第一章 三幕 20.群雄会議

「……あ、戻ってきた」


 レンが遠くを見渡す。雪も止み、美しいタイガの森林風景が辺りを覆い尽くす。そして前方には四人の人影、ナリタたちだ。


「ふう……やっと戻りました」


「大丈夫ですか?」


 カナタが無事を確かめる。


「大丈夫大丈夫。寒い以外はね」


 戻る途中で凍えてきたエレンは鼻を吸った。見かねたコノハがポケットティッシュを差し出す。


「おお、サンキューな」


 ありがたく受け取ったエレンは少し離れて鼻を噛む。


「それで、ジンの方はどうですか?」


 ナリタがレンに尋ねる。地面の上に寝かされていることを考えると、特に緊急性もなさそうに見える。


「やっぱり眠っているみたいだ。でも体内の魔力量はとても少なくなっている」


「やっぱり魔力切れか」


 となると勝った気がしない。ナリタはもやもやした。もし、ジンが成長しており、今の数倍の魔力量を持っていたとしたら、そのときは本当に危ない。でもそれが起きないことも知っている。魔力量の増加はメイジャーとして成熟していくことを意味する。そのためその頃には、ジンも覚醒を上手く扱えているはずだ。


「とりあえず、これで作戦は終了だな」


 やれやれとバルバドムが立つ。「もうここに用はないだろう。すぐに“冬将軍”を解除しよう」


 空間が光に包まれる――


 ※


 「あ〜おかえりなさい」


 元の広場に戻ってきた七人を、ゴーストが出迎える。


「なんで君は巻き込まれてないのかな……」


 同じ広場上にいたのに、全くもって不可解だ。レンは苦笑いをする。


「アタシが聞きたいくらいですよ〜?」


「ま、来ない方が幸せだったと思うぜ」


 鼻水を垂らしながらエレンが忠告した。


「……そうかもっ」


 こうなるとただのぶりっ子にも見える。カナタはその不思議は人物像に頭を悩ませた。


「とりあえずジンは僕が医務室に運んで、僕が見守っておく。目が覚めた瞬間暴走されても困るしな」


 と、レンがジンをおぶったまま蹴破ったドアから出ていく。「作戦、頑張れよ」


 最後まで良い人柄を崩さず、レンは姿を消した。急な喪失感が八人を襲う。


「……第四試合、やる?」


 ナリタがコノハに聞く。


「いえいいです」


「アタシもいいかな〜……」


 と、二人が拒否したのを見てナリタも安堵の息を吐く。


「実はそろそろ多国籍軍の方々が作戦会議に来るんだ。ジンとの戦いが長引いてしまった分、君たちの試合は省かないと間に合わなそうだし」


「へえ、そうなんですね」


 コノハが相槌を打つ。


「じゃ、その人たちが来る前に部屋を片付けて、第二会議室に移ろう」


 そう言って後片付けを始めようとするナリタだったが、壁に空いた穴や蹴破られたドアを見るとやる気が失せたのか、ため息をついてしまった。


「……まず報告かな」



 ※



 ナリタが今回の件を上に報告している間、残りの七人は第二会議室へと移動する。第一会議室よりは小さいが、作戦立案に必要そうな機械や道具などは全て用意されている。


 全員が円卓を囲うように座り、暇を持て余す。


「そういえばさ」


 ゴーストがコノハに問いかける。「あの暴走してたジンって子、実際どうだったの〜?」


「どうってね……第一印象は変わらないですけど」


「じゃーなーくーてーねー、戦った感想だよ」


 ゴーストは立ち上がり、周りの全員に今一度尋ねてみる。「暴走ジン、戦ってみた感想は?」


 五人は少し俯いた。ゴーストは腑抜けし、呆れて座り直そうとする。


「バケモンだった」


 そう口を開いたのはエンジだった。「オレは奴と最前線で戦ったよ。正気ではなかったが、秘められた強さは本物だ。いつか自我を保ちながらあの力を解放できる日が来たとしたら……ジンの強さは『帥』に匹敵するだろう」


「……それとさ、俺見てたんだけど」


 今度はエレンが話し始める。「ナリタさんがジンを止めようとしたとき、多分“真紅の眼トラウマ”を一度使っているんだよ」


「“真紅の眼トラウマ”って……殺気とかで相手をガッチリ動けなくしてしまうあの術か。あれを喰らって動けた奴なんてアタシは見たことないけどな〜?」


「動いたんだよ」


 エレンが低い声で告げる。「動いていた。あの強烈な殺気に包まれながらも、暴走したジンは止まらないどころか気にもしていなかった。アレは正しく狂気だよ」


「ああ……そんなにやべーのか。それじゃ、後は時計回りに」


「となると私か。大半が先の二人と似通っていたが、特に私は術の強さに目を見張った。威力や効果が数倍に向上していた。今後やってくる全盛期の強さのようだった……精神のコントロールさえ確立できれば、彼は容易に私を抜かすだろう」


