第21話


 中等部から授業に乗馬と剣技があるなんて聞いてなかった。いや、確かに制服を作る時乗馬服を仕立てた。剣技は体操服を着用だから、全く気づかなかった。要するに今回もジーク様が言う通りに仕立ててもらったからだ。てか、体操服ってなんかすげぇよな。まんま現代日本で使われてる体操服だ。前にファスナーついて、両脇には白の三本ラインって、ほんとまんまだと思う。西洋風だから上履きは無いけれど、体育館シューズがあるのがなんとも言えない。要するに運動靴なんだけど、校庭がないんだよ。運動は体育館、外でするのは乗馬なんだよ。いや、もうさすがは貴族って思う。


「お手本は兄上とリヒト様だって」

「た、楽しみだ、ね」


 初めての剣技の授業で、お手本は教師ではなく王子のリヒト様と護衛のジーク様だった。さすがは花形と言うべきか、体育館の外にギャラリーが集まっている。今は授業中のはずなのに、何故なんだろう?いや、そんな疑問を抱いちゃいけないんだろう。きっとこれは乙女ゲーム内のイベントなんだと思う。だからアリスが一番前で見学してるんだと思うんだ。きっとなにかハプニングがあるに違いない。


「それでは剣技の見本をしてもらうので、皆よく見るように」


 教師がなんだか偉そうに言うけれど、結局は王子の護衛騎士より腕はないし、そんな剣技を王子の前で見せるわけにもいかないから打開策としてこうなったんだろうな。とりあえず俺は、ジーク様の婚約者として熱い視線を送っとかなくちゃだよな。隣でアルトがニコニコしてるけど、すっげぇ圧だもん。

 とか何とか言っちゃって、さすがは王子様なだけあってアルト様の剣技は見事だし、それに応じるジーク様もまた素晴らしかった。


「では、2人1組となり基本の素振りから行う」


 教師の合図でみんななんとなく隣にいる人とペアになった。俺はそのままの流れでアルトと組んだ。チラッと前を見れば、リヒト様がアリスと組んでいるのが見えた。リヒト様がアリスに剣の握り方を教えている。一応他にも女子生徒がいることはいるんだけど、その子たちにはもれなく他の男子生徒がついていた。

 この状況から考えると、アリスはアルト様狙いなんだろうか?だから一番前でみていたのかな?でも攻略しないって言っていたはずなのに。なんだか気になってチラチラ見てしまう。


「よそ見は危ないよ。セレスティン」


 アルトに指摘されて俺は慌ててアルトの方を見た。模擬刀とは言え、当たれば痛い。お互いに素振りとは言うけれど、向かい合って交互に模擬刀を振り下ろすのだ。それを一歩下がって避ける。と言う作業をしている。要するに体に剣の振り幅を体感で覚えさせているのだ。ほら、いざと言う時にどのくらい避ければいいのか知っていれば、間一髪って漫画みたいなことができるじゃん?ってそんなことはないに越したことはないけどな。


「ごめん」

「兄上が気になるのは分かるけど、授業はちゃんと受けてね」

「う、うん」


 違うんだが、違うんだが否定はしない。ここで否定をすればからかわれるか、アリスを見ているのでは無いかと勘ぐられるからな。ゲームやアニメで見ていたら、ピンク色した女の子なんて可愛いと思うけど、現実で見てしまうとなんとも奇抜だ。乙女ゲームの世界に来てしまったのだと実感せざるを得ない。

 授業の最後に本物の剣のを見る。って事で何故かジーク様の剣を見せてもらえることになった。下位貴族は分からんが、上位貴族の子は家に剣のの一本や二本あるんだよな。ただ触らせては貰えないけどな。家にいる護衛騎士が腰にぶら下げてるし。まぁ、抜いたところは見たことないけど。

 順番に見せてもらったジーク様の剣は、よく手入れされていて鈍い光を放っていた。日本刀とは違って両刃だった。なんかすげぇな。そういやジーク様が屋敷の中で帯剣してるの見たことないな。騎士の剣だから仕事中しか付けられないのかな。今夜聞いてみよう。

