第一章 四幕 8.斜陽

 「さて、相手はかのイグジスド・ノプルーフと愉快な仲間たちのようですが」


「愉快な仲間たちは三角形のバッヂを持ったり手放したりすることで、自在に存在を消したり現したりできるらしいな。それもイグジスドの魔術のおかげだが、まあ面倒だぞ」


 さらにアギトは問いかける。「時に真眼よ……」


「あ、真眼じゃなくていいです。ナリタって呼んでください」


 バチバチの戦闘が起きる直前だというのにこの楽観的な性格は何なのか。これが帥の余裕なのか。「では……ナリタ、存在が消されている奴から存在する奴への相互干渉は不可能と確認したが、消された同士も同じだと言えそうか?」


「えっと……確認しないと分からないですね。僕の予想では、存在しない人たちは存在しない人たち同士認識もできるし、お互い干渉もできると睨んでます。でないと、あなたたちを拉致することなんて不可能に近いですからね」


「そうか。君がそういうのならば、俺の考えた策は使えるだろう」


 前方を警戒しながら耳打ちする。聞いているナリタの顔の口角が徐々に上がっていくのが見て分かった。


「なるほど……シンプルだけど一番効率的だ。それでいきましょう」


 会話が終わり、二人は前へと進み出した。イグジスドを除く六人は身構え、その代わりイグジスドは黒い弾を用意する。


「お前の顔を見るのも飽きてきた。そろそろ消えてはくれないか」


「それは俺が決めることだ。お前から命令されて消えるような俺ではない」


「そうか……なら死ぬか消えろ」


 イグジスドが“無存在証明アンライブ”を発動すると同時に、二人は分かれてそれぞれの敵へと進み出す。ナリタは剣士と斧使い、暗殺者の元へと。アギトは突撃銃と円刀使い、イグジスドの方向へと向かう。


 イグジスド以外の五人は一旦消えた。二人の動きは一瞬固まったが、その洞察力によって何が起きたかを判断した。五人はほぼ一斉にバッヂの中央部分を一回押した。持っているだけで存在が証明されるが、スイッチを押すとそのバッヂを『オフ』の状態にして、再び存在を消せるという代物。持ち主からしたら便利もいいところ。こんな付属能力を付けられるのもイグジスドだからか。二人は勝手に相手の実力に対して素直に感嘆する。


 ただ、敵であることには変わりない。次の瞬間にはイグジスドへと標的を変えた。アギトは最後のドローンを消されると無力になってしまうので、体術で立ち向かう。


――霊拳――


 二人はそれぞれの拳に魔力を込め、イグジスドに放つ。しかしイグジスドも中々逃げ足が早く、二人の霊拳は空振りに終わる。


「せめて儂が見えぬところで死んでくれ」


――無存在証明アンライブ――


 黒い弾が続け様に襲いかかる。それらを掻い潜って再びイグジスドに迫る。ナリタが懐に潜り込み、アギトは飛び上がって振りかかる。


「愚か」


 その機会を待っていたかのように、イグジスドは空中に向けて黒い気弾を放つ。自由落下でしか移動できないアギトに命中し、アギトは遂に存在を消されてしまった。


 そして存在を消された瞬間、アギトは周りに剣士と斧使いが待機していたことに気づいた。武器を振りかぶる二人を見て慌てて躱す。髪が少し触れて切れた。


 同時に、消えてしまっていた二基のドローンの反応を再び掴む。ナリタの予想通りだ。存在を消された者同士は互いに干渉できる。


 現実世界での戦闘と存在なき者共の世界での戦闘。向こうはナリタに任せた。俺はこちらでこちらの仕事を行おう。


 視界上には全ての人が映っている。存在が消されていようがいまいが俺の目には映る。見分ける違いはあり、先程の二人が白い光の靄に覆われているのが分かる。


 今、突撃銃の奴と暗殺者はナリタと戦っている。こちらの敵は剣士と斧使い。全ての魔力が戻った今、この二人を同時に相手取ることは容易いことだ。アギトは魔力を全て体に集め、そこから二基のドローンを呼び出した。全体が防護装甲に覆われている。これら二基を盾とし、自身の体術で立ち向かう。


 二人はそれぞれの武器にオーラを込めて振りつける。ドローンがそれを見事に受け止めた。そのまま押し込もうとしてくる二人を寄せつけぬ馬力で逆に押し返し、斧使いの体制が崩れる。


――霊拳――


 すかさずアギトは“霊拳”で斧使いの顎を砕く。平衡感覚を失った斧使いは、その後特に何もしなくとも自然に倒れた。そして残るは剣士。同じような手で立ち向かいに行く。すると剣士は急いでバッヂを取り出し、カチッと一回それを押した。


 すると周りにかかっていた白みが消え、アギトの拳は剣士をすり抜けて空振りする。当てるつもりでいたアギトの体制は崩れ、前に飛び出しそうになった。


 もう一度カチッと音が鳴り、剣士はアギトに斬りかかる。すぐさまアギトはドローンを駆使して防御に回った。一基が剣を止めている間にもう一基が剣士の体に突撃する。互いに体勢を立て直したところから双方を睨み合う。アギトは今のやり取りで、周囲から土埃が一切上がってないことを確認する。向こうの世界に干渉することは不可能か。好都合だ。