「……そうだな……物量も格段に上がっていた。あの量の飽和攻撃を防ぐとなると、メイジャーの中でも何人いるかと言ったところか……もともと当たらない人たちは除くとして」


「私は……奴の精神に注目した。殺し合いというよりも、勝負を楽しんでいるようだったから」


「なるほどなるほど……凍えてもいいから見てみたかった気もするなあ……」


 羨ましそうにゴーストは顔を手で隠した。その強さと狂気さにうっとりしているようにも見て取れる。もしかすると、ゴーストなら暴走していても上手くやれるんじゃないか? と全員が一瞬そう思ってしまった。


 しばらく七人は軽く雑談をしていた。すると何の前触れもなく、床の一部が黒く染まった。厳密には黒い何かが渦巻く空間が生まれていた。その穴の中から手が出てきて、ユカがよじ登ってくる。


「ふう……」


 あまりにも唐突な登場にほぼ全員が声を失う。


「ユカさーん、ご無沙汰してます〜」


 ただ一人、ゴーストが手を振って挨拶をした。


「ゴースト、本当に久しぶりね。前に会ったのは二ヶ月前だっけ?」


 ユカも旧友との再会に目を丸くする。


「そうですね〜確かリンカン山の下見以来ですから」


「あーあれね。申し訳ないけど、あのときは結構ゴーストのこと見失ってしまってね――」


 そのままユカとゴーストは思い出話にふける。逃げ場のなくなった他の人たちは小さな声で話し始める。


「ゴーストってユカさんと友達なんですね……」


「私も初耳だ」


「ユカさんの笑顔とか珍しい気がする」


「ツンデレと金髪パリピ……」


「誰がツンデレよ!」


 その単語を聞き逃さず、ユカが振り向いて吠えた。


「それはちゃんと聞こえるんだ」


 発言主のエレンは反省した。


「おっ全員揃ってるか」


 ドアを開け、ナリタが入ってくる。その背後には軍服姿の人がゾロゾロと入ってくる。同じ服の人が三人ずつ、計十五人。


「……狭いな」


 部屋を見渡して一言。ナリタは振り返って謝罪を始めた。「すいません。ここまできていただいて申し訳ないのですが隣の第一会議室に移動します」


「ええ、構いませんよ」


 濃い緑色の迷彩服を着た白人が笑って答える。そして軍人たちは部屋を去っていった。


「はい、僕らも移動しよう」


 そう指示され、メイジャー組も移動を始めた。


 ※


 「ということで、今回アジュシェニュ掃討作戦に参加する多国籍軍の皆様です」


 第一会議室には全員が座ることができた。そしてそれぞれ五つの部隊のリーダー格らしき人物が前に出て、ナリタに紹介される。


「まずは右端から、王立レトン陸軍重大事案即応部隊だ」


 その名はよく知れている。メイジャー協会本部が位置するここレトン王国の特殊部隊、通称『SMIRCスミーク』と呼ばれる世界有数の特殊部隊。最も古くから存在しており、各国の特殊部隊への教導も担当することが多く、特殊部隊のパイオニアとも呼ばれる。


「みなさん初めまして」


 先ほどの白人が優しい口調で話す。「王立レトン陸軍重大事案即応部隊隊長のカルロス・ロイドと申します。今回の作戦に全力を持って臨む次第ですので、よろしくお願いします」


「はい、ありがとうございます。続いてトリウム陸軍海外特別派遣連隊のルシウス・サライファさん」


 レトンよりもさらに濃い緑色の迷彩服に軍帽を深く被った人物が軽く礼をする。海外特別派遣連隊は、トリウム国外で紛争や災害が発生した際、邦人の保護を目的として派遣される部隊である。それはつまり、トリウム出身の人質が存在することを意味していた。


「そしてナスリオ合衆国陸軍の対テロ軍隊ATFだ」


 三年前の神塚事変を初めとした、数々のテロ事件に派遣されては鎮圧してきた、テロ専門のエリート部隊だ。その実力は経験が物語っており、過去十年間で千を超える作戦に参加。遂行率は驚異の十割と、失敗を知らぬ軍隊という異名を持ち合わせる。


