第四話 聖騎士アヤとエヴァンジェリン

 翌日の夕方、俺は予定通り市街地の一画に位置する食堂を訪れていた。


 店内を照らしている照明は、電灯でもオイルのランプでもない霊力灯だ。

 まるで昼間のようだとまではいかないが、店の隅々まで光が行き渡っていて、大勢の人間やハーピーが料理を楽しむ姿がよく見える。


 人間の頭髪が色とりどりなのは初日の時点で分かっていたが、ハーピーの羽の色もなかなかに多種多様で、眺めているだけでも飽きそうにない。


(そういやプロローグの段階だと、人間以外の種族はハーピーしか出て来なかったんだった。獣人とかに会えるのはもうちょい先かな)


 何気なくそんなことを考えながら、現実には存在しない果物のジュースを口に運ぶ。


(んー、酸味の少ないレモンみたいな味ってところか?)


 霊力……精霊の力の恩恵を受けているのは、照明器具だけではない。


 例えばこの食堂なら、火属性の霊力が調理用コンロに使われているし、食材や飲み物を保管する冷蔵庫も霊力で動いている。


(意外と快適な世界なんじゃないかって、前々から思ってたけど。普通に暮らす分には本当にそうだったみたいだ。まぁ……テレビもゲームもネットもないっていうのは、慣れるまで本気で大変そうだけどさ……)


 もちろん、現実を忘れて食事を楽しむために、わざわざここへ来たわけではない。


ここはフリーランスの運び屋の溜まり場であり、多くの依頼主が仕事を持ち込んでくる定番の場所なのである。


 軽く周囲を見渡せば、この酒場に集まった同業者の五人に一人は、酒や料理ではなく契約書をテーブルに並べて依頼主との交渉に精を出している。


 エヴァンジェリンとアヤも運び屋を探してここに来て、偶然にもレイヴンと出会うというのがプロローグの筋書きだ。


 彼女達がそれ以前にどこで何をしていたのかは、原作でも詳しくは語られていない。


(今のうちに、ステータスの再確認でもしておくか)


 頭で思い浮かべることでウィンドウが展開し、タッチパネル感覚で表示内容を操作する――セレスティアル・ファンタジーは名前の通りファンタジー系のゲームアプリだが、この辺りにはちょっとSFっぽさを感じてしまう。


 これは精霊と契約した者なら誰でも表示することができ、また本人が許可していない者には内容を読めないようになっている。


 商談中の他の客も、何人かはステータスウィンドウを開いているが、俺からは半透明の白い板が浮かんでいるようにしか見えないし、他の奴から見た俺のステータスも同じようになっているはずだ。


 ――――

 ランク:☆ レベル:20/20 属性:無

 HP:3000 ATK:3000

 パッシブスキル:『アナライズ』『リンケージ』

 アクティブスキル:『リペアバレット』『ベイルアウト』(NEW)

 覚醒奥義:『エレメンタル・バレット』

 精霊武器:大型拳銃型『ブラックイーグル』

 ――――


 原作通り、とことん平均的で主人公らしく癖がないパラメータである。


 まずはランク――これはいわゆるレアリティのことだが、セレファンでは全キャラクターが最高レアリティまで引き上げられる仕様になっている。


 初期レアリティは星1から星3まで。ランクアップで最大星5まで強化可能。

 ランクはレベルキャップも兼ねていて、星1だと最大レベルは20だが、星5は最大100レベル。


 作中世界において、ランクは『契約精霊から受け取れる力の上限』であり、レベルは実際にどれくらいの力を使いこなせているかを示している。


 強力な精霊は複数の相手と契約を交わして、それぞれにどの程度の力を配分するかを任意で決定するが、弱い精霊は一人の契約者に全ての力を託す。


 そして借り受けた力を繰り返し使って経験を積むほど……つまり『経験値』を高めることで本来の最大性能に近付いていく。


 レベルキャップ解放にそれぞれ指定のアイテムが必要な点は共通だが、細かい理由付けは多種多様。


 精霊を強化することでランクを上げるケースもあれば、強大な契約精霊に貴重品を献上することで気に入られ、より多くの力を貸し与えられてランクを上げるケースもある。


 そしてグラティアの場合、エーテリウムという特殊な金属を使って失った機能を取り戻すことで、ランクの数値も上がっていくという設定だ。


(エーテリウムは最初の空域じゃ手に入らないからなぁ。まぁ、必要なスキルは手に入ったんだから、今のところはこれで充分だと思っておくか)


