第10話


 俺がゴネてごねてごねまくり、ジークフリートから何度も逃げたものだから、その様子を探知していた公爵夫夫が婚約誓約書に俺が成人するまで性的な接触を禁止する旨を記載してくれた。


「それは、キスもダメなのですか?」


 真面目な顔でジークフリートが質問している。んなもんダメに決まっているだろ。キスが性的なものじゃなかったら、なんで恋人同士でキスをするんだよ。

 俺が嫌そうな顔をしたのに気がついたシーリー様が、少し考えた風に口を開いた。


「エスコートとか、そんな時に手の甲にするのはありだけど、唇を合わせるのはダメだね」

「っう」


 ジークフリートは悔しそうな顔をするけれど、まだ六歳の俺にキスしたいとか、マジで無理だから。俺はアランの背中に隠れるようにした。なぜなら、シャロンはまったくあてにならないからだ。どうみても、シャロンからは俺をジークフリートに差し出したいオーラが溢れ出ているのだ。まだ未就学児の俺を守ろうとする気配を微塵も感じないのだ。だから俺は、アランに擦り寄るしかないのだ。そんな俺の心理をわかってくれているのはシーリー様だけだった。

 色々な約束事を書き込んだ婚約誓約書は、ジークフリートと俺が署名をし、見届け人としてシーリー様(なんと公爵位はシーリー様が賜っていた)とアランが署名をする事で成立した。国教会に届けられ、神父が内容を確認ののち、国王の元に届けられる。国王が確認して印を押されれば婚約は成立する。そうして国教会にて厳重に保管されるのだ。もちろん魔法の鍵がかかった保管庫だから、おいそれとは取り出せない仕組みになっている。

 つまり俺は、男のジークフリートと婚約してしまったのだ。


 絶望しかない。


この後、アルトもやってきて、婚約が成立したことを祝うディナーとなったのだが、味なんかまったくわかりはしなかった。




 ――――――――――――




 そろそろ学園への入学準備をしなくてはいけないとなった頃、俺は気がついてしまった。

 シャロンの腹が膨らんでいる。

 もともと華奢な体つきなので、下っ腹がポッコリと出てきたのだ。太ったわけではないと、すぐに気がついたが、俺はあえて気づかないふりをした。だってあの日、ジークフリートに確認をされて、魔道具を使うことを再認識したのだ。そして、商品説明には絶対、必ず、百パーセントとの文字が書かれていたのだ。

 つまり、俺とジークフリートの婚約が成立した後に魔道具を使ったのだ。

 

 気持ちが悪い。

 

 だから俺は、おおよそ自分の目線の高さにあるシャロンのそれを、気がつかないふりをし続けた。だってそうだろう?シャロンの姿はいずれ訪れる俺の未来の姿なんだ。公爵家と婚約したのだから、絶対に逃げられない。婚約破棄される可能性は極めて低い。なぜならあちらからの申し出だからだ。

 俺ができるささやかな抵抗は、学園に入ったら体を鍛えてそれなりに筋肉をつけることだ。そうして成人する頃までに可愛らしくない体を手にれて、ジークフリートから残念な目で見られること。


「セレスティン様、お客様がお見えです」


 シャロンを見たくない俺は、部屋にこもってひたすら本を読んでいた。この世界の知識を少しでも多く手に入れたかったからだ。大人になれば分かることが大多数なんだろうけど、それでは遅いのだ。知らないことがあったからこそ、俺はジークフリートと婚約させられてしまったのだ。

 家格がこんなにも重要な事だと知っていれば、あの日俺はシャロンと一緒にお茶会には行かなかっただろう。学園での友だちを作るのなら、入学してからだって良かったのだ。入学したら学園の底辺と分かっていたのだから、大人しく過ごすという選択をすれば良かったのだ。

 

 家格を俺は軽く見ていたのだ。

 こんなことなら悪役令嬢もののラノベでも読んでおけばよかった。そうしたら前世の知識で予防線がはれたのに。公式の場では格下のものから各上の者に声をかけてはならない。なんて、知っていたら、絶対にあのお茶会にには参加しなかった。シャロンに聞かされた参加者は全部格上だったんだからな。

 ああ、前世の俺。なぜ、追放系ざまぁ、ばかりを読んでいたんだ。この手のものは追放されたけど、実はチート級のスキルを持ってました。だからざまぁします。って、流れだったじゃないか。今の俺にチート級のスキルなんかない。そもそも魔法がまだ使えない。強いて言えば顔がいい。だが、これが不幸の原因だ!


「セレスティン様?」


 俺の返事が遅いから、マリが扉を開けて怪訝な顔をしていた。


「あ、ごめん。お客様?」

「はい、直接セレスティン様に取り次ぎを、と」

「俺に?誰……って、まさか……」


 俺はゴクリと唾を飲み込んだ。

 今日は休日。アランとシャロンはサロンでまったりしていた。あのシャロンのぽっこりお腹でも撫でながらいちゃついているのだろう。だから余計に俺は二人に近づかないようにしているのだが。


「はい。ハスヴェル公爵家のジークフリート様がお見えです」

「っ、と、この服で大丈夫かな?」

「この間頂いたイヤーカフをおつけ下さい」


 そう言って、マリが鏡台に箱に入ったまま置いてあるイヤーカフを持ってきた。


「……はぁ」


 これは俺には婚約者がいますよ。って印なんだ。相手の瞳の色の宝石を身につけるらしいのだけど、俺は男でまだ子どもだから、ひと目で分かるように耳に付けられる物を送られたと言うわけだ。もちろんジークフリートがわざわざ持参して、つけてくれたんだよ。シャロンは感動してたよな。

 ペンダントとかブローチとかあるけれど、耳につけておけばうっかりつけ忘れることがないから、最初の贈り物としてイヤーカフがポピュラーらしい。これも貰ってから調べたんだ。学園に通うようになると、ネクタイ止めとか、制服に合わせられるものを改めて貰うらしい。俺が、な。


「うう、重たい」


 マリが俺の耳にイヤーカフをつけると、外耳が引っ張られてちょっと重たくて痛い。魔力で着いているから、ピアスと言う物は存在しないそうだ。良かった。耳とはいえ、穴開けるの怖いもんな。


「毎日つけていれば直になれる」


 不意に声がして、俺の耳に誰かの手が触れた。驚いてそちらを見れば、ジークフリートがすぐ横に立っていた。


「うわ……」


 え?なんで?客室で待ってるんじゃなかったの?もしかして、マリに着いてきた?