「ATF総長のマイク・ロイヤルです。此度の作戦では復活したアジュシェニュの掃討ということで、各員奮起して戦う所存です」


 勇ましいその口調に、こちらの心も燃えてくる。


「さらに日海陸軍第三特殊作戦群の島崎樹しまざきいつきさん」


「よろしくお願いします」


 世界最強と名高い日海軍、そこに所属する第三特殊作戦群、通称『ライトニング』と呼ばれる彼らは、迅速な行動による奇襲作戦に長けており、今回の作戦では大いに力となるはずだ。


 残るは唯一、真っ白な軍服に身を包んだ謎の部隊だ。


「最後、こちらはバルバドムの下についてもらうことになっているラジア陸軍雪中戦闘部隊、通称『スノーレンジャー』だ」


「かねてよりバルバドム様との合同作戦を行いたいと考えておりました。今回はよろしくお願いします」


 ここで唯一、バルバドムが声をかける。


「スノーレンジャーと言うと……豪雪地帯での戦闘に特化した部隊と聞きますが、なぜ今回の作戦に?」


「それはナリタ殿の作戦案によるものです」


 スノーレンジャーの隊長らしき人物がそう答えた。


「じゃあ、その作戦とやらを早く説明してくれねえか」


 エンジがナリタに催促した。


「そうしたいところだけど、まだ人が揃ってないから待っていてくれないか……」


 ナリタがそう止めたところで、再びドアが勢いよく開く。コタローとアオイが足早に会議室に入ってきた。


「場所の変更は聞いていない」


「伝え忘れてすみません」


 ナリタが軽い気持ちで頭を下げる。更に説教しようと考えたコタローだったが、


「はいはい、時間の無駄ですから座りましょう」


 と、後から入ってきたアオイに無理矢理座らされる。


「収穫はありましたか?」


「外観はおおよそ画像に収めてきました。今アップロードしますね」


 アオイが携帯を操作する。「はい、完了と」


 するとホログラム上の地形が更新され、より精細な物と化した。基地を近くで見てみると、外に設置された見張り台と、そこに配置された兵士の武装までもが鮮明に映る。


「これでいいかな。ひとまず作戦の説明を始めたいと思います」


 ナリタがホログラムに近寄る。自然と他の人たちもつられて寄ってくる。


「アジュシェニュは交渉場所に、公園の入り口を指定しています。なので命令通りそこで交渉させます。交渉役にはバルバドムさん。周辺は警察の協力のもとで封鎖します。そしてその中にスノーレンジャーを紛れ込ませます。そして交渉が完了したと思わせた直後にバルバドムさんの魔術を使って全員を冬の世界に送り込みます。そこでスノーレンジャーの方々と戦闘してもらうことになります」


「なるほど、だから私とスノーレンジャーのタッグということか」


 バルバドムら賞賛しているのか、ナリタに拍手を送る。


「はい、そしてほぼ同じ時間帯に、そこにいるユカが主力の打撃部隊を基地付近の森に展開させます。部隊の詳細ですが、スノーレンジャー以外の特殊部隊、そしてメイジャー協会の戦闘員です」


 ナリタが地形を拡大し、具体的なポイントを示す。「二人の調査によって、この付近は見張りがいないことが分かっています。その理由は先に報告したように、不可視の結界が貼られているからです。何もないと見せかけているところに兵を置いては怪しまれるから見張りは結界内に留める。それを逆手に取った作戦です」


 その説明にどんな反応をするかと思っていたが、特殊部隊の方々は案外驚くこともなく相槌を打っていた。


「そのゲートは既に……付けたんだっけ?」


 うろ覚えなのか、ナリタがユカに聞いた。


「忘れたの? 私はあんたに洗脳の魔術をかけられてそのまま……」


「あー……そうだった。じゃあ後で設置しに――」


「その前に設置したわよ」


 むすっとしながらユカが答えた。「全く、一ヶ所にしか設置できなかったんだから」


「そうだったのか! ありがとう!」


 ナリタが急に満面の笑みとなって礼を言った。その表情にユカはどきっとする。


「まあ……どういたしまして」


 目を逸らしたユカを見て、やっぱりツンデレだなあとエレンは思った。


「とりあえず、展開した後はメイジャーを先頭に基地周辺に配備されている敵兵を殲滅し、メイジャー隊は基地内に浸透して潜伏していると思われる魔術師を拘束、不可能な場合は殺害しろ」