 それはどれだけ暴れても問題ないということだからな。


 ドローンは一基に合体し、攻撃的なスタイルへと形を変える。プロペラが肥大化し、より機動性を増す。下部にはもうお馴染みとなったバルカン砲、更に薄い刃。少しでも触れたら何かしら怪我をしそうなドローンの完成だ。剣士の気も引き締まる。


 しかし、アギトは斧使いが立ち上がる音を聞き取った。回復が早い。剣士一人には集中できないか。まあ、今更防御に回ったところで膠着するだけだから、このまま押し切るか。


 ドローンを剣士に突撃させると同時に、アギト自身はまだ動きが鈍い斧使いに向かう。だとしても斧を防ぐ手立ては無い。まだ視界はぐるぐる回っているだろう。狙いが定まらないことを願うしか無いか。


 横薙ぎに斧が目前を通過する。距離感覚が掴めていない。これなら……


 しかし斧使いは舌打ちをしてバッヂを押す。斧使いの周りを囲んでいた白い光が消える。その直後に背後で殺気。何か飛んでくる。アギトは勢いよく飛び上がった。背後をナイフが三本通過した。剣士との戦闘から離脱したドローンを掴み、ゆっくりと降下して辺りを確かめる。


 ナリタが斧使いと戦闘中。先程まで背を向けていた位置に暗殺者が佇んでいる。さっきのはやはりあいつか。暗殺者は任務を達成したのか再びバッヂを押す。基本一人に対して二人の刺客を向けるように計画されているはずだ。次に出てくるとしたら……


 銃声が耳に響いた瞬間にアギトはドローンから手を離した。今度は頭上を銃弾が通過していく。突撃銃を持った奴か。ドローンを刺し向けて無力化するしかない。剣士相手に素手は厳しそうだが、魔力でガードすればかすり傷程度で済むだろう。


 ドローンを“自律操作オートアクション”にして突撃銃の方へと向かわせる。これでドローンは自動で突撃中のやつを牽制するように戦うはずだ。俺はこちらに集中できる。環境は整えた。くいくいと手を動かして挑発する。剣士は一度剣を構え直し、数刻睨んでから突進する。


「来やがれ」


 冷たいアギトの声と共に、拳が加速した。


 ※


 あの女の人、消えたと思ったら戻ってきた。代わりに銃を持った男が消える。良かった、アギトさん殺されたわけではないのか。ナリタは少しだけほっとした。


 斧を持った大男とたくさんの武器を隠している女、この二人を同時に相手するのは少し厳しい。おまけにこちらにはイグジスドご本人もいるから、早め早めに誰か一人は潰さないといけない。好都合なことに斧使いは既にフラフラの状態だ。アギトさんがダメージを与えていたようだ。


 こいつは一旦潰しておくか。


――霊拳!――


 弱った斧使いの身体に鉄拳がもろに入る。大量の胃液を吐いて斧使いは倒れる。しばらくは悶えて動けないだろうな。


「さて、こっちが終われば次は……」


 と言ってナリタは女の方を睨んだ。「お前を片付けようか」


 放出された殺気は濁流のように女、そしてイグジスドをも飲み込む。それによって二人はナリタの実力を体感したが、いまさら怯むような奴らではない。特にイグジスドはあれを喰らっても今まで通りに妨害をしてくる。忘れた頃に飛んでくる“無存在証明アンライブ”を避け、ナリタは女との距離を詰める。


 この女の攻撃パターンは基本的にナイフなどの小さな刃物から始まる。投擲、斬撃、刺突、おまけに致死毒込み。まともに喰らえば僕なら即死、掠っても動けなくなる感じかな。常にイグジスドの妨害と合わせて気を張っていなきゃいけない。相性は、思ったより悪め。まずは刃物を持つ暇もなく攻撃を重ねてみるか。


 ナリタは勢いよく飛び出し、女がナイフを構える隙も与えずに懐まで迫る。女が後ろに下がるも、ナリタには毛頭逃す気はない。


 しかし、女にはバッチがある。間一髪のところでバッチを押し、女は存在を隠す。これが最も厄介だ。当たると思った攻撃さえも当たってないことにする。そこにいたことすら否定して、気配すら探らせてくれない。どこから出てくるか。神経をすり減らされる。


 左脇腹、刃物が迫る感覚。同時に人の気配も探知する。出てきたな、簡単に喰らうわけには――


 しかし横にいた人物を見てナリタは目を丸めた。あの女ではなく、円刀を持った男性が低い姿勢で斬りかかろうとしていた。


 そういやこいついたわ。全然影が薄くて気づかなかった。だとしても今まで僕とアギトさんの目から逃れることができていたなんてね。彼の能力に関係がありそうだ。


 そう思ってた矢先に円刀使いは消える。存在ごと隠したわけではないな。気配が残っている。“陣”で位置を探り、どこから攻撃してくるかおおよその見当を付けておく。


 見張っていた方向の景色が突然歪み、空間から飛び出してくるように円刀使いが襲いかかる。これによって円刀使いを見失っていた理由に気づけた。自分の表面の色を自在に変える魔術かな、カメレオンみたいで面白い能力だ。


