第2話 9月14日 1ページ目
9月14日
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新しい朝が来た!昨日はぐずぐずしていた僕だけど、大事な任務を任されたんだ!
冒険に出るには仲間が必要だ!ハローワークに行って仲間を募るんだ!
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なんだよこれ、書いてないぞこんなの。
業務メモ消えてたり、知らない文章書いてあったり、不思議なことが起きるもんだな。
眠い目をこすりながら日記を書いた甲斐があったな、昨日起きたことが現実だったと知らせてくれているようだ。
ばっちり8時間眠った俺の頭は冴えていた。
しかし冒頭のはなんだ、何すればいいのかわからない俺への指示か、そういうことか。
なんとかの酒場じゃなくてハローワークなのか、変に現実的だな、まあ行ってみるか。酒飲めないし。
1階のリビングへ降りる。
「おはよう勇者!もうお昼よ!」
息子に対してその言い方はどうなの?勇者って言うなれば職業でしょ?昨日まで「おはようレンタル屋!」なんて言ってなかっただろ。
「どうしたの?勇者。ご飯を食べて旅立つのよ。」
待て、待て母上。無理に勇者を刷り込もうとするんじゃない。昨日まで名前で呼んでいただろう。
「名前?あなたは勇者じゃない。あなたは勇者、でしょ?」
ここまで徹底するとは役所もたまにはいい仕事をするんだな。演技指導までするのか。俺のために盛大に税金を投入してくれたようだ。
「勇者!旅立ちの日だな!ほら、俺が昔使っていた盾だ、持って行け!」
父上までもその呼び方するの?というか今渡さないでよ、飯食おうとしてるのよ?皿にするよ?持ち手の皮のとこくっさ!要らね!
ん?前に使ってた盾…?そんなもん家にあったかな、どこに仕舞ってたんだ?
「何を言ってるんだ我が誇りの勇者よ、ずっと玄関に飾ってあったじゃないか」
ねーよ!家族写真と花瓶だったろうが!
もう…家族総出の劇団で疲れたよ…さっさとハローワーク行こ…。
昼飯もそこそこに家を出ることにした。昨日貰った防災袋はしっかり背負ってきた。
ふと思い立って踵を返し、玄関の扉を開けようとしたのだが、なぜかノブが回らなかった。
これはアレかい、この後に強制イベントあるから不思議な力でかき消されたとか?何が起きるんだよもう…。
ハローワークまでの道のりは近くも遠くもなく、徒歩20分といったところ。
道中には学校、公園、図書館、大型デパートなどの公共施設がある。
首都圏郊外特有の街並みだ。
25年過ごした街なだけに見慣れたもの。のはず、なのだが。何やら様子がおかしい。
卒業した中学校の正面に大きな垂れ幕が出ている
「祝!勇者!」「我が校の誇り!勇者誕生!」
1日でこれ作ったの…?噓でしょ…?そんなに広まってんの?
よく見たら「県大会出場おめでとう!」の文字の上から書いてんな、何部だか知らないけどかわいそう。
在校生を優先しなよ、総理大臣の出身中学校でもこんなことしないでしょ…。
本当に頭が痛くなってきた。まだ家出て5分だぞ。
歩みを進め、次に見えるは公園である。平日の午前中と言うこともあって町は閑散としているが、元気に遊んでいる幼稚園生ほどの集団がいる。微笑ましいなと思ったのも束の間、やはりおかしい。
「ゆーしゃのジャーンケン、ジャーンケーンスラーッシュ!」
知らぬ。そんな掛け声は知らぬ。ジャンケンが地域によって掛け声が違うのは知ってるけど、こればっかりは絶対おかしい。初めて聞いたよこんなの。スラッシュって何よ、グーチョキパーの概念どうなってんのよ。
これちょっとしんどいよ、行く先々でため息つく羽目になるよ。すっごい恥ずかしいよ俺。
ため息を吐き、顔を上げると井戸端会議中の奥様と目が合ってしまう。
目線はこちらだが手で口を押さえ、ひそひそ話しモードに入ったのがわかる。
「あら!勇者よ勇者!ハローワークに行くんだわ!」
「ありがたいねえ、拝んでおきましょうかね」
「やーね奥さんほんとに調子いいんだから」
なぜこうも井戸端会議とは駄々漏れ音声なのか。これは全国共通だと思う。
それにしても、ハローワークに行くことを嬉々として話されているのはあまりいい気はしないな。
そもそも仕事を探しに行く施設だよね?勇者って職業なんじゃないの?あ、雇用者って意味なのかな。
大手企業の社長的な位置づけになったってことならまあ…この扱いもわからなくもない。正社員だったこともないし社長なんて更に知らんけど。
公園を突っ切り、信号を渡ると大型デパートがある。
さすがに商業施設では何も起きないだろ、と思ったのだが、見上げた先には高々と昇るアドバルーン。
デパートにはつきものであるが、やはりおかしい。
アドバルーンって一番強調したいことを書くものだよね。
「祝!勇者誕生ウルトラスラッシュセール開催中!!」
まーたスラッシュだ!最上級の必殺技みたいになってやがる!
一体何を売ってるんだろうと気になるところではあるが、密室に入るのはすごく怖い。
自意識過剰と思われても構わん、これは相当怖い。
デパートのすぐ側を通るのはやめよう…と言っても対向歩道に移るだけなんだけど。
あともう5分も歩けばハローワークに着くなあ、どんな様子なんだろうか。4年ぶりだな。
就職活動中に伺った時はみんな普通に仕事を探していたけど、今はどうなってるんだろ。
道端に置いてある自販機ですら「勇者コーラ」「レモンスラッシュ」「旅立ち緑茶」など
何やら勇者にあやかったような商品が増えている。だから、これを昨晩だけでやったの?この町凄くない?
