第三話 飛空艇グラティア
「ええと……こういうときは、やっぱり自己紹介から入った方がいいのか? 俺はレイヴン、フリーランスの運び屋だ」
「改めまして、本艦はグレイル級巡航飛空艇二番艦、グラティアです。厳密に申し上げますと、貴官が対面しているこの実体は、飛空艇グラティアの制御を司る人工精霊のコミュニケーション端末……つまり人型インターフェースとなります」
ファンタジーらしからぬ小難しいSFめいた言い回しだが、要するにこの飛空艇は人工知能ならぬ人工精霊によってコントロールされているのだ。
もちろん、普通の飛空艇に人工精霊なんて搭載されていない。
それどころか、人間と普通に意思疎通できる人工精霊そのものが、この世界における現代の技術レベルを越えた代物である。
外観からも分かる通り、飛空艇グラティアはこの世界におけるオーバーテクノロジー、あるいはロストテクノロジーの塊なのだ。
「レイヴン様。貴官は所有者不在であった本艦を再起動したことにより、本艦の所有権を主張する権利を獲得いたしました。いかがなさいますか?」
「当然! そのために来たんだからな!
アヤの死亡イベントの回避に一歩ずつ着実に近付いている――そう思うだけで胸が痛いくらいに高鳴るのが分かる。
「ええと……呼び方はグラティアでいいんだよな」
「それで構いません。制御を司る精霊も担当艦名で呼ぶ慣例です」
油断するとグラティアの神秘的な雰囲気に飲まれそうになってしまうが、今は本物の精霊を目撃した感動に浸っている場合ではない。
原作プロローグの出来事が発生する前に、グラティアを飛行可能な状態にまで再生させておくこと。
俺が立てた作戦を実行するためには、これが絶対条件なのだ。
「畏まりました。それでは私と精霊契約を結んでいただきます。既に他の精霊との契約を結んでいる場合は、まずそちらの精霊との……」
「大丈夫、契約はしてない。すぐにやってくれ」
いわゆるファンタジー系ゲームのご多分に漏れず、セレスティアル・ファンタジーの世界にも魔法のような特殊能力が存在する。
その名称は精霊術。
エネルギー源は魔力ではなく霊力と呼ばれるが、まぁ似たようなものである。
いわゆるキャラクターの属性も契約精霊のそれと一致する仕様だ。
「了解。では右手をお出しください」
言われるままに、手の平を上にして右手を差し出す。
グラティアが俺の右手に手を重ねたかと思うと、熱を帯びた光がゆっくり流れ込んできて、何とも言えない充足感のようなものが全身を満たしていく。
やがてその感覚が薄れて消え、グラティアが手を離した後、俺の右手には一丁の拳銃が残されていた。
現実的な拳銃ではなく、科学が発達したファンタジー設定ゲームに出てくるような、洒落たデザインをした大型拳銃だ。
(グラティアの精霊武器……現物はかなり重みがあるんだな……)
精霊と契約を交わした者は、それぞれの精霊の特性と契約者の性質に合わせた道具を手に入れる。
その形状は剣であったり弓であったりと様々で、武器とは呼べない道具だったりすることも珍しくないが、レイヴンとグラティアの精霊武器は原作でもこの拳銃である。
「契約は完了しました。ですが本艦は、過去の戦闘と長年の漂流によって大きく消耗し、通常の航行も不可能な状態にあります」
「分かってるよ。ああ……見れば分かるって意味で。そんなことより、何とかして明日の夕方までには全力で飛べるようにしたいんだけど、できそうか?」
「本艦には『自己修復機能』が備わっております。しかしながら、現状では修復用の材料と霊力の双方が不足しているため、明日の夕刻までというオーダーの達成は困難と返答せざるを得ません」
「他の空域まで飛ぶ必要はないんだ。ほんの数分でいいから全速力で飛行できて、後は隣の島まで飛べるくらいの余力を残せればいい。どうすればやれそうだ?」
「少々お待ちを。計算いたします」
グラティアが無表情に口を閉ざして沈黙する。
前提として、このセレスティアル・ファンタジーの世界には海と大陸が存在せず、神秘的な力で空に浮かぶ無数の浮遊島によって構成されている。
浮遊島の分布は均等ではなく、複数の島が集まった『空域』というエリアが数多く存在し、それぞれ多種多様な文化を育んでいる……これがセレスティアル・ファンタジーの世界の基本的な構造だ。
王国のような空域もあれば強大な精霊が支配する空域もあり、全てをひとくくりにして言い表すことはできない。
そして、翼を持たない種族が大空を渡る唯一の手段――それが飛空艇である。
