第13話


「セレスティン、ここに足を」


 そんなことをいいながら、ジークフリートは俺の足を持って自分の太ももの上に置いた。いや、あの、踏み台みたいなのあるよ? 俺は内心ドキドキが止まらない。いや、恐怖でな。

 だって、そうだろう?公爵家のサロンで、公爵家の跡取り息子の太ももの上に足を乗せて靴を試着してるんだぜ?とんでもない状況じゃね?六歳のガキンチョが、公爵家に靴屋を呼び付けて、その公爵家の御曹司を足蹴にしてるの図よ。

 

 やべーやつだろ?


 ほんと、もう、靴屋は慣れてるのかなんなのか知らんけど、サンプルをジークフリートに無言で手渡す。アルトと、シーリー様はそんな俺たちを見て微笑んでいる。いや、まって、だいぶ倒錯してんじゃね?


「セレスティンの足首は細いな、履き口は柔らかい皮にしないと痛めてしまう」

「それでしたら、子羊の皮はいかがでしょう?」


 すかさず靴屋が皮の見本をジークフリートの前に広げた。


「ふむ……ああ、これがいい。こらならセレスティンの華奢な足を優しく包み込む」


 ジークフリートが真顔でそんなことを言うのに対して、靴屋は何度も首を縦に振っている。いや、俺の足だよ?華奢?


「内側の甲の辺りにはこちらの皮を使ってはいかがでしょう?ダンスシューズによく用いられる品です」


 そう言ってまた皮の見本が……って、どんだけ種類あるの?内側?って靴の中?靴の中の皮まで指定?って、え?靴の内側に皮なんて……いや、まって、何その無駄に豪華な靴になるわけ?いや、確かにね。日本人って靴の文化の歴史が浅いから外反母趾とか平気でやらかしたりするけどさ、だからって、学園でだけ履く靴だよ?通学用はローファー一択なんじゃねぇのか?

 デザインだけ見れば、俺の知っているローファーなんだけどなぁ。

 かかとで靴擦れしないようにとか、指先が当たらないかとか、ごちゃごちゃ言っていて、ついに足型を取ることになった。

 が、


「俺がやろう」


 有無を言わさずジークフリートが足型を取る魔道具を靴屋から奪い取……ではなく、渡されて、俺の足にゆっくりと当ててきた。ムニュムニュとした肌触りは何となくアレに似ている。そう子どもの頃に遊んだスライムゼリーだ。なんだくすぐったいような感じがして俺は思わずジークフリートの肩を強く掴んでしまった。

 そうしたら、俺の足を持っていたジークフリートが顔を上げて、俺と視線が合わさった。


 うーわー!!!


 倒錯、倒錯してますよっ!素足を恭しく両手で持つ超絶イケメンが、下から見上げて来ましたよ。俺は見下ろすアングルで、なにこれ?すんげーやばい構図じゃねぇの?


「どうした?」


 俺が肩を掴んだから、ジークフリートが俺に聞いてきただけだ。ただそれだけなのに、倒錯的な絵面で真摯な目線を向けてくる宝石のように美しい緑色の瞳に吸い込まれそうになる。


「あ、く……くすぐったい、かな?って」

「そうか、すぐ終わるから辛抱してくれ」


 そう言ったジークフリートの顔!十三歳が出していい色気じゃねーよ!ってぐらいの破壊力抜群の笑顔。そんな顔で見つめられて、俺は黙って頷くしか無かった。

 そして、靴選びが終わり(俺は何も選んでないが)、靴屋が去っていった頃には、既に日が暮れかけていた。


 ん?


 これはもしや、今日もお泊まり決定的なやつ?まぁ、昨日は完全に不可抗力でお泊まりしたけれど、今日はまだ間に合うのでは?ああ、でも、そうか、貴族だからな時間ギリギリの行動なんて宜しくないのだ。先触れをだして、これから帰ります。ってしないとダメなやつだ。夕飯の仕込みもあるだろうから、突然の人数変更は料理人の負担になる。


「ふふ、疲れちゃったね?お風呂でリラックスしてから夕食にしようか?」


 当たり前のようにシーリー様が言った。うん、これは俺のお泊まり決定ってやつだ。要するに色んなもの触ったから、綺麗にしてからごはんですよ。ってことですな。当たり前のようにジークフリートが俺の手を取り部屋へと誘導する。

 うん、性的な接触ではないからこれは良しとされるな。なにせ俺はこの屋敷の構造を全くもって知らないからな。案内してもらうしかなないわけで、目の前に婚約者であるジークフリートがいるのだから、他の誰かに頼むなんて選択肢はないのだ。


 ジークフリートに連れられて部屋に来たけれど、俺はようやく気がついた。そう、ここって客室ではない。屋敷の奥に進んできた。そして、部屋に入る直前にアルトの姿が見えたのだ。つまりここは公爵家の屋敷の居住空間だ。

 て、ことは……まさか……


「部屋の調度品は気に入って貰えただろうか?」

「へ?」


 ソファーに腰を下ろした途端にそう言われて、俺は随分と間抜けな声を出してしまった。


「……母上から説明は?」

「へ?せ、説明?シーリー様、っと、公爵様から?」

「そうだ」

「あ、の。うちがいま大変だろうからって、言われましたけれど?」


 たぶん、そんな感じのことを言われた。俺が結構な、嫌味な返しをしてしまったから、シーリー様が言葉に詰まってしまったけれど。


「この部屋については?」

「この部屋?」


 言われてぐるりと部屋を見渡した。目が覚めた時に見た天井には、美しい絵が描かれている。寝台は柔らかな木目を生かしたデザインながら、装飾には金を使って上品な作りだ。布団はとても寝心地が良かった。

 ゆっくりと見渡して、俺は客室にしては不自然な家具を見つけた。そう、机がある。鏡台があるのは別段おかしくは無いが、本棚の前に机がある……いや、その前に本棚がある。客室にあんなでかい本棚は普通はない。


「この部屋はセレスティンのために準備した部屋なんだ。気に入ってもらえただろうか?」


 なーにーそーれー

 きーてないんですけーどー





 で、ざっくりと要約すると、だ。六歳児には随分と残酷な話であった。貴族なら普通かもしれないけれど、前世の記憶をもつ俺からしたら到底受け入れられない。

 ぶっちゃけ俺の実家ではこれから俺に対して育児放棄みたいな状態になるから、婚約者の家で花嫁修業みたいな感じで公爵家の暮らしと、婚約者に慣れてくれるようにしたんだよ。って、さ。

 いや、普通に無理だろ。

 分かってはいたよ?シャロンの俺に対する当たりがなんか変なことぐらい。家格についてやたらとこだわってることも、何かにつけてシャロンの実家を気にしていることも。


 だからって、実家を出てしまったら、俺はもう帰る場所が無くなるじゃないか。

 そりゃ、気づいていた。あえて見ないことにした。けれど、貴族だから、子どもの世話は親がするんじゃなくて乳母や侍従がするもんだろう?食事の時に顔を合わせるぐらいで、その時に家長に一日の報告をするような会話をするもんじゃないのか?

 まぁ、確かに婚約を結んだ辺りから、アランは俺に話しかける事が無くなった。シャロンは、やたらと礼儀作法について厳しくなった。

 

 俺に対して笑顔を見せなくなった。


 まぁ、これだよな。一番の要因はこれ。


 

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