第一章 四幕 10.戦うだけではなく

 目を眩ませる閃光が一ヶ所に収束していく。光の鎧が解けたとき、ジンの髪と目は金色に変化していた。オーラは輝きを増し、その姿に誰もが一瞬目を留める。

 やや遅れて、攻撃ヘリがその危機感に気付いた。照準をジンに合わせ、二機が同時に銃撃を浴びせる。


 ジンの視界はその少し前に開ける。くっきりとした視界。目を動かす、手を握って広げるを二回行う。特訓の成果が出ている。覚醒状態で暴走を抑えられることにまずは成功した。

 そしてヘリがこちらを向いていることを確認し、ジンは自分の意思で魔術を行使する。


――王の鎧ジブラルタル――


 青いバリアに身を包み、弾丸を一切寄せ付けない。無敵に近い状態のままジンは行動を開始した。

 自分で発動してみて分かったが、この技は魔力の消費が凄まじい。身体に蓄えられた精気が吸い取られるような感覚に襲われる。まだ自分には難易度が高く、長い時間発動はしていられない。ひとまずヘリの狙いから外れる必要がある。


 その他にも周りからどっと兵士が押し寄せてきている。はっきり言って逃げるのには邪魔だ。


 力強く踏み込む。足元に魔力を込める。バネを縮めるように力が溜まっていくのが感じ取れる。


 飛び駆けろ。あのときコタローさんに追いついたように。


――衝撃波弾ソニックブーム――


 ジンを中心に空気の波が音速で広がり、周りの兵士が軒並み吹き飛ばされた。その影響は周りのヘリにも伝わり、失ったバランスを必死に取り戻そうとしている。

 そしてジンは衝撃波の反動を利用してその場から少し離れた場所まで移動していた。“衝撃波弾ソニックブーム”を発動することで自分も高速移動ができる。ドンさんから教わりはしたがこんなにも……なんというか、強引な移動方法だ。これも慣れが必要だな。そう思いながらジンはふと空を見上げた。


 次の瞬間に戦慄していたのは、目の前にヘリがいたからではない。奥から二十を超える数のヘリが、隊列を組んでこちらに向かってきていた。そのほとんどがここにいるような攻撃ヘリだが、一部にタンデムローター機が混ざっている。あの中に兵士が乗っているはずだ。ただでさえ攻撃ヘリが参加しているだけで劣勢にあるのに、さらに兵を追加されたら……敗北もあり得る。


 こういう時こそ落ち着いて、今の状況を確認するべきだ。ジンは周囲を見渡す。コタローさんが戻ってきており、空中のヘリに攻撃を仕掛けようと空を見上げている。多分みんなも気づいている。そしてコタローさんは既に迎撃体制に入っていた。

 コタローさんに限ってそんなことはないと思うけど、万が一地上からの妨害が激しいと迂闊に攻撃もできなくなる。やっぱり僕はここにいる兵士の数を減らさないと。あのヘリが来る前に少しでも多く。


 今一度決意が湧き、ジンから湧き出る魔力が一段と増える。右手に生み出したのは水色の弾。普段通りに使えば当たったところから凍りついていく能力だが、唯一いつもと違ったのは、やはりその弾も表面に稲妻のようなものが迸っていることだった。


 ジンは思い切ってその弾を地面にぶつける。


――超伝導する氷層の弾スーパーコンダクティング――


 地面の上に薄く氷が張られる。さらにその上を電気が駆け巡り、足を踏み入れた者が続々と倒れていく。一気に十数人を気絶させることができた。


 その後はジンに群がってきた相手を次々と薙ぎ倒す。速さとフィジカルで遥かに勝るジンにとって彼らはカタツムリくらい遅く感じる。


 プロペラ音が大きくなり、影があたりを暗くする。振り返ると攻撃ヘリがこちらを睨んでいた。ガトリング砲が回転を始める。


 来る。早くバリアを貼らないと。


――防護する青色のガーディ――


 すると突然ローター部分が分離して微塵切りになる。揚力を失ったヘリは瞬く間に地面に落っこちて爆発した。爆風が襲ってきてジンは顔を遮る。


 キーンとなる耳の奥で、かすかに地面を踏み締める音が聞こえた。


「随分腕を上げましたね」


 風がぴたりと止み、ようやくジンは横を見る。長身の黒スーツに身を包んだ男が刀を下ろす。


「コタローさん」


「久しぶりですね」


 特に喜んだ顔もせずにコタローは頷く。「会長から特訓を受けたようですね。格段に魔力量が上昇している」


「ありがとうございます」


 と、ジンは一礼した。


「して、だ」


 コタローが空を見上げて本題に入る。「エンフェント族の魔術でヘリを撃ち落とすことは可能か? 電気でも物理攻撃でもいい、やれるか?」


「きっとできます」


 自信に満ちた声で強く返事する。


「そうか。なら私と共にヘリを撃ち落としてくれ。あの数で撃たれると勝算が見込めない」


 その協力の申し出を聞き、ジンは一層奮起した。


「はい!」


 そして早々に右手に魔力を集める。生み出された気弾を掴み、右斜め前にいるヘリに向かって振りかぶった。


――投げ撃つオーラ――


 ※


 心臓がドクンと波打った。身体の奥で眠っていたどす黒いモノが心を飲み込みかける。視界がぼやけて赤く染まった。


 次の瞬間には跪き、荒い呼吸となっていた。


「ジン、大丈夫か」


 コタローが顔色をうかがってくる。かなり青ざめており、脂汗が頬を伝っていた。


「怪我か?」


 コタローはそう判断し、ジンの身体を確かめる。目立った傷はなく、流血した跡もない。だとしたら毒か?


