第一章 四幕 9.落日
イグジスドは少しだけもがく。この期に及んでまだ逃げようとしているのか。
「それ以上変な真似をすれば、この機関銃が脳天を貫くぞ」
と、アギトはドローンを目の前に寄せる。だが一基分魔力が消えているため、実際のそれはハリボテに過ぎない。それでも脅迫としては充分な材料だった。
「イグジスドさん、あなたには聞きたいことが山ほどありますので。傷の処置が終わったら僕と一緒に来てもらいますよ」
と、ナリタは念を押した。
「一応俺も付いて行こう」
最後は自分の目で見届けたいのか、アギトが提案する。
「いいですよ。護衛お願いします」
「分かった。では俺はまだ息がある奴らを」
と、アギトは倒れた円刀使い、斧使い、剣士の様子を確かめる。全員気絶しているだけのようだ。武器となりそうなものを全て持ち物から排除し、全員を横向きに寝かせて後は放っておく。
剣士に同様の処置を施した直後、ナリタの怒声が耳に響いた。
「おまっ……! ああクソが」
イグジスドを横向きにし、背中をしきりに叩く。イグジスドは口から泡を吹いていた。どうやらどこかに毒を隠し持っていたらしい。即効性が強く、白目を剥きかけている……もう手遅れかもしれない。
一応アギトもイグジスドのところに戻ってくる。身体がガタガタ震え出している。
「なんで毒なんか……」
「儂は貴様らが嫌いだ。貴様らに捕まるくらいなら死ぬ」
まるで子供のような言い分だ。だがその覚悟については、残念ながら普通の大人以上のものがあった。アギトもだが、特殊部隊の経験がある人たちはやたらと死にたがる。自分のせいで味方へ重大な被害が出る前に、その原因となる自分自身を排除するという思想から来るものだ。
ともあれ、死ぬ前になんでもいい、何か一つでも聞き出したい。アギトは最後の手段として自白剤を取り出し、無理矢理イグジスドに飲ませながら問い詰める。
「じゃあくたばる前に答えろ。この騒動の裏で何が動いている」
「……アジュシェニュに手を貸していたのは」
二人は真剣に耳を傾ける。
「……は、儂にその手が簡単に通用するわけがないだろう。アギト、貴様がよく知っておるだろう」
念には念を入れて、この基地にあった物で一番効果が強い物を選んだのだが、それでも効かないか。アギトは舌打ちをして、イグジスドの横の地面を殴りつける。
「だが、その用意の周到さは相変わらずだな。冥土の土産にいいことを教えよう」
「冥土の土産? それはお前が持つものだろう」
「直に貴様らも死ぬ運命だと分かる。儂の能力は、儂が死ねば
イグジスドの目が虚になった。「その後の顛末は貴様らが身をもって知ることとなるだろう……」
そしてイグジスドは目を閉じる。ナリタが首元を触って脈を確かめる。首を振り、その結果をアギトに伝えた。目線を下に向け、少し苛立ちを見せる。
「最期の言葉、あれが意味するものはなんだろうか」
と、おもむろにアギトが尋ねる。
「うーん……能力からして、イグジスドさんは犯罪者を消すことで事を収めていたようですね。だとすると今まで消した犯人がもっかい出てきて、また多くの犯罪が起こるっていう暗示でしょうか」
「一理あるが……俺たちが死ぬかどうかは確証が無いな。アイツのことだ、絶対的な自信が無ければあんなこと言わない」
今回の毒だって、俺たちメイジャーに捕まる予想があり、それについて確信が持てたから持っていたものだろう。
つまり、アイツはここまでメイジャーが押し寄せることを想定していたのか。ここまで周到な対策を行った上で制圧されると知っていた? 考えてみれば他の幹部が見当たらない。既に逃げた後? そんな訳が無い。であれば先に人質は殺されているはず。
「あ、能力が解けたみたいですね」
ナリタが指を指す。あんまり見たくないが、暗殺者と銃使いの死体だ。同時に屋外が騒がしくなる。
「ヘリの音ですかね? 結界も解けたことですし、軍のヘリが救援に来たのかも」
「いや……違う!」
こんなにタイミング良く到着するはずがない。死体の出現とほぼ同時に音が鳴り始めた。まるで、
もし、アジュシェニュの総力がこんなものでは無いとしたら……!
