第一章 四幕 7.因縁

 「あああああ!」


 狂ったように叫んで銃を乱射する奴にドローンを向かわせ、機銃掃射で黙らせる。かなり奥まで来た、そろそろだ。


 アギトは通路を慎重に進む。ドローンを先行させ、罠がないことを確認してから素早く移動する。連射音が聞こえて、急いで壁の陰に隠れる。ここまで来ると護衛が多い。それがアジュシェニュの中心人物の場へと導いてるとも知らずに。


 ドローンは銃声が止まない通路へと飛び出る。何十発も当たるが、元々これらは自分の魔力から構成されているもの。強度は並のものより遥かに高く、銃弾如き屁でもない。結果ドローンは臆せずに掃射し、銃声はドローンが放つもののみとなる。顔を覗かせて肉眼でも確認すると、先程の兵士は蜂の巣状態と化していた。手がかすかに動いている。一度立ち止まって考え、アギトはその兵士に追い討ちをかけた。どうせ彼は死んでしまう。苦しむよりはマシだ。


 死体の横を通り、さらに奥へと進む。突き当たりを左に曲がる。


 やたらと防御力の高そうな扉が奥に見えた。だがその門前に、護衛であろう双剣使いが立ち塞がっている。予想はしていた、だがこうも狭いと戦いづらいことこの上ない。


 真っ向から対峙する中、アギトは双剣使いとの距離、この通路の寸法を見極める。通路の横は余裕がある。高さはそこまで高くない。こちらに飛びついてくる前にドローンで殺れるかどうか。


 アギトはドローンを前に出し、攻撃の準備をした。それを宣戦の合図と受け取った双剣使いは剣を構える。深く踏み込んで双剣使いは駆け出した。同時にドローンは機銃掃射を開始する。命中度が悪けれど、この狭い通路の中では当たらない方がおかしい。すぐに複数の弾丸が双剣使いに迫るも、彼は両手に持った二振りの剣を振り回し、弾丸をことごとく打ち落とした。このスピードは魔術師か。


 アギトは少しドローンを下げる。双剣使いはアギトを間合いに捉える。アギトの右側から迫ろうとしたのを認識し、アギトは体勢を変える。しかしそれはフェイントであり、すぐに左側へと飛んで剣を横薙ぎに振るう。


 金切り声のような金属音と火花が上がる。ドローンが間に入って剣を受け止める。多少刃が食い込んだ。俺の作ったドローンに傷をつけるとは、その双剣は恐らく魔力からできているものか。顕現型魔術、双剣を生み出す能力……シンプルな能力だ。まだ裏はあるやもしれない。


 双剣使いは一旦引き下がり、今度は真正面から突撃してくる。両手に持った剣はそれぞれ別の方向からアギトに斬りかかる。アギトはドローンを分裂させてそれぞれ受け止める。


「守りで手一杯か?」


 双剣使いは冷たい声で煽る。


「何を言っている。貴様を殺す手順ならいくらでもある」


 そう言ってアギトは三基目を召喚した。ドローンのプロペラが残虐に腹を切り裂く。双剣使いは多量の血を吐いて倒れた。


「な……三つ目だと」


 意識がある内にかろうじてアギトを見上げる。


「手数を見誤ったな」


 一基に減ったドローンの銃口が双剣使いを覗き込む。「悪いがじゃあな」


 無慈悲に機銃音が鳴り響いた。すでに声も上げない亡骸を越え、アギトはようやく扉へと辿り着く。もちろんのことだが鍵がかかっている。強行突破しかないか。


 ドローンの下部アタッチメントに、バルカン砲ではなくロケットランチャーが搭載される。アギトが少し離れ、ドローンはロケット砲を発射した。一発目、少し扉が凹んだ程度。二発目、周りに亀裂が入り始め、三発目でようやく壊れた。瓦礫を手で退けながらアギトは内部へ入る。


