第11話
制服の注文だけでものすごく時間がかかった。俺はお茶を飲んでお菓子を食べて、時々笑顔で頷くというのを、何回か繰り返したのだった。
で、既に昼過ぎてしまい、これまた外出した時の公爵家御用達のレストランに連れてこられた。予約しているのかなんてもう、どうでもよかった。俺はジークフリートに手を引かれ、奥の個室に通された。
エスコートしてくれるジークフリートが、俺のために椅子を引き、座らせてくれた。俺が「ありがとう」と言うと、ジークフリートは少し照れたような顔をした。
「前菜にございます」
注文してないのに料理が出てきてだいぶ驚いていると、ジークフリートに肉と魚はどちらが好きか聞かれた。日本人なので塩焼きの魚が食べたい欲求がずっとあったため、思わず「魚の塩焼きが食べたい」と答えてしまった。
だって、家にいてもこころが休まらない。シャロンを見ると嫌でも婚約したことを意識させられて、十年後の俺をただ、絶望する。だからといって気軽に出かけられる訳もなく、部屋にこもってひたすら本を読むしかないのが、現状だ。一度庭を走っていたら、「転んで顔に怪我をしたらどうするんだ」とシャロンに怒られた。
でも体力と言うか持久力がないと体が鍛えられないから、本を読む時に立ったままとか、そんなことはしている。
で、最近のシャロンの体調に合わせているのか、とにかく料理がこってりしているのだ。悪阻が治まったのだろうか?なんて思っているのだが、同じ食事を六歳児の体に摂取させるのはどうなんだ?と思うわけで、俺は若干胃もたれをしていると思う。
マリにハーブ水を用意してもらって飲んでいるんだけど、喉越しはスッキリするんだけど、なんか違くて、それがアレだと今気がついた。
「キャベツが食べたい」
そう、日本人なら胃もたれにはあの薬だろう。だからトンカツにはキャベツの千切りがついてるんだよな?
「セレスティン、いまなんて?」
俺の言った言葉が聞き取れなかったらしく、ジークフリートに、聞き返された。
「メインは魚料理をシンプルな味付けで頼んだが、今なんと言ったんだ?」
「キャベツ」
多分千切りと言うワードが分からなかったのだろう。千切りって、日本語かな?
「サラダを追加されますか?」
給仕が俺の言ったキャベツに反応してきた。
「ドレッシングのかかってないキャベツが食べたい」
俺は給仕の人にハッキリと伝えてみた。キャベツ、キャベツはこの世界にもあった。サラダの中に少し入っていたんだけれど、ドレッシングは油分を含んでいるから、なんか後味がさっぱりしない。そう考えると日本で売られていたノンオイルドレッシングってすごいわ。
「味付けをしない事をお望みで?」
給仕が目をぱちくりさせている。うん、それはわかるんだけど、俺はとにかくさっぱりしたものが食べたいんだ。どうせ今夜もチーズがのってこってりとした肉を食べさせられるんだから。
「うん。ほそーく切ったキャベツが食べたいんだけど、ダメかな?」
俺がそう言うと、給仕は直ぐに「かしこまりました」って部屋を出ていった。
「細く切ったキャベツとはなんだ?」
給仕が出ていったあと、ジークフリートが聞いてきた。
「うん、家で出てくる食事がすっごくこってりでさ、さっぱりしたものが食べたかったんだ」
「キャベツはさっぱりした食べ物なのか?」
「ドレッシングがかかってなければ、野菜は全部サッパリしてると思う」
「そうか」
ジークフリートは俺の話を結構真剣に聞いてくれた。でも、家の食事にまで口出しは出来ないから、俺の我儘を許してくれたんだと思う。普通に考えたら、婚約者が勝手に料理を注文したんだ。公爵家のお金で食べてるのにワガママだよな。
出てきたキャベツは本当に細く細く切られていた。さすがは公爵家の御用達だけはある。料理人の技術がすごいな。
「それだけ細ければ、セレスティンは食べやすいのか」
俺がモグモグとキャベツの千切りを食べていると、ジークフリートが感心していた。多分初めて見たんだろうなぁ、こんな細かいキャベツ。
「食べてみる?」
俺が聞くと、ジークフリートは黙って頷いた。で、食べさせようとしたんだけど、フォークだから千切りのキャベツって取りにくいんだよな。手を使わないようにして、そーっとフォークにキャベツを乗せて、こぼさないようにゆっくりとジークフリートの方へと動かした。
「…………」
無言で口を開けるジークフリートに、俺はちょっと戸惑ったけれど、「食べる?」って聞いたのは俺の方なので、今更照れるのも可笑しい。そーっとジークフリートの口にフォークを入れる。ゆっくりとジークフリートの口が閉じられたので、俺はゆっくりとフォークを抜いた。箸と違ってやりにくいものだ。
「うん。随分と細かく切られているのに、噛みごたえがあるのだな」
「うん、キャベツ美味しいよね?……はぁ、家のご飯ヤダな」
そもそも量が多いし、ホントにこってりしてるんだよな、最近。アランはシャロンにベタ惚れだから、シャロンの食べたいものを料理人に作らせるのを容認してて、そこには子どもである俺にはまったくの配慮がないのだ。
「そうなのか?じゃあ、好きな物を沢山食べていいぞ」
「え?いいの?ありがとう」
そんなことを話していたら、タイミングよく魚料理が出てきて、俺は嬉しくなった。魚を焼くのではなく蒸してくれたようで、上にハーブが乗っていたのだ。
「うぅ、美味しい」
ふっくらとした魚の身に、ハーブの香りが乗っていて魚の旨味を存分に味わえた。身と皮の間に油ものっていて大変に美味しかった。
食べ終えて俺が満足していると、ジークフリートは店の従業員に何かを告げていた。そうしているうちにいかにもな感じの人がやってきた。そう、どう見ても料理を作る人だ。
「セレスティン、こちらはこの店の料理長だ」
サラッと紹介されたけど、公爵家御用達の店だけあって、料理長も随分と威厳のある人だ。俺、こんな人にキャベツの千切りさせちゃった?