 淡々とした口調で説明は続く。「また、基地内部からは人質の一部が一斉に武装蜂起することで混乱させます。交渉の護衛として出てくる兵士の数によって戦局が大きく異なる展開となりますが、確実に制圧するため、これから七日間で体制を整えましょう」


「ひとつ、よろしいか」


 と、ATFのマイクが手を挙げる。「正直な意見を言おう。作戦自体はいいものだが、まだ情報が不足している。これでは不測の事態に対応することが困難なため、さらなる情報の把握を要求したい」


「マイクさん、相手は子供ですよ。ここまで情報を集められただけ素晴らしいものでしょう」


 と、レトン軍のカルロスがマイクを鎮めようとする。


「しかし戦力で言えばメイジャーである彼らの方が上だ」


「戦いと偵察は別物ですから――」


「いえ」


 と、ナリタがその言い合いに割り込む。「確かに情報が不足しているかもしれません。僕たちは同胞を無事に救出するため、なるべく迅速に立案させ、迅速にこの騒動を終わらせようと考えているので」


「自覚はあるのか。ならば今後、さらなる情報を入手しようと思っているのか」


「はい。まずは具体的なアジュシェニュとの交渉現場、双方の交渉に出てくる人員の把握。そして基地内外の大まかな構造です」


「基地周辺と言わず、基地の中まで調べられるのか」


 マイクが感心する。


「潜入調査に特化したメンバーがいますので、明日の昼には情報を提供できると思われます」


「了解した。ならば明日、同じ時間に再び集まるのか」


「そうしていただきます。そこで情報をもとに作戦を修正したいと思います」


「分かった……今回のところはこれで解散か?」


 マイクが辺りを見渡す。


「それなら我々は戻らせてもらいます」


 と、日海軍が立ち上がった。「大きな変更がない以上、すぐに他の隊員に伝達して、今日の内から対策を練るとします」


 日海軍が去ると、それにつられるように他の人たちも同じ理由でそそくさと退室していく。日海軍に遅れを取るわけにはいかないと躍起になっているようだった。


「……流石世界一と言ったところか」


 ナリタが小さな声で褒めた。


「とりあえず、こちらも早めに動きましょ〜」


 待ちくたびれたと言わんばかりにゴーストが立ち上がった。「ほら、ユカさんも」


「そうね。私だって早く戻らないといけないから早めに始めたい」


「オッケー。それじゃちょっと待ってね」


 と、ナリタは会議室から出て行き、すぐに何かを持って戻って来る。


「小型ボディカメラ。これをどこかにつけてくれ。映像を記録して情報を増やす」


「アタシの携帯で撮ってもいいんですよね?」


「もちろんだ。あればあるほど良い」


「りょうかいでーす」


 ボディカメラを左胸のあたりにつけ、ゴーストはユカさんに催促する。「さ、行きましょ行きましょ」


「分かった、分かったから」


 その熱に押されるようにゲートを開ける。「じゃ、帰りはゴースト単独で帰らせるからよろしく」


 そう言い残して二人は消えた。ナリタが見送った後、まだ座ったままの八人に向き直る。


「さて、僕らはどうする?」


「……第一作戦室は空いているか」


 コタローが静かに聞く。


「空いてますよ」


「そうか。私はそこで作戦に向けて鍛練を積もうと思う……誰か一緒にやる人はいるか」


「コタローさんがいくなら俺も」


 と、エレンがコタローより早く会議室を出ようとする。「みんな来ないのか? 絶対捗るぞ」


 何の雑念のない無邪気な発言に、どうしようか悩んでいた人たちの心も一気に傾く。


「エレンに先越されるわけにもいかないな」


「オレもやっとかないとな!」


「あなたたちだけ行かせるのも不安だから私も行こうかな」


「あら、コノハさんも行かれるなら私も行きましょう」


 そうやってほぼ全員が会議室を去っていく。ナリタは会議室を出て、みんなを見送る


「……良いチームなものだ」


 後ろから背中を叩かれる。バルバドムだった。「ジンならレンがついている。君がいなくても大丈夫なはずだ。今日は何もせず、ゆっくりさせてやるといい」


「……そうですね。行きますか」


 ナリタ自身、まだ不完全燃焼といったところで、本当は少しずつみんなと手合わせをしたいと思っていた。バルバドムに声をかけられることで、ナリタも少し落ち着きを取り戻す。


「その代わり、まずは僕と一手お願いしますよ?」


「さて、どこまで私が耐えられるかの勝負になりそうだな」


 そんな会話をしながら、二人も会議室を後にした。

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