「外の奴らが危ない!」
「ちょっどういうことですか!」
今すぐ飛び出しそうなアギトを引き止める。「このヘリの正体が分かったんですか?」
「アジュシェニュだ! 奴らを復活したての弱小組織と思っていたのがそもそもの誤りだった! 奴らは前以上の規模になってからその騒動を起こしたんだよ!」
ナリタが絶句し、顔面蒼白になるのが分かる。アギトは手合図で立てと命じる。「分かったな! 早く増援に――」
続きをぷつんと断ち切るように、破壊音が戦場を包んだ。
※
突然現れた六機の攻撃ヘリは一斉に銃撃を始めた。敵味方を問わず襲いかかってきた銃撃だが、そのおおよその照準はメイジャーに向けられていた。
丁度向こうの集団を片付けた特殊部隊が到着したところだったが、この激しい攻撃に退避を余儀なくされる。
「こんな乱戦状態ではミサイルも打てなさそうだ」
マイクが苦渋をなめ、周りの森に隠れた。
「地上部隊への隠密攻撃を最優先。余裕がある者はヘリへの牽制を」
そうトランシーバーで指示し、自動小銃を構えた。
※
――
攻撃開始までの一瞬の隙を縫い、エレンは雷の槍を投擲する。命中した一機が炎を上げて落ちてゆくが、それを喜ぶ暇は無い。
その左右にいたヘリが自然とエレンに狙いを定める。ガトリング砲が回転し始めるのを見てエレンは冷や汗を浮かべた。
「やべ」
息を合わせて同時に銃撃が始まった途端にエレンは雷速で逃げ出した。そのまま乱戦地帯に紛れようとしたが、そちらは別のヘリが容赦無い銃撃を浴びせている阿鼻叫喚の場所だった。
外に安全な場所は無い。そう悟ったエレンは迷うことなく建物の中に入る。
「エレン、さっきのはあなたの?」
いつの間にか、背後に息を切らしたコノハがいた。見えなかっただけでほぼ同時に避難してきたらしい。
さっきの……多分ヘリのことだよな。
「おう。でもあの後めちゃくちゃ狙われちゃって、それでここに避難してきたんだけど」
「よく撃ち抜いたわね……じゃなくて、ちょっと手伝って欲しいの」
「何するんだ?」
「人質の誘導と護衛。まだ地下で立ち往生してるみたいだから、これ以上状況が悪化する前に助けるよ」
珍しく熱が宿った瞳を見て、エレンは不敵な笑みに戻った。
「おうよ」
と、返事をした直後にエンジともう一人誰かが避難してくる。それと同時に上からも誰かが降ってきた。
「危ない危ない。蜂の巣にされかけました」
「屋上に居たんですか。やーそれは格好の的になりますね」
「ええ。とりあえずここならまだ安全ですね」
額の汗を拭い、アオイは集結したメンバーを確認する。「エンジ、エレン、コノハ……あとあなたはフレッドさんですね?」
残りの一人にアオイは尋ねる。
「はい。フレッド・ゲーテと申します」
フレッドは姿勢を正して向き直った。
「あなたも人質ですよね? よろしければあなたが知っている範疇での人質の動向を教えてくれませんか?」
「分かりました。前線に出て戦っているのは五人。残りは地下で待機しており、アリアという方が指揮を取っていると思います」
「既に統制は取れているのですね。ひょっとしたら、ずっと地下にいた方が安全かもしれません」
「でも外の様子からしてこの建物が壊れるのも時間の問題。人質の護衛の準備くらいには行きませんとね」
「それについては同感です。皆さんも何か意見はありますか?」
「いや、俺はねーよ」
「私も、護衛に賛成です」
「俺も特に無し……ということで早めに行くか。銃弾がそろそろ貫通してくるぞ」
「では、こっちです」
フレッドが先導し、四人は階段を降りていった。
※
ダイレスは未だ敵を薙ぎ倒し続けていた。一度ははぐれたプリムラとも合流し、互いに背中を預けて順調に数を減らしていた。
しかし、先程突然ヘリが現れ、おびただしい物量の攻撃が展開された。ダイレスはまだ耐えられる身体をしていたが、プリムラはそうもいかず、影に潜んで見つからないように戦闘を続けた。
だとしてもこのヘリの数には無理がある。あの能力でもしかすると一機落とせるかもしれない。プリムラは腕を前に出した。
――
プリムラの右腕は大砲を模した形となり、その内部で魔力が装填される。やや間を置いて魔力の塊が撃ち出され、ヘリの中央に命中した。黒煙を上げてヘリは落下を始める。偶然なのか執念なのか、その軌道はやや前を進み、プリムラがいる辺りへと真っ直ぐ突っ込んでくる。プリムラは落ちてくるヘリに背を向けて走り出した。なりふり構わず逃げるがヘリが速い。追いつかれ、ローターに身体を細切れにされる未来が一瞬頭に浮かんだ。
いや、こんなところでは死ねない。
――
伸ばした手は戦場を縫って一本の木の枝にしがみつく。
――
伸びたゴムが縮むように腕が元の長さに戻り始める。靴の底が少し削られたが、その後は加速に乗ってヘリを突き放す。丁度木に激突したところでヘリが完全に墜落し、爆発炎上した。
