第9話


 あたりに誰もいないことを確認して、ジークフリートは遮音の魔法をかけてくれた。空間認識に関わるため、まだ広範囲はできないそうだ。だから、俺とジークフリートの二人の周りにだけかけられている。


「その、だな。上位貴族になるほど女を正妻にすることはほとんどない。というのは知っているだろうか?」

「知らない」


 俺が即答すると、ジークフリートは小さくため息をついた。


「じゃあ、男同士で子をなすために用いる魔道具のことは知っているか?」

「知ってる。本で読んだ」

「そうか」


 俺が読んだ本は、『実生活魔道具グッズ百選』とかいうタイトルの本で、通販カタログ見たいな感じで魔道具を紹介する本だった。まあ実際に大きな商店が出した本なので、そこの載っている品物が欲しければ連絡するだけで届けてもらえるんだから、通販雑誌といえばそうなんだと思う。

 で、実生活と銘打っているだけに、お掃除グッズやカメラ、ドライヤーなど多種多様な魔道具が載っていて、後ろの方には大人向けのものが掲載されていたわけだ。つまりそこに、子作りグッズの魔道具が載っていたわけだ。そいつを使えば絶対に子どもができる。逆に使わなければ男同士なので子どもはできない。

 そう、魔道具を使うから、絶対に二人の子どもだという確証が持てるのだ。ちなみにこの魔道具は女体には使えないのである。不妊症の解決策ではなかったのだ。


「俺との子どもを産むのが嫌なのか?」


 なにをセクハラまがいなことをおっしゃるかな?質問がストレートすぎんだろ。


「いやだ」


 だから俺もストレートに返す。


「だから女の子と結婚がしたい?」

「男と結婚なんかしたくない」


 俺は間髪入れずに答えた。子どもを産みたくないだけだと思われたら、解決策はあの魔道具を使わないことになってしまう。白い結婚は男女間だけのものなのだから。


「っ、それは……」


 ジークフリートが言葉に詰まった。それはそうだろう。お見合いに応じたのに、結婚したくない。と言われたのだから。見合いに応じた時点でそれは了承したとみなされるのが普通だ。


「来たくてきたわけじゃない」


 俺が続けてそういうと、とうとうジークフリートは機能しなくなってしまった。完全に固まって、動かないのだ。かろうじて呼吸をしているのだけはわかったけれど。


「公爵家から見合いの申し込みをされて断れるわけなんかないだろう?なんで俺なんだよ。なんでこの間来た時にはなしてくれなかったんだ!俺はお前なんか好きじゃないからな。むしろ嫌いだ」


 俺は機能しなくなったジークフリートにまくしたてるようにそう告げると、勢いよく走りだした。方向なんてわかりはしない。どうせ一人では帰れないし、アランとシャロンが公爵夫夫と話を進めているんだから。俺がどんなに抵抗しても、ジークフリートと結婚させられるのは避けられないのだから。だから、せめてもの抵抗として、嫌いだと言ってやったんだ。


「うううう、男となんて無理だよぉ」


 走るだけ走った俺は、入り組んだ垣根の下にしゃがみ込んだ。多分、最初に説明された迷路だと思われる。まだ六歳の俺だと、立っていても十分垣根に隠れているのだが、しゃがんだことで完全に姿を隠せたと思う。

 こうやって落ち着いて考えてみると、このどうにもならない理不尽さには納得のいかないことだらけだ。そもそも何故俺がお嫁さん体質と断言されるのか。女顔で華奢だからという理由でかたずけられるのは心外だ。これからの第二次成長期で、立派な体を手に入れられるかもしれないじゃないか。前世で見た、男だらけのアイドルグループだって、デビューした頃は可憐な美少年であったけれど、十年経ったら細マッチョな王子様キャラになっていた。

 だから、俺だってその可能性がないとはいえないはずなんだ。魔法のある世界とはいえ、騎士という職業があるのだ。王族の護衛をしている騎士は、見た目も重視されているから当然顔も良かった。女顔というよりどこか中性的な感じではあったけどな。伯爵家ならギリギリ上位貴族であるから、騎士になりたい。というのは子どもの夢として問題ないと思うんだよな。それを体を鍛える口実にできないだろうか?俺は膝を抱えて考え込んだ。

 いまだに誰かが俺を探している感じはしない。多分だけど、魔法があるから、探知とかで大体俺がいる場所がわかっているんだろうな。あの侍従、なかなか腕が立ちそうだったもんな。


「セレスティン」


 少し離れたところから、俺を呼ぶ声がした。

 顔を上げると、ジークフリートが立っていた。慌てた様子がないあたり、やはり魔法で俺の居場所を把握していたのだろう。公爵家だもんな、防犯の観点から見て庭にいる人物の把握ぐらいされてるよな。

 なんて、俺は少しやさぐれた気分でジークフリートを見ていた。もちろん返事なんてしていないから、ジークフリートはそれ以上近づいては来ない。


「そばに行ってもいいだろうか?」


 自分ちなのに、ジークフリートはなぜか遠慮がちだ。俺の方が年下なのに、俺の方が格下なのに。


「来れば」


 俺はジークフリートの方を見もしないで答えた。だって俺、見合いの相手に『嫌いだ』って言っちゃたんだよな。シャロンにバレたら大目玉だよな。


「その……すまない。一目惚れ、だったんだ」


  ジークフリートがポツリと呟いたのを聞いて、俺は驚いてジークフリートの顔をガン見した。だって、あんなことをしておきながら一目惚れ?


「だから、その……冷気を当ててしまって、怖がらせて泣かれてしまったから、嫌われていないか気になって次の日に謝罪と称して会いに行ったんだ」

「はぁ?」

「謝罪を受け入れてくれたし、ケーキを食べながら笑ってくれたし、たくさん話もできたから、嫌われていないと思っていた」


 ジークフリートの話を聞いても、俺は全く意味がわからなかった。一目惚れというワードが頭の中でぐるぐると回っている。一目惚れ?一目惚れとは?あの一連の出来事のなかのどこに、一目惚れの要素があったというのだろうか?

 俺は黙ってジークフリートの顔を見つめた。

 一目惚れということは、顔を見たということで、あの短い時間でジークフリートは俺の顔を見たというのか?あの絶対零度の怒髪天から一目惚れへのベクトルの流れが全くわからん。


「どうか受け入れてほしい」


 そう言ってジークフリートが、膝を抱えている俺の手を取り、その手の甲へと唇を落とした。その一連の動作は流れるようで、俺は黙って見ているだけだった。

 そうして恭しくもジークフリートが顔を上げて俺と目があったとき、俺はあの日あのとき、ジークフリートが俺の耳元で囁いた言葉を思い出したのだ。

――――孕ませたいな――――


「むっ、無理っ」


 俺はジークフリートの手を払いのけて再び走り出したのだった。

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