 コタローの心配をよそに、ジンは先ほどの恐怖を思い出していた。


 あの感覚は覚えがある。我を忘れて暴れ回る寸前、野生という悪魔の手が心を掴んで乗っ取っていく瞬間だ。幸いまだ自我はある。でも何が原因なのか? これは時間が経つにつれて段々暴走していくということなのか? でも今はそんな感覚全く無い。


「気は確かか、ジン」


 耳元の呼び声で思考が現実に戻される。「君に何が起きた」


「……えっと」


 辿々しくではあるが、ジンはこの身に起こったことをなんとか説明する。


「……なるほど。それまでは大丈夫だったのか?」


「はい……急に来ました」


「今はどうだ?」


「なんともないです」


「……」


 コタローが顎に手を付いて熟考してみる。ジンもなんとなく居心地が悪くなって一緒に頭を悩ませる。


 しかし続々の到着するヘリのプロペラ音が、考えている暇などないと言うかのように集中を阻害する。


「っ……ひとまず君は無理にヘリを狙う必要はない。地上の敵を制圧しろ」


 コタローはそれだけ言ってその場から消えた。奥のヘリがバラバラにされたのを見て反撃に出たのだと理解する。


 少し物陰に隠れ、ジンは思考を続ける。覚醒状態のままで“投げ撃つ蒼色の弾オーラバレット”を撃とうとするのが問題なのかもしれない。エンフェント族の魔術の中でもあからさまに『攻撃』をメインとした能力。それに反応して暴走しそうになるのかも。


 だったら、電気系統をショートさせて墜とす。


 丁度目の前にタンデムローター機がやってきた。増援が来るのは厄介だから倒しておかないと。


――麻痺するエレキ――


 ……待って、そうするとあの中にいる人たちをみんな殺すことになるのか……メイジャーって残酷な仕事だな。


 ふと思った瞬間、さっきと同じ感覚に襲われて発動に至ることができなかった。ヘリに何かしようと……ヘリを墜とそうと思うとこうなるのか? いや、重要なのはヘリではない。


 僕は人を殺そうとすると、暴走しそうになるようだ。


 人を殺すことに抵抗を抱いていないと言えば嘘になるが、殺さなくてはいけないときに躊躇うほど覚悟ができていないわけでもない。それでも、殺すということにおいて野生が反応して暴走しようとしているのか。何か対抗策は無いのか? 脳を騙すみたいな何かは……


 そのとき、前方から飛翔音が空を切り裂いてジンに迫る。見上げた先には一発のミサイルのような飛翔体があった。まずい。考えるので対応が遅れた。今からバリアを張っても間に合わない。


――衝撃波弾ソニックブーム!――


 ジンが地面を一回蹴った瞬間に、ミサイルはジンがいた場所の後方にある壁に直撃した。爆風とそれに乗せられた金属片が容赦無くジンの背中を襲い。ジンは衝撃で吹き飛んだ。耳鳴りが酷い。視界がゆらゆらしてしまう。至近距離で爆発を喰らったジンはそのまま意識を失った。



 ※



 「おはよう」


 目が覚めると真っ白な空間で正座していた。一回転して見回した後、目の前にゼン・クロスがいることに気づく。


「……また来れるものなんですね」


「たまにそういう奴がいるんだな。みんな立派なメイジャーになった人たちだが」


 過去を振り返って勝手に頷くゼンに、ジンは姿勢を直して問いかける。


「あの、相談が」


「おう、どした?」


「……人を殺そうと思うと、暴走してしまいそうになります」


 ジンはやや俯きがちに話す。「確かに人をこの手で殺してしまうというのはとても抵抗がありますし……怖いですし」


「そりゃ、誰でも最初は怖気つくだろうな。やってることは殺人と全く同じだ」


 ゼンにはジンの気持ちがよく分かるらしい。「だが、悲しいことにそれはいずれ慣れる。今のメイジャーは魔獣より人を相手することが増えているらしいしな」


「それは分かってます……でも、それで暴走するのはなんか違う。それこそ僕の本性が殺戮を楽しむ人のようじゃないですか」


「本当にそうじゃないのか」


「からかわないでください……!」


 ゼンは空気を和ませようとジョークを思いついたようだったが、かえってジンの気持ちが刺々しくなる。「僕は真剣に悩んでいるんですよ。このままだと今後みんなの手助けができない。ずっと爆弾を抱えているようならメイジャーとしては生きていけません」


「ああ……だな」


 長い息を吐き、ゼンはあぐらを組み直してジンの目を見る。「ジン、暴走状態になるのはな、引き出された力に適応できる体になっていない証拠なだけだ。これから訓練や実戦を重ねていけば慣れる」


