フィナーレを飾る花束

藤泉都理

フィナーレを飾る花束




 両肩は両耳につくんじゃないかってくらいに上がって。

 全身、特に頬と耳と目は真っ赤に染め上がって。

 すべての細胞が小刻みに揺れ動いて。

 景色が霞んでいる。


 フィナーレを飾る花束を手渡す。

 今生で一度きり最重要任務を言い渡された私は、緊張に緊張しきっていた。

 いいえ、訂正します。

 両の手を突き上げて願い出ました。

 元々人の前に出るのは苦手な私でしたが、この時ばかりはそんなこと言ってはいられません。


 だって。

 だってだってだって。

 この舞台に出演しているのは私の大好きな俳優さんだから。


「もうそろそろだから」

「………」

「ちょっと、聞いているの?」

「え、あ、うん」


 肩を叩かれてようやくお母さんの存在を思い出した。

 舞台に集中しすぎていてすっかり忘れていた。


「いい?これからあそこにみんなで集まってから一列に並ぶの。あなたはあの子の後ろね。階段を上って舞台に上がって。みんなが上がり終わったら、花束を渡してくださいって司会者の人が言われるからその時に渡すのよ」

「う、うん」




 そして、冒頭。

 ついて行く人が居て本当によかった。

 心底感謝しながら、前を歩く人について行き、そして。


 バックンバックン心臓の音がヤバい。

 身体が思うように動かない前を向け身体。

 ほら、合図が出たでしょ。早く舞台を降りなきゃいけないし。

 もう、手汗出てないよね。手袋しているけど。木綿だし。ラッピングについていたら死。死ねないけど。

 

「きゃ。感動しましたっ」


 一年ぐらい時間が経ったんじゃないかってくらい、時間をかけて前を向いて(実際は三十秒くらいだったらしい)。

 でも。顔を見られなくて直視なんて無理で。

 顔を下げたまま両手で花束を差し出せば。


 ふんわりと受け取ってもらえて。

 ふんわりとありがとうって言ってもらえて。

 ふんわりと握手してもらえて。

 ふんわりとまたねって言ってもらえて。

 ふんわりと手を振ってもらえて。







 誰か私にフィナーレを飾る花束をください!!!












(2023.1.30)



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

フィナーレを飾る花束 藤泉都理 @fujitori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