第一章 三幕 21.ゴーストミッション
一方で基地内の牢屋。ユカの帰りを待っていたところ、ようやく
「ユカさん、それ誰ですか?」
カイが背後の人物を指差して答える。
「お、キミはアタシに気づけるのか」
早速興味を引いたようで、その人物はカイに急接近する。多分年齢はユカさんと同じくらいの若者。眩しいくらいの金髪を、大きく長いサイドテールにして左側に垂らしている。白地に黒の太文字で『Look At Me Now』と書かれたTシャツ、ミニスカにタイツ、カラコンの成果か青く煌めいた瞳等々……正直こんな派手な格好で見つけないでくださいと言われる方が難しい。
「そんな格好で目立たないわけないじゃんなんて思ってますよね〜? それ、出会って来たみーんな、そう思ってたんですよ〜」
弄ぶような目でこちらを見て、意地悪な顔でクスクスと笑ってくる。今にも「ざぁこ」とか言い出してきそうで、カイは少し頭に血が昇った。
「ま、それは見たら分かりますか」
そう意味ありげに言うと、ゴーストはその場から一瞬で消えた。
「なっ!」
カイの目ですら捕捉不可能な速さ。それでいてどこに行ったのか、何も気配が掴めない。
「やっぱり
真横から声がし、カイは右を向く。真っ先に大きなサイドテールが視界に入ってきたので、すぐゴーストだと分かった。先程の態度と打って変わり、どこか真面目で、寂しげのある表情だった。
「難感知性体質。それが、アタシが生まれ持った特異体質だよ。アタシの存在感は人の数十から数百倍薄く、一度見失えば再び見つけるのに長い時間を要する……たとえこんなに近くにいたとしても」
そう言ってゴーストはカイの方を見た。「言葉の意味、分かったかな〜?」
「……充分に理解できた」
少し怖気付きながらカイは答えた。
「ゴースト、そこまでにしておいて」
ここでユカがゴーストを抑える。「見張りが来ない内に、早く」
「えぇ〜もう? もうちょい話したいじゃん」
ゴーストは頬を膨らませて反論するが、ユカはそれをものともせずに冷徹に告げる。
「ここは一応敵地なのよ。うかうかしていられないの」
「……そっか」
明らかにしょんぼりしているのが誰にでも分かる。ゴーストはしばらくがっくりと肩を落としていた。
「まあ……それもそっか。成功したらご褒美にカフェ巡りましょう!」
なんか私も違う人とその約束した気がする。ユカは記憶を探し、それがナリタとの約束であったことを思い出した。
「ナリタと一緒でいいなら」
と、ユカは率直に提案する。ゴーストは一瞬驚いた。だがすぐに、にやにやとした表情になり、からかうように大きな独り言を呟いた。
「そっか〜先客がいたか〜私がいると邪魔だから二人でごゆっくり――」
「いやゴーストも来てね!」
ユカが早口で命令する。「約束は約束だからナリタとゴーストの三人で巡ろう!」
「それでいいんですか〜? まーいいでしょう」
ゴーストも、何か含みのありそうな返事をして、この話は終わった。「さ、となったら仕事しますか」
直後、ゴーストの影が音も立てずにフッと消える。カイは確かに見た。今度のは移動じゃない。
カイは必死になって目を凝らす。僅かにゴーストの影らしきものが見える。
「そこにいるのがそうなのか?」
念の為カイは問いただす。
「……やっぱりキミは見えるの? 今、多分キミとごく僅かな人間にしか見えていないはずだけど」
「そんなまさか……」
と振り向いて周りの人に同意を求める。「ここにゴーストさんいますよね?」
しかしみんなの反応はまちまちだった。
「ごめん。私には見えないんだ」「少し……輪郭が……見えるような……」「俺にはやっぱ何も見えん」「僕もかな」「ぼんやりと黄色い何かが浮いているがそれか?」
一応ユカにも視線を向ける。しかしやはりと言うべきか、ユカは首を傾げただけだった。
「ね? 分かったでしょ。キミは気配に少し敏感なんだよ〜」
「敏感なら何がいいんですかね」
ぼんやりとでしか察知できないが、何かとつけて急接近してくるゴースト。カイは冷静さを保ちながら問い返した。
「敵を見つけやすい! 以上!」
すごく単純だが割と有利になれる。それはそれで嬉しく感じた。
「あー時間ない! ごめんね失礼するよ!」
