第23話


 ジーク様が指を鳴らすと、風魔法なのか部屋に置いてあった鏡が動いた。今気づいたけど、鏡にタイヤのようなものが付いていて、床をコロコロと転がっている。で、その鏡が俺たちの前で止まった。

 いや、なんで鏡?


「見やすいか?」

「へ?見やすい?な、なにを、って……え?ええっ」


 どんな羞恥プレイだよ!鏡に映す必要ある?あるの?俺はないと思うけどな。てか、なんか明るいし。いやいや、アリスに聞いた話だと、中等部編はR15って話じゃん。R15だよね?R15なんだよね?これで?これでR15なのか?

 俺の頭の中がグルグルしているうちに、本当に保健体育さながらのお話がジーク様の口から語られた。

 あー、うん、わー、って耳を塞ぎたい。いや、大切なことだから、大切なこと事だからちゃんと聞かなくちゃな。大切なことなんだよ。保健体育の授業は!


「わかったかな?」

「………………」


 俺は無言でうなづいた。もう無言を貫き通す。それしかない。絵でいいじゃん、絵でもいいだろう。なんで俺のオレを触りながらの解説なんだよ。ビクビクしちゃってんじゃん、オレってば。


「じゃあ、続きはまた今度」


 ようやくジーク様が俺から離れてくれて、俺に下着とパジャマのズボンを履かせてくれた。いや、股間の収まり具合を確かめてくれなくて結構ですけど。自分で調節しますよ。だから、したから持ち上げないでくれぇ。俺は内心盛大に叫んだ。もう、口を真一文字にしているしかないのだ。だってそうしなければ本当に叫び出しそうなんだから。

 そうしてジーク様が俺に布団をかけ、額に軽く唇を落とすキスをして部屋を出ていった。もちろん「おやすみ」って言葉は耳元で囁くように、だ。うーわー、うーわー、うーわー、叫びそうだ。思わず叫びそうなぐらいに甘い空気が漂う。直前までしていた事をうっかり忘れそうなぐらいにな。

 俺は何度か深呼吸をして心を落ち着かせた。

 そう、落ち着け俺。

 起き上がり布団を剥いで俺のオレと対面する。新生オレ、どうやら無事である。なんか塗られたやつは乾いたのか特にベタつきもない。むしろサラサラしてるかも。そう思って自分の手で触れてみた。サラッとした肌で、ふにゃふにゃだ。うん、ふにゃふにゃだ。良かった。


「うぁぁぁぁ、まじかよぉ」


 俺は頭を抱えた。

 そりゃそうだろう。オレ誕生の儀式を他人の手でされるだなんて思ってもみなかった。そこはおっかなびっくり自分でするんじゃねぇの?いや、もう、びっくりだよ。俺はそっと自分でオレを具合のいいように収め、深いため息をついて眠りについた。



 で、翌朝絶望再びだったのは察して欲しい。


「うぎゃぁぁぁぁああああ」


 俺は早朝絶望的な叫びを上げた。うん、止められなかった。止めようがなかったんだ。

 だって、まさかの2日連続なんて思っていなかったんだから、予想外だよ。しかもしっかり夢の内容を覚えている。出来れば忘れたかった。いや、覚えているからこそ、その瞬間に目が覚めて絶望的な悲鳴を上げたんだ。そして股間を見て泣きたくなった。


「う、嘘だ……」


 今朝も俺の股間は白くて粘っこいので汚れていた。

 夢見が悪いにも程がある。


「セレスティン様?」


 ベッドの天蓋のむこうから、メイドさんが不安そうに声をかけてきた。そりゃ、不安になるよね。仕える主が悲鳴を上げて起きたんだから。


「あ、う……着が、着替え……」


 そう言って俺はベッドから飛び降りるとそのまま風呂へと走った。

 もう嫌だ。

 嫌すぎる。

 イヤゲーだ。

 そのまま絶望的な気持ちのままシャワーを頭から浴びた。そうでもしないと悪夢を振り払えない。振り払いたいのだ、俺は。アレは悪夢だ。悪夢以外の何物でもない。


「うわうわうわうわうわぁぁぁ」


 魔力を使い、思う存分熱めのお湯を頭から浴びて、俺は自分の悲鳴をかき消した。

 最悪だ。

 最悪すぎる。

 二度目にして、もう……そんな、馬鹿な。


「ジーク様が……出てくるなんて、ありえない」


 俺のめでたい二度目の夢精の相手は、めでたくもジーク様だった。昨夜のことが衝撃的過ぎたんだろう。二度目で、二度目で、二度目で、こんなことになるだなんて。まさに悪夢である。

 俺はシャワーを止めて、両手で頬をペチペチ叩くと、メイドさんが、用意してくれた服に着替えた。っても制服なんだけどな。きっちりと制服を着て、髪の毛はドライヤーで一気に乾かし、ジーク様との食堂に向かった。

 朝はジーク様と二人なので、小さい食堂で食べる。王子の護衛に着いたジーク様の出仕が一時間早まったからだ。婚約者で居候の俺は生活リズムをジーク様に合わせなくてはいけない。


「おまたせしました」


 やはり既にジーク様は席に着いていた。


「いや、いつも通りだ」


 ジーク様がチラと時計を見た。うん、まぁ、いつも通りの時間に着いたとは思うよ。ただ、毎朝ジーク様が先に席に着いてるって居候の身でどうなんだよ。って思うわけだよ俺としては、ね。


「シャワーを浴びたのか?」

「え、あ、はい」


 石鹸は使わなかったんだけどな。お湯の独特な匂いがしたのかな?何しても鼻がいいんだな。目の前に朝食の用意が並んでるのに、スープだって湯気がたってものすごく食欲をそそる匂いがするのに、俺の匂いが分かるとかマジですげぇわ。


「風邪などひかないように気をつけるんだよ」

「はい、ありがとうございます」


 そう言って二人で朝食を食べ始めた。焼きたてのパンに暖かなスープ、朝からボリュームたっぷりな厚切りのベーコンにフルーツサラダ。これは全部騎士であるジーク様に合わせた朝食だ。だから俺は全て量を少なくしてもらっている。実質ジーク様の半分程度だ。

 そうして朝食が終わるとジーク様は一旦自室に戻り、白い手袋をはめ、予備を持って出かけられる。今日は帯剣して自室から出てきた。俺は婚約者として玄関ホールでジーク様を待つのだ。侍従とともに玄関ホールに現れたジーク様にご挨拶をして送り出す。玄関にはジーク様の愛馬が静かに待機している。そうか、今までは玄関ホールを出てから侍従が剣をジーク様に渡していたんだ。でも今日は渡すものがないから侍従は俺の後ろに控えたままだ。

 そうしてジーク様を見送った後、俺は自室に戻り教科書を読む。自習だ。何しろ一時間早起きしてるからな。一緒に学園に通うアルトの支度が終わるのをそうやって待つわけだ。別に嫌じゃないけどな、この生活。この生活は嫌じゃないけれど、夢の相手は可愛い女の子が良かったと思うのだった。

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