四幕 希望の綻び

第一章 四幕 1.五月十二日

 晴天、無風に等しい。雲は日を隠すことなく流れる。静まり返った住宅街。通勤するサラリーマンの姿も見えなければ、登校する児童生徒の影すらない。車も一切通らず、その異様な空気に野良猫が道路にのそのそと出てくる。


 少し進めば森が見えてくる。グリーンウィンド国立公園。しかし今日、いつものようなのどかな雰囲気はない。バリケードが貼られ、警察特有の青いバスが何台も止まっている。内部では機動隊らしき人たちが座っており、付近には遊撃者も待機している。


 公園入口、黒いマスクで顔の下半分を隠し、銃を構えた武装集団が集まっている。その数は三十……五十はいるかもしれない。それと対峙するのは、協会より交渉役として派遣されたバルバドム・ラザコフスキーだった。彼も近くに二十人ほどの武装した機動隊らしき集団を従え、真っ向から睨みを利かせ合う。


「ちょっと護衛が多いんじゃないか? 協会さんよ」


 アジュシェニュ側の交渉役が挑発する。「これじゃいつ襲われてもおかしくないぜ。ちゃんと帰してくれるんだろうな」


「そちらこそ私の護衛よりも人数が多いように見えるが、まさか強奪するなんてことはないだろうね」


 バルバドムも負けん気で応対する。「ここまで衝突が起きないように計らったんだ。穏便に終わらせたいのはこちらもだ」


 今日の交渉のため、半径一キロメートル圏内は立ち入り禁止となっており、住民は全て協会が保有する施設に一時的に避難している。加えて終日に及ぶ航空規制。莫大な費用と労力を使ってこその対応であり、絶対に外部からの横槍を入れず、無関係な人々が巻き込まれないようにするという思いを感じさせる。


「まあいいか。お互いやり合う気はないんだな」


「その通りだ」


「オッケーだ。だったらブツをよこせ」


 急かす交渉役にため息をつき、バルバドムは後ろを振り向いて指示する。大型の現金輸送車だ。


「面倒だから現金輸送車ごと持っていいらしいぞ。だから総額十六億と千五百万ペンド。お得だな」


「得も何もないだろ。どうせ発信機でもついてるんだろ」


「好きに調べたらいいさ」


「ほう……」


 交渉人の目が怪しく光る。「それじゃあ、本当に金が入ってるかも合わせて見させてもらうぜ」


 ※


 同時刻、第一会議室に集まった打撃部隊は、総じて穏やかに、そのときを待っていた。その中にはジンの姿もある。


「戻ってきてくれてよかったぜ」


 横から小突かれ、ジンがその方向を見る。その際にエレンが囁いた。「ちゃんと強くなってんだろうな? 期待してるからがんばろーぜ、な」


 そして拳を出す。それだけでジンには何をしたいかがよく分かった。


「はい」


 ジンも優しい声で返事をして、拳と拳を軽くぶつけ合う。


 その横で、ユカがゲートから出てくる。いよいよ準備が整ったのだ。


「では皆さん、よろしいですか」


 ナリタが最後の確認を取る。勿論、そこで引き返すような人はいない。全員が勇気に溢れている。


 ナリタは脳内で今一度メンバーを確認する。


 王立レトン陸軍重大事案即応部隊

 トリウム陸軍海外派遣連隊

 ナスリオ合衆国陸軍対テロ軍隊

 日海陸軍第三特殊作戦群


 コタロー・シンエース

 ナリタ・エンパイア

 アオイ・シグレ

 ユカ・メランテ

 エレン・サンダー

 コノハ・エグゼティ

 エンジ・グレーバー

 カナタ・ヨソカゼ

 ジン・クロス


 ゼロが不参加であるのは残念だが、それでも十分な戦力であると再三にわたって思い知る。特にジンの活躍は楽しみだ。


「じゃ、始めましょうか」


 ユカに目配せする。頷き、床にゲートを開いた。


 これから僕の戦いが始まる。ジンは拳を握り締め、強く決意を固める。カイも、一緒に囚われている人たちも、みんな救うんだ。


 ゲートが徐々に大きくなり、会議室全体に広がったところで、ゆっくりとそれぞれの体が沈んでいく。


「あ、もう行こうとしてる!」


 ゴーストが会議室のドアを開けては叫ぶ。ゴーストは本来偵察任務のみの参加であるため、今日は見送る側だ。「ま、間に合ったからいいか。皆さんの健闘を祈ってま〜す」


 手を振る目の前で、打撃部隊は消えていった。



 ※



 「それじゃ、行ってくるね」


 少し遡って牢獄の中、ユカがゲートの向こうに消える。今日は巡回も全て基地の外の警備や、交渉の護衛に行っているらしく、巡回の頻度がいつもよりかなり少ない。そのお陰で作戦に支障はなくなりつつある。