 なんて俺が考えていたら、アルトも同じことを考えていたらしい。もっともアルトは朝にジーク様を見ていないからな。


「兄上、剣は常に持たなくともよろしいのですか?」


 夕飯の時にアルトが聞くので、俺もウンウンとうなづいた。隣に座ってるけど、確かにジーク様の腰に剣は無い。


「さすがに家での食事の時は外している。騎士服も着ていないしな。持ち帰ってはいるぞ」

「え?持ち帰ってる、ん、ですか?」


 今日もお迎えしたけれど腰に下がってなかったぞ。


「ああ、馬を降りる時に侍従に預けている」

「そ、う、なんですか」

「えー、なんでですか兄上。付けたままでもいいではなないですか」

「いや、その……セレスティンが怖がるのではないかと思ってな」


 歯切れ悪くそんなことを言われて俺は驚いて何度も瞬きをしてしまった。俺が、怖がる?


「え?俺、怖がってました?」


 はて、覚えがない。剣を怖がったことあったかな?


「いや、騎士学校に通っていた頃庭で鍛錬をしている俺を見て驚いていたから」

「庭で、鍛錬……」


 んー、と考える。そういやそんなことあったかな?あったかも。そうだ、庭から聞きなれない音がしたから見に行ったんだ。そうしたらジーク様が一心不乱に剣を振っていて、その時の音の鋭さにびっくりして俺が固まったんだ。

 だってさ、剣が空を斬る音なんて効果音だと思っていた訳よ。テレビとか映画とか、ゲームとかさ、そういうシャッビュッって音が聞こえるじゃん。アレって効果音なわけでしょ?後から付け足しされた音。だって、思っていた訳よ。日本人の俺としてはさ。それなのに、本当に音がしたからびっくりしたわけだ。だから驚いた顔のまま鍛錬をするジーク様を見てしまったという訳だ。

 つまり、その時の俺が怖がっていた。と、ジーク様は解釈したわけだ。


「……あ、あの時は、驚いただけです。びっくりしちゃって、凄い音がしたから」

「音?」

「はい。あの、ジーク様が剣を振った時に凄い音がするでしょ?ビュッって」

「凄い、音」


 ジーク様が考え込んだ。どうやら分かっていないようだ。


「もう、兄上、今日の授業で見たでしょ?僕たちがどんなに頑張って剣を振っても音なんか出ないんですよ」

「音が、出ない……」


 ジーク様、相当考え込んでるな。こりゃ無意識なんだ。真剣に鍛錬してるから自分の振る剣から音が出ているなんてことに気づいていないんだ。


「それだけジークフリートが真剣なのだろう」

「そうだねぇ、セレスティンくんが見惚れるほどに凄かった。って事だよ」

「えっ、見惚れ、るって」


 いやいや、何言ってくれちゃったの。公爵夫妻は!ほら、隣でジーク様が頬を赤らめたじゃないか。いや、違うから、俺があんたに見惚れるなんてことは無いから。全力で否定したいけどハスヴェル公爵家の皆さんの目線が生暖かい。うわぁ、これってものすごい誤解を産んだよな。だからと言って強く否定すればするほど沼にハマる気がする。ここは、黙秘だ。いや、黙って俯いたところで無言は肯定って事だと解釈されるな。どの道ダメじゃん。


「剣を、見たいのか?」

「えっ、あ、あの、朝、とか、その」

「そうだよ兄上。帯剣したまま中に入ってきてよ」

「そうか、うんっ……セレスティンが怖がっていないのなら、帯剣したままで、うん」

「そうだぞ、俺だって帯剣したままだ」

「だって、その方がかっこいいからねぇ」

「かっこいい……」


 そう呟いてジーク様が俺を見た。だから俺は慌てて首を縦にブンブンと振った。この流れで否定なんてできるわけがない。そう、居候の身である俺が空気を読まないとか、ないのだ。

 そうして和やかに夕飯が終わり、俺は神経をものすごくすり減らして部屋に戻った。明日から帯剣したジーク様をお見送ることが確定した。

 俺は精神的に疲れきったから少し熱めのお湯にゆっくりと浸かり、その晩は深い眠りについた。そして、昼間体をたくさん動かしたからか、精神的に疲労したからなのか、ついに夢精してしまった。そう、精通してしまったのだ。

 さすがに朝のお見送りで自分から告白するなんてことできるはずもなく、帯剣しているジーク様を「素敵です」と褒めるに留まった。だが、公爵家の優秀な侍従たちの伝達能力を侮っていた。

 そう、俺は侮っていたんだ。

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