「そんな……僕は今、どうにかしたいんですよ」


「今すぐに解決できるならしてみたいものだね」


 と、やや皮肉を交えたような口調で吐き捨てる。


「……暴走状態にならないで戦う方法が知りたいんです。完全にとはいかずとも、暴走のリスクが低いまま戦いたい。そのコツはありませんか?」


 さっさと問題点を直したいから、問題が極力起きない方法を探ろうとする姿勢に変えたジンに、ゼンはうんうんと頷いた。


「そうだな……それについては、まず“目覚めるは意志の象形アウェイキングオブエンフェント”がなんたるものなのかについて知っておかないといけないな」


 楽に座れ、と指示し、ジンはあぐらをかいて座り込んだ。ゼンは間を置いて尋ねる。「周りは覚醒と言ってはいるが、その能力の詳細は何か答えられるか?」


「……いや」


 と、ジンは首を横に振った。


「大半の人は『エンフェント族の真の力を解放すること』だと思っている。あながち間違いではないが、本質は似て非なるものだ」


「それじゃ、“目覚めるは意志の象形アウェイキングオブエンフェント”の真相とは?」


 ちょっと間を置いてから告げる。


「感情を糧に、自らに更なる力を上乗せすることだ」


 ジンは目を丸めた。


「感情を糧に……」


「そう。覚醒した際の感情を基に戦闘能力にブーストをかける。それが“目覚めるは意志の象形アウェイキングオブエンフェント”の能力だ。弱気であるほど弱く、決意に満ちているほど強くなる」


「それが今回のやつとどんな関係があるんですか?」


「ヒントは『戦う』という点にある。戦おう、敵を倒そう、そういった闘争本能が強すぎるあまり飲み込まれて暴走するメカニズムってことだ。戦いは何も『戦う』だけじゃない。時には『守り』も必要だ」


「守り……」


 ジンの奥にあったモヤがスーッと晴れていく。ヘリを倒そうとした。だがそれ以外はほぼ全てが自分を守るために使用していたかもしれない。誰かを倒すためじゃなくて、誰かを守るために動けばいいのだ。


「ジン、守れ、みんなを。お前の役割はそれだ。守備が無ければ戦いも機能しないだろ?」


 いつの間にか部屋が薄くなっていく。このタイミングでか、目覚めが近い。ゼンの顔が見えなくなってしまう。


 だが、欲しい情報は手に入った。


「ぜ、ゼンさん!」


 大きい声でゼンを呼ぶ。「ありがとうございます! 今度こそ頑張ってみます!」


「おう、立派な『護衛』として最後までやり切れ」


 最後にニカっと笑い、ジンは現実に引き戻された。



 ※



 目が覚めると、木の根元でひっくり返っているのがわかった。急いで起き上がって周囲を確認する。


 ミサイル攻撃が激しかったのか、中央の建物はもはや原型を留めていない。そしてそこにさらに撃ち込まれた色々によって地面が抉れ、人質組が地下から地上に出てきてしまっていた。数人が護衛に当たっているようだが、あれは危険だ。僕が行って守らないといけない。


 ゼンさん、全ての人を守ってみせるから力を貸して。


――目覚めるは意志の象形アウェイキングオブエンフェント!――


 一度戻った髪は再び金髪へと変わり、一瞬で人質の場所へと到着する。


「ジン! 来てくれたか!」


 エレンがこちらを見て笑顔になる。「見ての通り劣勢だし護衛にも限界がある。助けてくれ」


「はい!」


 短く返事し、ジンは集団の先頭へとやってきた。襲いかかってきていた敵を先程同様に薙ぎ倒す。


「ああっ…………ちょっと」


 一人、黒髪の女性が兵士複数人に襲われている。助けなきゃ。


――投げ撃つ蒼色の弾オーラバレット!――


 複数個放たれた気弾はそれぞれの土手っ腹に命中して大きく吹っ飛ばす。


「大丈夫ですか?」


 と、呼びかける。


「あ……大丈……夫……です」


 かすかに声が聞こえた。大丈夫で良かったと胸を撫で下ろすのも束の間、四機程のヘリが異なる方向からこちらを見ている。掃射して全滅させる気だな。そうはさせない。


 僕が全員守るって決めたんだから。


 両手を前に出し、ありったけの魔力を込める。全て弾いてやる。人を守るために生まれた、エンフェント族最強の防御技で!


――神の盾イージス――


 人質の集団全てを囲い込む大きさのバリアがあっという間に周囲を覆い隠す。銃弾がぶつかるも、傷一つつく気配がない。エレンが心配して様子を見に来た。


「大丈夫かこんな大技。魔力切れを起こさないか?」


「大丈夫……行ける!」


 汗が浮かび始めたが諦めることは絶対にしてはいけない。きっとできる、きっと大丈夫だ、守り切れる。ありったけの力を注ぎ込め!


 バリアは壊れる気配を微塵も見せない。ジンが奮起する中、ある人物が瓦礫の中から這いずり出てきたことには誰も気づかなかった。

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