第一章 三幕 19.群雄圧倒
「ジン! しっかりしろ!」
飽和攻撃を掻い潜って、ナリタが二度目の霊拳を撃ちつける。怯んだところにバルバドムが何度も峰打ちを与える。するとジンは青い球体の中に入った。拳を打ちつけるも、バリアのように機能して届かない。
「ぬぅっ!」
バルバドムが刀で叩くも、それは破られる気配がない。「随分と硬いバリアだ」
「ちょっと離れてください!」
後ろから声がして、ナリタとバルバドムは反射的に飛び退く。
――
鋭い雷の槍が音を超えて迫るも、槍は突き刺さることもなく砕ける。
「げっなんて硬さだ」
さらにエレンは目を凝らす。僅かだが、ジンの皮膚についていた傷が少しづつ治っていっている。
「ナリタさん。これは多分“
「やはりか……守られながら内側で回復できる、エンフェント族最強の防御魔術。魔術覚えたての人でもここまで効果が強いとはな」
「とにかく、攻撃を続けて魔力を消費させよう」
ナリタは言ったそばから、次々と“霊拳”を叩き込む。攻撃のダメージを吸収するほど魔力を消費する。この人数で相手すれば、いつかは魔力切れを起こすだろう。
――
エンジが放つ渾身の一撃。コンクリートをも容易に破壊しそうな威力だったが、人のバリアには亀裂すらつかない。
「次行け!」
エンジがひとまず退がり、バルバドムとエレンが攻撃を引き継いだ。しかし切れ味の良い刀も、数万ボルトもの威力を誇る雷撃も、暴走したジンには全くと言っていいほど無効化されている。
エンフェント族の覚醒について、ナリタには危惧している部分があった。現在のジンはメイジャーなりたてであり、体内の顕在魔力量は僕たちよりも確実に低いはずである。
なのに見た目上は到底尽きそうにない。これは燃費に優れた使い方をしているのか、単に高性能すぎるだけなのか。
考える暇があれば削れ。ナリタはジンに攻撃し続けた。少しジンが動いたかと思うと、次の瞬間には目の前に気弾が迫っている。オーラを集中させた腕で薙ぎ払うが、強く打撲した感覚が残る。技の威力も底上げされている。気を抜いているといつでもやられる可能性があるのだ。
ナリタが思考にふけていたとき、ジンを覆っていたバリアが突然剥がれる。魔力切れか? にしては早すぎる。
ジンはナリタたちの猛攻を避けて後退する。すかさずエレンが追いかけるが、その作戦がどれだけ愚かなものだったかを知ることとなった。
ジンの周囲、空中に浮かんだ数百もの赤い弾。一つ一つがマシンガンのような連射力を誇る砲台だ。
――
エレンの身体は雷を纏う。一日一回限定の
――
その速さを維持したまま、エレンはジンの頬を殴り飛ばす。電撃で体が動かなくなってしまえばもうこちらのものだ。
「おおおおおお!」
エレンが雄叫びを上げ、加速しながらジンの身体中にパンチを叩き込む。ジンに抵抗するような気配は見えないものの、暴走している奴に手を抜くつもりは毛頭ない。
しかしジンの目が合った途端、エレンは背後にぬるりとした殺気を感じた。右手に魔力が集まっている――考えるより早く、本能が体を動かしていた。エレンが神速でその場を離れた。
ジンが右手を突き出す。途端に極太のビームのようなものが発射された。エレンを破壊し損ねたビームは壁に衝突し、そのエネルギーで容易に穴を開けた。
「しめた! これで屋外に出て戦闘ができる!」
エレンが喜んで飛び出そうとする。
「早まらないで!」
そう叫んで引き止めたのは、コノハであった。
「なんでだよ。別にいいじゃん」
「もし屋外で戦闘なんかして、一般人を巻き込んでしまったらどうするの? メイジャー協会員の戦闘に巻き込まれて一般人が死傷なんかしたら、協会の信頼は間違いなく失墜する。これは絶対に、この訓練エリアのみでの戦闘にしておかないといけない」
「コノハのいう通りだ。この暴走事件が公になったらオレたちもただでは済まない。この場で鎮圧させるぞ」
エンジが横から口を挟み、またジンに向かっていく。ナリタ、バルバドムが率先して魔力を削り、今はカナタがサポートに徹している。
――
辺りを霧で覆い隠したかと思うと、十センチ級の雹を降らして肉体にダメージを与える。視界を遮っているので、どこから降っているかもよく分からない状況だろう。
しかし、総力を尽くした攻撃を以てしても、ダメージ量は雀の涙に等しい。
「ゴリゴリの戦闘タイプがいないから、ダメージも全くだな」
バルバドムが初めて指摘する。