違う空域に移動するなら軍艦や客船サイズの大型飛空艇が必要だが、同じ空域にある島に移動するだけなら漁船サイズでも充分に事足りる。
しかし俺の作戦を実行するためには、生半可な性能の飛空艇では到底足りない。
飛空艇グラティアの圧倒的なスピードが必要不可欠なのだ。
「本艦の自己修復機能は、契約者の『レベル』に応じて性能を向上させます。日没までに現在の限界値であるレベル20まで『レベルアップ』できれば、オーダーの達成も充分に可能だと思われます」
当たり前のようにレベルという単語が出てきたが、これも原作シナリオ通りの発言だ。
セレスティアル・ファンタジーは、ゲームシステム的なステータスが作中世界に存在している設定となっていて、レベルも例外ではない。
その設定周りもかなり興味深いのだが、今はそれどころじゃないので後回しだ。
「ただし、実際には極めて困難である、と付け加えさせていただきます。日没までの数時間でレベルを要求値まで上昇させるのは非現実的です」
普通ならグラティアの言う通りなのかもしれない。
だが、これも最初から想定の範囲内。
原作知識を使えば簡単に解決できる程度の問題である。
「大丈夫、ちゃんとレベルアップの当てはあるよ。ゆっくりで構わないから、今から指示する場所まで飛んでくれないか?」
◆ ◆ ◆
漂うような速度でグラティアを飛行させ、辿り着いた先は極めて小さな浮遊島。
もはや島というより、ただの岩場と表現した方が近い代物だ。
この世界には、こういう名もなき島が数え切れないほどに存在する。
それらの大部分は単なる背景として描かれるだけだが、この無人島は例外の一つだった。
(壊滅した空賊団が物資を隠した無人島。原作のレイヴンが立ち寄るのは、かなりストーリーが進んでからだったけど……一足先に回収したって問題はないよな)
小屋の廃墟に足を踏み入れ、その地下室に隠されていた宝箱を見つけ出す。
もちろん鍵は持っていないので、手に入れたばかりの精霊武器――霊力弾を放つ大型拳銃を手元に出現させて、錆びた錠前を撃ち抜いて破壊する。
(くうっ……! このリアルな反動、最高だな! 本物の銃とか触ったこともないけど!)
原作再現の鍵の開け方に、つい気分が高揚してしまう。
宝箱の中身は、ありがちな金貨ではなく大量の宝石……のような半透明の白い石だ。
天属性の精霊石。いわゆる万能属性の経験値アイテムである。
セレスティアル・ファンタジーの経験値稼ぎは、戦闘をこなして経験値を入手する一般的な手段の他に、ドロップやイベントで手に入るアイテムを消費するという手段もある。
普段は戦闘でコツコツ育てて、新たに入手したキャラは貯めておいた経験値アイテムで一気に成長させるというのが、大部分のプレイヤーの育成方針ではないだろうか。
さっそくアイテムを経験値に変えようと思い、片手を前に出してステータスウィンドウを開くように念じてみると、半透明の板状のモノが原作通り目の前に出現した。
(やっぱりこれも原作と同じか。念じれば開くところまで原作通りだ。ステータスウィンドウが実在する扱いなのも面白い部分だよな)
セレスティアル・ファンタジーの世界では、ステータスウィンドウは『精霊と契約を交わした者に与えられる共通のスキル』という立ち位置だ。
キャラクターによっては立ち絵に描かれていたりもするくらいで、キャラクター同士の会話でカラーリングの流行が語られるくらいに、ごく当たり前のものとして扱われている。
『なるほど、そういうことでしたか』
ステータスウィンドウにグラティアの顔が映し出される。
霊力通信――設定的には飛空艇間の通信に使われる技術で、メタ的には艦内で待機しているキャラの出番を増やすためのギミックだ。
もちろんこれも、グラティアが特別にオーバーテクノロジーなだけで、本来はこんなに便利な代物ではない。
これもレイヴンが持つ強みの一つだと言えるだろう。
『さすがです、レイヴン艦長。レベルアップが済み次第、すぐさま自己修復機能の再起動に取り掛からせていただきます』
まっすぐな称賛を向けられて、何だかくすぐったい気持ちになってしまう。
だが実を言うと、自己修復機能のパワーアップは単なる副産物。
本当に必要なものはまた別にあった。
(重要なのはレベルアップで手に入る新スキル。多分、そいつがなかったら作戦の成功率はガタ落ちだからな)
これだけの精霊石があれば、目的のスキルもほぼ間違いなく入手できるはず。
俺は作戦の成功を確信し、心の中で会心の笑みを浮かべたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます