第一章 四幕 6.相容れない同族
ダミーの拠点があったところでは、その広い闘技場をフルに使ってコタローと謎の男との戦いが続いていた。コタローが刀を振るうと、男は地中に潜る。当然刀は空を斬り、手応えは掴めない。
コタローは背後を睨む。先ほどの男がそこには立っていた。
「あんた、『帥』だろ?」
と、その男はニコニコしながら聞く。日に焼けた褐色の肌に白い歯が目立つ。「あんたからみなぎってくる闘志とオーラは並大抵のものじゃない。もし『帥』でなくともその程度の力量は持ち合わせていると見た」
コタローは構えていた刀を下ろす。どんなところに属していても、こいつにはこいつなりの礼儀があると考えたからだ。
「ご名答です。私は剣帥、コタロー・シンエース」
「俺はヘルマン・ズィーレン。みんなからはモグラと呼ばれている」
「そうか。であれば、モグラと呼んだ方が君にとっては心地良いのか?」
「その方が親しみやすいだろ? どっちか死ぬんであろうが、それまでは仲良くやろうぜ」
「あなたと仲良くする理由が私にはありませんがね」
「そうもいかないさ!」
モグラは豪快に笑う。「お互いギスギスしたままデスマッチなんてお断りだからな」
「デスマッチ……ですか。つまりあなたは私を見逃してくれないのですね」
「それがリーダーの命令であり、俺の望みだ」
ふう、とコタローは観念して息を吐いた。そして刀を再び構え、一直線にモグラの目を見据える。
「では、真剣勝負ということで容赦は致しません」
「元から俺もそのつもりだ。かかってきやがれ」
と、モグラは地面に沈む。掘ってるというより潜っている。モグラとは言ったものだが、そのまんまモグラの特徴を模した魔術ではない。何が近いか……水に潜っているような感覚か。
奴が出てくる度に、少しだけ地盤が下がる気がしていた。奴が何か地下で地盤を変化させていたとしたら、その弊害であることは確かだ。
今ひとつ確信には至れない。得意の“陣”は自分の足元からオーラを広げているため、自分より下にいる相手は探知できない。地表に出る瞬間に探知されるのなら対応はまだできるが、反撃は与えさせてくれないだろう。すぐ引っ込めばいい話だからだ。
足が沈む感覚を鋭く掴む。どこから攻撃が――
鋭く尖った剣先が、股の下から現れる。なんてところからの奇襲なんだ。コタローは軽く踏み込んで飛び上がり、空中へと逃げ出す。目下ではモグラが顔を出し、ニコニコして見上げている。煽っているのか楽しんでいるのか。
その余裕、命取りであることも知らずに。
――
コタローの身体に電気が迸る。刀の鯉口を切り、力強く空を蹴っては地表に猛スピードで落下した。
――
電気を纏って落下する姿はさながら落雷のようで、轟音は空気を切り裂きながら震えさせた。振り下ろされた斬撃は地面を少し抉ってクレーターを作っていた。しかしモグラの姿は無い。間一髪で逃げられたか。コタローは地面を見て、眉間のシワが深くなる。
ふと気づいた。クレーターの横に空いた穴。そこから茶色の液体が少量流れ出た。それはコタローの足元まで流れてきたが、しばらくして蒸発して粉状となった。しかし拾い上げて分かった。これは単なる土である。
これで水に潜るかのように地中へ消えていった理由が分かった。
「貴様の能力……範囲内の土を液状にするのだな?」
「バレちまったか。ならば仕方がない」
モグラが観念して地中から浮き上がってくる。「その通り、俺の能力は半径三メートル以内の固体を液体にする。どんな固体でもだ」
「だから掘った痕跡もなく、泳ぐような潜り方だったと」
「そういうことだ。そんなお前の能力はまだ分からないってのが癪だな。さっきのスピードと言い雷のような光と言い、お前の能力は雷か? な訳ないよな。その程度で帥までのし上がれたとは思えん」
「まあ、その通りとは言っておきましょう」
コタローは刀を再び構える。「もっとも、私がまた魔術を使えばすぐに分かってしまうことでしょうね」
「当面の目標は、お前に魔術を晒け出させることだな」
「やれるものなら」
「やってやろうじゃないか」
モグラはニヤッとした笑みを浮かべ、地中に潜る。しかし次の瞬間にはコタローの足元まで迫り、飛び上がって剣を振り翳していた。
コタローは刀で受け止めながら冷静に分析する。奴は三メートル以内と言ったが、それでは先程の奇襲の際に私の足が沈んでいてもおかしくない。範囲調節は可能であろう。であれば今の速さにも仮説が成り立つ。後方の土は液化せず、土を蹴って一気に加速をつけて私に迫る。ドルフィンキックを地中でやってのけるとはな。一歩間違えたら窒息の危険性もあっただろう。
こいつ……中々に腕が立つ。
