第五話 原作を越えた新たなミッション
「次の目的地はアスクレピオス。私とアヤを連れて行ってもらいたいの」
アヤの突然の提案に、俺は無様に言葉を失った。
原作でもレイヴンはアスクレピオス空域を目指すことになるが、それとこれとは状況が全く違うのだ。
「運賃はどうにか工面するわ。さっきの子みたいに稼げる精霊術は持ってないけど、これでも聖騎士の端くれですもの。腕っ節ならちょっとしたもんよ」
「ちょ……ちょっと待て! あの予言、まさか信じてないのか!?」
「協会認定の占術師ならまだしも、在野の占い師の言うことだもの。ああ、でもエヴァには黙っておいて。あの子は真に受けると思うから」
さっきの予言を信じていない? それは嘘だ。躊躇なく断言できる。
何故なら、俺達に予言を残したあの幽霊は、エヴァンジェリンの実の父親――イノセント・ルクスデイの幽霊だったのだから。
ルクスデイの幽霊は原作の過去回想でもアヤに助言を与え、そしてアヤはすぐに正体を悟っていた。
だから、今回もアヤが気付いていないはずがない。信じていないはずがない。
つまり答えは唯一つ。
(プロローグのときと同じだ。エヴァンジェリンのためなら死んでも構わない……心の底からそう思っているんだ)
ああ、最初から分かりきっていたじゃないか。
自分自身とエヴァンジェリンを天秤に掛けたとき、アヤは絶対に後者を選ぶのだ。
たとえそれが、命に関わる選択だったとしても。
「無理にとは言わないわ。そっちの都合を優先して構わないから」
「……依頼料は要らないから、代わりにクルーとして仕事を手伝ってくれないか。見ての通りの人手不足で、俺一人じゃ大きな仕事はこなせそうにないからさ」
「代金を労働で支払ってもいいってこと? 願ったり叶ったりね!」
「ただし……一つだけ条件を付けさせてくれ」
アヤを説得して考えを変えさせるのは不可能だろう。
それなら、俺はどうするべきだ?
今度こそ殺されると分かっていながら送り出すのか? ……そんなのは絶対にお断りだ。
「予言を回避するために全力を尽くすこと。これが条件だ」
そう告げると、アヤは目を丸くして驚きを露わにした。
「……えっ? そんなの、あんたに何の得があるわけ?」
「損得の問題じゃないんだ。死ぬかもしれないって分かってたのに、何の対策も取らずに送り届けて、それで案の定死なれたら気分が悪いだろ。予測できなかったんならまだしもさ」
「あー……そう言われると反論し辛いわね……」
困ったような表情を浮かべながら、アヤは色素の薄い頭を横に振った。
「いいわ、それでいきましょう。けど、あんまり期待はしないように。気をつけてどうにかなるとは限らないんだから」
「分かったよ。俺もできる限りのことはするからさ」
「それじゃ、契約成立ってことで。よろしくね、レイヴン」
アヤが握手のために差し出してきた手を握り返す。
俺の手よりもずっと小さくて柔らかく、それでいて力強い。
掌に伝わってくる暖かさが、改めて決意を掻き立てる。
(プロローグは乗り越えられたんだ! 次だって……!)
