ジークフリート目線


 俺はこの国の二大公爵家たるハスヴェル公爵家の長男として生を受けた。父親に似た濃い茶色の髪に緑色の瞳、体格もほぼ父親そのままだ。

 この国、いや、この世界は女の数が少ない。生物の本能からいえば、種の保存のためにメスである女が増えるのはずが、この世界では男の方が多い。動物によっては繁殖期になると若いオスがメス化すると聞いているが、その現象が人にも起きているわけだ。

 とは言っても、結婚適齢期に女体化するわけではない。この世界は魔道具、いや魔法により発展している。病気や怪我などは医療よりも魔法により治癒される。体の一部が欠損などしても、魔道具により補われ、生まれながらにそうであったかのごとく体によく馴染むそうだ。

 それの応用として、子を成すための魔道具がつくられ、丈夫な体を持つ男が妊娠可能となり、出産も魔力で取り出すために、不幸な事故は激減したそうだ。

 

 そう、俺の母親は男である。

 母こそがハスヴェル公爵なのだ。婚姻の際、父は体が大きい自分が産むと伝えたそうだが、母は自分が生んだ子こそが正しく我が子である。と言って俺を妊み生んだそうだ。公爵家当主として実に真っ当な行為である。

 俺が知る限り母ほど美しい人はいない。

 魔道具を使って子を成すため、生まれてくる子はほぼ両親どちらかに酷似する。そして、貴族の髪色は黒に近い色か、正反対に明るい金色になるかだ。

 ただ、魔道具は高価な物なため、平民は簡単には手に入れることはできない。そのため平民には女が割といる。ただ『色物』と呼ばれるほど変わった毛色をしている。そのため魔力をほとんどもっていない。生活魔法でさえ発動が難しいこともあるそうで、魔道具に頼る生活をしているそうだ。

 そんな平民の中にも、たまに魔力量の多い子が生まれるようで、そういう子は学園も高等部まで進学ができ、国の機関に就職したり、そこまでの学力がなければ貴族の屋敷に就職したりする。あとは、金のある平民、なにか商売で財を成した場合は魔道具を使い魔力量の多い子を成すらしい。


 だからこそ、力のあるものはさらに力のある子を成す。だが、王族だけは男女の婚姻を推奨していて、血肉を分けた親子関係を求めている。そのため上位貴族で女が生まれたときは、年の近い王族との婚約を早々に結ばれてしまう。それは国が保護するということらしい。魔力量も多く、なによりも美しく生まれた女は宝石よりも価値がある。そのため誘拐されて他国の権力者に売られる危険性があるのだ。

 男でも美しい顔をしている。俺の母のように。しかしながら本能が女をもとめるのだろう。小さくて柔らかそうな体を見ると、自分の中から何か得体の知れないモノが呼び起こされる。それは初めてリンドン侯爵家のアリエッテイを見たときに起きた感情だった。だがその時すでにアリエッテイは王子の婚約者であった。母たちの気軽なお茶会であったのに、ただならぬ護衛の数に幼き日の俺は萎縮したものだ。


 そうして、生まれた弟が母似であったため、俺のあの時の気持ちは完全に弟に向けられた。侯爵家の跡取りは長男である俺だ。そうなると、公爵家とつながりを持ちたい貴族たちは必然的にアルトに興味を示した。公爵である母にそっくりなアルト。かつて母に恋慕していたものが、我が公爵家にただならぬ思いを抱いているものが、アルトに興味を示していた。

 だが、公爵家にそうやすやすと御目通りが叶うわけではなく、自身が経験済みでもあった母が強力な魔道具を組み込んだこともあり、アルトは安全な屋敷で平穏無事に成長した。

 まぁもっとも、母が開くお茶会によって、母のお友だちと称する人たちが連れてくるその息子という、弟の友だち候補がよろしくなかった。俺と同じかそれ以下の年齢の癖をしておきながら、アルトを見る目が邪だ。

 大方親から何か言われているのだろうけれど、アルトを見た途端にその顔が明らかに変わるのだ。おしゃべりに夢中な母は気付かない。だから俺がそんな邪な目をする輩を排除する。


 そうやって過ごしてきたにも関わらず、アルトが学園に入学するからと友だち作りに本腰を入れ始めた母が、俺が学園に行っている間にお茶会を決行してしまった。まあ、お茶会はその名の通り午後に催されるわけだから、授業が終わり次第直帰すれば十分間に合う。