コタローはひとまず繰り出される剣撃を全て受け流す。流石にここで私に追いつける訳ではないな。いつでも反撃に出ることができる。だがそれは向こうも気づいているだろう。
モグラは横から剣を振るう。勿論コタローは刀で受けようとする。しかし刀と打ち合う瞬間にモグラは少しだけ地中に沈む。剣の高さががくっと下がり、刀が弾かれかけた。幸いコタローはその動きを見た瞬間に力を込めたので対応が間に合ったが、人によっては不意打ちと同じくらい対応が難しいかもしれない。どうやらこれがモグラの戦い方らしい。
突然の位置変動で相手の体制を崩し、徐々に消耗させたところを不意打ちで撃破する。そんな戦闘スタイルと予想した。私との相性はやや良い。多彩な技で相手の隙を作れば充分勝てる。
ただ、相手が姿を見せていないと何もできないのだが。コタローは周りを見渡して考える。クレーターは当然周りより低くなっている。この中央で“陣”を発動させれば探知出来る可能性がある。
発動――地中だと分かりづらい。目を瞑って感度を高める。何かがラインに触れたり遠ざかったり。足元の高さのギリギリを泳いでいるようだ。
こちらに向かってまっすぐ剣が伸びてくる。あと三メートル……今か。
――瞬迎!――
コタローの刀がモグラの剣を捉えた。両者の刀は甲高い音を立てて打ち合う。
「バレたか」
「生憎、探知できたらこちらのものですよ」
「それは怖い」
と言ってモグラは背を向ける。逃がすものか。今お前を仕留めてやる。
――
コタローの魔力が熱を帯び、刀に火が灯る。後ろに構え、力を溜めて一気に飛び出した。
――
旋回しながら地面を抉り、コタローはモグラが逃げた方向に突進した。炎は渦巻き、太陽のプロミネンスのようなものが幾重にも重なる。
森に突進する直前に踏み止まる。振り返って抉られた地面を眺めた。半月状になった通り道には、至る所で火が上がっており、コタローの額に汗が浮かんだ。しかし血の跡は付いていない。土と一緒に焼き尽くしたかはたまた……
地面から手が伸びてきた。
「熱っ」
と一言呟いてモグラは浮上してきた。深くまで潜られてしまったか。惜しかった。
「一つ聞いておこう」
コタローは刀をしまい。モグラと相対する。「お前はなぜアジュシェニュに肩を貸す」
「一つ言っておこう。俺は決してアジュシェニュに肩入れしている訳ではない」
と、モグラは反論した。
「だったらなぜお前は今、私と戦っている」
「俺は組織ではなく、思想に肩入れしているんだよ」
「ピファニズムか……あんな世迷言を信じるとはどういう了見だ?」
「世迷言? 失礼だな、現実になり得るさ」
モグラも体制を緩め、対話をする形となる。大きく息を吸い、モグラは語り始めた。
「確かに一般人からしたらピファニズムは絵空事だろうな。だがメイジャーからしてみればどうだろうか? 魔術を使えば可能でもないだろう? 木々を生やす魔術、水を浄化する魔術、世界中探せばいくらでも居る。居なくともこれから生まれてくる。俺らの力を使えば、どこまで自然を破壊しても治すことができる! 俺は決して自然を破壊したいだの言っている訳ではない。決して人間が一番だと言っている訳ではない」
その言葉に対し、コタローは何も反応しない。「自然との調和、それに関してはお前らとなんら変わらないはずだ。分かるか? 根幹の思想は同じだ。人類社会と自然環境のバランスが大事だと。それがどれだけ過激かって話なだけだ。お前らは過激派なんだよ。バランスが大事だから開発を止めろ、自然を守れ、動物を殺すな、木を切るなと。お前らは何を言っているんだ? そうしないと生きていけない人々がいることもまた事実だろう! 乱獲したのが原因である動物が絶滅しました。お前らはそれを痛烈に批判するだろう。だがもし、飢えに飢え切った人が生きるために目の前の動物を殺した、それが最後の一頭でした。それでもお前らはそいつを叩くのか? なぜ殺した、なぜ食べた、希少だと分からなかったのか!……そんな感じにな。それは当人からしてみれば『何もせずにそのまま飢え死んでいたら良かったのに』と聞こえているかもしれないだろう! さらにおかしいのは汚い水を流すなと叫ぶことだ!」
モグラの訴えはまだ止まることを知らない。コタローはその目をしっかり見据え、真剣に耳を傾けていた。
「いいか、世界には汚い水を流すしかない人々もいる。充実した下水処理施設にあやかれない人々だ。決してそれらをひっくるめて訴えている訳ではないだろう……だが考えてみてくれ。そんな世界が作られたのは何故だ? いろいろあるだろう。インフラ整備を怠ったとか。では何故整備されない? なぜ裕福な国でも整備されないところがあると思う? 環境の保護を言い訳にして開発していないからだ! 環境を重んじるあまり同族の環境が劣悪になっていることに何故気づかない! 俺はそんな世界を変えたくてやってる。俺の言っていること、間違っているか?」
