第一章 三幕 23.あっという間の七日間
「……そう」
ユカは頭を悩ませる。ゴーストが見たこと聞いたことを、口頭で伝えてもらう。「どのみち行動しないと私たちは終わりということね」
「まあ『やってみるか』程度のやつが『やるしかない』に変わったくらいですけどね」
「とりあえず“
ゴーストがここまで暗く、疲れ切った表情をするのは初めてだ。無理をさせてしまったのかもしれない。
「その代わりと言ってはなんだけど……ゴーストは貴重な情報を手に入れることができた。これは作戦を成功させるためにも大きな基盤になる。ありがとう」
「はい! ちゃんとカフェには連れて行ってくださいね?」
疲れていようがゴーストはキャラを崩さず、ユカに対してイタズラな笑みを浮かべた。「じゃ、お先に失礼しまーす」
最後は元気に、ゴーストは檻をすり抜けて行った。
「……ま、とりあえず聞いた通りです」
ユカがその場でまとめる。「協力者にイグジスド・ノプルーフを確認。他にも至る所に武器が保管されていることも判明。私たちを生かして帰すつもりもないと……」
「知って良かったのか良くなかったのか」
ダイレスがため息をつく。「作戦決行に問題はないんだな?」
「大元には恐らく。しかしこれまで以上に難易度は上がります」
「予定変更よりかは断然マシだな」
アギトが断言した。「練り上げてきた物を捨てずに済むんだから」
「かっ……覚悟は……できてますから……!」
アリアが必死になって意気込みを語る。「どうなろうと……私は勝つ……つもりです」
ユカは、プリムラとフレッドの方を向く。二人は無言で頷く。最後にカイを見た。返答を待つ必要もなく、そのまっすぐな瞳が全てを物語っていた。
「決行は七日後です。みなさん、もう少し踏ん張りましょう」
最後は全員が静かに頷いた。それを見て、ユカの硬い表情が緩んだ気がした。
※
「……」
明るく白い天井が視界に入る。無機質な空間。病院みたいだ。
「やっと起きたか。おはようジン」
声がした方向に顔を向ける。鮮やかな金髪の、優しそうな男性がこちらを見ていた。
「おはよう……ございます」
困惑しながらゆっくりと起き上がる。「あの……どなたですか?」
「僕はレン・カヒリ。君の看病を任されてたんだ」
言いながら、レンはジンの額に手を当てる。「うん、熱は下がったらしいな」
「熱、あったんですか」
「微熱だけど、起きる直前まであったよ。その感じだと大丈夫そうだけど」
ほっと息を吐き、レンはあらためて椅子に座り直す。「じゃあ突然だけど聞くよ。なんで自分がここにいるか覚えてる?」
「……僕は」
何も覚えていませんと言おうとした途端、暴走していた時の全ての記録が頭に降りかかる。自分とは思えない人格、行動、能力……
「思い出したみたいだな」
フリーズしたジンを見て呟く。その言葉で、ジンは現実に引き戻された。
「はい、思い出しました。僕は覚醒した。そのときに、僕の中にある野蛮な感情……野生が僕を乗っ取りました。僕は何度もやめろと声を上げましたが、体を主導権を握られている以上何もできませんでした」
前回は精神まで乗っ取られたと聞いていた。そこから考えると、暴走中でも意識が残っていた、つまり進歩したと考えていいだろう。
「でも最後……」
ジンの話は終わっていなかった。レンは耳を澄ませてしっかり聞く。「レンさんと、ナリタさんと、エンジさんの三人でバリアを割ってくれましたよね。そのとき、僕は『もうやめなよ』って訴えかけました。そしたら段々と意識が遠くなってって」
とすると、ジンは最後暴走を鎮めることに成功していたのかもしれない。暴走状態であれば、魔力切れになっても戦い続けるなんて有り得なくもない。それを抑えたと仮定すれば、ジンは覚醒状態を制御できるようにはなっていると言える。
「なるほどな。ありがとう」
最後にレンはお礼を言った。しかしジンは浮かない顔をしている。
「レンさん……僕は本当に戦力になるんですか?」
目線を下に、足の上に置いた拳を見つめながらジンは聞く。「模擬戦とはいえバルバドムさんに手も足も出ず、切り札の覚醒も扱えない様で、僕は戦えますか? まだカイの方が……戦えるんじゃないか……」
「ジン」
ジンの話を遮る形で、レンが口を開いた。「そのカイと言う人はよく知らないが、君が一人前のメイジャーであることに変わりはない」
「いえ、僕は一人前な訳ないじゃないですか。僕は」
「そんなことはない。いいかジン、一人前に必要なのは実力じゃない、誇りだよ。その職業においてどれだけ自分が誇りを持ってやれているか、それが一人前だ。今のジンはどうだ? メイジャーという名に誇りを持っているか? メイジャーと言う名に恥じぬ振る舞いができるか?」
ジンはこれまでの自分自身を振り返る――全ては父さんを探すことから始まった旅。父さんがいたから分かっている。メイジャーは誇り高い職業であり、称号であることを。分かってはいるが実感はない。
「まだ分かりません。メイジャーがどんなものなのか、掲げる誇りはどんなものなのか、メイジャーたる振る舞いができているのか、今の僕にはさっぱり分かりません。でも、僕は一生懸命、メイジャーとして生きていたいです」
拳が固く握られる。言っていてジンは悔しくなった。僕は何も分かってない。魔術についても、貰い物だから仕組みはさっぱりじゃないか。それでは問題を読んで詰むのが必然じゃないか。与えられてばかりではダメだ。自分から取り込みに行かないと。メイジャーとしての生き方も誇りも自分から取りに行かないと、そんなものでは父さんなんて見つけられない……!
