第一章 三幕 22.ポルターガイスト
“
もう一つ、一時間以内に元の体に戻らなければ、ゴーストの魂は還れなくなり、永遠に幽霊として彷徨うこととなる。これはすなわち死を意味している。
一時間でどれだけの情報を掴めるか、それが勝負どころだ。ゴーストはすぐさま扉をすり抜ける。テロリストの一人と出くわすが、もう慣れたものだ。気づかれないことを知っているゴーストは気にも留めずに通り過ぎる。
テロリストのズボンが下がったのはまさにそのときだった。
「え……なんで?」
慌てることもなくただ呆然と立ち尽くしている。それを見てゴーストは、あちゃーと言いたげに苦笑いした。
これが“
既に犠牲者が出てしまったか。ゴーストは急いでその場を文字通り飛んで離れた。
※
霊体時のゴーストの服装は、そのとき着ていた服を反映している。なのでこの霊体にはボディカメラも内蔵されていはずだ。しかしそれが機能するかは全く分からない。
スカートが風にたなびくのは、機能していると考えていいのだろうか? そういえばこの状態で携帯を使ったことはない。
多分スカートの件は機能しているが、電子機器が機能しているのとは別物な気がする。ゴーストはなるべく目で見て覚えることにした。
上から見下ろすと、見えていなかったものが見えてくる気がする。通路にも様々な仕掛けがあるようだ。僅かに窪みが付いた箇所。近づいてみると、蓋のような後続になっている。おそらくこの中に武器やらなんやらが保管されていて、どこにいてもすぐ武装できるようにしているのだろう。武装させる前に制圧するというのは難しそうだ。
どんな武器が埋まっているのか。顔だけ突っ込んで確かめる。武器についてはよく分からないが、少し塗装が剥げていたりするのを見る限り、新型ではなさそうだ。ここまで新型で埋まっていたら、それはそれで調べ甲斐があったが、とりあえずとんでもない戦力を持っているわけではないと分かったからには一安心だ。
そう思ったのも束の間、通路内にあった三つの蓋が一斉に開く。まずい、ポルターガイストが作動しちゃった。
テロリストたちが慌てる様子が視界に映る。騒動を起こすと後々面倒になりそうだな〜なんて思いながらゴーストは調査を続ける。そういえばこいつらの食事は何なんだろうか。まだキッチンというものを見ていない。どこにあるか、念のため把握しておかないと。
ゴーストは高速で移動し、壁と壁の間に映る部屋の様相を脇目で見ながら飛ぶ。一階と二階にはないということは、地下かな?
地下階は牢獄しかないと思っていたが、どうも違うらしい。誘爆を避けるために地下にしたのかもしれない。思ったより頭が回るっぽい。
他の部屋の壁は黒かったり暗かったりだったのに、厨房だけは清潔感あふれる白を基調とした部屋だった。ちゃんと調理のできる連中が揃っているのか、食欲をそそる香りがこちらにも迫ってくる。実際彼らが調理しているのはレトルトなどではない。肉や野菜といったれっきとした食材なのだ。
「どーっからそんな大層なものを……」
ゴーストは悪態をついたが、この調達ルートを探りたくもなってくる。やはり裏には大きさ組織が関与していそうだな。グレーだったのがマックロだ。
と、そろそろポルターガイストが起きる予感がしてくる。ゴーストは厨房の上空を飛び、なんとか事件が起きる前に離れた。
※
続いて向かったのは、おそらく寝泊まりされているであろう大部屋だ。ちょっとむさ苦しい。男性がこことあと二つの大部屋で雑魚寝をしているみたいだ。
「おっとこれは……?」
寝ているテロリストの胸ポケットを覗く。女性の写真だ。やけに縦長だが、左半分が破られた痕跡がある。誰かは分からないが、何か辛い過去があるように見える。
「テロリストも一筋縄じゃないんだな〜」
ニヤニヤして彼の顔を見る。まあ、それでも道を踏み外してしまったからには容赦はしないが。
その写真に気を取られたため、ゴーストは時が経つのを忘れる。写真の持ち主の寝袋がぶっ飛びそうになる。しかし男の体重がそれを抑えた。代わりに地面に勢いよく激突し、男が呻き声を上げる。
「やっべ」
逃げるようにしてゴーストはその部屋を後にする。尻餅をついた男は、腰をさすりながら呟いた。