モグラはコタローの回答を求める。コタローは何度か頷き、細く息を吐いた。
「つまりまとめると、君はメイジャーの力を使うことで全ての問題が解決できると思っている。自然と人間の調和だけではなく、人類全体に公平で整備された環境を与えることができると」
「ああ……まあそういう感じだ」
「とても……いや、絶対に叶うことはないだろう」
ひんやりした口調で静かに告げられ、モグラは騒ごうにもどこかそうしてはいけない空気を感じ取った。
「やってみないと分からないだろう!」
「やらなくても分かる。仮にやったとしてもその先に待つのは滅亡だ」
「どういうことだ……」
困惑するモグラにコタローは問いかける。
「モグラ、今の人間社会は、どのように発展していったと思う」
「……人間自身の努力だ」
「何を変えようとして努力したと思う」
「今の暮らしを変えるため……だろう」
「その思いを生み出したのは何だ?」
「人間の向上心じゃないのか?」
「その向上心はどこからやってきたんだという問いだ」
「いい加減にしろよ。何の意図があってこんなに問い詰めるんだ」
「分からないからと言って話題を変えようとするのは良くない。まあ分からないとなら答えを教えよう」
コタローは静かに告げた。「格差だ。経済格差、身分の格差、地理的格差、いつの時代でも人類はどこかに格差が存在した。その格差の中で格下の部類にいた人々は、そんな状況を変えようと試行錯誤した。水が少ないから水路を引いて貯水池を造ろう、ずっと虐げられていてうんざりだからみんなで戦おう、貧乏だから必死で働こう、そうやって今の状態から脱するために人間は成長し、努力してきた。その向上心こそが現代社会の基盤となっているものではないか?」
モグラは歯を食いしばった、懸命に粗を探して反論を繰り出す。
「だが……その格差によって苦しめられている人がいたこと、今もいることは揺るがない事実。彼らを救わずして世界の未来はない」
「救ったとしても未来はない。格差が無くなった社会では優劣が無くなる。人間が本来持っていた向上心は役目を失い、鳴りを潜め、社会は成長を止めることになる。ただ停滞した文明が続く未来、君はそんな
「それは……じゃあ、今苦しんでいる人たちを見殺しにしろと言うのか!」
「そうさせないために世界が動き始めていることを知らないのか!」
コタローがもじもじするモグラを一喝する。「君たちは結果を求め過ぎている。早く改善しろとスピードのみを求めている。下水処理施設の建造に何年かかる、フードバンクが発足して機能するまでどれだけかかる。世界にはこんな人たちがいます、それでは助けましょう助けることができましたなんて芸当が行える世界なのならば、とうに人類は死んでいる!」
話をぶつ切るかのように、モグラは剣を地面に突き刺した。声を堪えて涙を流している。潤んだ声でモグラは嘆く。
「それでも……俺はみんなを救いたかった。みんな幸せにしたかった」
「人類全員を幸せにするなんてことはできない。誰かの幸運の裏には必ず誰かの不幸が付き纏っているものだ」
「幸せから幸せから生まれていることもある……この世全ての幸福を、幸せから生み出したかった。俺は……俺は……」
モグラはガックリと膝を付き、大声で打ち付けるように泣き出した。大の大人がまるで子供のように泣いており、コタローは静かに視線を落とした。
しかし、震えるモグラはそれでは終わらず、もう一度立ち上がった。
「それでも……俺はあああ!」
駄々こねのように泣きじゃくりながら、剣を振りかぶって襲いかかる。コタローは一度しまった刀をもう一度抜く。
何が起きたかも分からない速度でコタローとモグラはすれ違った。モグラが剣を落とす。直後、モグラの首から血飛沫が盛大に飛び散った。無言のままモグラは膝をつき、最後は地面に倒れた。血溜まりがコタローの足元まで広がってくる。
「……中々分かり合えぬものだな」
コタローが向けた視線には、少しばかり名残惜しさが含まれていたようにも見えた。
その感傷に浸っているとき、流れ弾が飛んできた。どうやら彼らは思った以上の苦戦を強いられているらしい。どれ、少しばかり彼らの負担も削ってから向かうか。
新たな敵に向け、コタローは刀を構えて駆け出した。
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