ジンは突然立ち上がる。薄く微笑むレンを正面から見据える。
「レンさん、ありがとうございます。ナリタさんにはこう伝えて下さい。『作戦決行の日まで帰ってこない』と」
「分かった……頑張れ」
言い終わった途端にジンは医務室を飛び出した。一方的に教えられるだけだった僕に今必要なものに気づいた。自分から教えを乞いに行く貪欲さが足りなかったのだ。与えられたものだけで満足する生き方にどんな発展があると言うのか。
常に上を目指して行動を起こすからこそ、人も世界も進歩して行ったんじゃないか!
会長室のドアを勢いよく開ける。座っていたドンが目を丸くする。
「ジンか。突然どうした?」
荒い呼吸を繰り返すジンに尋ねる。
「……僕に魔術を教えて下さいドンさん。僕が引き出せ得る全てを……!」
顔を上げてドンにその決意を伝える。その目に一切の曇りが無いことを証明する。奥まで透き通ったその決意に、ドンも誠意を以て応えるつもりだ。
「分かった。奥の部屋に来てくれ。エンフェント族が持つ全ての魔術を教えよう」
ドアを開け、今一度確認で振り返る。「今回は遠慮なく叩き込むぞ。それでも構わんな?」
「はい……!」
※
「あれ、ジンはどこに?」
レンのみとなった医務室をナリタが訪れる。
「ジンは……作戦決行の日まで帰ってこないって」
「え、どういうことです?」
「さあね……でも、とてもいい目をしていたよ。あれなら暴走も克服するかもしれないね」
「まあ……それならいいんですけど」
ナリタは後頭部を掻く。どこに行ったか分からないのは不安だが、ジン本人がいい目をしてそう言ったのだ。きっと大きく成長してくれるだろう。
「だったら、ゴーストからの報告も終わったことなので、僕は帰りますね」
ナリタは軽いお辞儀をしてから医務室を出る。
「そうか、ならエントランスまで見送ろう」
と、レンが隣を歩き始める。「最近の動向も聞きたいんだ」
「いいですよ。何から話します?」
「掃討部隊の様子だよ。コタローとアオイを交えてまた訓練してたんだろ? 出来の方はどうなんだ?」
「僕はコタローさんと手合わせしたんですけど……あれは手も足も出ないですね。まず速すぎますから」
それを聞いてレンは思う。ナリタにだって敵わない相手がいる。僕にもいる。みんな誰かには負けてしまうものなのだ。だから周りよりも自分に勝てと言われるのだ。
「――なんてことがあって……ってレンさん? 聞いてます?」
「ああうん、聞いてるさ。それでどうなったんだ?」
「それでカナタの心に火がついちゃって、エレンと雷対決を始めたんですよ」
「でもエレンが勝ったんだろ?」
「それはもちろん。
「エレンらしいな。アオイとコノハはどうだった?」
「それも見てて面白かったですよ? 案外コノハが善戦したりして――」
そんな会話を続ける。その様子はまるで兄弟のようにも見える。実際レンは嬉しかった。最近は協会も慌ただしく、誰かと他愛もない会話というものをしていなかった。
楽しそうに話すナリタに対し、レンは薄く微笑んだ。
「あ、もうエントランスですか……早いものですね」
気づけばエレベーターを降り、玄関前まで来ていた。
「本当だな。話しているとあっという間だ」
「ええ、ではお疲れ様です。僕はここで失礼します」
「うん。ナリタも頑張ってね」
レンは手を振ってナリタを見送った。姿が見えなくなって、少しだけ寂しさを覚える。そうして黄昏ていると、携帯の着信音がその空気を打ち壊す。
「もしもし、お世話になっております……はい……買収ですか……」
ビジネスの話は耳が腐りそうなほど聞いたが、今日の僕は気分がいい。ちょっとばかし冒険するのも悪くなさそうだ。
「では交渉を進めるため、本社にいらしていただければ幸いです……はい、では失礼します」
※
――五月六日、正午、第一作戦室――
「――以上が、今回の調査で判明したことです。牢屋と新たに、厨房が地下にあるということが分かりました」
「となると……誘爆での破壊は難しいな」
ATFのマイクが言及する。ナリタたちは今、ゴーストが調達してきた情報をもとに最後の確認をしているところだった。