「誰のいたずらだ……?」
※
「いやはや悪いことしたな〜」
なんて呟きながらゴーストは基地内を巡覧する。肝心の司令部へと向かう途中であった。流石にそこまでの経路は把握しておかないとダメだろう。飛び回りたい衝動を抑え、ゆらゆら浮かびながら通路を進む。
やっぱりでかいなこの基地。長方形かと思ってたら正方形。中央の三割程度は全て司令部になってるみたいだし、これはド派手な戦闘も予想されるかも。
なんて思ってるとやたらゴツい扉が現れる。防弾、耐爆、対NBC設計? そんなような、防御力が高そうな扉。しかし今のゴーストには全くの無意味。すり抜けることで容易に司令部に潜入する。
だだっ広かった。二階は吹き抜け。中央が丸々一部屋と化している。区画分けのシャッターこそあれど、基本はこの状態らしい。
そして感じる危険な気配。間違いない、複数人の魔術師がここにいる。一般時にはまだしも、常人より第六感が鍛えられている魔術師なら、もしかすると“
全体像をよく見渡す。目立つのは中央付近に位置する長テーブルだ。十四名の席がある。
十四名……旧アジュシェニュ幹部の数と一致する。既に殺害されたのは六人。十四人にこだわって幹部を追加したのか……
すると空間いっぱいに拍手の音が響き渡る。するとどこからか七人の人影が現れる。黒いローブで身を隠しているのがほとんどだ。なんだが怪しい黒魔術宗教の儀式みたいだな、なんて思う。
「それでは晩餐といこう」
おそらくトップであろう黒いローブの人が呼びかける。まあ全員黒いローブだけど。
遅れてもう一人がやってくる。やはり幹部を補充したのか? しかし黒いローブは身につけていない。誰だ……アレ。
その顔を拝むために位置を変える。横顔が見えるようになって、ゴーストはその顔に見覚えがあることに気づいた。
イグジスド・ノプルーフ……メイジャー協会特殊実行部隊隊長。人消しの天才とも呼ばれた彼がなぜここに?
「君も来たか、ノプルーフ」
「流石に今日は参加したくてな」
思ったよりしわがれた声なんだな……新しい発見をしながら、ゴーストは会話に集中する。
「君も、アジュシェニュとしての自覚が出たようで何よりだよ」
「語弊があるな。私はアジュシェニュになったわけではない。君たちの力を借りて、メイジャー協会に復讐したいだけだ」
「そうか。まあなんでもいい。この作戦まではいるのだろう? 利害は一致しているんだ、短い付き合いだが仲良くやろうじゃないか」
「私もわざわざ君たちを敵に回すほどバカではないのでね」
席に座ったイグジスドは黙々と晩餐を食べ始める。他の幹部はやや不満そうにイグジスドを見つめていたが、やがて一緒に食べ始めた。
アジュシェニュという組織の中でも、トップの人間がここに集まっているらしい。さらにイグジスドが関与していると来た。生半可な作戦では済まされない。更なる情報が必要だ。
「そうだ。今日メイジャー協会から連絡が来てね、交渉に応じると。晩のニュースは多分速報まみれだぞ」
「まあ、普通に考えてすんなり受け入れるはずがない。不意打ちには気をつけるべきだろう」
「噂では超大国の特殊部隊が作戦に参加するとか……十中八九、殺りに来るだろうな」
「交渉役を殺害するのもアリだ。大勢を動員して、交渉と見せかけた殺戮に仕立てようじゃないか」
「そりゃ楽しい。こちらが要望を無視して、怒りに怒った状態で死に絶えるのか。どんな顔をするのか今から楽しみだ」
「……こちらの守りが手薄になるが」
「私はここに残る。基地の位置もバレていないから心配は無用だ。安心したまえ」
アジュシェニュは余程調子に乗っているようだった。バルバドムさんを殺そうなんてムリムリできないと、心の中で叫ぶ。
「だが……もし本気で交渉に来た場合」
黒いローブの一人がボスらしき人に尋ねる。「人質は解放するのか」
ボスらしき人物は、質問者の方を見る。表情は全く見えないが、嫌な笑みを浮かべている気がして不穏な空気を感じる。
「まさか、皆殺しだ」
……いい情報を手に入れた。アジュシェニュに人質を返す気は毛頭無いことが判明。いいよ、こっちだって約束守る気ないもん。それはお互い様かな?