急に躍起になったゴーストは加速をつけて鉄格子に突撃する。当然普通は鉄格子に当たって自爆するだけである。しかし既に影と化したゴーストはそれをものともせず、鉄格子を自然とすり抜けてしまった。「じゃね!」
「いや、ええ?」
カイはここ最近で初めて腰を抜かした。影が薄くなったとはいえ、物をすり抜けられるなど聞いていない。
「やばいやばい」
プリムラが急いでカイをカメラの死角に引き込む。「ポルターガイスト見たようなリアクションしちゃったらバレる」
「……はあ」
どうも他の人たちは初見ではないらしい。カイは少し悲しくなった。
※
場所は変わって牢の外、“
“
ちなみに、なぜ実体があるのに壁をすり抜けることができるかというと、壁自体に存在を感知させないかららしい。これにはゴーストも当初頭を悩めたとか。
それはさておき、ゴーストは構成員が行き交う通路を音も立てずに進む。もちろん声も出してはいけない。実体がある状態では聞こえてしまう。
隊列を組んだ数人が近づく。流石にこれは止まって避けるしかない。ゴーストは壁に張り付くようにしてやり過ごす。ほっと一安心したのも束の間、今度はやたら体格のいい男が向かってくる。完全に通路を塞いでしまう大きさ。逃げ場なし。先程のようになるべく壁に貼り付いてみるが、果たして無事に乗り切れるだろうか。
大男が隣を通過する直前、ゴーストはもやもやしていた不安感の正体を悟った。
異様に通路に張り出しているゴーストの胸である。はっきり言ってゴーストは、自分の胸が人並み以上にあることを自覚している。相手側の問題でもあるが、同い年のユカよりふた回りは大きい。しかし日常生活に支障が出るわけでもなかったので、それをあまりコンプレックスだとは思っていなかった。
しかし今は非日常。多分このままいけば、大男の腕がゴーストの胸に当たってしまう。どうにかしなければと考えながら、少しでも時間を稼ごうとじりじり後退する。その結果、まずは自分の腕でなんとか胸を押さえつけてみることにした。しかし押さえた分腕が張り出し、なんの解決にもならない。もう大男は目の前だ。意を決してゴーストはうつ伏せになる。大男の履く靴が顔の真横を通り過ぎる。そのままでは体を踏まれると思われたが、体が大きい分歩幅の大きい。結果、ゴーストは踏まれることなく、なんとかこの試練を乗り切った。
「……ユカさんと取り替えっこできないかな」
今までコンプレックスとも思わず、むしろ自分の乙女としての武器だと思っていたが、今回ばかりはただの邪魔者であり、まだつつましいものをお持ちのユカさんを羨ましく感じる。立ち上がったゴーストは、自分の胸を掴みながらため息をついた。
※
「……へちっ」
ユカがくしゃみをすると同時に、身体を抑える。
「どうしたんですか。寒気でもしますか」
と、カイが尋ねる。
「いや……ただ何か恐ろしい予感がした」
「はあ」
それ以上カイは追及しようとしなかった。
「……ゴーストは上手くやってるかな」
数秒前の下りは全て忘れ、ユカはひとり呟く。
「ゴーストなら……できますよ」
と、アリアがユカに言いかける。「あれだけ……チャラチャラ……してたって……やるときはやる人……ですから」
「ま、それもそうか。アリアさん、少しカフェ選びを手伝ってくれませんか?」
なんの前触れもなくユカが提案する。
「別にいいですけど……ナリタさんとも行くのですよね……? 私には……少々荷が重いと言いますか……」
「いえ、アリアさん、そしてプリムラさんとも行きたくなってきました。なのでゴーストも含めて四人で巡りたいな……なんて」
「いい提案ですね。私も選んでいいですか?」
と、プリムラがすかさず参加する。「私もおすすめのカフェがあるんですよ。駅前にこぢんまりとした店舗を抱えてて……」
「行ったことないですね……これが終わったら……行ってみますか……?」
「いいけども、あそこのコーヒーは苦いよ? 私も結構ミルクを入れないと飲めないし」
「大丈夫ですよ。苦いのは好きなので」
女子グループが仲良くきゃぴきゃぴした会話を送る中、男子組はまとめて隅に追いやられる形となった。
「僕たち完全にかやの外……」
と、フレッドがうなだれる。