 だだっ広い教会のような空間。天井が高く、照明はどうやってつけたのかと疑問に思う。だがそれよりも大事な者がそこにいた。


「こんなところでボケてんのか、イグジスド」


 長い食卓の横に鎮座する老いぼれに吐き捨てる。ギョロリとした目がアギトを睨む。


「いつからそんな大口を叩けるようになったかひよっこよ……」


「強がりはよせ。もう俺はお前の部下じゃない」


 ――アギトとイグジスドの間には大きな因縁があった。


 アギト・ユスタフは、元メイジャー協会特殊実行部隊所属の隊員だ。そのときのアギトは準一級、三つ星で、階級は“徳”であった。アギトの能力は確かに便利なもので、捜索、調査、偵察、戦闘まで多岐に渡る任務をこなすことができ、上層部からの信頼も厚かった。


 精力的に任務を行っていたアギトだが、次期指揮長が決まるという時期に問題は起きた。


 推薦で名が上がったのはアギトとその他数名の人のみであった。その中でもアギトの実績と信頼は高く、支持層の過半数はアギトに集まり、特に問題もなく指揮長に就任する……はずだった。


 突然の任命取り消し、そして部隊の承認を得ずに新指揮長が就任した。その名前はイグジスド・ノプルーフ。実力は確かだが、そのやり方と冷酷な性格、人望の無さから推薦にすら上がってこなかった。


 アギトと数名の候補者は当然抗議を起こしたが、上層部はそっぽを向いた。イグジスドはそれを自身への不信行為と取り、部隊内で執拗にハラスメントを続けた。幾らかの人たちはそれに耐えられなくなって部隊を去った。それでもアギトは屈せず、残った人々と引き続き任務を遂行していった。


 そしてあるとき、ある分隊が任務に失敗した。


 その分隊にはアギトとイグジスドが所属しており、特殊実行部隊のエリート部隊とも言える一軍だった。そんな分隊が任務に失敗した。これは協会の信用が問われる重大な事件だった。


 結論から言えば全責任を取り、アギト・ユスタフは降格処分とされた。決してアギト個人の責任ではないのにも関わらず。イグジスドはそれをアギト個人のミスとして上層部に報告し、それが通った。


 そのときになってようやくアギトは悟ったのだ。


 ここは協会の部隊ではなく、イグジスドの個人的なチームになっていたことに。


 失望したアギトは、その処分から程なくして部隊を辞めた。協会改革時、イグジスドの汚職が多数発覚したことにより、上層部とイグジスドは癒着していたことが分かった。初めから俺の栄光は無かったようなものだったのかと。


 それから約五年、アギトは別に復讐を企てていた訳でもない。協会改革によって既に天罰が下ったようなものだった。


 だが今こうして協会に楯突くのであれば、俺が再び天罰を下さん。その強い思いがアギトの体を駆け巡る。


「随分血の気が多くなったな……」


「別に普段からこんなんじゃないさ。お前を殺したい思いでいっぱいだからだ」


「よう言うわ……」


 イグジスドはぶつぶつ呟きながら右手を向ける。


――無存在証明アンライブ――


 魔力を固めた黒い弾がアギトに向けて放たれる。それをアギトは余裕をもって躱した。


「随分トロくなったなクソジジイ」


 イグジスドのこめかみに青筋が浮かんだ。


「お前さん、儂に勝とうと思っておるのか……?」


「ああ、せっかくの機会だ。今までやられた分、その命を以て取り返させてもらう」


 アギトはいきなり一基のドローンを突撃させる。下部に薄い刃物のようなものが付いており、横切った物全てを両断できるようになっている。


 イグジスドはそこから動くことなくドローンに気弾を飛ばす。当たった瞬間にドローンは消え失せてしまった。


――やはり、存在を消されたものが干渉するのは無理か――


 アギトはそう悟る。あのコース斬れていてもおかしくないのだが、何も被害がないということはドローンが奴に触れることすらできないということだろう。


 そして、恐らくイグジスドにはそれが視えていない。であればドローンからすぐ目を離しはしない。イグジスドが自分自身になんらかの効果を付与しないと、存在を消したものは見れないと考える。


