第一章 四幕 4.反撃の狼煙

 これでマガジンは何回替えただろう。それでも敵は溢れてくる。


「プリムラさん! 後ろはどうですか!」


 大きく叫び、遥か後方で同じく喰い止めているプリムラに尋ねる。


「フレッドのおかげでなんとかもってる! だが早めに援護が来てほしいものだ!」


 フレッドさんの能力が気になるところだが、こちらはこちらで持たせなくてはならない。爆発音が轟いてからかなり経っているが、ジンたちはまだなのか。まさか足止め喰らっているわけじゃないだろうな。


 まあいい、応援が来ないならこっちもこっちで対抗策がある。


「ではアギトさん。お願いします」


起動セット、“M.F.Oマルチドローン”」


アギトは一基のドローンを呼び出す。その下部には取って付けたような巨大なバルカン砲が備えられている。


「二基分のコストを使えば容易いものだ」


 そのバルカン砲が盛大に火を吹く。あっという間に押し寄せる兵を制圧し、道をこじ開けた。これにはアジュシェニュ側も危険と判断し、手榴弾を投げてくる。しかしそれはカイにとって格好の反撃材料であった。手で直接キャッチし、そのまま元の場所へと投げ上げる。高さの関係で多くを巻き込むことはできなかったが、それでも少しの間視界を隠すことに成功する。


「アギトさん」


「分かっている」


 ドローンはその隙に地上階へと出る。旋回しながらバルカン砲を乱射し、残った敵を容赦無く制圧する。血飛沫が飛び散り、肉片が足元まで転がってきた。後ろにいた人質の何人かがそれを見て吐き気を催す。


「……流石に人の心がなかったかもな」


 凄惨な現場となってしまい、アギトは居場所が悪そうに頭を掻いた。


「でも道は開かれましたよ」


「まあな。じゃ、俺はひと足先に行ってるぞ。お前はプリムラ側の援護に行け」


「一人で行けますか」


「問題ない。これでも戦闘経験は大量に積んである。抜かりはない」


「分かりました。互いに生き残りましょう」


「ああ」


 そう言って、アギトは地上階へと躍り出た。ドローンの飛行音とバルカン砲の乱射音を聞きながら、カイはプリムラの元へと向かった。


 後方のプリムラたちは、なんとか攻撃を持ち堪えていると言ったところだった。直接反撃に転じることができる人員がいないのだろう。カイは到着したや否や拳銃を撃って反転攻勢に出る。


「カイ、来てくれたのか」


「向こうはアギトさんが突破したので」


「オーケイ。じゃあ俺も大っぴらに暴れられるな!」


 ダイレスが拳を掌に打ち付け、気合いを入れた。「援護を頼むぜ!」


 そして返答も聞かずに飛び出した。懐から何かを取り出す。猫のような形をしている……色的に虎か?


 ダイレスは勢いよくその虎の形をした折り紙を破る。同時にダイレスの体は大きく変化し始め、その全貌がありえないほど滑らかに虎へと変化した。


――永遠は壊れて今に成るオリガミブレイク――


 強靭な肉体に、人を凍り付かせる威圧を溢れさせる瞳、くっきりした縞模様は剛健な印象をさらに増大させ、成す術も与えずに爪で相手を切り裂く。


 的が大きい分銃弾が当たってしまうも。元の肉体に魔力の鎧が合わさって大した傷にもならない。それに絶望した兵士も、無惨に体の半分を持っていかれた。


 後方は唖然としてその光景を眺める。虎と化したダイレスの独壇場には、誰一人として割り込むことなんてできなかった。


「使い勝手はいいが、殺し方はいつもこんなんだ」


 ダイレス自身も、このやり方には納得はいっていないらしい。「ま、俺たちがどう殺したって無惨な姿になっちまうのか。あまり気にすんじゃねえぞ」


 頼もしい味方に睨みつけられ、思わず身がすくむ。


「はい……それは覚悟していることです」


「プリムラは慣れているだろ。カイはどうなんだ」


 流暢に喋る虎に迫られても、怖気づくことなくカイは答えた。


「俺は……もっと酷い光景を見たことがあるので」


 虎だから表情は全く分からない。だが少しだけ、眉の辺りが下がったような気がした。ダイレスはその後一瞬だけ俯く。


「そうか。ま、それならいいんだ。この俺は戦うことには特化しているが、それ以外には移動くらいにしか向かないし、多方向相手は難しい。いくら銃を防げると言っても疲れるもんは疲れる。だからしっかりサポート頼んだぞ」


