第一章 四幕 3.盲点

 すぐに飛び出したジンたちであったが、すぐさまアジュシェニュが繰り出す銃撃の雨に晒される。機関砲が消えたとはいえ、構成員は未だ健在だ。容赦無く銃撃を浴びせてくる。なんとか打開したいところではあるが、こちらは低所。向こうの方が高い位置に陣取っているため、必然的にこちらが不利な状況ではある。結果、ジンたちは散らばり、みすみすと再び木の影に隠れてしまう。


「銃撃が激しすぎるな。余程人員がいるのだろう」


 刀を抜きかけながらコタローが呟く。「一度に何人潰せるか」


「私が行ってみます」


 そう言って、ユカは木の間に立って腕を伸ばす。狙いは屋上、そこに展開している兵を無力化すればいい。


 しかし、“空間縮小移動インスタントワープ”の決定的な弱点。移動経路にある障害物を無視することはできない。テレポートではなくワープ、そもそも正体は瞬間移動。狭いところをそれで通り抜けようとすると、最悪圧死する危険性もある。


 それでも、それほどの危険を冒さねば動かない状況がある。死ぬ気はさらさら無いが、死んでもやり遂げなくてはならない。


――空間縮小移動インスタントワープ!――


 ユカは木陰から一気に屋上まで移動する。その光景に他の人は度肝を抜かれた。木々の枝や葉っぱらしき物が幾つも引っ付き、額から血が流れている。所々に傷ができ、左腕はだらんと垂れ下がっている。それでも表情は変わらず、その眼光は鷹の如く鋭さでアジュシェニュの兵を捉え、片っ端から薙ぎ倒していく。


 しかしそれに気づいた兵士は続々と屋上に上がってくる。加えて下にいる兵士もユカ目掛けて射撃する。しばらく屋上を逃げ回っていたが、段々と逃げ場もなくなってきた。屋上の端の方に追い詰められたとき、間一髪でナリタとコタローの応援が入る。ナリタが屋上に群がった兵士を一網打尽にし、コタローが下にいる兵士を殲滅した。


「全く、たまにとんでもない無茶をするな」


 ナリタが後ろを向いてユカを気にかける。「左腕、折れたんじゃないのか?」


「折れてはいない……けど何かしたら多分折れる」


「それはほぼ折れてると言っていいだろう。“空間拡衝波ショックウェーブ”は打てそうか?」


 ナリタが尋ね、ユカは両手で三角形を作って前方に突き出す。少し左が震えているものの、大きな問題は無いように見える。


「良かった。痛いとは思うが頑張ろう」


「分かってる。離脱する気なんてないよ」


 強気で言い残し、ユカは屋上から飛び降りて下の階へと向かう。ナリタは一応敵が残っていないか確認を行ってから、ユカの後を追った。


 三人が作ったチャンスは大きく、残って様子をうかがっていたジンたちへの銃撃が止む。


「今行くしかねーな!」


 一番にエレンが突っ込んだ。


――雷撃加速ライトニング超音速フルソニック!――


 地上に残る兵がその動きを捉えることなく、エレンは一瞬で建物の内部に侵入する。


「一人じゃ危ない」


 と、アオイが次に飛び出す。エレンほどの速度は到底無く、兵に見つかってしまう。しかしアオイはほぼ同時に何枚もの手裏剣を投げた。その手裏剣は空を裂きながらそれぞれの標的へと迫り、突き刺さっては動きを鈍らせる。


「よし、俺たちも行くぞ!」


 残りもそれに便乗して突撃する。銃弾の雨が止んだ隙に内部へと入り込んだ。ここでカイたち人質組と合流し、連携して制圧する予定だ。


「あれ……」


 しかし、そこでジンは立ち止まった。周りも同じだ。内部は異様なまでに静まり返っていた。がらんどうの空間。人質はおろか、アジュシェニュの兵自体も見当たらない。


「これはどういうことだ……?」


 エンジの声が反響し、何重にもなって聞こえる。「ゴーストの報告と全然違うぞ」


「あいつが幻覚見てた……なんてことはないよな」


 エレンも不安がり、少しキョドりながら辺りを見回る。


「あ、みんないた」


 上空からナリタが降ってくる。「まるで拠点の体をなしてないな。牢屋もないのか?」


「ゴーストの報告では……地下に続く階段があるとか。と言っても元が違いすぎるからなんとも言えない。とりあえず僕は引き続き屋上を探索する。君たちは地下通路がないか、その他にもなぜがらんどうなのか、そう言ったものの手がかりを調べてくれ」


「了解しました」


 アオイが短く返事をすると、ナリタは再び屋上まで駆け上っていって見えなくなった。「さて、始めましょう。何か物や蓋で塞がれている可能性もありますから、くまなく探した方がいいですね」


 無言で頷いて調査を開始する。特に仕切りもない空間を移動するのは簡単であり、機動性が上がって探す効率が良くなる。地面をぺたぺたと触りながら、ジンも何かないか確かめる。