「さ、触んなよ」


 俺は思わず自分の耳に手をやった。性的な接触では無いけれど、耳を触られると弱い。


「済まない。魔力を流して調整したんだ。外さないでいれば直ぐに馴染む」

「は、あ……うん、わかった」


 本当はこんな受け答えダメなんだけど、婚約者特典として許してもらっている。けど、学園に入ったら日常会話がほぼ敬語みたいなもんだから、慣れないといけないんだよな。ほら、カースト最下位だから。


「入学の準備を手伝いに来た」

「え?入学の準備って、それは親がするものなんじゃ……」

「婚約者が揃えるというのも一般的だ」

「あ、はい」


 なるほどねぇ。公爵家の婚約者が粗末なお道具を揃えたんじゃみっともないってか?でも、制服なんてデザイン決まってんじゃねーの?

 って、軽く考えてた俺、おバカさん。

 確かに、制服のデザインは決まっているが、どこで仕立てるのかは家庭の自由なのであった。はぁ、これも下調べ不足だ。

 つまり、公爵家は公爵家に相応しい仕立て屋にて、学園の制服を仕立てるのだ。だからデザインは同じでも生地が全く違うというわけだ。そう、それはすなわち量販店の吊しのスーツとブランド物のスーツの違いという訳だ。

 

 まず、連れていかれた公爵家御用達の服屋で俺は絶句した。どこからどう見ても子どもの俺を連れてやってきたジークフリートだって、まだ十三歳の子どもだ。まぁ、体格は随分といい方だけれど、成人してはいない。が、公爵家の家紋が入った馬車を横付けした途端、両開きの扉が開いて、店の従業員が出迎えに出てきたのだ。もちろん、オーナーは諸手を挙げての歓迎ぶりだ。


「お茶をどうぞ」


 立派なソファーに座らせられて、もちろん隣にはジークフリートが座っている。お茶が出てくればもちろんお菓子も出てきた。


「初等部の制服でお間違いありませんでしたか?」


 やってきたオーナーが、ジークフリートに聞いてきた。確かに、成長期真っ只中であるジークフリートだ、中等部の制服を毎年仕立ててもおかしくは無い。


「そうだ。俺の婚約者のセレスティンの制服を頼む」


 いきなりそんなふうに紹介されて、俺はどうしていいのか分からず、紹介されたさきであるオーナーの顔を見て軽く頭を下げた。


「始めまして、よろしくお願いします」


 そう言うと、オーナーは大変恐縮した顔で「ご丁寧に」とかなんとか言って、何度も頭を下げてきた。うーん、これはやっぱり悪役令嬢もののラノベを読んで置くべきだったな。対応の仕方が全く分からない。


「では、失礼ながら、お体の寸法を測らせて頂きたいのですが」

「わかった。あまり触れないように」


 ジークフリートが了承したけれど、言ってることがだいぶ矛盾している。あんまり触れないでサイズを測るとは?なかなかに、難しい落語のお題のようだ。

 俺は促されて鏡の前に立つ。魔道具らしい物が俺の頭の辺りに固定され、測定が始まったようだ。


「腕を水平に上げていただけますか?」


 オーナーに指示されて、俺は言われた通りに腕を上げる。


「そのまま前に腕を移動してください」


 言われるままに腕を動かす。頭の上の魔道具が、ガシガシと動いているのが気になるが、確かにあまり触れずに俺の体の寸法を測ることができた。

 俺が再びソファーに座ると、従業員がマネキンを持ってきた。マネキンには学園の制服が飾られていた。


「弟君のアルト様はこちらの少し茶色がかった生地を選ばれております」


 そう言いながらオーナーは制服のジャケットに似た色の生地を何枚も俺たちの目の前に吊るしてきた。よく分からんが、基準の制服から自分好みに仕立てるのが上位貴族の当たり前のようだ。

 アルトはゴウジャスな美人だから、あの緩いウェーブのかかった金髪を引き立たせられるよう、この黄色みがかったジャケットの生地を少し茶色がかった生地に変更したのだろう。俺の金髪は少し淡い色をしているので、このままの色でも構わないと思うんだけどな。


「セレスティンの髪色は、柔らかいんでな」


 ジークフリートがそういえば、直ぐにオーナーは山吹色に近い生地を出てきた。色はだいぶ濃いめだ。


「うん、この辺りなら髪色が映えそうだな」


 ジークフリートが目を細めて俺に生地をあててきた。いや、もう好きにしてくれ。まだジャケットなんだよな?生地を選んで、襟の幅も決めるのか?そんなところも変えちゃっていいわけ?校則とかないのか?最初から制服を改造して仕立てるとか、俺には理解できない。

 この後、初等部は、ネクタイじゃなくてタイなんだけど、そこに校章が刺繍されるらしく、その糸の色まで吟味されて、俺はもう考えることを放棄した。だって、瞳の色がとか、言われたってさ、俺には見えないんだからどうでもよくね?

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