 まあ、バレた時点でこっちのものだけど。


 “陣”を展開しながらナリタは円刀使いに目もくれず、離れたところからこちらをうかがっていた女に迫る。こちらに来ることを想定まではできていたが、対策を怠った女は急いでナイフを取り出そうとする。

 ナリタはその手を払い、ナイフを弾き飛ばす。すると今度は女がブーツの踵を二回鳴らし、つま先から刃物を出す。靴にも仕込みあり。次に来るとしたら蹴り上げだな。そうはさせないよ。


 ナリタは勢いよくその刃を踏みつける。蹴り上げようと高く上げた足は止まらず、横からの圧力に弱いその薄い刃は簡単に根元から折れた。

 武器は全て取っ払った。こうなれば後は僕のものだ。格闘戦では負ける気がしない。


 繰り返される打撃の嵐に形勢は逆転した。ナリタが徐々に女を追い詰める。円刀使いが援護に入ろうとするが、ナリタは常に“陣”を展開している状態だ。位置が分かってしまえば、ちょっと軌道を変えるだけで二人とも追い詰めることができる。


 もう勝てない。こいつを囮にして隠れよう。舌打ちをして女はバッヂを押す。途端に存在が消え、女はナリタから逃れる。


 その先にいたのは、既に銃使いを沈めたドローンだった。絶望に顔が引きつる女に容赦ない弾丸が浴びせられ、女は声ひとつ上げずに事切れた。


 そんな光景に見向きもせず、アギトは剣士を仕留めにかかる。ドローンの枠が空いた今、もう逃しはしない。


 薄いブレードを付けた二基のドローンを横に従え、じりじりと剣士に迫る。果敢にも勇者はそれらに立ち向かう姿勢を見せた。剣を振るい、ドローンと打ち合う。アギトには目もくれず、その刃が最大の脅威であると捉えたらしい。しかし魔力で出来ているドローンは簡単には壊れず、逆に剣が徐々に刃毀れしていくだけだった。

 機を見てアギトはドローンを不意に前進させる。薄い刃が剣の平べったい方に突き刺さり、それを貫いた。最後の武器を失くした剣士は戦いを諦めて走り出す。アギトがすかさずドローンで後を追ったが、剣士はバッヂを取り出して一回押し込む。


 一方、ナリタは円刀使いを沈めたところだった。最終的に首を叩いて気絶させ、後から情報を聞き出せるようにしておく。できればイグジスドもそうやって確保したいところなんだけど、ちょっと気弾が怖いな。

 その時、イグジスドの横に剣士が現れる。いや、その手には既に何も持っていない。一瞬で叩くチャンスだ。


 ナリタは深く考えずに音も無く忍び寄り、“霊拳”を浴びせた。胃液を吐いた剣士もまた倒れる。


 だが次の瞬間には、首の後ろに現れた黒球によってナリタは手を挙げざるを得なくなっていた。


「随分と素早く動けるんだね……今まで動きが少なかったのはこのため?」


 ナリタは背後のイグジスドに問いかける。


「貴様に教える義理もない。儂としては何も知らず、このまま消えてくれればそれでよろしい」


「なるほど。それは僕の能力を鑑みての発言?」


「おかしなことを言う小僧だ。『真眼』の噂ならここにも広がっている。厄介な能力を持っているようだな。相手の正体を見破ったり、真紅の眼で相手の動きを止めるようだな……まあさっきの程度であれば問題は皆無なのだが」


「そこまでは正解。でも、情報不足だね」


 ナリタはニヤッと笑った。「?」


 膨大な魔力が込められ、ナリタの目が蒼く輝く――


 ――破壊の眼カイメツ!――


 直前の魔力量から危険を察知し、イグジスドは身を逸らす。その間、照準がナリタから外れてしまった。ナリタはその隙に剣士の足元に転がっているバッヂを掴み、投げ上げた。


 それが地面に落ちることはなかった。


 パシッと掴み、アギトが姿を現す。イグジスドの姿を確認した瞬間にドローンを差し向ける。

 顔を歪ませたイグジスドが“無存在証明アンライブ”を投げ、ドローンを消滅させる。しかしその影に潜むようにして、アギトはイグジスドに迫っていた。大きく振りかぶられた手にはもう一基のドローンが握られ、ブレードが照明を弾く。


「ドローンってのはな、飛ばさなくても使えるんだよ」


 アギトは言いながらイグジスドの右肩を斬り裂いた。右腕はぼとりと地面に落ち、傷口から噴水のように鮮血が吹き出す。イグジスドは反動で倒れた。すかさずナリタも駆けつけ、傷の処置を始めた。


「まったく、手こずらせやがってクソジジイ」


 アギトが残った左腕を踏みつけ、イグジスドはここに完全沈黙した。

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