「そうですね。僕の霊拳より遥かにマシになると思います」
その会話を聞いていたコノハが呼びかける。
「今手空いてるので、私が呼んできますか?」
ナリタが振り返ってコノハに返した。
「ああ、頼む――」
その一瞬の隙を突き、ジンがナリタに襲いかかる。ナリタが振り向いて対応しようとするものの、迫る拳には間に合いそうにない。
なんとかして受け止めなくてはならない。そうナリタが覚悟したとき、コノハが一歩前に出てきた。
――
「止まって‼︎」
コノハが渾身の叫びを上げる。するとジンの動きが止まり、ナリタは急いで射程内から抜け出す。それからすぐさまジンの動きは再開したが、当然そこにナリタはいなかった。
「助かったよ」
「いえ、お役に立てて何より……ですが、この中を抜け出して助けを呼ぶというのは難しいですね」
脱出口を探すように、ナリタは辺りを見回す。
「あ……待てよ?」
それをして初めて、あることに気づく。実は初めから足りなかったのだ。
「呼ぶ必要はどうもなさそうだ」
ナリタはにやりと笑う。コノハはそれを見て怪訝そうな顔をした。
「みんな! もう少し耐えるぞ!」
ナリタは全員を奮起させ、なんとかジンの暴走を食い止めようとする。暴走したジンも魔力の燃費というものを気にし始め、打撃技を多用するようになってきていた。格闘戦となると僕にも拮抗できる程度の力はあると自負している。実際暴走したジンと戦い、圧倒的な速さに対して正確な技術による防御で全てを凌ぐ。上手いことして力を別の方向に向け、攻撃を受け流す。のらりくらりと格闘戦で遅滞させ、暴走ジンに苛立ちが見え始めた頃だった。
作戦室へと通じるドアが蹴破られ、一人の男が広場に現れた。
「すごいことになってるな……どうりで応援が呼ばれた訳だ」
メイジャー協会光帥――またの名を「光耀の獅子」とも呼ばれる彼、レン・カヒリが驚きの目でこの光景を眺める。ジン抑止のために派遣されてきたらしい。
「一体、誰が呼んできたの……?」
第一の疑問についてコノハは考える。しかし考える間も無く返事が飛んできた。
「アタシが呼んだの」
「わっ……ゴーストさんか」
そういえばずっといなかった。レンを探しに行っていたのだ。存在感が薄すぎて全く気づけなかった。
「とりあえず、僕が呼ばれたってことはなかなかに強敵ってことだな」
「そうなります」
ナリタが現状の報告を行う。「バルバドムさん、エレン、エンジ、僕が主体となって攻撃を継続していましたが、一向にダウンする気配が見えません」
「分かった……バルバドムさん」
少々声量を大きくしてバルバドムを呼ぶ。
「レン殿、何のようですかな?」
「これからさっき以上の戦闘になるだろう。君の空間に丸ごと人を転移させることはできるか?」
「お安いご用ですよ。準備が整い次第合図を頼みます」
「いや、今すぐに頼む」
「……承知いたしました、カヒリ殿」
レンの提案を受け、バルバドムは広場の中央へと躍り出た。「お集まりの皆々様、これより私の描く“冬”を体験していただくとしよう」
――
バルバドムの“陣”が広がり、広場にいた全員が飲み込まれた。
※
次の瞬間に見えたのは、雪が渦巻くタイガ地帯だった。
「さむっ!」
エレンが身体をぶるぶるさせる。
「ここは私が創り出した心象世界。故郷の冬の森、そして戦場だ」
横で立ち上がるバルバドムには、震えの一つもない。「この寒さなら向こうも動きが鈍っているはずだ。幸いここは森林、この地形を駆使しながら戦おうじゃないか」
「ちなみに、私たちが凍死するリスクはどのくらいですか?」
と、コノハが尋ねる。
「君たちの服装なら、オーラで護っていても一時間が限界だろう。一時間で限界なのだから、活動限界は四十分程度と考えていい」
「だったら充分だ」
と、レンがオーラをみなぎらせる。「この中では僕が一番元気だろう。僕がメインで戦う。ナリタとエンジは援護。エレンとコノハが狙撃とサポート。バルバドムさんは
「了解」
「分かりました!」
「心得た」
ナリタ、エレン、バルバドムが返事をし、残りが無言で頷く。
「それと……カナタ」
「はい」
「ここでの魔術行使は可能か?」
「周りの雪でも溶かそうと考えていましたが……ここは地球上とは判定されず、魔術行使ができません」
「そうか……悪いが、バルバドムの護衛という形で待機していてくれ。それでゴーストは……」
辺りを見回す。ゴーストの姿はどこにもなく、ナリタが観念したように両手を見せた。
