第15話
「アリエッティ様とお友だちになりました」
俺は夕食の席で当主であるシーリー様に本日のご報告をした。貴族の夕食は一家団欒の大切なひとときで、すなわち家族が本日の出来事を報告し合う大切な場なのだ。
俺に対して疑心暗鬼なアルトは、それを聞いて軽く驚いた顔をした。ランチタイムに一人で走って逃亡し、午後の授業ギリギリに教室に戻って来たからだ。その間俺が何をしていたのか疑ってきたのだろう。戻ってきてからろくに口を聞かなかったからな。
「それは良かったね。セレスティンくんにはとても良いお友だちだよ。良く、指導してもらってね」
シーリー様がものすごく喜んでいる。うん。アリエッティを友だちにしたのは大正解だったらしい。ただのお友だちではなく、
ってね、六歳児相手に浮気を疑うって、それもどうなのよ。って思うんだけどさぁ。そりゃあね、確か前世の日本でも初体験の年齢が下がってきている。ってニュースは目にしたことがあるよ。生活水準が高まったから、体の成長も早くなって、ネットでなんでも情報が入るから耳年増になっちゃうんだろう。でも、この世界はそうでも無い。化学の代わりに魔法が発展していて、電気ガスの代わりに魔力が使われているってだけで、インターネットに代わるものはない。
で、娯楽が少ない。下町の子供たちは街中を駆け回ったり、公園で遊んだりしているみたいだけど、貴族の子どもは外であんまり遊ばない。剣術を習って体を鍛えるけれど、集団で体を動かす遊びなんてしない。ボードゲームはあるけれど、どちらかと言うと大人の遊びだ。だって1体1だし。娯楽は中世ヨーロッパみたいな感じかもしれない。
だからね、お金のかからない体ひとつあれば出来ちゃう遊びに発展しやすいようだ。
ダメだろう。
ほんと、倫理観なんとかしてくれ。恥ずかしがり屋の日本人は手を繋ぐことさえ一大事なんだぞ。
「はい、お茶会に誘っていただきました」
「それは良かった」
シーリー様は大満足だ。何しろアリエッティは未来の王太子妃、いずれは王妃だ。そんな人物と息子の婚約者が友だちになったのなら、安泰と言ったところなんだろう。
「お茶会に呼ばれた時のための服を作らなくちゃね」
シーリー様がそう言うと、ジークフリートが嬉しそうに返事をした。え?まって、それって……
「今度の休みに服を作りに行こうセレスティン。これからの季節の装いが何もないからな」
「へ?え?作る、の」
ジークフリートと強制デートとなってしまった。でもまぁ、外を歩けるのって凄くストレス解消されるんだよな。
そんなわけで馬車に乗って二人っきりでのおでかけだ。護衛はつくけど、馬車の中は二人っきりだ。向かいあわせではなく、隣同士に座る。でも、拳一個分は開けるからな。これ絶対。
俺は両手を膝の上に乗せて、まっすぐ前を見て絶対にジークフリートを見ないようにして座った。だって、視界に入るとジークフリートはすぐに笑いかけてくるからな。それに、馬車の乗り降りの際はかならずエスコートしてくるから、嫌でも触れるし目線があってしまう。うう、早く大きくなりたい。
「食事は、前回と同じところでいいか?」
ジークフリートにそんなことを聞かれたけれど、そもそも出かけることの無い俺に選択肢なんてない。
「店なんか知らない」
ぶっきらぼうに答えれば、ジークフリートは俺に対して優しく微笑んでくる。まったく、俺がいつ街の情報を入手するって言うんだよ。居候の上に、学園ではアルトがくっついて、いや、アルトにくっついて居ないと浮気を疑われるんだぞ俺。自由なんてないのに、好みなんてあるはずがない。
「そうか、今日はゆっくりできるから、いつものケーキ屋でゆっくりお茶もしようか?」
「え?ケーキ屋?た、食べられるの?」
俺は思わずジークフリートの方を見てしまった。だって、ケーキだ。本当にあのケーキは美味しかった。公爵家の料理人が同じケーキを作ってくれるのだけれど、なにかか違うんだよな。俺、そこまで甘党ではないのだけれど、この世界スナック菓子が無いわけよ。ポテチ食べたいのだけれど、ないの。あそこまで薄く切る技術がないんだよね。それに、コンソメ味とか、のり塩って言っても伝わらんのよ。ポップコーンだって、とうもろこしの品種がわからんからどんなに凄腕の料理人がいても頼めない。
そんなわけで、お菓子と言えばケーキとか焼き菓子になってしまうこの世界。俺はちょっと不満なんだよな。
「セレスティンは甘いものが好きなんだな」
「そういう訳じゃない」
俺は速攻否定したんだけど……ん?スナック菓子の原料は分からないけれど、揚げ餅は無理だけど、この世界パスタはあるんだよな。確かパスタを油で揚げてつくるお菓子をネットで見た事があるな。味付けにカップスープの素を使っていたけれど、塩をかければカリカリで、しょっぱいお菓子になるのでは?