 ちなみに、属性の『無』は『人工精霊だから他のどの属性とも有利不利がない』というだけで、何か特別な意味がある属性というわけではない。


 レイヴンは全プレイヤーの初期戦力なので、どんな相手とも最低限戦えるように調整されているだけである。


 HPとATKにも設定は存在しているが、今はいいだろう。


 覚醒奥義はいわゆる必殺技。レイヴンのそれは『仲間との合体攻撃』という設定だ。


 ゲーム上の性能は、発動時に戦闘メンバーの一人を指名して、そのキャラクターと同じ属性の大ダメージ攻撃を放つというもので、このおかげで無属性のレイヴンでも敵の弱点を突くことができる。


(原作のアヤは星3ランクのレベル60……これでも勝てない敵が相手なんだから、たかがレベル20のレイヴンのHPやATKなんて役に立たない。覚醒奥義も正式なクルー限定の合体攻撃だし、ダメージ倍率も友好度依存だから期待できない。重要なのはスキルだ)


 スキルの使用はMPではなくCT、いわゆるクールタイム制になっている。


 一度使ったスキルは、しばらくターンが経過するまで使えないという、よくあるアレだ。


 そして、いくつかあるスキルの中で特に重要なのは――


「すみません。運び屋さんですよね?」


 ――不意に鈴を転がしたような声が投げかけられる。


「よろしければ、お仕事の依頼をさせていただきたいのですけれど……」


 俺は椅子に座ったまま振り返り、言葉を失って固まってしまった。


 そこにいたのは二人の少女。


 一人は旅人が羽織るような厚手のマントを纏い、フードを外して長い金髪と愛らしい顔を露わにさせている。


 彼女こそがセレスティアル・ファンタジーのメインヒロイン、エヴァンジェリン。


純朴で快活、心優しくて強い正義感の持ち主。

 まさしくメインヒロインの鑑のようなキャラクターだ。


しかし、そんな原作メインヒロイン以上に俺の視線を引き寄せたのは、その隣に立つもう一人の少女の姿だった。


「あんたがレイヴンね。ここのマスターに『信頼できる運び屋を雇いたい』って言ったら紹介されたんだけど」


 エヴァンジェリンよりも少し背が高く、同じデザインのマントを羽織り、不敵に笑いながら油断なく周囲を警戒する――素人の俺が見ても只者じゃないと理解できる雰囲気の少女。


 肩に届くかどうかの長さの頭髪は、グラティアの白髪とエヴァンジェリンの金髪の中間程度の色合いで、何とも言い難い繊細な色彩を湛えている。


 薄まった金色。くすんだ銀色。灰色がかった白色。

 どの表現も適切なように感じられて、その色調を一言で言い表すのは難しいけれど、白髪ではないが色の薄い髪と言うのが最も手短だろうか。


「ねぇ、ちょっと。聞こえてる? 本当に大丈夫なんでしょうね」

「あ、ああ。目にゴミが入っただけ。ちゃんと聞いてるよ」


 俺は目元を強く押さえ、不覚にも目が潤みそうになったのを誤魔化した。


 彼女こそが、聖騎士アヤ。

 本来のシナリオの通りであれば、今夜のうちにエヴァンジェリンのために犠牲となって命を落とす少女。


 無愛想。やさぐれた。ひねくれた。棘がある――彼女の雰囲気を表現しようと思ったら、どうしてもこんな種類の単語が並んでしまう。


 けれどむしろそれが嬉しかった。

 正道のメインヒロインであるエヴァンジェリンとは正反対の、聖騎士という肩書に似合わない振る舞いこそ、彼女の最大の魅力の一つなのだから。

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