「ともあれ、アジュシェニュは予想以上に武装が充実しているな。屋上に機関砲か」
「機関砲については、我々がヘリコプターから攻撃して破壊しましょうか」
日海軍の島崎が提案する。
「そう……だな。しかし流石に住宅地の上にミサイルを飛ばすわけにも行かない。携行型の対戦車ミサイルを転用できないか?」
「照準さえ合わせれば可能ですね。もしくは熱を持っている射撃中、射撃直後など」
「だな、腕の立つスナイパーに訓練させよう。そちらにもいるか?」
「もちろんです。合同で訓練しましょう」
「了解した。して君たちはどうする?」
マイクはナリタたちメイジャー協会サイドの人々を見る。「君たちは制圧というより遊撃……という役割なのか?」
ナリタと他の人たちは交互に顔を見合わせる。
「まあ、そんな感じです」
「であれば私たちはまず君たちの突入を支援する。敵の中には手練れの魔術師がいるのだろう? 我々特殊部隊でも敵わないような」
真剣な顔になってナリタが頷く。今回の調査でイグジスド・ノプルーフの存在が立証された。在籍時は特級の称号を持っていた。賄賂があったとはいえその実力は本物だ。魔術の心得が無い人間では勝ち目がないだろう。
「だから、まず我々は君たちの突入を援護しよう。君たちは各々で基地内に浸透していけばいい。それで事は綺麗に収まるはずだ」
「はい。お願いします」
そしてマイクは席を立った。続けて他の司令官も立ち上がる
「では、我々は演習を始める。既に広場に部隊を待たせているのでな、終日使わせてもらうぞ」
「あ、でしたら一つお願いが」
と、ナリタが付け加える。「テロリストとの戦闘を想定するため、特殊部隊とメイジャーでの模擬戦も行いたいです」
「ほう……具体的にどんな?」
「こちらは一人から三人、そちらは全員でも構わない。とにかく非対称戦のコツを掴みたいのです」
「いいだろう。幸い時間はある。時間をかけてしっかりと教え込もう」
「はい!」
ナリタの返事に続き、ここにいた全員が席を立ち、ぞろぞろと広場に出る。
※
それから七日間、彼らは様々な方法で訓練を行った。土嚢が積み上げられた陣地を築き、そこを突破する訓練や、高所からの銃撃を避ける訓練、狭い場所での格闘戦など、多くのことを学んだ。それは多国籍軍側からしても同じことであり、メイジャーという人智を超越した存在との模擬戦というのは大きな経験値となった。
「最後くらい銃弾を喰らってみちゃダメですか?」
「ダメに決まってるだろう」
本日三度目、累計十八度目の、ナリタとマイクのやり取りだ。ナリタとしては銃弾の威力やその痛みを体感しようとしているわけだが、重要な作戦前に主戦力を傷つけるわけにはいかない。最後までマイクはその意志を貫いた。
「頼まずとも明日受けるかもしれないんだ。それなりの覚悟をしておけ」
その忠告に、ナリタは敬礼で返す。
「イエッサー」
「それは君の方だ。サー・ナリタ、今回の作戦の立案者。君と共に戦えることを光栄に思う」
マイクは握手を求める。
「こちらこそです。ミスター・ロイヤル」
快くナリタは受け入れる。その背後で、バルバドムとスノーレンジャーが雪まみれで帰還する。
「今終わったところだ。十二分に経験を積めたはずだ」
と、バルバドムが報告する。
「分かった。ではみんな一度集まって欲しい」
ナリタの掛け声により、それぞれで鍛錬を積んでいたメイジャーも戻ってくる。全員揃ったことを確認し、ナリタは演説を始めた。
「本当はこんな軽そうな空気で終わってはいけないが、戦う前から重たい絶望感に包まれたくもない。よってあえて軽い空気で締めさせてもらう。明日の作戦、万全な用意はしたつもりだが、まだ何が起こるかはさっぱり分からない。各員、持てる全力を奮って敵を殲滅せよ。以上でみんなに贈る最後の言葉とする。もう用意はいいな?」
ナリタは全員の目を見る。やはり濁りの一切も見えない。全員が同じ目標を掲げ、切磋琢磨してきた。既に心は一つである。
「救おう、みんなを」
ナリタがそう誓いを露わにする。
「はい!」
一斉にチーム全員が敬礼をした。
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