第14話
「うう、本当に誰も声をかけてくれない」
学園に入学してはや一ヶ月。俺は公爵家の婚約しという肩書きの恐ろしさを実感している。入学式で「みんなお友だちだよ」なんて学園長が言ったけれど、そこは上位貴族の子どもしかいないだけはある。入学前に貴族名鑑が頭に叩き込まれているのだろう。口調がどんなに砕けていたとしても、乱暴な行動は取らない。廊下を走ったり、授業中に私語をするような生徒は一人もいない。
初等部の一年生なのに……
そうはいっても、俺だってすることがなくて、実家にいた時はひたすら本を読んでいたし、ハスヴェル公爵家に居候の身となってからは、ますます本を読んでいた。国中の貴族の家名と爵位を覚えているのが当たり前だからだ。
ただ、実家にいた時はシャロンがそれはもう鬼の形相でうるさかった。なにをって?そりゃ発音についてだ。特に「ハスヴェル侯爵家」のヴェが俺には難しいのだ。ほら、日本人はいっちゃってるから。だけど、そんなことはシャロンの知ったこっちゃなくて、「不敬だ」とか言って正しい発音ができるまで何回も言わされた嫌な思い出しかない。
だから、ハスヴェル公爵家にきて、ゆったりと指導して貰えたことはありがたかった。アルトはもう覚えているとかで、復習のために俺に付き合ってくれたりもした。おかげで、同級生はファーストネームまでキッチリ覚えられたからな。
まぁ、それはさておき。
初等部の一年生なのに、みんなお行儀の良い子ばかりなのだ。格下の伯爵家だとしても横暴なことをしたりはない。本当にみんな友だちって感じで、クラスが違っても廊下ですれ違う時には挨拶を自然に交しているのだ。そう、ここは、小さな社交界なのだ。
そして俺は理解した。
友だち作り、早まったんじゃねぇの?ってな。
こんなにキッチリとしているのなら、格下の伯爵家の者ですって大人しくしていれば、同じクラスから友だちが作れたのではないか。と思ったのだ。だって、授業で隣の人とペアを組まされたり、グループになったりするのだ。自然と仲良くなれるというものだ。
それなのに、俺に公爵家の婚約者という肩書きがあるばっかりに、授業でペア組んでも、グループになっても一線引かれてる感が否めないのだ。その時は仲良く出来ても、その後一緒にランチとか、休み時間におしゃべりとかに発展しないのだ。
「何言ってんの?セレスティン」
ランチタイムにテーブルに突っ伏してぼやく俺にモリルが呆れた感じで言ったきた。もちろん手には食事の乗ったトレーがある。俺ももちろんゲット済だ。
「入学から一ヶ月経つのに、友だちができない」
俺がそう呟くと、モリルはものすごく大きくため息をついた。それはもう、嫌味なぐらいに。
「友だちなら俺たちがいるじゃない。なに言ってくれちゃってんの?」
モリルがそう言うと、あとからやってきたデヴイットもうんうんと頷く。
「友だちは多い方がいいに決まってる!俺はたくさんの友だちが欲しい」
俺がそう口にすると、隣に座るアルトがものすごく冷ややかな目で俺を見た。
「兄様の婚約者なのに、浮気をしようと?」
って、なにを言い出す?
俺は友だちが欲しいと言ったのに、どう誤変換されると浮気をしたい。になるんだ?
「は?アルト、俺の話聞いてる?友だちが欲しいの、それも沢山。四人で固定って寂しすぎるだろ」
「沢山?何言ってんの?沢山作ってどうするわけ?そもそもセレスティンは友だちを作って何がしたいの?」
「それはもちろん、遊ぶに決まってる」
「遊ぶって?何して遊ぶの?」
「それはもちろん……」
ん?何して遊ぶんだ?前世の小学校ならドッチボールとか鬼ごっこが低学年の定番だったな?あやとりとか折り紙もしたっけ?ええと?貴族の子どもの遊びってなんだ?そういや、俺、こいつらと遊んだ記憶ないな。休み時間やこうしたランチタイムにおしゃべりしてるぐらいだ。
「ねぇ、何がしたいの?」
アルトがぐっと詰めてきた。
うう、なんか怒ってるよな。こいつ。
「お茶したり?お買い物に行ったり?」
前世の記憶だと、友だちと放課後することと言ったらファストフードでだべったり、街をプラプラしたり、ゲームしたりなんだけどな。この世界にファストフードなんてないし、登下校は馬車だから、寄り道なんて出来ない。そもそも、登校は婚約者であるジークフリートと一緒で、下校はアルトと一緒だ。友だちと一緒に帰る。なんて選択肢は俺にはない。
「お茶って言うのは、お茶会のこと?確かに招待状を出す人を選ぶけど、さ。まぁ、招待する人は、友だちと言えば友だちかもね」
アルトがそんなことを言ってきた。俺の思ってるお茶とは違うけど、貴族のお茶と言ったら確かにそうかもしれない。このメンツが初めて会ったのは確かにお茶会だったからな。
「お茶会を開くのならまずは母上に許可を取らないとできないよ?」
アルトが困ったような顔をして言ってきた。うん、分かってる。俺は居候の身だからな。友だち呼んでお茶会したい。なんてことは勝手にはできない。家長であるシーリー様に許可を頂いて、招待状もシーリー様に確認して貰って出さなくちゃいけない。これに関しては俺の意思はどこにも反映されない。
