ジークフリート目線2


 屋敷内の執務室で、母はとても難しい顔をしていた。

 それの発端はこの間のお茶会での出来事、俺のしでかしたことによるものだ。ウィンス伯爵家のシャロン殿は、息子のセレスティンが俺に対してよくないことをしたと思い込んでいると言うこと。俺が謝ったと言うのに、シャロン殿はまるで信じていないのだ。


「シャロンはね、恐ろしいほどに家格を重んじるんだ」

「重んじているというより、傾倒しているようですが」


 俺は率直に母に感想を述べた。

 母は無言で頷いた。そうしてわかりやすいほどに大きなため息をついた。


「それで?ジークは何をしたいって?」


 結局のところそこに戻るのだから、母のため息の理由はそうなのだろう。


「セレスティンと結婚がしたいのです」


 俺は背筋をただしハッキリと口にした。


「あんなに怖がらせておいて?」

「だから直ぐに謝罪をしたではありませんか」


 そう、俺は本当に本気で謝った。それなのに、俺の言葉はセレスティンには何一つ届いていなかった。それどころか、母親であるシャロン殿は完全に誤解をしたままだ。いや、誤解されているのではないことぐらい分かっている。階級至上主義の輩ならニヤつきながら許してやると口にしていることだろう。

 だが、うちは公爵家であり、この国の貴族を統轄するべき立場にある。選民意識など持ってはならないと教えられてきた。だからこそ、シャロン殿に理解して頂きたいところなのだが、どうにも上手くいかない。


「シャロンには伝わらないよ」

「なぜ断言するのですか?」


 母があまりにもキッパリと言い切るから、俺はまったく腑に落ちなかった。学園時代からの親しい友人だからこそ、分かり合える仲なのではないのだろうか?


「シャロンはね、とにかく家格が下の者は上の者に従うって、思い込んでるの。昔からそう、ずっとそう……特に、うちには絶対服従しようとしてる」

「は?なぜ……」


 そんなおかしな選民意識は聞いたことがない。だが、特別に恩義を感じているならば無くはない。主従関係ではたまにある話ではある。


「シャロンとの関係がこれ以上拗れるのは宜しくないんだ」

「拗れているのですか?」


 母の言わんとしている事がよく分からない。俺は思わず怪訝そうな顔をしてしまった。


「シャロンのあの困った思想、って言えばいいのかな?それの原因となったのは間違いなく我が家なんだ。それだけはわかって欲しい」

「なにか確執があったのですか?その、学園時代に……」

「ないよ。何も無い。私とシャロンの間には何も無い。とても仲良く過ごしたよ。学園の中等部と高等部を共に過ごした。仲の良い友人だった」

「ではなぜ?」

「……親の世代、と言えばいいのかな?シャロンは子爵家の出でね、だから中等部からの付き合いになるのだけれど、ほら、あの顔だろう?」

「分かります」


 シャロン殿はまだ子どもの俺から見ても十分に美しい人だ。母と二人並んでいれば美の化身としか言いようがないほどだ。


「中等部に入ってすぐに、私はシャロンを守るつもりで友だちになったんだ。ほら、子爵家だからね。家格が上の者に言い寄られたら断れないだろう?」

「確かに、それはそうですが、逆に迷惑だったということなのですか?」


 シャロン殿の親からしたら母の行為が迷惑だったということなのだろうか?せっかくの上位貴族との出会いを潰されたと思われたのか?


「シャロンはね、結果的には大恋愛の末にアランと結婚したわけだから、幸せなんだと思う。ちゃんと学園を卒業してからの結婚だから手順も踏んでるし、社交界でシャロンは人気もあったから、アランはだいぶやっかみを貰ってた」


 そこまで一気に口にして、母はまた大きなため息をついた。そして、真っ直ぐに俺を見た。


「男同士だとさ、魔道具を使って魔力で生まれるだろう?だから、どちらかの親によく似て生まれるよね?」

「そうですね。俺は父に似ていると思いますが?」

「セレスティン君はシャロンに似ている。そして、シャロンは母親似だ」


 母はとても言いにくそうにしていた。何とか確信を告げないで、俺に分からせたいのだろう。


「親の代なんだ、シャロンの親の代なんだよ。我が家が、取り返しのつかないことをしてしまったのは……まだ覚えている者もいる。顔を見れば思い出す者もいるだろう」


 母は具体的に何があったのかは口にはしてくれなかった。けれど、その話しぶりから察することは出来る。同じ顔、それが重要なことなのだろう。


「確かに、顔に惚れたということに否定はしません。一目惚れですから」


 俺がハッキリとそう告げると、母は俺を凝視した。だが、何も言わない。


「その話を聞いて、シャロン殿の態度をみて、俺は余計にセレスティンが欲しくなりました。俺が守ってやりたいと、そう思います」


 俺がそう言うと、母は心底呆れたという顔をした。


「ジーク、分かってる?敵は大勢いるよ?しかも誰だか分からない。それに、『やはりあの顔だ』と噂されるだろう。そう言う悪意から守れる?いや、守らなくちゃいけないんだよ?セレスティンくんはまだ幼い」

「入学前ですね」

「ジークにはお見合いの打診が沢山来ているよ。成人まであと三年。だからといって急いで婚姻しなくてはならない状況ではないよ、我が家はね」

「当主である母上はお元気でいらっしゃいます」

「そう、急いでない。ジークの婚約者が決まってしまうと、今度はアルトに話が来てしまうからね。だから先延ばししたいのに……ね?」


 母が遠回しに諦めろと言っているのは分かってはいるが、俺はどうにも諦められなかった。自分の気持ちを理解する前に蓋をして、そうして再び開いてしまった蓋。そして、その中身がなんなのか自覚してしまった。初恋は実らないと言うのなら、これは二番目の恋だろう。


「その確執を凌駕するほどに、俺はセレスティンを幸せにしてみせます」


 俺がそう言うと、母はこの日一番の盛大な溜息をついた。そして、何があったのかをアッサリと話してきた。それを聞いて『あの顔』と言われるだろう事に対する覚悟がますます出来てしまった事は言うまでもない。

 そして、公爵家当主である母と、確約書を交わしたのだった。





 見合いの申し込みのために釣り書を送った。俺宛に見合いの打診は沢山来るので、釣り書なんかは見飽きてはいたのだけれど、いざ自分の釣り書を作るのは緊張した。

 二人で沢山話しをして、俺の事を知ってもらったと言うのに、このように自分の紹介文を書くのはなんだか気恥しいものだ。

 母から何度も言われたが、コレをウィンス伯爵家に送ってしまえば、もう後戻りは出来ない。そのために母とは確約書も交している。俺は書き上げた釣り書を母に渡した。


「どれ見せてごらん」


 受け取り、母は俺が書いた釣り書を確認する。ゆっくりと目線が動き、そして母の口角がゆるりと上がった。


「まぁ、今更ながらだけど……本当に優良物件だよね。我が息子は」

「お褒めに預かり光栄です」

「白々しいな、ほんとに!その年で、ほんとに!」

「十三になりましたから」


 そう、俺は昨日十三になった。おかげで誕生日プレゼントが本当に山のように届いている。どれもこれもご丁寧なメッセージカード付きで。けれど、一番欲しい人からは届いてはいない。教えていないから知らないのだろう。もっとも、教えてもいないのに送り付けてくる者は大勢いる。大多数がそうなのだ。


 俺は、いままでオネダリなんてことをした覚えはない。だが、今年の誕生日、初めてオネダリをしたのだ。どうしても欲しいのだ。他の誰にも渡したくはない。

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