第一章 四幕 12.逼迫

 中央に出現した異様な構造物はすぐに敵の目を引き、総攻撃が仕掛けられる。それによって他の人に目標が向かなくなったことにカイは気づいた。


 あの青いバリアはジンのだ。ジンが人質を守っている。でもそう長く持つとは限らない。こちらへの攻撃が手薄になっている間に一気に押し込む。


「プリムラさん」


 一旦男を距離を取り、カイはプリムラと目を合わせる。「連撃で、合わせられますか?」


 対するプリムラはにっと笑い、


「任せて」


 そう一言だけ返した。


「ほーう……」


 男はその会話を聞き、さらに気を引き締める。「つまらないと思っていたが、存外にも良い戦いとなりそうだな。もはや長丁場と卑下する訳にもいかぬ。揃って斬り伏せてやろう」


「何が斬り伏せるだ。その前に終わらせてやる」


 プリムラは動かず、カイのみが単騎で突撃する。全く統制が取れていないわけでもないな。あの女がどのような手を使って攻撃を重ねてくるのか見物だな。


 男は剣を延長させ、カイの間合いの外から一方的に攻撃する。その剣を弾き返してカイはさらに内側へと迫る。


 ならば、と剣を元の長さに戻してカイを迎え撃つ。カイは男の右側に進路をずらし、そのまま横から斬撃を加えようとする。見え見えな攻撃である。男はカイに剣を向ける。


 そのとき、男の左脇腹に何かがめり込んだ。声が漏れた。男が脇腹を見ると、肌色の太い蔓のようなものが喰い込んでいた。


「モノを伸ばして戦えるのは、自分だけだと思った?」


 男はそのまま飛ばされる。カイとの距離は元から近い。男は剣を横に向けて首を確実に守る。

 カイの剣が真正面からぶつかる。剣が軋む音がした。その様子を見てカイは一つ舌打ちをし、男から一度離れる。


「硬いな……」


 その呟きを聞いた男は剣を見る。剣に傷ができていた。飛ばされたときの速度と剣を振る速度がぶつかり合ったのだ。逆にこの程度の損傷で済んで幸運だった。


「なるほどな。剣を折る作戦か……その案は悪くない」


「俺の予想じゃ、今頃根本から折れてるはずだったんだがな……」


「俺も魔術師の端くれ、剣を魔力で覆って強度を上げることは会得している」


「……あっそ」


 カイは魔法陣から拳銃を取り出す。「じゃあやっぱ本体からだな」


 銃弾が放たれる。男は体を傾けて避ける。するとプリムラがすぐに潜り込んで、剣に変形させた腕を首に振るう。男はそれを寸前で弾き飛ばした。さらにカイが反対側から狙いに来る。剣は追いつかない。男は上半身を折って剣を避け、素早くその場から離脱する。


 そしてカイとプリムラは、男を挟むようにして攻撃を始める。対して男は魔術を駆使して剣を伸ばしては縮ませ、多方向からの攻撃を防いでは横に移動して距離を取ろうとする。逃さず二人も移動する。




 その白熱した戦いをよそに、ジンのバリアの中は未だ平穏に包まれている。銃撃に加えてミサイルまでもが飛んでくるが、それでもバリアはびくともしない。


 だが、ジンは確実に疲弊していた。


 バリアも無敵ではない。受けたダメージは魔力の消費によって消える。受ける量が多ければそれだけ消費が増える。あと持って何分だ……?


 コタローさんたちは未だヘリを減らし続けているのだが、やってくる数が多すぎて撃墜が追いついていない。更に攻撃は増えるだろう。


 僕は本当にみんなを守れるのか……


 バリアに触れる手から力が抜けそうになる。幾度か諦めそうになってしまう。弱いぞ自分。その程度で大口を叩くんじゃない!


 一度みんなを守ると決めたんだ。最後までやりきれよ!


 一層血が巡り、魔力の流れも速くなる。気持ちは実際の能力に影響を与える。無理だと思えば本当に無理になる。できると思ってろ。そう、この調子だ。



 こもった銃声がに紛れて澄んだ火薬の破裂音がした。同時に放たれた小さな弾丸がジンの腹を貫いた。


「……ジン!」


 少しの間を空けて、状況を把握したエレンが叫んだ。ジンは未だ状況がわからずただ吐血する。


 バリアを貫通された……? そんなわけない。他の部分は無事だからこれはバリア内からの攻撃。敵が紛れていた? それとも裏切りか?


 ジンは混乱したまま後ろを振り向く。見える範囲の人質は全員驚いた表情をしている。エレンが目を見開いてこちらに駆け寄ってくる。その後ろ、瓦礫の隙間に誰かいる。


 その人が銃を持っていると気付いたのは、銃声が鳴るのと同じタイミングだった。


 身体をまた弾丸が貫いた。ジンは目線を落とし、貫かれた部分を眺める。服のちょうど左胸あたりに、真っ赤な血がみるみる内に滲んでいく。不思議と痛みは感じない……違う何も感じない――


 そこでジンは大きく吐血して地面に倒れ込む。朦朧とした意識の中でなんとか途切れさせずに持ち堪えていたのは、混乱と危機感だった。


 息ができないような苦しさ。滲み出ていただけの血は既にどくどくと溢れ始めては地面に血溜まりをつくる。心臓を撃たれた。このままだと僕は死ぬ。


「ジン! しっかりしろ! ぜったい、絶対に目を閉じるんじゃないぞ!」


 頭上でエレンが震えた声で叫ぶ。本当に気を抜いたら眠ってしまいそうだ。目を閉じたらもう二度と覚めることはないと悟る。死にたくない……こんな形で死ぬわけにはいかない。


 背後でガラスが砕け散る音が聞こえ、銃声が明瞭になる。バリアが壊れたのだ。途端に断末魔の悲鳴が重なって聞こえる。


「クソッ!」


 エレンにも人質を守る使命があるが、それでもジンのそばから離れられない。心臓を貫かれていていつ死んでもおかしくないし、気絶すれば一巻の終わりだ。


「大丈夫だジン。すぐに病院で治療できるから」


 自分の呼吸でうるさい耳にエレンの声が通った。


――良いか、魔力と生命力は別物じゃ――


 ドンさんの声が脳内に語りかける。これは記憶……走馬灯か?


――そりゃ魔力を使えば使うほど体がだるくなったり疲れたりはするが……別に魔力を使い切ったからと言って死ぬなんてことは一切無い。逆に言えば、魔力が有り余っていても死ぬときは死ぬ。それを踏まえてアドバイスじゃ。己が窮地に立たされたとき、大技を出すことを決して躊躇してはならない。遠慮なく魔術を使い、体制を立て直すのじゃ――


 躊躇せず、大技を使え。


 薄れゆく意識の中でなんとか自分の魔力の流れを読む。大丈夫、まだ残ってる。これなら立て直せる。


――回復する緑色の弾ヒールフォレスト――


 緑色のオーブを胸辺りに当てる。自分の魔力で作り出したものなのに魔力が染み渡る感覚がして、まず心臓に空いた穴が塞がれようとしている。

 しかしその作業は遅々として進まない。何分かかるだろうか。一秒一秒が重要なこの場面だ。早く治れ。


「ジン……っやべえ!」


 エレンが前方に立つ。直後、小型ミサイルが近くに着弾したようだ。熱を持った爆風が二人を襲う。


「ぐっ……」


――“壁”!――


 ジンはなんとかして爆風を軽減する。だがそちらにも魔力を削がれるので治療速度が更に遅くなってしまう。


 早く、頼むから早く治ってくれ……!

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