九死に一生を得た感覚で放心するも、その余韻に浸るのは愚行に過ぎない。急いでダイレスさんが戦っていたところまで戻る。
そこで見たものは、ダイレスの能力が切れる瞬間だった。
まず黒の縞模様が消え、次に体型が元に戻り、最後に色が戻った。時間の感覚をすっかり忘れていた。
幸い周りにいる奴らなら元々のフィジカルで倒せたが、ヘリだけはどうしようもない。結局周りの人を倒してしまったお陰でダイレス自身が目立つような光景となってしまい、いやでもヘリが照準を向ける。
やばいな。俺には全て躱せるスピードはない。プリムラは……あいつじゃこの飽和攻撃に巻き込まれるだけだ。
最後に、ヘリの一機でも減らしたい。
ダイレスは土壇場で新たに胸ポケットから折り紙を取り出そうとする。そういった怪しい行動に敏感なガトリング砲が回転し始めた。
その瞬間、金属が切れる音と共にヘリが一機バラバラになり、空中で火の玉となって爆発した。爆風と動揺でダイレスから照準がズレる。
その、ヘリをバラした張本人がダイレスの真横に着地する。黒スーツ姿に黒縁の四角い小さめのメガネ、頭の形に沿ったような髪型、腰に刺さった黒い鞘と、そこから抜かれたであろう光を弾き返す刀。
「怪我はありませんか?」
コタローは横にいる男性に声をかける。
「コタロー・シンエース……? まさか実物を拝めるとは」
しかし、当のダイレスはコタローという大物を間近で見たことが大きく、ぼーっとしてしまっている。
「ダイレスさん! 前!」
プリムラの叫び声が耳に届く。意識を取り戻したダイレスの目の前には、新たなヘリが待ち構えていた。
「クソッ新手が来やがったな。今度は俺が行くか」
――
猛禽類が飛び立つ瞬間の形をした折り紙を破る。途端にダイレスはハヤブサに変動を遂げ、空中を自在に動き回ってヘリを撹乱する。人間だったものが宙を自由自在に飛ぶ。そのことに戸惑っている間にコタローが細切れにして跡形もなく吹き飛ばす。
「この戦法は中々役に立ちそうですね。そのまま撹乱をお願いします」
「はい……わかりました!」
やる気が出てきたダイレスは高速で飛んで行く。その様子にホッとしたプリムラは、他の人を助けるために駆け出した。
※
ジンとカイ、そして男の戦いは未だ続いていた。男側にはやっと疲れが見え始めたが、カイは余裕の表情をしており、ジンについては息切れを起こしてすらいない。
「もう限界か?」
すかさずカイが煽りに走る。
「まさか。そちらこそこの銃撃の中、そろそろちびってしまいそうなのでは?」
「そんなわけねえだろっ!」
カイは素早く武器を交換し、拳銃を顔に向ける。一発、この至近距離で避けられた。視界に入った時点でどこに撃たれるか予測がついていたのかもしれない。
諦めずにカイが剣で攻撃し、ジンが横槍を入れるように気弾で妨害する。それでも確かに男の体勢は崩れなかった。
「まあ……だが長丁場にも飽きてきたところだ。まずどちらか殺して、負担を減らさないとな」
男は剣を突き出すと同時に剣を伸ばし、一瞬でカイの目の前まで持ってくる。顔に突き刺さる寸前まで迫る。避けられる気がしない。カイは負傷を覚悟した。
――
どこからか飛んできた、剣と化したプリムラの右腕が剣を弾く。間一髪で助けに入ることができたのだ。男は念を入れて少し退がった。
「プリムラさん……!」
カイが安堵の表情でプリムラの方を見る。
「なんとかやられずに済んだな。でも油断はダメだからな」
「はい。分かっています」
カイは真剣に返事して前に向き直った。
「……やっぱり長丁場か」
正直飽きた、と言わんばかりに猛攻をかけてくる。攻撃を必死で受け止める傍ら、カイは後ろのジンを見た。どこかで助太刀に入れないかと探っているような表情だったが。ジン、俺に構わずお前は他の人を助けに行け。
俺は大丈夫。強い仲間がいるから。
それを悟ったジンは他のサポートに向かう。向かうと言っても、他の場所はほぼ手付かずであり、アジュシェニュの戦闘員が闊歩している上でヘリが建物の破壊活動を行っていた。
――
大きく振りかぶってヘリに投げる。命中こそしたものの当たりどころが悪くて撃墜には至れない。むしろヘイトを集めてしまったようだ。でもそれでいい。
ここで僕が暴れることで、建物の中にいる人質への被害を抑えられるはずだ。でもアレは上達したとしても不完全。万が一暴走でもしたらどうなってしまうのか。
だが、ここでいつまでもウジウジしていても状況は変わらないだろう。どちらに傾こうが僕が行動を起こすしかない!
「力を貸して、ゼンさん」
――
黄金に輝くオーラがジンを包み、少しの間戦場が照らされた。
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