「はい!」


 二人は力強く返事をする。


「よーし、もっと暴れるぜ!」


 雄叫びを上げ、ダイレスは地上へと駆け上がっていく。ドアを破壊し、待ち構えていた兵士の前に堂々と姿を現す。その姿が虎であったことは、彼らにとって予想外も甚だしいところだろう。


 虎は本来狩りが絶望的に下手であり、その成功率は最低五パーセントとも言われている。俊敏な動きも、鋭い爪も牙も、襲う前に見つかってしまえばそれを披露することもなく逃げられ、虚しく終わってしまう。


 しかしそれはあくまで狩りでの話。ここは戦場、戦いがメインだ。獲物はまず逃げない。それであれば、虎の力は本領を発揮する。


 地面が壊れるほどの勢いで飛び出して一人の方に噛み付く。濁った悲鳴を上げて倒れた。次いで横にいたもう一人の腹を爪で裂く。今度は悲鳴を上げる間も無く血を吐いて倒れた。


 見かねた兵士がどこからか剣を持ってきた。それを背後から突き刺そうとする。他にも狙撃銃で仕留めようとする兵がいる。サポートを任された二人はそれを見逃すこともなく、プリムラが剣を持った兵を体術でねじ伏せて気絶させ、カイは拳銃で狙撃しようとしている兵の脳天を正確に撃ち抜く。


「カイ、これ使えそうか」


 と、プリムラは剣を放って渡す。持ってみた感じ、使いやすそうな気はする。テロリストらしく銃ばっかしか持っていなかったので、このような近接武器が増えるのはありがたい。ぶっちゃけこっちの方が得意な気がする。


「ありがとうございます。使わせていただきますよ」


――武器庫ポケット収納クローズ――


 魔法陣が現れ、剣がそれに飲み込まれた。再び拳銃のみとなったカイは、逆にプリムラに尋ねる。


「何か武器、持ちますか?」


「私か? いや、大丈夫だ。私は私の魔術で乗り切れるからね」


「分かりました。ではひとまずどうしますか」


「そうだな……フレッド!」


「僕ならここにいるよ」


 プリムラが呼ぶと同時に、背後からひょっこり現れる。なぜか大きな紙を四つ折りにして持っている。「よく話しているようだけど、向こうからの銃撃は続いているからね。油断しないように」


「それは重々承知しています。なので簡潔に言いますが、ひとまず外の状況を確認しましょう」


「僕もそれには賛成だ。カイはどうだ」


「正直、なぜジンたちが来ないか不思議です。外で何が起きているのか、それを確かめるためにも行くべきでしょう」


「……決まりですね。でも出口は遠いですから、相当な抵抗が予想されるかと」


「出口がないなら俺が作ろうか?」


 ここで、周囲をあらかた制圧したダイレスが提案する。


「では、それで」


 ※


 コンクリートの壁は容易く破られ、太陽の光が差し込む。煙が晴れかけたところで三人と一頭は外に出た。


「危ない!」


 それと同じタイミングで、正面に数人の兵士が駆けつける。全員が銃を構え、今にも撃つ気だ。


「僕が守ろう」


 フレッドが素早く紙を広げる。恐らく、一メートル四方はあるだろう大きな紙だ。どこから持ってきたのかは聞きたかったが、それより現状を乗り越えるのが先だ。「しゃがんで隠れて」