もしかしたら変に囃し立てて俺を町から出そうとしているのかもしれない。そうだとしたらこのやり方は効果覿面だ。よくわかってやがる。想像以上の効果を発揮しているぞ役所のやつらめ。二度とこの町に納税しねえ。
その公共機関に向かってるんだけどさあ。
ぐちぐち考えてる間に着いちゃったよ。…身構えていたより大人しいな、何もデコレーションされてない。
というかそもそもハロワに宣伝看板とか元から無いか。そりゃそうだ。
自販機の商品も普通だ!普通のコーラやウーロン茶だ!なんの感動だこれ。
意気揚々とハロワに入ろうとすることがこの人生に訪れるとは思わなかった。
それにしても閑散としてるな。この市は仕事が無いのか?
死屍累々なイメージあったけど、無職も居なけりゃ人材も豊富か。いいじゃん、平和じゃん。
それなのに俺は元バイトでいまは勇者て…なんだこれ。
まあいいや、ハロワで何するんだ?とりあえず受付で聞いてみようか。
「あの、勇者ですが、ここに来た方がいいような気がして、伺いました」
話し掛けたはいいけどそういや要件よくわかってねえや。
何故か書いてあったことを鵜吞みにしたからな。
てか自然と勇者ですって名乗っちゃったよ恥ずかしい。
「おお、そうか、君か」
そう言って丸眼鏡をかけた小太りのおじさんは席を立った。
背丈は155センチほど、50歳くらいかな、サスペンダーがよく似合う。
「久しぶりだね。奥に行こうか」
初対面だと思うのだが、久しぶりとはなんだろうか。
どうやら今日の職員はこのおじさんだけらしい。
受付の奥にある通路を歩いていく。人影はない。
トイレ、給湯室もあるな。ゴミ箱はからっぽ。生活感が全くない。
というかマジで俺とおじさんの二人だけだな。
「私は林。林勇一。名前に勇が入ってるからこの仕事を任されているんだ」
無言が嫌だなと思っていたところへ、自己紹介をいただいた。
勇がつく名前、あ、そっすか、一応そういうのやっぱあるのね。
「わからないことだらけだろう?急になんなんだって」
この状況に陥ってから初めて話の分かる人に会えた気がした。
「でも君は勇者なんだ。それはもうずっと前から決まってたんだよ」
ちょっと可能性感じたけど、この人も劇団員だわ。
「いつから決まってたんですか?」
「生まれた時からだよ」
どうやって25年隠し通してきたんだよ…というか勇者ってもっと若い子がなるもんじゃないの?
「10代がなるものだと思うだろう?それではダメなんだよ。精神が幼くて、心がもたないんだ」
心を読んだうえで理由まで解説してきやがる。こいつ仕事できるな。
「社会を少しかじって、現実が見えたくらいの青年が適任なんだよ。」
いや僕アルバイトしか経験ないですけど。
「高校生くらいの子が魔王を倒すなんて、そんなファンタジー無いんだよ」
一昨日までバイトしてたやつが魔王を倒すファンタジーもねーよ。
「ともかく、君は勇者に就職する運命なんだ」
これって就職なんだ。
運命ってこんな簡単に現実をもひっくり返すものなのかな?
まあもう、こうなっちゃったら仕方ないよなあ。
小学生が将来の夢に勇者と書く日が来てほしいものだ。
「君は5年ほど前にもここに来たことがあっただろう」
「そうですね。就職活動ですね。ごく一般的な、平和なね」
「ははは、そう皮肉も言いたくなるよね」
林さんは人生経験が豊富なんだろう。もう扱い方を見透かされている。
「その時、全く相手にしてもらえなかっただろう」
ぎくりとしたが、実際のところ事実なので仕方ない。
「それはね、君がダメなんじゃない。あのレンタルビデオ屋に居てもらう必要があったんだ」
そこでなんでレンタルビデオ屋なんだよ…他にあっただろ…
「あそこはね、言わば宝物庫なんだよ。お客さん全然来なかっただろう?まあ従業員もそのことは知らないんだけどさ」
聞けば聞くほど意味がわからん…。
「全然情報が頭に入ってこないすね」
「ははは、君のお父さんもそうだったよ」
え?
「そう、君は勇者の家系なんだよ」
「まあ、現代の勇者なんて公務員みたいなものだけどね」
「盾を受け継いだと思うのだけれど、貰わなかった?」
おいマジかよ、あれ、マジの盾だったの?ていうか親父なんなの?公務員?
「ごめんね、説明が下手で。50年ぶりに説明するもんだから、何から話せばいいやら」
林さん、何歳なんだろ。というかそれまで何の仕事してたん?
「さてさて、黙ってついてきてくれてありがとうね。ここが専用の部屋だよ」
【勇者課】
うーわ、錆び錆びボロッボロのドア。
経年劣化と埃で鉄のドアノブは茶色の斑点まみれだ。
これ触ったらゾワッとするやつだなあー・・・・・・・。
「さ、中で話そうか」
俺が触りたくないドアノブを回し、扉が開かれる。ギィーと軋む音が響く。
づ、何この部屋ぁ…。
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