「……まあしょうがない、このメンバーで行くぞ。まずはジンを見つけよう」
レン率いる突撃部隊は飛び出し、その後をエレンとコノハの支援部隊が追う。幸いにも、身体中から溢れるオーラの気配によってすぐに探知することができた。
「エレンとコノハはこの辺りで位置を変えながら、サポートを頼む」
「了解です」
コノハがそう返事する。直後、レンがジンに走って向かった。
ジンはそれに気づき、右手から大量の気弾を放出する。レンはルートを逸れ、全ての弾を躱す。そのまま右から畳み掛けると思いきや、一瞬の間に左側へ移動して潜り込む。
――
拳が鳩尾に届くより、ジンがバリアを展開する方が速かった。しかし光速で衝突した拳はその程度では止まらず、ジンはその衝撃で大きく飛ばされた。
続いて、裏に回っていたナリタが打ち返すように、霊拳を背中に命中させる。ジンの飛翔速度はゼロとなり、容易に残りの人が追いつく。
別の方向に逃げ出そうとしたジンだったが、エレンの雷撃がそれを阻止する。
「まだまだ行くぜ!」
――
断続的に電撃に晒されたジンだったが、何度も喰らう度に段々と電気に対する耐性がついてきたようだった。同じ強さなのに、明らかに硬直時間が短くなる。遂にはその硬直していない時間と次弾が到達する間にバリアを張られる始末だった。
ジンがエレンのことをギロリと睨む。途端に、エレンは怖気付き、ジンと距離を置いた。物腰が柔らかく、穏やかで人懐っこかった少年の姿は消えていた。見開かれた瞳からは狂気がダダ漏れであり、禍々しい雰囲気に年上なんじゃないかと思わせるほどの威圧感を感じた。
ジンが視界から消える。反応して身体を少し動かしたときには、ジンはエレンの背後にいた。そしてうなじめがけて、ナイフを突き刺すように手を突き出す。
「動くな!」
近くにいたコノハの“
「あっち行け!」
再びコノハが叫ぶ、その声が耳に届いた刹那、ジンは大きく二人から引き離されるように飛んでいく。
逃すわけもなく、レンたち三人が追いかける。ナリタもエンジも充分速い。しかし、レンがそれらを容易く凌駕するスピードで真っ先にジンのもとへとたどり着いた。
“閃光拳”を浴びせようとしたレンだったが、ジンが急いで“
――全霊拳‼︎――
周りの雪が衝撃波によって吹き飛ばされ、木々が大きく揺れる。ジンのバリアに少し傷ができた。
「畳み掛けろ!」
レンの一声で、後ろから追いついたナリタとエンジが渾身の一撃を放つ。
――全霊拳!――
――
その亀裂の周囲に追撃を与える。すると亀裂は瞬く間に広がり、ジンを囲うバリアが砕け散った。
「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!」
初めてジンがもの凄い剣幕で叫ぶ。直後、周囲を囲うように赤い弾が展開される。
「そんな配置の仕方アリかよ」
エンジが愚痴を吐くも、状況は何も変わらない。ジンは自分も巻き込みながら、無数の気弾をぶつける。ほぼ一点に集中した攻撃は地面を抉り、終わることには小さなクレーターが出来上がっていた。
だが、人影はひとつもない。既にクレーターの横で戦闘が再開されていた。と言っても、ジンは先の攻撃で膨大な魔力を消費したらしく、技や動きにキレが見られず、三対一の圧倒的に有利な状況では、最早体力を消耗させるのは朝飯前だった。
苦し紛れに撃った気弾がレンに迫る。しかしレンはその気弾を直接手で掴む。気弾はしばらく発射時の勢いを残していたが、徐々にそれも弱まって速度が落ちる。それを感じ取り、レンはその気弾を握り潰した。
これにはジンも動揺、というよりも絶望感が心に現れる。無言で真顔のレンからは、なんとも言えない殺気のような覇気のような、その中間くらいの気配を感じる。
汗が顔中を流れ落ちる。足が一歩、また一歩と下がり、黄金の輝きを放っていた髪は、毛先から黒髪へと色が変わり始める。完全に黒髪へと戻り、目も戻る。その途端にジンは崩れた。雪の布団にダイブして、そのまま死んだように昏倒した。レンが近づいて確認し、その後ジンを担ぎ上げる。
「もう寒いな……早くバルバドムのところまで戻るとしよう。エレンとコノハにも伝えておいてくれ」
レンがナリタにそう指示し、ひと足先に移動を始めた。
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