 そういえばここ、人はいないのに荷物だけは多いな。袋とか、木箱とか、しかも中身はしっかり入っている。不気味だ。何か嫌な予感がしてくる。そんなことを危惧しながら箱をどかすと、取っ手が付いた部分が現れる。あからさまに何か隠されている。


「なんかありました」


 何かあったら大変だろう。一応数人を呼び寄せてから開ける。しかし、中に手がかりは一切なく、忘れられた銃弾が一発ポツンと残っていた。


「ハズレか……」


 外の戦闘音がずっとこだましている。特殊部隊の方々は時間を稼ぐためにずっと戦っている。僕らだってその期待に応えなくてはならない。


「アオイさん、この壁は……」


「確かに……少しハリボテ感があるような気もしますね」


 そんな会話が聞こえ、続々と散らばっていた人たちが戻ってくる。エンジが問題の部分に触れる。「すこし動くな。奥は空洞かもしれない」


「でしたら、破壊して確かめる他無いですね」


 言ったそばからアオイは正拳突きを繰り出した。壁が崩れ落ち、トンネルのような穴が現れる。しかしすぐそこで崩落しており、到底通ることは出来なさそうだ。しかしこれが地下へと続く道ではありそうだった。


「なんでこんなことに」


「さあ、私には分かりませんが……」


「これもゴーストの報告にはなかったことですね。一体何が起きてこんなに変わってしまったのでしょうか」


「……ひとつ、思ったことがあるんだが」


 そうして、エレンが手を挙げる。自然と注目がエレンに集まった。それでも臆さず、自分の考えをつらつらと述べていく。


「ちょっと思ったんだけどさ……もともとこの状態だったんじゃ無いのかな」


「と、言うと?」


「ゴーストの言っていた事は事実だが、それは

?」


「まさか、これとは別に建物があるっていうのですか?」


「憶測でしかないけど、そんな気がしてきた」


「言われてみるとその話にも腑が落ちますね……ということはここはダミー……」


 そこまで呟き、アオイは急にハッとした表情になった。「もしかすると、私たちはとんでもない失敗をしてしまったかもしれない!」


 急に血相を変え、今すぐ外に飛び出そうとするアオイを、カナタは慌てて呼び止めた。今まで見たこともないような顔をしていた。


「外はまだ危ないですよ! あと失敗と言うのはどういうことですか? 僕はまだ何も分かってないのですが――」


「その説明は後に、今は軍の人たちを助けないと……」


 一歩間に合わず、背後から閃光が襲いかかった。


 ※


 屋上では、ユカが機関砲の残骸に手を伸ばし、ナリタが他の手がかりはないかと歩き回っていたところだった。軍が敵を惹きつけているおかげか、こちらにほとんど銃弾は来ない。


「コタローさんはすごいなあ」


 目下ではコタローも参加して、敵の制圧が行われていた。軍ばかりに気を取られていると、背後からコタローが斬りかかってくる。やられる側からしたらたまったものではないだろう。


「ナリタ、それより探す方に集中して」


「大丈夫、ちゃんとやってるさ」


 地上の状況を眺めながらも、二人は手を止めない。ユカは機関砲の残骸をどかし、何か手がかりがないか調べる。


 ナリタは全貌を見渡して考える。真四角の屋上、四隅に機関砲。どこからどこまで取っても同じだ。中身だけすり替わった……いや、中身だけどこかに行ってしまったように感じる。


 僕は確かにここにユカを送った。ゴーストはユカによってこの拠点に来ていた訳だし、別の場所と間違えているなんてことはありえない。だとしたら何がおかしい……僕たちが襲撃するのに勘付いて逃げたか? それだと兵を置く理由が分からない。普通に空っぽにすればいいものを、なぜわざわざ荷物らしきものも置いて行ったままなのか。