 カイとプリムラはその言葉通りしゃがみ、ダイレスも身を屈めてなんとか紙に隠れる。しかしペラペラの紙では防ぐことが奇跡だ。ここでフレッドの魔術が活用されるのだろう。


「耐えられなかったら、まあ自分たちでなんとかしてくれよ」


 不穏なセリフを吐きながら、フレッドは魔力を紙に込める。


――頑丈なスライムドゥーロムエトモーレ――


 それまで風にたなびいていた紙は一気に動きを止め、一枚のプレートのようになった。


「撃て!」


 やや遅れて兵士が銃を撃ち始めるが、その弾丸をことごとく跳弾させる。鉄壁、いや鉄より硬い。おかげで全ての銃撃を跳ね返し、こちらの被害はゼロに等しい。相手がマガジンを交換している間に顔を出し、拳銃で確実に倒した。


 ちょっと余裕ができたところでフレッドに尋ねる。カイは、なんとなくフレッドの魔術が分かってきていた。


「さっきのは、物体の硬度を上げる魔術ですか」


「正解だけど半分抜けてる。硬度を自在に操るんだ。紙を鉄以上の硬さにできるし、コンクリートをゼリーみたいにプルプルにすることだってできる。まあ、大抵硬度を上げて守るために使うけど」


 物体が持つ硬度に干渉するということは……概念型魔術か。元々は硬度を上げる用途しか想定していなかったが、必ず対となる能力とやらが付け加わる都合上で自在に操ることになったのだろう。カイは教えられた知識をもとに考察してみる。うん、相手の魔術が分かるって案外役立ちそうだ。今後も心に留めておくことにしよう。


 さて、本題だ。視界にジンはおろか、ナリタさんやコタローさんさえ見当たらない。もしかして拠点は一つではなく複数あって、俺たちがいない拠点に向かってしまったのだろうか。だとしたら計画は大きく狂う。どうかこちらに気づいてはくれないか。


 確か、ユカさんが何か言ってたな。何の結界だっけ。そんなものを軽く教えられた気がする。


 と、考えている時間はここで途切れる。回り込んできた兵士が三人と一頭を包囲しようと躍起になっている。戦闘再開だ。


「こっからは、協力して倒すことになりますか」


「そうだね、基本的にダイレスを守りながら数を減らそう。どこから湧いているかは分からないが、まあ多い連中だ。一気に行こう!」


 プリムラが勇ましく呼びかけ、まずは左に進む。数十人の兵士が銃を構えて向かってくる。カイは拳銃でなるべく倒すが、数は減らないように見える。それを見越しての突撃か。だが残念、俺より殲滅力に優れた人がいるんだ。


――拡伸的機能ロボットアーム展薙振刀ナギナタ!――


 伸びた腕の片側が刃物になり、薙刀のように敵を斬っては薙ぎ倒していく。前線にいた敵はあらかた消えた。次はまだやってくる中列以降の奴ら、そして後ろから迫る奴らだ。


「後ろはダイレスさんに任せます」


「いやいや、流石にこの姿でも蜂の巣にされたらたまったもんじゃない。他の方法が欲しいぞ」


「ええ、なので集団のど真ん中までぶん投げますよ」


「は?」


――拡伸的機能ロボットアーム――


 プリムラの腕が伸び、虎の体に巻きつく。そのままプリムラは大きく振りかぶった。


「そぉーれっ!」


 大きな声を出してさらに力を入れる。空中に猛スピードで射出され、徐々に遅くなっては高度も下がっていく、確かにこれなら敵集団ど真ん中コースだ。口を開けて俺の襲来を待つ奴らも見える。


「これなら大暴れができそうだなあ!」


 虎を着た巨躯は勢いよく地面に衝突し、地響きと土煙が一気にあたりに広がる。その後は舞い上がる敵の姿が見え、カイとプリムラ、そしてフレッドは正面の敵に集中できるようになった。