「こ、この間のレストラン、またわがまま聞いてくれるかな?」
「ん?食べたいものがあるのか?」
「えと、うん。ある」
俺は昼飯よりも思い出したパスタのお菓子で頭がいっぱいになったのだった。
そして、食事が始まった時、給仕の人にそっとお願いをしてみた。茹でたパスタを油で揚げて、塩を振ったものと砂糖をかけたものを作って欲しい。と。もちろんジークフリートに聞こえないように。
「こちらでいかがでございましょうか?」
食事が終わる頃、シェフが直々に持ってきてくれた。白い皿に乗せられた茶色く上がったパスタ。俺が思っていたパスタと形が違うけど、でも、この小ささならカリカリとした食感が楽しめそうだ。
「うわぁ、ありがとうございます」
俺の前にシェフが皿を置く。俺は思わず手づかみで口に放りこんだ。カリッとした歯ごたえと、舌の上にダイレクトにやってきた塩味がたまらん。砂糖の方は駄菓子を思い出すな。同時に食べるとあまじょっぱい……かき餅食べたくなってきた。
「セレスティン、それは?」
なんの説明も無しに出てきた物を嬉しそうに口に運ぶ俺を見て、ようやくジークフリートが口を開いた。
「えーっと、しょっぱいお菓子?みたいな?」
俺が説明に困ると、すかさずシェフが説明をしてくれた。まずは材料から始まり調理方法と味付けについてだ。ジークフリートは説明を聞き終えると、ようやくスプーンで一口すくい取り口に運んだ。
うん、手づかみは、行儀悪いよな。
「面白い食べ物だな」
ジークフリートは不思議そうな顔をして俺を見た。俺が手づかみでパクパク食べるのが謎なんだろう。
「あ、別にうちでよく食べてたわけじゃない」
慌てて否定した。これは俺の前世の記憶の食べ物で、決して実家のウィンス伯爵家で日常食べている訳では無いのだ。
「ではなぜ?」
「うーんと、甘いものじゃなくて、その、しょっぱいおやつが食べたかった?」
なんて説明したらいいのか分からない。さすがにポテチが食べたいけど、じゃがいもをミリの厚さに切って油で揚げて。って、無理じゃん?スライサーってものがないんだよなこの世界。日本だったらカンナがあるから、それに似た調理道具として説明出来かもだけど、こっちの建築って石がメインで、木で建てた家はあまりない。理由は火災防止のためらしい。うん、それわかる。江戸はよく火災が発生してたらしいからな。
「しょっぱい、か。うん、面白い食べ物だな」
「甘い味付けもなかなかよろしいかと」
シェフが砂糖のかかっている方をジークフリートにすすめている。
「はちみつは、高いの?」
俺は恐る恐る聞いてみた。ハニーマスタード味が食べたくなったのだ。あれのポテチ美味かったんだよな。ビールにあうんだ。
「はちみつでございますか?それなりに高価なものではありますが、こちらにかけるので?」
「えっと、砂糖水を煮詰めたものでもいいんだけどさ、その。はちみつとマスタードを合わせたのをかけたのも食べてみたい……だめ?」
「おお、肉料理でそのような味付けを致しますので、ソースがございますよ」
シェフは嬉しそうに答えてくれた。たぶんこの間俺がサッパリしたもの、味付けの薄いものを食べたがったから、肉料理のこってりとした物が苦手なのだと思ってきたようだ。
「……あっ」
俺は気がついてしまった。パスタ、形が違う。食事の時に出てきたのと、今食べているやつ。俺は区別なんてしないで前世生きてきたから、半端な知識しかないけれど、めちゃくちゃ種類があって名前が全部違うとは聞いたことがある。もしかしなくても、この世界でもパスタは種類が豊富なのでは?