 大まかな流れはユカから聞いている。まずは交渉が決裂した途端にバルバドムがその場に来ていたアジュシェニュの構成員を“冬将軍”に引き込む。それと同時に打撃部隊が基地を急襲。その混乱に乗じてカイたちも行動を開始するというものだ。ただしそれ以前に命の危機が迫った場合、すぐに行動を起こせとナリタからのお達しを受けている。だがその心配も無い。目の前に銃を構えた兵士は存在せず、近づいてくる気配もない。


「用意はできているね」


 フレッドが周りに向けて尋ねる。


「もちろんです。もう覚悟もできています」


「俺も準備は万端だ」


「俺も問題ない」


「お役に立つかは……分かりませんけど……大丈夫です」


 最後にカイを見る。


「大丈夫です」


「よかった」


 みんなの回答を聞き、フレッドはほっとした。「外で爆発音がしたら開始……だったっけ?」


「はい、確か」


「ありがとう。さあ、もうすぐだな……」


 こちらからは動かない。外の人たちが奇襲を仕掛けてからこちらで内部から潰す。自分自身が兵器となるメイジャーだからこそできる芸当なのかもしれない。逆にいえば、よくここまで耐え忍ぶことができたなと自賛する。実際いつでも逃げ出すことはできた。全員とまではいかないが、この牢屋にいる人たちだけで脱走し、少しくらいは被害を与えることはできたかもしれない。


 昔の俺ならすぐに見捨てて独りでも逃げていただろう。そうでなくとも自分に最適な作戦で、いつかは逃走していたところだ。俺はジンやナリタさんに会ってからかなり変わった。サクラ以外の相手のことを考えるなんて、到底考えられないことだったな。カイは一人でしみじみ感慨深くなる。


 どうも、俺とサクラに足りなかったものは人との交流だったようだ。でなければ俺は今、こんなに仲間と話し込み、団結して作戦を始めようなんて思っていない。その原因となったナリタさんやジンには感謝しかない。


 待ってろよジン。ここで死ぬなんてのは死んでもごめんだ。絶対に生き残って、またお前と一緒になんやかんやしようぜ。また一緒にナリタさんに挑もうぜ。でも今は一緒にこいつらを叩きのめそう。戦場で会うことを楽しみにしてるよ。



 ※



 アジュシェニュ側はかなり入念に現金輸送車を調べる。車のシートをひっぺがしたり、車の下に潜り込んだり、エンジンルームも調べている。ついでにちゃんと金が入っているかも確かめている。


「おーう……ちゃんと十六億は入ってそうだな。よし」


 トランクの中で交渉役の男性は呟き、後ろにいた部下に何かを伝える。


 それに気づかず、メイジャー協会側は少し離れてその行動を傍観する。


「アリのようだな。ここまで必死に調べるとは」


 と、スノーレンジャーの隊長が悪態吐く。確かに遠目で見ると、せっせと働くアリのように見えなくもない。バルバドムは少し吹き出しかけた。それを発言主は見逃さない。


「おや、なかなかに受けるものでしたかな」


「とんでもない……少し花粉にやられただけですよ」


 そのどこか抜けた雰囲気をじっと見つめる人影があった。そいつはポケットに突っ込んでいた手を出し、エンジンルームの奥まで伸ばす。誰にも気づかれることなくその場を離れ、トランクに戻った。


 しばらくして交渉役がトランクから出てきて、エンジンルームを点検する。


「……ん?」


 奥で何かが光った。不審に思って腕を伸ばす。四角く小さな物体。それをつまんで持ち上げる。それが何であるか確認した瞬間、交渉役の顔は邪悪に笑った。


「あーなんだぁー? これはー?」


 大袈裟に声を出して注目を引き、チップを持つ手を天高く掲げる。「GPSの通信機じゃーないかー?」


 その発言に全員がざわつく。バルバドムも聞いていない話だ。隣にいる隊長と顔を見合わせる。隊長も全く覚えがないと言いたげだ。


「誰だ! 勝手に付けたのは!」


 そう後ろに展開していた人たちに聞いてみるも、みんな知らないと言わんばかりに、近くの人と目を合わせたりしている。とすると向こうの工作か?


「誰だって聞いてんだろ答えろや!」


 それに対して沈黙で返される。青筋が浮かぶのを見て、スノーレンジャーの隊長が慌てて返す。


「少なくとも我々が行ったものではありません。その通信機は、我々が普段使用するものではありません」


「とすると協会か?」


「協会は現金の積み込みのみを行い、車に関する整備等は全てメーカーに委任したと聞いています。よって我々だというのも考えにくいかと……」


「じゃ、誰がやったんだろうな」


 交渉役は相当お怒りの様子で、通信機を投げて地面に落とし、それを勢いよく踏みつけた。「おかげでアジトがバレるとこだったぜ。お前らは関係ないと言い張っているが、どっちかが嘘をついていることは明白なんだよ」


「お待ちください。私たちは決して嘘の証言など……」


「黙れ」


 交渉役は拳銃を取り出して構える。必然的に周りの連中もそれぞれの武器を構える。「事実は事実。どちらかが発信機を使ってアジトの位置を把握しようとしたことは変わらない。どちらも名乗り出ないのであれば仕方ない。交渉決裂だ。連帯責任として両方に死んでもらおう」