「遮蔽物はないが、なんとかなりますか?」


「僕は盾的なものあるからね。それよりプリムラさんやカイが大丈夫なのかって聞きたいくらいだ」


「俺は大丈夫です。同じ銃使いですし、いざとなったら剣も使えますから」


「私も、相手に迫れば銃より速いですから」


「プリムラさんは少し心配だなあ……まあいいか。たかが一発二発で死ぬような人ではないのでしょう?」


「もちろんですよ」


「分かりました。では頑張りましょう!」


 三人は分散して集団に突入した。フレッドは紙を丸めて棒状にし、そこに魔力を流すことで金属バットもびっくりな硬さを生み出し、棍棒のように振り回して相手を何人も吹き飛ばした。プリムラはそもそもの体術が優れているため、懐に入っては倒し、背後を取っては気絶させ、遠くから狙ってくる相手に対しては“拡伸的機能ロボットアーム”を駆使して殲滅した。どのレンジでも対応できるプリムラは、まさに非の打ち所がないと言っても過言ではなかった。


 そして、カイは接近戦でも拳銃を使っていた。剣も取り出したいが、弾薬が余ってる内は拳銃で押し切りたい。剣ではとどめを刺しずらいというのもある。眉間を正確に撃ち抜くことで、人は例外なく死ぬ。それは既に頭に入っている。


 しかしやはり多すぎる。俺とプリムラさんとフレッドさんよ三人でも消化するのが困難だ。でも後ろではダイレスさんが一人で奮闘してくれている。潰れる前に打開策を見出したい。


 すると背後に殺気を感じ、本能的に身をよじる。すぐに後ろから銃弾が飛んできた。反射的にカイは振り向き、眉間に弾を打ち込んで仕留める。左頬にかすった程度で済んだが、今のは見えなかったな。殺気を察知できなかったら死んでいただろう……


 察知、ユカさんが呟いていたこと、思い出した。不可視の結界とやらものが張られているんだ。だから外からは何も見えない。だから俺たちがどれだけ暴れ回っても分からないということだ。そのせいでジンたちはここに辿り着けていないのかもしれない。


 だったらやることは一つだろう。


――武器庫ポケット交換チェンジ――


 拳銃をしまい、新たな拳銃を取り出す。しかしこれは武器に紛れていた信号弾だ。弾をすぐに詰め、真上目掛けて撃つ。


 昼だが、ピンクに近い赤色の光であれば見えるはずだ。カイは舞い上がっていく信号弾を見つめて祈る。頼む、気づいてくれ。


 念じるあまり、敵の接近を許してしまう。こめかみに照準を合わせた兵が引き金を引いた。その音でカイはなんとか避けることができたが、体制を崩しすぎた。それでは次弾を防ぐことは到底――


 何かが飛来する音が聞こえた。それは目の前の敵に直撃しては小さな爆発を起こし、土を舞い上げる。そしてその煙の中に誰かが着地した。


 それを見てカイはようやく笑った。笑みではなく、嬉しいときに出る笑顔だ。そのシルエットには嫌というほど見覚えがあった。


 やや短めの、ところどころにハネ癖がある黒髪、身長は高いとも低いとも言い難い。若干細めの体格。煙が晴れ、勇ましく澄んだ黒い瞳もお見えになる。その少年はカイを見るなりこう言った。


「やっと見つけたよ、カイ」


「ありがとう、ジン」


 感動の再会ではあるが、二人はここが戦場であることも承知している。感情に浸る暇もなく、二人は背中合わせに構えた。


「それで、思ったより苦戦してたの?」


「なわけ。でも数が多くてちょっと面倒だなとは思っていたところだ」


「だろうね。百人はいそうだもん」


「でも、いけるんだろ?」


 カイは楽しそうにジンをうかがう。


「もちろん」


 ジンも自信満々に答える。「僕たちが揃えばどんな敵だって倒せる。行こうカイ」


「いいぜ。蹴散らそう」


 最強の二人組が今、反撃の狼煙を上げた。

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