「ナリタ」


 ユカに呼ばれ、ナリタは機関砲の残骸に駆け寄る。


「なんかあったのか?」


「あったよ。これが製造番号でしょ」


 黒焦げになったプレートを拾って見せる。確かにメーカーと番号らしきものが書いてある。


「ちょっと待ってね」


 ナリタが服で煤を払う。現れた数字を読み、ナリタは目を疑った。


 メーカーは同じだ。だが製造番号が微妙に違う。しかも十桁中八桁は合っているのだ。しかも異様に番号は近い。


 このことから分かること。アジュシェニュは機関砲を、四基以上……おそらく倍の八基買ったのだと思われる。まず半分の四基はここに、そして残りの四基は……


「やられた……!」


 ナリタの目が揺らぐ。明らかに焦りと動揺が見られる。ユカはその視線に入って尋ねた。


「何に気づいたの?」


「それは――」


 その瞬間、胸の芯まで響く轟音と共に火柱が上がり、屋上が崩壊し始めた。


「爆弾か!」


 あっという間に足元の安定が消える。傾きながら落ち始める床では、バランスを保つのも困難だ。


「ナリタ! こっち!」


 ユカがしゃがんで手招きする。ナリタは今いる場所から飛び移り、着地と同時に屈む。


「今、ゲートを作るから」


 そう言ってユカは地面に模様を描き始める。しかし連鎖する崩壊によって、描き終わる前に亀裂が走った。ユカは軽く舌打ちをし、ナリタの手を引きながら飛び降りた。


――空間縮小移動インスタントワープ!――


 あっという間に地上との距離を詰め、完全に倒壊する前に脱出した。


「うっ……!」


 ユカが悶える。着地に失敗し、全身を打ったようだ。


「大丈夫か?」


 ナリタが隣で心配する。ユカは立ち上がったものの、一度大きくふらついた。左腕に力が入らないようで、もはや繋がっているだけのように見える。


「だい……じょうぶ」


「そんなわけあるか。もう手当てを受けた方がいい」


「でも、私はまだ何もしてない」


「いいんだ。もう休んで――」


 話の途中で、鉄筋がぶつかり合う音に阻まれる。建物の入口が塞がれ、土煙を上げて倒れる。


「待って……まだ中にはジンたちも!」


 ナリタの叫びも虚しく、建物は完全にその形を失い、瓦礫の山と化した。


「大丈夫か!」


 今すぐに走って助けに行きたいところだが、ここには負傷したユカもいる。考えた挙句、ユカを抱えて移動しようとする。


「痛むだろうが許してくれ」


「大丈夫、歩けるから」


 少しじたばたしたので仕方なく下ろす。ふらつきは残っているものの、話せているし走れてもいる。ほっと胸を撫で下ろしたが、真の安心はまだだ。みんなの安否を確認しないと。


 視界の端でコンクリの塊が動いた。蓋をこじ開けるようにしてエンジが出てくる。良かったと思いかけたのも束の間、彼らも何か慌ただしい。誰かの名前を叫ぶ声が聞こえる。


「怪我はないか?」


 やっと到着し、全員の安否を確認する。エレンが肩を痛そうにしていたが、かすり傷程度の人が多い。しかし、一人だけ苦しそうにしている。


「カナタ!」


 カナタは横たわり、左の脇腹を押さえている。腹をやられたようだ。それ以外にも傷がたくさんあり、少しだけ血溜まりができている。


「カナタさん、一番近くで巻き込まれて、破片とかがたくさんぶつかってしまって」


 エレンがオロオロしながら報告する。であれば深い傷は少なさそうだ。でも脇腹のは重そうだ。すぐに手当てをしなくてはならない。


「ちょうどいいユカ、カナタを連れて協会に戻れ。第一会議室になら、確かカナさんが待機しているはずだ。二人とも手当てを受けろ」


「……分かった」


 それは事実上、二人の離脱を意味していた。「みんな、頑張ってね」


 ユカは手早くゲートを描き、カナタと共に沈んでいった。


「さて……アオイさんも気づきましたか」


「ええ。


 アオイが持論を述べる。「塞がれた穴から以前は人質を輸送し、役目が終わった今こちらは囮のようなもの。地下通路を通っての移動でしたので、本拠点周辺には足跡の痕跡すら生まれない。そこに結界が貼られれば……見つけ出すのなんて困難でしょうね」


「僕もほぼ同じ考えに辿り着いた。移動距離からしてこの近くにあると考えたい。時間をかけていると逆に包囲される危険も――」


「ナリタ、聞こえるか」


 会話を中断させて通信が入る。ナスリオ陸軍のマイクだ。「残念なお知らせだ。我々はどうも包囲されつつある」


「……言ったそばからやられたか」


 ナリタはため息をつき、通信機に顔を近づける。「森にいる方が安全でしょうか?」


「現状はな……とりあえず中央よりは遮蔽物が多い」


「でしたら僕たちはどうしましょうか?」


「君たちは……本拠点の方に向かえ。ここは我々だけでも喰い止めよう」


「……いいんですか?」


 ナリタが慎重に問い詰める。「僕たちも参加して殲滅するべきではないでしょうか」


「君たちはそれで作戦を無事に終わらせることができるだろうが、内部で蜂起を起こした人質たちの命は危ない。一刻も早く救出に向かえ」


「……分かりました。頼みます」


「了解」


 短い返事で通信は切られる。ナリタがゆっくり立ち上がった


「今の通りだ。僕たちはこれから人質を助けに行く。アオイさん、穴はどちらの方向に伸びていましたか?」


「北」


 加えて北の方角を指差した。「一気に行くか、少し分散して向かいましょうか」


「一気に行こう。今は増援に行くのが先だ!」


 いつもにない切迫した口調でナリタは吠えた。それに突き動かされ、一斉に走り出す。


「キシェア!」


 突然地中から体格に恵まれた男が現れ、大きく剣を振りかざした。先頭のエレンに斬りかかるすんでのところでコタローの刀が間に入る。


「ここは私が相手をしておこう。行け」


「ありがとうございます!」


 早口で答え、六人は戦う横を通過して森へと入る。


 カイは無事だろうか。大きな怪我はしていないだろうか。お願いだ、僕たちが来るまで耐えてほしい。どうか死なないでほしい。


 ジンは走っている途中でも、心の中で祈るほかなかった。

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