 バルバドムと隊長は再び顔を見合わせる。そして同時にため息をついた。


「こちらバルバドム。交渉は決裂した」


「了解」


 バルバドムは軽く通信を済ませる。


「それを報告してなんだ? 今からドンパチしようと言うのか? やめとけよ、後ろは住宅街だぞ。俺たちはそこを破壊しながら突き進んだっていいんだぜ――」


「そうはさせません」


 バルバドムが強くその言葉を遮った。


 そして冬が訪れた。なんの前触れもなく空が暗くなり、吹雪が始まる。気温も一気に低下し、アジュシェニュ側が混乱し始めた。その隙にバルバドムが告げる。


「お集まりの皆々様、これより私の描く“冬”を体験していただくとしよう」


――冬将軍――


 辺りが光に包み込まれた。



 ※



 「了解」


 バルバドムとの連絡に一言だけ返事をして、みんながいる後ろを見た。即座に特殊部隊の人たちが散開していく。


「カナタは裏に回って」


 ナリタがそう指示し、カナタは頷いて行動を始める。


「みんなは爆発音と共に突撃だ。いいね?」


 それぞれが了解のサインを出す。あとはしばらく待つのみだ。


 カナタは見つからないよう、少し大回りして反対側へと回り込む。監視の目に届かないギリギリまで近づく。少々遠いが、発動させるには十分な距離だ。


――陣――


 カナタが基地の中央付近まで“陣”を広げる。途端にその上に暗雲が立ち込める。問題なしだな、始めよう。


――理想気象ソラノマド――


 黒い雲の内部が光った瞬間、基地の頂上に巨大な雷が落下した。雷鳴が轟き、空気が震え、地面までもが微かに揺れる。それに監視の意識が取られたときだった。


「手榴弾投下」


 小さい合図と共に手榴弾が投げられる。地面に金属音が響く。監視が振り向き、その音の正体を認識するのにはいささか遅すぎた。


 車の下に潜り込んだ手榴弾が爆発する。車を巻き込み、炎柱が立ち昇る。周りにいた監視はぶっ飛び、それに混乱した監視もまた別の爆発に巻き込まれる。


 爆発を免れた人々が逃げようとしたとき、彼らには銃弾が襲いかかった。特殊部隊の兵士たちは、車などを盾にして地面に残存する敵を掃討し始める。練度は一目瞭然であり、次々とテロリスト側は倒されていく。


 だがテロリスト側も一筋縄ではいかず、遅れて屋上から機関砲の雨が降ってくる。木陰に隠れていた、バズーカのようなものを持った兵士が屋上に照準を合わせた。


「ファイア!」


 兵士は対戦車ミサイルを発射する。赤外線誘導のため、銃身に熱を持った機関砲は格好の的となる。操手が逃げ出す前にミサイルが着弾し、屋根ごと崩れる。


「次弾装填、急げ!」


 島崎が指示し、兵士は急いでミサイルを装填する。少し場所を変え、もう一つの機関砲に向けて発射。これも破壊した。残りはナスリオの人たちが排除したようで、既に黒煙が上がっている。これで明確な脅威はひとまず消滅した。


「メイジャーの皆さん、いつでもどうぞ」


 カルロスが通信機を使い、ナリタに知らせる。


「分かりました。それでは突入します」


 ナリタは通信機越しにそう答え、次の瞬間に吠えた。


「行くぞ!」


 その掛け声に合わせ、全員が森から飛び出す。ジンも遅れずに駆け出した。



 ※



 轟く雷鳴の後に連続する爆発音……始まったな。


「俺たちも始めましょう」


 カイがずっと立ち上がり、他の人たちもそれに続く。「さて、どうこの檻をぶっ壊そうか」


「一気に行くか?」


 とダイレスが腕を回す。「力には自信があるぜ」


 カイは一瞬だけ首を傾げる。その後、すぐにニヤリと笑った。


「せっかくなのでそれで行きましょう」



 そして爆発音に近い轟音が鳴った。土煙と共に鉄格子が弾き飛び、空間が大きく揺れた。金属パイプが転がる音が連続する。


「急げ! 脱走だ!」


 誰かが怒鳴り、続々と構成員が駆け降りてくる。


――武器庫ポケット解放オープン――


 重たい銃声が三回、同時に脳天を撃ち抜かれた構成員が三人。カイは取り出したピストルで、正確に相手の頭を撃ち抜いていく。


「まずは他の人たちの解放を」


 カイが降りてくる構成員の足止めをする間、他の人たちで鉄格子を壊しにかかる。メイジャーのフィジカルを以てすればたやすいものだ。すぐに囚われていた人たちが外に出てきては、すぐに戦闘体制に入る。彼らとてメイジャー、やるときはやってくれるはずだ。


「長く話す時間はありません。動いて、敵を殲滅してください」


 プリムラがそう指示する。彼らとは初対面だから、俺がいうよりプリムラさんが言う方が信頼性はありそうだ。次々と頷く者が現れる。


「じゃあ行こう……俺たちの反逆を見せてやる」


 燃え盛る闘志を背に、カイは呟いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る