第六話 初めてのバトル

 リーダーらしき大男を除き、黒尽くめの集団が次々にマントを脱ぎ捨てる。


 狼のような頭部の獣人。刺々しい背びれを生やしたリザードマン。

 緑色の肌に鋭い牙と角を持つ、原作ではオークと名付けられていた人型の怪物。


 彼らはマントの下に単純な構造の銃を隠し持っていて、その銃口を躊躇することなくエヴァンジェリンに向けた。


 だが、アヤの行動はそれよりも更に早かった。


 同じくマントを脱ぎ捨てたアヤは、目にも留まらない速さでエヴァンジェリンの前に飛び出し、壮麗な造りをした精霊武器の長剣を実体化させた。


 何発もの銃弾が、エヴァンジェリンを庇ったアヤに襲いかかる。


 それらはアヤの素肌と、黒く染められたレザーアーマー……というよりもレザージャケットに近い装備品に命中したが、いずれも傷を与えることなく弾かれてしまった。


 霊力防壁。精霊契約者の体表に展開される、不可視の護り。


 セレスティアル・ファンタジーの世界において、銃器は絶対的に有利な武器ではない。


 非契約者には脅威となるが、契約者に対してはこの通り。


 小さな銃弾に申し訳程度の霊力を込めて撃つよりも、手に握った剣に大量の霊力を込めて斬りつける方が、ずっと効果的に霊力防壁を削ることができるのだ。


「スタンウェーブ!」


 アヤが地面に手を突いてスキルを発動させると、波動のような電撃が扇状に放たれ、襲撃者を纏めて行動不能に追いやった。


「天使狩りね。珍しくもない。レベルは低いみたいだし、さっさと片付けて……」

「アヤ!」

「……っ!」


 響き渡るエヴァンジェリンの声。

 ぶつかり合う剣と剣。

 蜘蛛の子を散らすように逃げていく一般人達。


 リーダーらしき黒尽くめの大男が、アヤの精霊術の電撃などお構いなしに距離を詰め、長大な剣を実体化させて斬りかかったのだ。


 恐るべき怪力だ。

 現実ではツヴァイヘンダー、あるいはツーハンデッドソードと呼ばれる両手持ち専用の長剣を、この男はあろうことか右腕一本で軽々と振るっているのである。


「エヴァ! ここは任せて! 先に行きなさい!」

「でも……!」

「心配しないの! こいつを倒したら、ちゃんと合流するから!」


 油断なく剣を構えながら、アヤは不敵に笑った。


 どうして自分達が襲撃されたのか、一体どこの誰が襲ってきたのか。

 何も分からないまま、アヤはエヴァンジェリンを逃がすため孤独に戦い、命を落とした――そう思っていた。


 けれど、こうして現実の出来事として、アヤの悲壮な決意に満ちた横顔を見たことで、すぐに理解できた。


 アヤは自分が絶対に勝てないことを悟っていたのだ。


 今にも泣き出しそうなエヴァンジェリンを心配させないように、精一杯気丈に振る舞って、殺されると分かっていながら戦いを挑んだのだ。


 全身を震えが駆け巡る。

 恐怖などではなく、強烈な感動が背筋を走り抜けていく。


 ――こいつを絶対に死なせてなるものか。そんな決意が改めて湧き上がってくる。


 絶え間ない剣戟を交わす、アヤと黒衣の男。


 一撃ごとに雷光と漆黒の火焔が撒き散らされて、今の俺では割って入ることすらできそうにない。


 しかもアヤが防御にも必死になっているのに対し、黒衣の男は防御の構えすら取らず一方的に攻め続け、稀にアヤの一撃が当たっても全く傷ついた様子がなかった。


 どう考えても、この戦いは互角でもなければ対等でもない。


 素人目に見ても結果が分かりきった、時間稼ぎのための捨て駒の戦いだ。


「グラティア! アナライズ!」


 スキルの発動を指示した瞬間、目の前にステータス画面と似たウィンドウが出現し、視界内にいる者達のランクとレベルとパラメータが表示される。


 スタンした奴らはレベル一桁で各パラメータも1000あるかないかの雑魚敵ばかり。


 注目すべきはアヤと黒尽くめの男だ。


 ――――

 NAME:AYA

 ランク:☆☆☆ レベル:60/60 属性:天

 HP:9000 ATK:15000

 ――――


 ――――

 NAME:UNKNOWN

 ランク:☆☆☆☆☆ レベル:100/100 属性:火・竜

 HP:300000 ATK:21000

 ――――


 思わず苦悶混じりの息が漏れる。


 笑えるほどの桁違い。

 最大HP三十万の完全ボス仕様ステータス。


 アヤも俺と比べてHPは三倍、ATKは五倍という最高レア級ステータスだが、どう考えても単体で敵う相手じゃない。


 解析しきれていないスキルや切り札を加味しても、単騎勝利は不可能だろう。


(相手は火と竜の二重属性! 竜属性は邪竜から直々に力を授かった幹部級エネミーの証! あんな代物、原作のアヤが助からなくて当然だ!)