「どうした?セレスティン」
ジークフリートが、俺の顔をじっと見つめてきた。口元をじっと見ている気がするから、もしかすると俺が揚げたパスタで口の中を切ったとでも思ったか?
「これって、薄くできるの?」
俺はひとつ摘んでシェフに聞いた。するとシェフはニコニコ笑顔で頷いた。
「もちろんでございます。お好きな形に出来ますよ」
おお、好きな形とな?それはやっぱり魔法で形成するのかな?
「じゃあ、薄ーく作ってハニーマスタード味にして貰えますか?」
俺がそう言うと、シェフは嬉しそうに頷いて厨房へと行ってしまった。
「こってりした味つけは苦手だと思っていたが」
俺がシェフにお願いした話を聞いて、ジークフリートが考え混むような顔をした。
「あの頃は毎日濃い味付けばかり食べさせられて気持ちが悪かったんだ。今は公爵家で色んな味付けのものが食べられて嬉しい」
「そうか」
「甘いお菓子だって嫌いじゃないよ。公爵家で出されるのは、どれも美味しいよ」
俺は慌ててフォローを入れた。好き嫌いしてるんじゃなくて、本当にあの頃は、シャロンの食べづわりに巻き込まれていて辛かったんだ。色んな意味で。
「お待たせ致しました」
そうしているうちにシェフが新しい皿を持ってきた。どうでもいいけど、シェフがこんなに厨房を抜け出して大丈夫なのだろうか?
「おおおお」
薄く伸ばされ、油であげられたパスタは形こそ四角いが、あげられたことによりカーブがつおていて、見た感じは四角いポテチだ。
「いただきまーす」
俺は指で摘んでひとつを口に入れた。まだほんのりと温かい。ポテチよりは固めの食感だが、厚切りなのだと思えばこれもありだ。
「おいしいっ」
前世日本で食べていたポテチに似ている。厚切りポテチの食感に近い歯ごたえがある。咀嚼すれば鼻からハニーマスタードの香りが抜けていく。揚げ物特有の軽い口当たりがたまらない。
「もうダメだ、セレスティン」
俺がなんちゃってポテチを堪能していると、突然ジークフリートが立ち上がり俺の腕を掴んだ。そして、
「残りは包んでくれ、支払いは公爵家に」
そう言うやいなや俺を抱き上げてスタスタと歩き出した。
「え?なに?なんで?」
「た、べすぎ、だ」
「へ?」
俺はジークフリートに抱きしめられたまま馬車に乗せられた。
「こちらを」
振り返るとジークフリートにカゴらしきものを渡してきた人物がいた。服装からみてシェフだろう。
「と、とても美味しかったです」
俺は慌ててお礼を述べた。声が聞こえたのか頭を下げられた。
「ありがとう、今日は楽しめた」
「またのお越しをお待ちしております」
セレブ感漂う挨拶が聞こえて馬車扉が閉められた。そして、大きく息を吐きながらジークフリートは背もたれに寄りかかると、手にしていたカゴを俺にみせてきた。
「あっ」
俺はカゴの中をみて思わず声が出た。食べかけのポテチもどきが沢山入っていたのだ。
「食べすぎだ。帰ってから食べよう。それに、あのような顔をしてはいけない」
「へ?顔?俺、そんなに変な顔してた?」
ポテチもどきに浮かれて、俺はそんなに変な顔をしてしまったのだろうか?自分じゃ分からないけれど、こうして馬車に連れ込まれてしまうほどに、公爵家の恥となりうるほどバカっ面を晒してしまったのだろうか?
ううむ、久しぶりに食べたから、嬉しすぎて顔は緩んでいたかもしれないな。
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