「そんなこと分かってるよ」
俺はちょっと乱暴に立ち上がり、トレーを手にして立ち去った。話しながら食べたから、あんまり味わってなんかいないけれど、これ以上話しても意味は無いからだ。俺の自由意志で友だちなんか出来ないのだから。
悔しいのと悲しいのが入り交じった感情を、どうしたらいいのか分からなくて俺は無言で歩き続けた。どこに行ったって誰かの目がある。そして、その目は俺がハスヴェル公爵家ジークフリートの婚約者だとみてくるのだ。
はっきりいってもう疲れた。入学して一ヶ月。学園内で気の休まる場所なんてない。ゴウジャス美人のアルトの陰に隠れていれば安全。なんて思っていた頃が懐かしい。
何もされないけれど、声もかけてもらえない。それは無関心なのではなくて、好奇心で俺の事を見ているだけなのだ。俺が何をしているのか、俺が何を言ったのか。回りが常に見ている。俺はしがない伯爵家の息子なのに、周りの手本となるよう無言の圧が常にかかっている状態だ。
「これって、ラノベの悪役令嬢みたいだな」
温室に入り込み、俺は薔薇の根元にしゃがみ込んだ。よく手入れされているからか、薔薇の花は大量に咲いていて、温室の中は薔薇の香りで満ちていた。けれど、人気はない。ランチタイムにわざわざ来る人は居ないのだろう。この匂いの中で食事はちと辛かろう。
俺は膝を抱えて自分の状況を分析する。まず、婚約者の家に居候状態だ。実家は弟が産まれて両親の愛情はそちらに全て注がれている。近々婚約者と一緒に出産祝いを届ける予定。婚約者が公爵家で、この国には公爵家が2つしかないこと。つまり、貴族のツートップの家に嫁ぐ予定で、学年の中では公爵令息のアルトと並んで身分は一番上になる。伯爵子息なのにな。
そんなわけで、俺は悪役令嬢みたいに一挙手一投足が注目の的になっている状態で、周りの手本となることを無言で義務付けられている状態なわけだ。
悪役令嬢が王太子の婚約者として相応しくあるように孤軍奮闘しているかの如く、俺は公爵家の婚約者として恥ずかしくないように振る舞わなくてはならないのだ。
マジでめんどくせぇ。
「アリエッティ様、今日はこちらで?」
「そうね、薔薇が見事だわ」
「アリエッティ様の前では薔薇の美しさも霞んでしまいす」
そんな会話が唐突に聞こえてきた。
声の感じからして複数の人間からなる集団がこの温室にやってきたらしい。しかも聞こえてくる名前は……
「アリエッティ様」
モリルの姉。第一王子の婚約者だ。
「あら、あなたは」
突然薔薇の根元から立ち上がった俺に警戒心を顕にしたのは、取り巻きらしい男子生徒だ。
「セレスティンちゃんじゃない、久しぶりね。学園には慣れた?」
「はい、お陰様で」
俺がそう答えると、アリエッティはにっこりと微笑んでくれた。モリスの姉なのに、物腰が柔らかい。さすがに王子様の婚約者ともなると、礼儀作法とかものすごく大変なんだろうな。
「でも、一人でどうしたの?」
アリエッティは俺の腕を掴み、温室の中に設置されているベンチに座らせてくれた。隣に座り俺の頭を優しく撫でる。
「俺、友だちが欲しい」
俺がそう言うと、アリエッティは一瞬驚いた顔をして、けれど直ぐに笑いだした。微笑んだのではなく、声を出して笑ったのだ。
「私の弟たちだけでは物足りないのね?分かるわ、その気持ち。私も幼い頃から周りに何でも決められてきたもの。友だちだってそうだったわ」
アリエッティがそんなことを言ったのに、取り巻きたちは驚きもしない。こいつらもそれを当たり前だとしているのだろう。
「でもね、急には無理なのよ。まずは自分が信頼されないとダメなの。周りから要求されていることを感じ取って答えなくてはいけないの」
「感じ取る、ってどうやって」
「そうね、むずかいしことだわ。けれど、人の上に立つものとしてはそれが出来ないといけないのよ。難しいことだけれど、焦らないでセレスティン」
そう言ってアリエッティは俺の髪を優しく撫でた。俺に諭しているようで、自分自身に言い聞かせているようにも思えた。
「俺、人の上にたつの?」
「だってセレスティンは公爵家に嫁ぐのでしょう?貴族の一番上の家格なのだから、社交の場では一番上になるでしょう?」
「…………」
「ねぇ、セレスティン。だったら私とお友だちになりましょう?」
「アリエッティ様とお友だち?」
「そうよ、私とお友だちになるの。どうかしら?」
「なる。なりたい。お友だちにしてください」
俺がそう言うとアリエッティは優しく微笑んでくれた。
「婚約者がいるもの同士仲良くしましょうね。私はこうやって温室にいることが多いわ」
「はい、分かりました。ありがとうございます」
俺はベンチから降りてアリエッティに頭を下げた。
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