「ああ……これを忘れておった」


 イグジスドが両手をお椀の形にし、その中で何かを生み出す。


――同胞の証ギャランティー――


 三角形をした、シンプルな模様の小さなバッヂが数個、生成される。


「時にアギトよ。儂は何度も教えたはずだ。周りに敵が何体いるかだけは必ず把握しろと」


 そう言ってイグジスドはバッヂを放り投げる。放射状にバッヂが散ったが、それは一つとして地面に落ちることはなかった。


 掴むが先か現れるが先か、バッヂを手にした人間が六人現れる。アギトは内心驚きつつも、その感情を鎮めながら今の芸当を推測する。


 どこからか猛スピードでやってきた訳じゃないだろう。イグジスドによって意図的に存在を消されていたものと仮定すれば答えは簡単だ。あのバッヂを持つことによって存在が再び現れる。便利な能力だ。


 ともあれ敵は七人に増えたか。ドローン一基分の魔力は持っていかれたまま。二基分の魔力でやるしかない。


「手加減は不要。殺してやれ」


 よぼよぼの声でイグジスドは命令し、六人は一気に襲いかかってくる。それぞれの武器構成を見る。剣、斧、突撃銃、円刀、あとの二人は武器を見せない。格闘タイプか暗殺者タイプか、どのみちこいつらもメイジャーだった者たちなのだろう。そうでなければ俺に真っ向から挑んでない。個々の実力はそこまでないと信じたい。そうでなければ勝ち目は絶対にない。


 剣士と斧を持った男はすぐに襲いかかってくる。読み通り、動きは充分見切れる。だがこの二人に全ての注意を向けていると……


 背後に円刀使いが回る。奴は二つの円刀を投げた。ブーメランのようにアギトに迫る。アギトは高く跳び、前後から迫る攻撃を全てやり過ごした。


 そして次、突撃銃を持った奴が容赦なく撃ってくる。こればかりは他に防ぎようもないので、装甲を付けた一基のドローンに任せる。二基……存在が消えた側に何一つ干渉できていないのが歯痒い。ちょっと腕や足に掠るが、この程度動きの妨げにもならない。


 地面が近づいてきたためか射撃は止まる。下には待ってましたと言わんばかりにほぼ全員集合。特に斧を持った奴はすぐに攻撃するな。横にいるドローンにバルカン砲を付け、下に向けて掃射する。下にいた四人は蜘蛛の子のように散らばった。


 それでも、アギトが着地した瞬間の隙を狙って格闘家は懐に迫る。鳩尾を狙った拳はなんとか受け止め。その間に完全に立ち上がって体制を整える。


 格闘家は手だけでなく、足も使って多種多様な攻撃技を繰り出してくる。二本の腕で四方向からの攻撃を流し切るのは至難の業だ、ドローンの手も借りたくなってくるが、あれは今他のやつへ仕向けているから使えない。己の体術で張り合ってみせよう。


 右ストレート、左アッパー、右フック、左から蹴り上げからの回り蹴り、技は多いがパターンは単純。動きを読み始めたアギトは易々と格闘家の攻撃を躱す。見かねた暗殺者が飛び出し、太い杭のようなもので脇腹を刺しに来る。丁度いい、アギトは格闘家を手を掴み、引っ張っては脇腹に食い込む予定だった杭に刺す。格闘家は図太い声で唸り、暗殺者は舌打ちをした。あんな杭で人を殺せるわけもない。恐らく毒が塗られている。格闘家がうずくまって倒れるのが視界の端に移った。これで退場か、同士討ちほど楽に有利になるものはない。