 そうやって帰宅し、お茶会が催されている庭に向かえば案の定アルトの手を握りしめてお友だち宣言している小僧がいた。


「お前は誰だ?」


 声をかけながらも威嚇のための魔法は忘れない。母が選んだとは言え、それはあくまでも母の学園時代の友だちの子どもというだけだ。母の友だちたちが、婚姻によりどのような伴侶を得たかなんて保証はされていないし、なによりその子どもに面識なんてないのだ。あったとしても生まれた頃だ。どんな風に成長したかなんて分かったものではない。


「兄上…………」


 全身に冷気を纏った俺を見て、アルトが顔を引きつらせていた。横に座る小僧二人も互いに手を取り合って微動だにしない。この席順から考えるに、この小僧が一番格下だろう。

と、言うことは、親に言われてアルトにとり入ろうと言うわけか。誰の許可を得てアルトの手を握っていると言うのだ。

 俺は小僧の手をつかもうとしたが、それよりもその小僧がゆっくりと俺の方を見たのだ。手をつかもうとしていた俺は少しかがんでいたため、その小僧の顔を間近で見ることとなった。


 サラサラとした金色の髪、まだ十分にあどけなさが残った顔立ちはそれでも十分に美しかった。青い瞳は見上げて俺だけを写し込み、俺の冷気に当てられているせいで微かに震えうっすら涙を浮かべていた。


「孕ませたいな」


 思わず口走っていた。

 あの日アリエッテイに抱いた感情はそのまま蓋をして、弟であるアルトに向けられていたはずだった。幼かった俺はその感情の名前を知ろうとは思わなかったが、今ここでその感情の蓋が突然開いたのだ。今まで散々にアルトへと向けられてきたその感情を叩き潰してきたこの俺が、名も知らぬ小僧にそんな感情を抱くだなんて思いもしなかった。


「うっ、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 俺が自身の感情に気づき、その名前を自覚しかけた時、小僧は悲鳴をあげて椅子から転がり落ちるようにして俺の脇をすり抜け、母たちがいるテーブルめがけて走り出してしまった。


「もうっ、兄上っ」


 アルトが怒り気味な顔をして俺を見ていた。


「……あれは誰だ?」


 俺の口から出てきた言葉はそれだった。自分でも驚くぐらいに素直に出てきた言葉は、何よりあの小僧の名前を問うていた。


「セレスティン。母上の大切なお友だちシャロン様の息子だよ」


 アルトの口から出てきたことを聞いて俺は焦った。シャロン殿は学園の中等部から母の一番の友だちだった人物だ。誰よりも何よりも大切な存在だと常々話していた。何度か対面したことがあるが、母が太陽のような美人だと言うのなら、シャロン殿は月のような美人だ。子爵家だからずっと自分が守ってきたのだとも話していた。

 言われてみればあの小僧、セレスティンはシャロン殿と同じ絹のような金色の髪に青い瞳だった。成長すればシャロン殿のように、否、シャロン殿以上に美しくなることだろう。瞳の青さが違う。シャロン殿より瞳の色が濃い。それはつまり魔力の多さを表している。だからこそ美しい。ひと目で欲しくなるほどに。


「そうか、怖がらせてしまったな」


 弟を守るためとは言えど、相手も確認せずにいつも通りに威嚇をしてしまった。大人気ないことをしてしまったと反省する。きっと嫌われてしまった。


「もう、怖がらせちゃって、めちゃくちゃ怯えてたよ。セレスティン、あっちで泣き叫んでるじゃない」


 せっかく出来たお友だちが逃げ出してしまってアルトは怒っていた。まぁ、その怒り顔も可愛いものだ。頬をふくらませてまるで子リスのようだ。手を取り合っている二人はたしか侯爵家だったと思い出す。学園で四人仲良く過ごすことになるのだろう。となれば、


「謝ってくる。着いてくるな」

「へ?兄上……今なんて」


 俺の口から聞きなれない言葉が発せられたから、アルトが驚いている。侯爵家の二人は手を繋いだままで首を振っていた。どうやら理解力はあるようだ。

 俺はゆっくりとセレスティンが走っていった方へと歩いていったのだが、案の定母が怒っている。それを軽く聞き流しながら俺はくだんの小僧、セレスティンの側へと行った。セレスティンの母であるシャロン殿は、己の息子が俺に何か不敬を働いたのではないかと聞き出していた。そんなことではないのだが、否定するよりも、俺が謝罪した方が手っ取り早いだろうと思い、ゆっくりとセレスティンに顔を近づけたのだが、残念なことにセレスティンは気を失っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る