疲れ果てたサンタクロースを助ける話

雪待ハル

疲れ果てたサンタクロースを助ける話

ダメだ。

このままではダメだ。

私は行かなければならない、プレゼントを子どもたちに渡さなければならない。

それなのに体が動かない。

どうしたらいいのか分からない。


(誰か――)


真っ白な雪の中、心の中で思わずつぶやいた。

その時、近くで雪を踏む足音が二人分聞こえた。


「ねえゆかり。スライムが落ちてる」


「そうだねあかり。持ち帰っちゃおうか?」


うつろな目で見上げれば、そこにいたのは二人の子どもだった。

同じ顔に同じ体格、同じ背丈。

片方は黒いベリーショートにどこかぼうっとした表情、ボーイッシュな服装。

片方は茶色いショートボブにはつらつとした顔つき、可愛らしい服装。

どうやら双子のようだ。


「・・・ゆかり、ダメだよ。危ない生き物かもしれない」


黒髪の少女がそう片割れに言う。


「んー?でもさ、こいつ泣いてない?」


茶髪の少年がそう片割れに返す。

少女はその場にしゃがみこんで、私をまじまじと見た。


「・・・・。ああ、確かに」


「どこか痛いんかな」


「何か悲しいんかな」


「寒いのかもしれない」


「お腹が空いてるのかもしれない」


「給食の余りのパンがあるぜ」


「人間の食べ物、食べるかな」


「分かんね。でも試しにちぎって食べさせてみよう」


少年はそう言ってから背負っていた赤いランドセルを降ろして中からビニール袋に入ったパンを取り出した。

それを見た私はふと不安になった。

自分はこの姿のままでパンを食べられるだろうか。

だが心配は杞憂だった。

少年が手でちぎったパンをスライムの姿になった私にくっつけると、私はそれを食べる事ができた。

くるみが入っていて、美味しかった。

それを感じた時、自分は今とても飢えていたのだと初めて自覚した。


「食べた!!よかった」


「お腹空いてたんだ・・・」


少年は喜び、少女は納得がいったようにそう言うなり、背負っていた黒いランドセルを降ろして中から水筒を取り出した。


「きっと、喉もかわいているよね」


水筒の蓋にお茶をつぐ。冬の冷たい空気に白い湯気がたった。

少女は私にお茶を飲ませようとして――――ためらった。


「このままかければいいのかな?ヤケドしちゃわない?」


「あー、そうだよな。どうすればいいんだろう」


「そのままかけておくれ」


いつの間にか私は声を出せるようになっていて、無意識にしゃべっていた。

双子はぎょっとした顔になる。


「「しゃべったーーーー!?」」


大声の合唱である。

だがさすがと言うべきか、こんな姿をした私におそれなく近付いて来ただけあって、驚きはしたものの、二人は逃げる事はしなかった。

少年はすぐはしゃいだような顔になり、


「すっげえ!おれたちスライムとしゃべってる!」


と目を輝かせ、


「・・・かけていいのね?」


と少女はすぐ冷静になって私に問いかけた。


「ああ。頼む」


と私は答えた。

少女はためらいがちに、けれど思い切ったように水筒の蓋についだお茶を私に注いだ。

それを私は飲む。

ごくごく。ごくごく。

ああ――――あたたかい。

お茶もそうだが、二人の勇気と優しさが。

自分に消耗していたエネルギーが戻ってくるのを感じた。

そして。

何かがはじけるような明るい音がその場に響いた。


「わあっ!?」


「何!?」


双子はとっさに目をつむる。

おそるおそる二人が目を開けると――――。


「やあ。少年少女よ、美味しいパンとお茶をありがとう」


それまでスライムがいた場所に老人が立っていたのだから、きっとさぞかしびっくりしただろう。

少女は目を丸くして私を見つめ、


「あなたが、あのスライム・・・?」


と問うた。

私は大きく頷く。


「そうだ。私は人の敵意と悪意にたくさん触れて、疲れ果ててしまったんじゃ」


「じいさん疲れるとスライムになんの?なんかすげー」


少年は少女よりは落ち着いた口調で、ひょうひょうと言った。

私は頷く。


「今、人の世界は争いに満ちている。だから私のような存在は、それに敏感に反応してしまうのじゃよ」


そう説明して、


「だが、君たちのような人間がいてくれたから、助かった。きっと世界も、大丈夫じゃな」






ありがとう。






そう伝えて、笑って。

私は二人の前から消えた。

自分にはやらなければならない事があるから。

でも、二人の事は、いつまでも覚えているだろう。

















「・・・・行っちゃったな、あかり」


「そうだね、ゆかり」


「結局あのじいさん、何者だったんだろ」


「セカイがどうとか、言ってたから・・・」


「正義の味方とか!?」


興奮気味の少年の言葉に、少女はくすっと笑う。


「――――そうかもしれないね」


そうだ、きっと。

自分たちは疲れ果てた勇者を助けたのだ。

あんな風に笑ってありがとうと言うおじいさんを助けられたこと、きっと忘れない。

大人になっても、わたしたちは、きっと。





おわり

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