「いいじゃないですか。僕たちは僕たちでどこか回ればいい話ですから」
「あっちと違い、男子組は歳の差が大きいのが難点だな」
「でもな、別に俺たちまで張り合う必要もねーと思うぞ」
ダイレスが、明るく笑う三人を見ながら話す。「あいつらが楽しそうに話していることを実現できるように俺たちは動けばいい。人の夢を守ることができたら、それでいいじゃないか」
「……いいこと言いますね」
カイはダイレスの性格を見直した。
「なーに、数十年も女房といれば自然とそうなるさ……」
酒が入っているわけでもないが、あとのダイレスはその妻との惚気話に酔いしれてしまう。カイたち三人は少し眩しく感じながらも聞いていた。
※
ゴーストは二階を飛ばして屋上へと登る。外観がアパートのように四角いので、屋上も平らで動きやすい。危険が迫った際にはここにも監視がつくんだろうなと予想する。実際数人の構成員が屋上をうろついているし、屋上の門にはデカい武器のような物が置いてある。これは確かめないといけない。床が金属なので音が響きやすい。ゴーストはここでもまた慎重に進む。
デカい武器のようなものはまさしく武器であった。その正体は機関砲。操手が乗るであろう椅子までついていることから、その火力も半端なものではないことがうかがえる。
よくよく観察すると、製造番号やメーカーのマークらしきものが付いている部分を見つける。
「まあ……一応……」
ゴーストは初めて携帯を取り出し、その部分を撮影する。ついでなのでぐるりと一周し、機関砲台の全体像を収めようとする。足元が心もとないが、砲身の方も撮影しようと躍起になる。
その結果、まだ整備途中で盤石とは言い難かった端の小さな部分が崩落し、ゴーストはバランスを大きく崩した。
「ちょっうおわぁ!」
なんとか手を伸ばして段差に指を引っ掛け、地面に叩きつけられることだけは回避する。しかし声は抑えられず、小さいとはいえ急に屋根が崩れたことも相まって、多くの人が様子を見に来る。
「おい、何があった」
「屋根が崩れたぞ」
「変な声がしなかったか?」
上では構成員が近づき、下では大勢が見上げる。ゴーストはまだ存在を看破されていないが、これだけ来ると流石に不安になってくる。
これまで通り一般人には何も見えない、もしくはぼんやりと黄色いガスのようなものが漂っているようにしか見えない、はずだ。しかしもし、第六感が優れた者がいるとしたら……そう考えるとやっぱり身がすくむ。ついでにそろそろ腕が限界だ。
十秒が三倍に思える。体感途方もない時を経て、遂に周りからの注目は途絶えた。
その隙に左腕を伸ばし、両腕で体を持ち上げる。よじ登って、這いずるようにして避難する。なんとかピンチは免れた。
これ以上問題を起こさないためにも、ゴーストはそそくさと屋上を後にした。
「んでもってどーするかな」
階段の中段あたりに腰掛け、ゴーストは携帯をいじる。実体のままで入れるところも限られるし、内部調査できただけいいのかな。
だったら今日もお仕事お疲れ様? それにしてはちょっと量が少ないな。ユカに怒られてカフェ巡れないかも……と、ゴーストは自身の危険とユカのカフェ巡りへのお誘いを天秤にかける。
いや死んだら元も子もない! でも死にそうな任務を死なずにクリアできたらユカさん奢ってくれるかもしれないし。乙女の恋より迷っちゃう、したことないけど。
でもアタシは歴戦の潜入者。ゴースト・ストレンジの名に恥じぬ姿を見せるべき! その瞬間、天秤は大きくカフェの方に傾いた。
「よーしやってやろう」
小声で自身を奮い立たせるも。具体的な方法は思い浮かばない。それについて再び熟考しようとした際、階段横のドアに目が移る。
向こうに何があるか分からない以上すり抜けは危険なので、周囲を確認して静かに扉を開ける。埃に塗れた室内、くしゃみが出そうになる。汚い、手入れされていない。つまり人が来ない。
自慢の金髪や、服が汚れることは嫌だが、これも任務の内。そう割り切ったゴーストは部屋の床に横たわった。一気に埃が舞うが気にしない。ゴーストは目を閉じ、更なる能力を発動させる。
――
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