ジークフリート目線3


 学園に通うことになった第二王子殿下、リヒト様の護衛に決まったのは入学式の前日だった。父に習い騎士学校を卒業し騎士の職に就いたのは母である公爵の勧めだった。

 まだ幼い婚約者、セレスティンが同じ屋敷で生活をしていることは俺にとってはものすごい誘惑であると同時に我慢を強いられる生活である。なぜならセレスティンとの婚約の際、セレスティンが成人するまで性的な接触を禁止したからだ。ウィンス伯爵家でセレスティンの居場所はもうない。そうなってしまったのは俺との婚約のせいでもある。一人息子を公爵家の嫡男である俺と婚約させてしまったのだ。当然跡取りがいなくなるウィンス伯爵家には、次の子どもが必要になるわけで、我がハスヴェル公爵家から結納の品として子づくりのための魔道具を送ったのだ。

 幼いながらに聡いセレスティンは、その事に気づき公爵である我が母に若干の嫌味を述べたらしいと後から聞かされた。そう、あの日セレスティンが「帰りたい」と言って泣いたのは、実家にではなく俺と婚約する前に返りたいのだと思う。つまり、俺も幼いセレスティンの心を傷つけてしまった一人であるわけだ。

 だからこそ大切にしなくてはならないし、なんとしてでもセレスティンに好かれたいと思う。その為には誠実な所をみてもらい、信頼されなくてなならないだろう。

 そんなところに、天からの啓示の如くリヒト様の護衛の任務の打診が来た。王族であるリヒト様であるから学園でのクラスは上位クラスが確約されている。セレスティンは公爵家の婚約者としてとても勤勉だ。弟のアルト共に上位クラスに在籍している。つまり、リヒト様の護衛の任務に着けば自動的に毎日セレスティンのそばにいられるということだ。

 俺は有難くその任命を頂戴した。もちろん、特殊な任務のため当日まで黙っていた。入学式の朝に、新しい制服を着たセレスティンを見られなまま登城するのは残念だったが、リヒト様について壇上に上がった時、席に座っているセレスティンが俺に気がついた事に気がついた。僥倖であった。

 その後教室で改めて見たセレスティンは天使だった。俺の見立てた中等部の制服はとてもよく似合っていた。弟とは違いサラサラとした金の髪は、サイドを軽く編み込まれていて、横顔をスッキリとさせていた。笑顔を見せたいところだが勤務中であるため、俺はひたすら真顔でリヒト様の背後にたつ。

 上位クラスの生徒はさすがにリヒト様を盗み見るような不心得者はいなかった。むしろ俺の方がセレスティンを盗み見るよう不埒な輩になっていた。真顔だが。

 後ろから見ていたからこそわかったのだが、セレスティンは唯一上位クラスに入った男爵令嬢に興味があるらしかった。視線というより頭がそちらに度々向いている。確かに同じクラスに女子生徒は彼女一人であるから興味が湧くのだろう。だが、そうやってセレスティンが俺以外に興味を持つのは禁止したい。アルトに言わせればそれは浮気だと言うことになる。だが、セレスティンは彼女に興味があると言うより、とても目立つ彼女のピンク色の髪の毛に興味があるようだった。やたらとセレスティンの口から「ピンク色」という単語が聞こえてくる。確かに、あの手の色味の強い髪色は我が公爵家にはいない。下位貴族や平民に多いのだが、我が公爵家の使用人は厳選されているためその手の色味を持つ使用人は採用されない。もしいたとしても、人目に触れる場所には配置されないのだ。

 なんにしても、セレスティンの外出を制限しすぎたのかもしれない。まさかあそこまで髪の色に興味を持つとは思わなかった。そして、そんなことを考えている隙にセレスティンが教室からいなくなっていた。追いかけたい気持ちは山々だが、俺はリヒト様の護衛である以上リヒト様のそばを離れるわけにはいかない。仕方なく耳に付けた魔道具を操作する。

 セレスティンの瞳の色の石がはめ込まれた魔道具は、通信機の一種だ。とは言っても一方的に音を拾うだけである。婚約した時にセレスティンに送ったイヤーカフスと対になっている。

 教室に残ったリヒト様に、同じクラスとなった生徒たちが順番に挨拶をしてくるので、無下にするわけにはいかない。同じクラスになったということは、正しく学業を行う貴族の子弟ということなのだ。将来を見据えてリヒト様は一人一人丁寧に対応されている。アルトは最初に挨拶をしたからか、その様子を眺めていた。そばにセレスティンが居ないことは気にしていないようだ。

 だが、そんな時に俺の耳に聞き覚えのない名前が聞こえてきた。「エトワール令嬢」だと?誰だそれは?思わず聞き耳を立て、魔道具の音量を調整する。それなのに、聞こえてくる会話は不鮮明になった。セレスティンがあのピンク色の髪をした女子生徒と話をしているということはわかった。だが、会話の内容が全く聞こえないのだ。

 何かしらの隠蔽魔法が使われているのかと疑ったが、これまでセレスティンが使用したことは無い。もしかするとセレスティンが、何か特定の場所に入り込んだのかと思ったが、次の瞬間にその考えが間違いだとわかった。なぜならセレスティンが遮音の魔法を使ったからだ。つまり、この瞬間までセレスティンは何もしていなかった。会話の感じから言って、相手のエトワール令嬢とやらもその手の魔法を使ってはいなかったようだ。

 だが、この通信の魔道具はその手の魔法を無効にする。だからセレスティンが何の魔法を使ったのかが分かるのだ。が、再び二人の会話が不鮮明になった。所々は聞こえるのだが、何を話しているのかが全く分からないのだ。会話をしていることは分かるのに、その内容が全く聞こえない。いや、聞こえてはいる。だがまるで理解できないのだ。

 魔道具の故障かと思ったけれど、そうではなかった。カバンの話が聞こえてきて、俺が見立てたこととかがちゃんと聞こえてくるのだ。だが、会話の部分部分が不鮮明になり意味が理解できない。

 そうして、最も不穏な言葉が聞こえてきた。


「婚約破棄する裏技があります」


 この声はエトワール令嬢だろう。どうやら彼女はセレスティンに余計なことを教えてくれたようだ。

 下位貴族では多く存在する案件であるからこその知識だろう。政略結婚のための婚約はよくある事だ。下位貴族であっても女児が生まれた場合、上位貴族が支援などを言い訳にして婚約を結んだり、気に入った見目の子息に対して強引に見合いを取り決めたりすることがある。本人の意に染まない婚約や婚姻は人身販売に近いものがある。不幸な結婚にならないように試行されたものではあるが、コレを知識として教えられるのは下位貴族と平民だ。上位貴族は教えられることは無い。なぜならする側だからだ。

 公爵家と伯爵家、ギリギリの階級差だ。

 そう、上位貴族でこの差が生まれるのは稀だ。公爵家が二つしかないからこそでもある。そうそう起こることではないし、上位貴族であるからこそ政略結婚は当たり前の事として受け止められてきた。貴族の義務の一つとして政略的な婚約、もしくは婚姻があると思っている。

 だが、俺とセレスティンの婚約は俺の一方的な好意に対してウィンス伯爵が応じてくれた結果である。格上の公爵家からの見合いの打診が来れば断れないのは貴族の道理である。だから公爵である母が俺の行動に制限を課したのだ。それゆえ、俺は自分自身を律してきたというのに、まさかここに来て予想外のことが起きてしまった。

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