第五話 原作プロローグの幕開け
「……ならいいんだけど。この席空いてるわね? エヴァも突っ立ってないで座ったら」
アヤがテーブルの斜め向かいに腰を下ろし、エヴァンジェリンにも座るように促す。
エヴァンジェリンは素直に頷くと、アヤの左隣、つまり俺の正面に着席してすぐさま本題を切り出した。
「レイヴンさん。運び屋の方は人を運ぶ仕事も受けてくださるんですよね?」
「まぁね。人によるけど、俺はどっちもやってるよ」
「それなら! 私をシェパード島へ連れて行ってください! あの島にいる家族に……姉さんに会いに行きたいんです!」
エヴァンジェリンが語る依頼の内容は、原作のそれと全く同じだった。
「私達、他の空域から来たばかりなんですけど、シェパード島へのフェリーが一週間に一度しかないって知らなくって……」
「下調べした時点では、フェリーが減便してたなんて情報は入ってなかったのよ。それで、五日も待ってられないから運び屋を雇おうってことになったわけ」
恥ずかしげなエヴァンジェリンの隣で、アヤが自虐的な笑みを浮かべる。
これは原作知識ではなくレイヴンの知識と経験なのだが、基本的に民間向けの長距離便は、きちんと設備が整えられた大型の港にしか立ち寄らないのだそうだ。
単に着陸するだけなら、飛空艇は適切なスペースさえあればどこにでも降りられる。
しかし荷物の積み下ろしや運行前後のメンテナンスの都合上、設備が整っていない場所での発着は敬遠されるし、採算が取れない航路はどんどん使われなくなってしまうのだ。
「なるほど。よくある話だね」
原作レイヴンがしていた質問よりも深い詮索はしないことにする。
ここで下手に原作と違うことをすると、肝心の死亡イベントが起きる前に展開が変わってしまい、せっかくの原作知識が役に立たなくなってしまうかもしれない。
ましてや、今ここで『君達は敵に襲われてしまうんだ』とか『君はその戦いで死んでしまうんだ』なんて伝えるのは論外だ。
どう考えても不審者扱い一直線でしかない。
「あの……できれば今日中に出発したいと思っているんですけど、大丈夫でしょうか」
「それなら今すぐ出た方がいいかな。シェパード島まで二時間は掛かるから、のんびりしてると夜間飛行になりそうだ」
さっそく席を立ったところで、アヤが慌てた様子で口を開く。
「ちょっと。まだ料金の話が済んでないでしょ。言い値じゃ乗れないわ」
原作になかったリアクションに思わず面食らい、すぐに心の中で納得する。
元のシナリオでは、この流れですぐ港のシーンに場面転換していたが、あれはあくまでゲーム的な演出なのだ。
「ごめんごめん。常連にはいつもの代金で通じるから、うっかりしてたよ。相場だとこれくらいになるんだけど……」
レイヴンの私物だった手帳を広げ、シェパード島までの標準的な運送費を指し示す。
現実でいうなら、一時間か二時間ほどタクシーを走らせたのと同じ程度の代金である。
アヤとエヴァンジェリンは顔を見合わせ、揃って困ったような表情を浮かべた。
「い、意外とするね……」
「……背に腹は代えられないわね。これでいきましょう」
原作だと、二人の経済事情については詳しく語られなかったが、どうやら手持ちの資金が相当心許ないらしい。
「了解。契約成立だ」
平静を装いながらも、心の底では緊張で心臓が張り裂けそうになっている。
何とかここまでは原作通り。問題はここからだ。
俺はとてつもない不安と興奮に押し潰されそうになりながら、意を決して酒場の外へ歩き出したのだった。
◆ ◆ ◆
プロローグの舞台となるこの浮遊島――デラミン島の港は、空港というよりも船舶用の港によく似た外観をしていた。
綺麗に整備された島の沿岸部から、いわゆる埠頭だとか桟橋と呼ばれる橋が何本も突き出して、それに横付けする形で数隻の飛空艇が停泊している。
飛空艇から降りてきた人々と、飛空艇に乗り込もうとする人々が絶え間なく往来していて、市街地の大通りにも負けないくらいの賑やかさだ。
少し視線を上げてみれば、専用の制服を着たハーピーが空中で飛空艇を誘導している姿が視界に飛び込んで、ここは現実の港ではないと否応なしに教えてくる。
「ところでレイヴンさん。どうして飛空艇の港って、いつも島の端っこにあるんです? そのまま地面に着陸したりもできるんですよね?」
港湾前の広場を歩いていると、マントとフードで姿を隠したエヴァンジェリンが、何気ない質問を投げかけてきた。
「ああした方が色々と効率的なんだ。内陸の平地を使うより、島の外に広げた方が土地を有効活用できるだろ? 離着陸のときに建物なんかを避ける必要もないしさ」
「なるほど……凄く考えられてるんですね……」
そんな会話を交わしながら、注意深く周囲に視線を巡らせる。
原作で敵の襲撃があるのはもう少し後のはずだが、万が一にも予定がずれ込んでしまったら一大事だ。
想定外の事態に備えて、心の準備だけはしておかなければ――
「――ちょっと、あんた」
不意にアヤが背後から俺の肩を掴み、エヴァンジェリンに気付かれないような小声で囁きかけてきた。
「さっきからキョロキョロと……ひょっとして、ここで何かあるんじゃないでしょうね」
警戒心に満ちた声と眼差しだ。
俺に対する猜疑心も混ざっているようだったけれど、アヤがこういう用心深い対応を見せるのは当然だ。
むしろアヤの彼女らしい一面を見ることができた気がして、口元が緩むくらいだった。
(やっぱりアヤはエヴァンジェリンが大事なんだな)
俺の反応を訝しがるアヤに、大学ノートサイズの号外新聞を差し出す。
初日に街中でハーピーが配っていた、天使教会公認とやらの代物だ。
「何よこれ」
「最近物騒みたいだから、用心するに越したことはないって思ってさ」
「物騒って……ちょっと待って! 何この記事!」
アヤは俺の手から号外新聞を奪い取ると、綺麗な顔を強張らせて食い入るように記事を睨みつけた。
「隣接するドラコ空域から邪竜信仰の教徒が侵入した恐れ!? そんなの聞いてないっての! あいつら、またいい加減な仕事して……!」
「レイヴンさーん! どの飛空艇に乗ったらいいんですかー! 大きい船ばっかりですけど、レイヴンさんの小型艇に乗るんですよねー?」
いつの間にか先に行っていたエヴァンジェリンが、少し離れたところで振り返って大きな声を上げている。
「ちょっ……! こら! 先走んじゃないの!」
慌てて走り出したアヤの後を追って、俺もエヴァンジェリンに追いつこうとする。
そのときだった。一発の銃声が港湾広場に鳴り響いたのは。
空港を往来する利用者が一斉に驚き立ち止まる。
そんな中、他の通行人を突き飛ばしながら疾走する、不審な一団。
黒いマントで全身を覆った黒尽くめの集団が、一歩たりとも足を止めることなく、俺達の進行方向に回り込んできた。
奴らだ――襲撃者達が遂に姿を現したのだ。
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