 原作では不明だった襲撃者のステータスは、正直に言って俺の想像を越えていた。


 けれど、諦めるという選択肢だけは、絶対にありえない。


 俺の作戦は既に動き出している。


 あと僅かの時間さえ稼げば、プロローグの悲劇を回避できるのだから。


「クソっ! 死ぬかと思った!」

「あー、痛かった! 電撃女は任せるぜ、隊長!」

「できれば生け捕り! 死んでもよし! だよなぁ!」


 スタンから回復した獣人達が次々に立ち上がり、手にした銃を構え直す。


 原作のレイヴンはここでエヴァンジェリンの手を取り、足止めをアヤに託して必死にこの島から逃げ出した。


 けれど今の俺はグラティアとの契約を交わし、戦うための力を手に入れている。


「させるか!」


まずはエヴァンジェリンを守るため、獣人達の銃口の前に身を躍らせる。


 恐怖心はもちろんあった。

 ひょっとしたら、足が竦んで動けなかったりしたかもしれない。


 けれどアヤの覚悟を見せられたことで、そんなものは跡形もなく吹き飛んでしまった。


「っ……!」


 一斉に放たれた銃弾が、腕に、胸に、腹に直撃する。


 しかし、痛みは全くない。


 肉体には軽く殴られたような衝撃が伝わった程度で、ダメージは『霊力防壁』が肩代わりしてくれたのだ。


「た、弾が効かねぇ! あいつも契約者――」


 すかさず精霊武器の大型拳銃――ブラックイーグルを手元に出現させ、一番近くのリザードマンに霊力の弾丸を叩き込む。その銃把を強く握り締めて、襲撃者達に狙いを定めた。


 鱗に覆われた体を包んだ霊力防壁が、閃光のようなエフェクトを撒き散らして跡形もなく弾け飛ぶ。


「ぐぎゃあっ!?」

「馬鹿な! 一撃だと!?」

「トゥバン様から授かった防壁だぞ! そんなことありえるはずが――ぐはっ!」


 混乱する別の獣人にヘッドショットを決める。


 肉体には傷一つ付いていないが、これでもう奴は戦闘不能だ。


 精霊契約者はそれぞれの固有スキルの他に、全員共通の二種類の加護を手に入れる。


 一つは『攻めの加護』――霊力攻撃。

 一つは『護りの加護』――霊力防壁。


 霊力攻撃は武器に精霊の力を纏わせて威力を上げ、属性に応じた攻撃魔法的な精霊術を繰り出せるようになる加護で、ステータスのATKはこの加護の強さを表している。


 ただし何でも加護が乗るわけではなく、その精霊が得意な分野に限られる。


 例えばグラティアの場合は銃火器限定で、精霊によっては物理攻撃には加護を乗せられないこともある。


 霊力防壁は俺とアヤが銃弾を受けるときに発動したもので、契約者の体の表面を覆う不可視のバリアであり、ダメージを始めとする有害な干渉を肩代わりしてくれる代物だ。


 ステータス画面にあったHPとは、この霊力防壁の耐久値を意味する。


 HPが残っている限り、どんなダメージを負っても戦えるが、ひとたびゼロになれば霊力攻撃すら使用できなくなる――つまりは『戦闘不能』となるわけだ。


「次っ……!」


 残るオークに銃撃を浴びせて霊力防壁を破壊する。


 これで取り巻き連中は無効化できた。残るは――


「ぐうっ……!」


 強烈な一撃がアヤの体を捉える。


 軋みを上げる霊力防壁。

 もう一度クリーンヒットを浴びれば、間違いなく砕け散ってしまうに違いない。


「エヴァ! 早く逃げなさい!」

「諦めろ。貴様ごときでは話にならん」


 黒尽くめの男が豪剣を振り抜く。


 そのあまりの威力にアヤの体は大きく後方へ弾かれ、突風じみた剣圧が俺とエヴァンジェリンに襲い掛かる。


「うわっ!」

「きゃあっ!?」


 エヴァンジェリンが羽織っていたローブが吹き飛んでいく。


 露わになる金色の髪、細い体、そして――白い翼。


 ハーピーのそれとは異なる、背中から伸び広がる一対の麗翼。


 絵に描いたような天使の姿がそこにあった。

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