第三章 飛空艇のための人工島

第一話 人工島ジャンクヤード

それからしばらくして、俺達は全員揃ってグラティアの前方甲板に移動した。


 特に必要があったわけではない。


 もうそろそろジャンクヤードが見えてくる頃合いだと思ったので、その風景を特等席で眺めようと思っただけである。


「レイヴン艦長」


 精霊体のグラティアが畏まった態度で話しかけてくる。


「本艦のマップデータによると、この先にケフェウス空域所属の島は存在しないことになっています。このまま直進を続ければ、ケフェウス空域を離脱することになりますが……」

「天竜戦争の時代には存在しなかった場所だからな。データになくても当然だよ」

「……艦長を疑うわけではありませんが、にわかには信じられません。いくら長い年月が経過しているとはいえ、新たな島が生まれるには短すぎます」

「見れば分かるさ。きっと一目で理解できると思うぞ」


 無表情で小首を傾げるグラティア。


 原作でも表情差分に乏しいキャラクターだが、機械的なAIではなく、決して無感情というわけではない。


 感性には人間と違うところがあるけれど、それは精霊全般に言えることで。


 むしろグラティアは、精霊の中では人間に近い価値観を持つ部類だとすらいえるだろう。


「あっ! 見て、アヤ! 何か見えてきた! 島かな、あれ!」


 エヴァンジェリンが甲板の先のフェンスに身を乗り出して、翼いっぱいに風を受け止めながら進行方向を指差した。


「どれどれ? あっ、本当。何か浮いてるわね。でも島にしては小さくない?」

「島というよりも……飛空艇っぽく見えませんか?」


 アヤとサーシも左右からエヴァンジェリンに身を寄せる。


 そして浮遊島らしき輪郭がはっきり見えるようになってきたところで、三人ともそれぞれ違う驚きの声を上げた。


「わあっ!」

「嘘でしょ?」

「あわわわ……ほ、本物なんですか……?」


 グラティアの進行方向に浮かぶ小さな島影。


 それは大小様々な飛空艇の残骸が寄り集まった、無機質な人工島であった。


 現実でいう空母のような船を連結させて基礎を造り、通常型の飛空艇で隙間を埋めることで人工的な陸地を形成している。


 一般的な浮遊島と比べれば小規模だが、人工物としては桁外れに大規模。


 島の全てが金属素材で構成され、土も緑もまるで見当たらない。


 港がある側の半分はおおよそ平坦な地形になっているが、反対側には様々な形状の飛空艇が山のように積み上げられ、まるで無秩序に増改築を繰り返された違法建築を思わせる代物と化していた。


「ほら、驚いたろ。あれがジャンクヤードだ」


 訳知り顔でそんなことを言ってはみたものの、内心では感動に打ち震えていた。


 ファンタジー世界の市街地の典型的イメージを形にしたデラミン島も、外国の牧歌的な田舎を具現化したようなシェパード島も心躍る風景だったが、ジャンクヤードは別格だ。


 現実にあったらロマンの塊だと言われてきた島が、まさしく現実の存在として目と鼻の先に浮かんでいるのだから。


(でもレイヴンはここの常連っていう設定なんだから、下手に興奮したら怪しまれるよな……くうっ、この気持ちを誰とも共有できないわけか……思ったよりキツいな……!)


 艦長の俺が使い物にならなくなっている間にも、グラティアは自律航行で適切に進路を調節して、船体をゆっくりと埠頭に横付けさせた。


 グラティアの霊子エンジンがまだ止まってもいないというのに、大勢の野次馬が謎の飛空艇目当てに集まってくる。


 やがて野次馬が野次馬を呼び、港全体がちょっとした混乱に包まれてしまった。


エヴァンジェリンは既に外套を羽織って翼を隠しているので、この人混みはグラティアだけを目当てに集まってきた人ばかりのはずだ。


 アヤは甲板からその光景を長めながら、何やら合点がいった様子で頷いた。


「飛空艇の残骸を繋ぎ合わせた人工島……どれも大型でなおかつ船体が金属製ってことは、原材料は天竜戦争の粗大ゴミかしら。どこの空域でも処理に苦労してるけど、島にするっていうのは初めて見たわね」

「へぇ、アヤも見たことないんだ。それなら凄く珍しいってことかな」

「どういう基準よ、それ」

「だって聖騎士の仕事であちこち出張してるでしょ? こんな島があるなんて、お土産話で聞いたこともなかったし」


 アヤとエヴァンジェリンの会話を後ろで眺めながら、ジャンクヤードの港湾管理者から上陸許可が降りるのを待ち続ける。


 そこに、聞き覚えのある声が響いてきた。


「はいはい! どいた、どいた! 生きてる船ならあたし達の仕事なんだって、いつも言ってるでしょーが!」


 港の人混みをかき分けて、一人の少女がグラティアに近付いてくる。



 作業着の上着を腰に巻きつけ、タンクトップ姿で発育のいい上半身を露わにしながらも、化粧っ気のなさと手入れの甘い頭髪が色気をすっかり打ち消している――まさしく絵に書いたようなメカニック少女。


 原作プレイヤーとしての俺にとっても、レイヴンとしての俺にとっても、この少女はとてもよく見知った存在であった。


「まったく、どこのどいつがこんな大物を……って、ええっ!? レイヴンじゃんか! これあんたの船!? いつの間に一山当てたのさ!」

「ええと……久し振り、リネット。話すと長くなるんだけど、色々あったんだよ」


 桟橋からこちらを見上げる少女に、甲板から軽く挨拶を返す。


 原作最初の追加メンバーにして、ゲームシステム上のショップ担当。


 この手のゲームのお約束通り、多くのプレイヤーから複雑な感情を向けられて止まないキャラクターである。


「とりあえず、補給と仕事の相談がしたいんだけど……今すぐ頼めるか?」

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