 そして、暗殺者がそばにいるのにも関わらずに銃が放たれる。こいつらまるで統制がなってないと思ったとき、バッヂの存在を思い出した。はっとして暗殺者の方向を見るも、案の定既に存在は消えていた。これで極力フレンドリーファイアは防げてしまう。互いの負傷を気にせず戦える。思ったより厄介だ。


 走って銃弾から逃げ続ける。途中から円刀も参戦し、ドローンも使って避け続ける。剣士と斧の奴はどこだ。存在を消している。と思ったらいきなり目の前に現れては同時に斬りかかってくる。


「ああ、だりい」


 アギトは悪態を吐いてスライディングした。なるべく姿勢は低く、斧の奴の股下をうまく通り過ぎて駆け抜ける。ちょっとでも銃弾が当たってくれればいいと思っていたのに、あいつらは存在の切り替えが早い。反撃に出たいところだが、ここまで飽和攻撃されると埒が開かない。銃撃が止まったところで円刀はずっと追い回してくる。少し間が空いたと思ったら銃撃が再び始まる。そして剣士と斧使いは何度も目の前に立ち塞がっては急な方向転換を強いてくる。アギトの額にはびっしりと汗が浮かんできている。


 結局、アギトは部屋の角まで追い込まれてしまった。行き着くところまで行き着いた途端に彼らは攻撃を止め、イグジスドを待つ。


「ここまで来ると、儂が自分の手で終わらせたくなってしまってな。どこまでも我儘に付き合ってくれる優秀な部下だ、お前と違って」


「どこまで私欲を突き求める気だ」


 苦し紛れのドローンを出すも、簡単にその存在は無かったことにされてしまった。


「お前も消してきた人間と同じように、孤独に生き続けてもらおう。誰にも存在を知られず。誰からも相手にされないまま死ぬがよい」


 アギトは歯軋りをした。俺はここで詰みなのか。目の前に出された黒い弾が大きくなっていく。せめて一発だけでもぶん殴ってやりたかった。


 これから俺は誰とも会えない人生を送る羽目になるのか。いつかは餓死するだろうが、それまでの孤独感を考えると背筋が逆立つ。もうダイレスやフレッド、カイ、プリムラといった戦友に会うことはない。寂しいが、それを知って、いつか仇を打ってくれると信じよう。アギトは強がって笑みを浮かべた。


「絶望に満ちた表情をしてくれると良かったのだが、余計に腹立たしいな。さっさと消え――」


 何かを思いっきり殴る音と、真横の壁が砕ける音が同時に聞こえた。全員が面食らった表情になっている間、現れた緑髪の青年はアギトの周りにいた剣士と暗殺者を殴り飛ばす。残りはその恐れ多さに若干距離を取る。


「間一髪でした。大丈夫ですか?」


 緑髪の青年はアギトの方を向き、手を伸ばす。奥で力が渦巻いた、深海のように深く、澱んでいるようでくっきりと澄んだ、全てを超越するかのような青色の瞳。これを見て名前が浮かばない者はまずいない。


「真眼……ナリタ・エンパイア」


 呆然とした目でナリタを見つめる。


「えっと、アギトさん……だよね。大丈夫ですか?」


「ああ……俺はまだ戦える」


 正気を取り戻し、アギトは再び立ち上がった。


「それは良かった。元特殊部隊であろう方がこの程度で根を上げられていたら、僕も失望していましたよ」


 と、敵を目前にしてへらへらとからかってくる。アギトはそんなナリタの目を見て悪態で返す。


「世辞が上手いようだな。心中ではそんなこと思っていないだろうに」


「……ええ。今の僕は、目の前の敵を倒すことでいっぱいです」


「そこは気が合うな真眼。二対六の状況だが、勝算は?」


「そりゃもちろん……」


 とナリタが言いかけたところで、二人は同時に視線を前に戻した。「勝てる確率なんて、初めから百パーセントですよ」


 真っ向から対峙する八人。最終決戦の名に相応しい戦いの火蓋が、切って落とされた。

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