「あのっ、初めましてセレスティンです。お料理とても美味しかったです。あと、キャベツ、ありがとうございます」
よし、何とか言えたかな?料理人を労うのは貴族として当たり前のことだ。なにせ、わざわざジークフリートが呼びつけちゃったんだから。俺も無茶振りを言ってしまったわけだから、ここはひとつ、労いの言葉をかけなくてはマナー違反となってしまう。しかし、紹介された婚約者がこんな子どもでさぞやガッカリしたことだろう。
「お口にあったようでようございました」
料理長が恭しく頭を下げると、ジークフリートがすぐに口を開いた。
「セレスティンが、キャベツをたいそう気に入っていた。俺も食べてみたが、素晴らしかった」
「お褒めに預かり光栄にございます」
凄い、ものすごくセレブな会話だ。まだ成人してなくても公爵家の長男なだけはある。俺なんかとは全く違う生き物だと痛感した。
支払いはこの部屋でそのまま料理長の持つトレイに置かれて、俺はジークフリートに促されるまま店を出た。随分な人数の従業員に見送られ、俺はジークフリートのエスコートを受けながら馬車に乗り込む。
次に着いたのはカバン屋だった。
通学カバンって、学校指定?とか考えていたら、またまた個室に通されて、色んなサンプルが並べらて、お茶とお菓子が並べられた。
「初等部にご入学でしたら、このような肩掛けカバンがよろしいかと」
って、ずらりと並んだサンプルたち。リクルートカバンを彷彿とさせるデザインだ。
「セレスティンは華奢なので、ベルトが細いと肩にくい込みそうだな」
「それでしたら、弟君のように幅のあるデザインはいかがでしょう?皮も柔らかい雌の子牛はどうでしょう?」
さっきも言われたけど、やっぱり先にアルトが作りに来てるんだなぁ。そりゃそうか、俺はあくまでも婚約者だもんな。公爵家の恥にならない程度のものを身につける義務があるけれど、シャロンがアレだから……って話したのかな?一緒に出かけられないからって、ジークフリートにお願いしたのか?それとも、シャロンがアレなのをシーリー様が知って手配してくれたのかな?
なんかヤダな。
俺がそんなことを考えていると、ジークフリートが俺の顔を覗き込んできた。
「疲れたか?」
「っ、あ、大丈夫です」
「そうか?なら大きさを確認したいから立ってカバンを持ってみてくれ」
「はい」
俺は言われるままにまた鏡の前にたち、サンプルのカバンを持たされた。大きさやベルトの長さなどを調整するようで、ジークフリートがやたらと細かい指示を出していた。
何を言っているのか分からないけれど、初等部って日本の小学校と同じで6年間あるわけで、当然俺も成長すると思うんだけどな。
「ベルトは消耗品ですので、年に一度はお取替えのためのメンテナンスを致しますから」
「そうだな、セレスティンの背も伸びるだろうからな」
ほほう、ベルトを消耗品と言い切るなんて、凄いな。まぁ、確かに毎日教科書とか入れて持ち歩いたら、ベルトの摩耗は激しいんだろうな。いや、ほんと、ランドセルの方がよくね?って、思ったけど、通学が馬車だから背負ったままだと座れないのか。
ジークフリートがほとんど決めてくれるから、俺はほとんど何もしないで済んでしまった。だって、皮の種類とか全然わかんねぇのよ。オスよりメスのほうが柔らかい。とか言われて触っても違いなんか全然なわけよ。だから、違いのわかる男であるジークフリートに丸投げした。それに、ここでも支払いは公爵家だったのだ。
って、よく考えたら俺お金持ってないわ。
そもそも、俺が出かけるのにアランもシャロンも見送りに出てこなかったわけで、それはきっとジークフリートが俺の部屋に来る前に挨拶をしたからだと推測する。きっとその時に支払いについてアランとジークフリートが話したのだろう。うん、俺はまだ未就学児だからな。財布なんて持てるわけが無い。
次はどこに行くんだろう?なんて考えながていたはずなんだけど、俺はどうやら眠ってしまったようだ。
だって、目が覚めたら見知らぬ天井だったんだからな!
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