目指すは学術空域アスクレピオス、そして医学島ラサルハグ。
クエスト目標はエヴァンジェリンとセラフィナの再会、そしてアヤがウルフラムに殺される運命の完全な回避。
原作のレイヴンは強制敗北イベントの壁に阻まれ、セラフィナとの再会もウルフラムの撃破も果たせずに敗走を余儀なくされたが、今の俺には原作知識という武器がある。
これから先に待ち受けている残酷な運命も、絶対に乗り越えられるはずなのだから。
◆ ◆ ◆
その夜、俺は村の人達から提供された寝室のベッドに寝そべって、これからの方針について考えていた。
(原作知識で役に立ちそうなのは、メインシナリオの第七章までの展開だ。それ以降もストーリーは続いてるけど、全然別の空域が舞台になってるからな。とりあえず、原作通りの展開になったらアヤが殺されると仮定して……)
第一章、蜥蜴座モチーフのラケルタ空域。
第二章、白鳥座モチーフのキグナス空域。
第三章、小狐座モチーフのヴルペクラ空域と、矢座モチーフのサジッタ空域。
ここまでは世界観設定の紹介がメインになっていたので、あまり役に立つ設定や描写はなさそうだ。
プロローグの後半でメカニックの『リネット』を仲間にした一行は、出発早々に悪天候や空賊の襲撃などのトラブルに見舞われて、リザードマンが棲む空域に迷い込んでしまう。
リザードマンは天使ではなくドラゴンの影響下にあり、基本的に天使を敵視している。
要するに、第一章は敵対勢力のお披露目である。
続く第二章は、逆に味方勢力を紹介するパートだ。
天使の居住区である『聖域』に辿り着いたところで、初めて追放天使云々の設定が開示され、エヴァンジェリンの微妙な立ち位置がプレイヤーに説明される。
そこで補給を受けたり、グラティアに目をつけたメカマニアの天使とコメディチックな攻防を繰り広げたりして、緩い雰囲気のまま次の章へと話が進んでいく。
第三章は獣人の空域と人間の空域の小競り合い。
作中設定的にもあまり深刻な衝突ではなく、セレファンの種族設定や社会情勢を解説しながら、エヴァンジェリンの優しさを掘り下げる箸休め的な章だった。
(重要なのはやっぱりこの先だな)
第四章、琴座モチーフのライラ空域。
第五章、ヘルクレス座モチーフのヘラクレス空域。
第六章、海蛇座モチーフの東サーペント空域。
ここからが名実共にメインシナリオ序盤の山場である。
まず第四章。
芸術空域と呼ばれるこの場所で、原作のレイヴン達は重要キャラクターを仲間にする。
姫騎士『ハルシオン』――清廉潔白で公明正大な典型的女騎士キャラで、アヤと互角の戦闘能力を持つ実力者だ。
ハルシオンはアヤの親友を自認しており、行方不明になったアヤの代わりにエヴァンジェリンの旅に同行してくれることになる。
次の第五章は、ヘラクレス空域にあるハルシオンの領地が舞台だった。
そこには大きな闘技場があり、出場選手という名目で今後の実装キャラが何人も先行登場していた。
章の最終盤、闘技場に絡んだシナリオを完了させ、いざアスクレピオス空域に出発という矢先、とある大事件が発生する。
第六章は、ハルシオンに協力してこの事件を解決するという筋書きだったのだが――そのクライマックスで、事件の黒幕がウルフラムだったことが判明。
しかも、この事件はいわば陽動作戦に過ぎず、ウルフラム本人は隣のアスクレピオス空域を狙っていたのである。
(そのまま第七章になだれ込んで、最終的にウルフラムの計画は挫いたものの、直接対決には惨敗。何とか逃げおおせた先でアヤと再会するのが第八章。ここまでの展開で、第七章の強制敗北イベントを回避できそうな手段は……)
目を閉じてしばらく考え込む。
(……『原作よりも早く目的地に到着する』……単純で身も蓋もないけど、やっぱりこれが一番確実なはずだ)
第一章から第三章までは最短経路から大きく外れた寄り道で、第四章から第六章までは狭い範囲に長居をした結果、原作ではウルフラムの作戦とかち合う破目になってしまった。
だが、これは原作のウルフラムにとっても想定外の出来事。
タイミングが合ってしまったのは偶然に過ぎなかった。
つまり裏を返せば、現地に到着するタイミングさえ前倒しできれば、ウルフラムとの戦闘をうまく回避できるはずなのだ。
(ハルシオンを……仲間にできない、のは……残念、だけど……まずは、グラティアのメンテと……補給と……それから……)
眠気が急激に押し寄せてきて、瞼が鉛のように重くなっていく。
今後の方針が決まったことへの安堵感に包まれながら、俺はひとまず今日のところは意識を手放すことにしたのだった。
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