とりあえずどの道戦うことになることどけは分かった、本当はもう少し聞いていたいところだが、そろそろポルターガイストが暴走しそうで、天井がガタガタ震えている。何より一時間がそろそろ経とうとしているのだ。悔しいが、調査中止だ。
スーッと移動し、このだだっ広い部屋から出ようとしたときだった。
「それで? そこにいるのはどなたかな?」
その言葉に思わず動きを止めてしまう。そうだ、イグジスドは一流の魔術師。私の存在くらい感知できてもおかしくない。
イグジスドはゴーストを睨む。正確にはゴーストがいるであろう場所を睨んでいる。イグジスドにも確証はない。とりあえず何か気配を感じたので聞いてみただけだ。
「なんかいるのか?」
「ええ……おそらく幽霊が」
その発言にドキッとする。まさか、バレてる?
「幽霊? 初めに撃ち殺した男の幽霊か?」
「なるほど、それもあり得ますね。とりあえずここには幽霊がいる。私たちに何を訴えかけているのかは分かりませんが……」
「いやあしかし驚いた。魔術師というのは本当に霊を感知できるのですな」
イグジスドの言葉にみんなが食いつき、称賛する者まで現れる。イグジスドは少し興に乗ってしまい、ゴーストへの注意を逸らしてしまう。その隙にゴーストは司令部を後にする。一時間が経つ前に戻らないと。
「魔術師なんてみんなそうですよ。クズであることだってみんな同じですから」
イグジスドは悪態をつく。その言動は、ゴーストが容認し難いものであった。
魔術師がみんな同じだって? そんなバカみたいなことあるわけないだろ! 少なくともアンタとユカは違うからな。クズなのはアンタだ。今更逆恨みすんじゃねえよ。
頭に血が昇ったゴーストは、長テーブルの周りをぐるぐる回る。自分からポルターガイストを起こそうと念じる。誰かにイタズラしたいときはそう願って、ポルターガイストを早めに起こしたものだ。それが通用するならば……
食卓のフォークやらナイフやらがカタカタと震え出す。もちろん全員が違和感に気づく。
「まさか、幽霊が怒っているのか?」
「いや、地震でしょう」
「しかし揺れているのはナイフとフォークだけだ。コップの中の水は揺れていない」
言われてみればそうだ。その事実を確認した後、八人は沈黙する。
「……いや、そんなわけが」
と幹部の一人が言おうとしたとき、一斉にフォークとナイフが浮かび上がった。その光景に誰もが目を奪われた。そして次の瞬間、それらは速度をつけて、八人に突き刺さろうと降下してくる。
「ひいいいい」
八人が逃げ惑うも、食器は彼らを捕捉しては追いかける。
「呪いか、これは呪いなのか!」
「あの男が怒っているのか! 早く鎮めなければ!」
とそんな具合に、八人は逃げ惑った。
「ウヒヒヒ、みーんなバカみたいに慌てちゃって」
と、ゴーストはその光景を眺めてはケラケラと笑った。
「まーでもやり過ぎかな。そろそろやめておこ――」
ゴーストが戻ろうと少し体を動かした瞬間、何かが右頬を掠めた。恐る恐る振り返り、壁に突き刺さったそれを見る。まさしくイグジスドの手から投擲されたものであった。
「……チッ」
イグジスドは舌打ちした。「幽霊に物理攻撃は効かんか」
あんなことを言っているが、その感知能力などは群を抜いていた。“
「ほんっと、ヤベェなあいつは……」
冷や汗が浮かび、ゴーストはそそくさと司令部から退散した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます