラティア。


 二人の馬が合うのは原作通りだが、実際に居合わせると、まさかここまで勢いがあるとは思いもしなかった。


 楽しそうにしているのは何よりだけれど、当初の目的だけは忘れてもらわないようにしなければ――俺はそう強く心に誓ったのだった。

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