第一章 三幕 18.群雄割拠③

 「だーもう少しで勝てたのにー!」


 幸いにもエレンはすぐに目覚め、そして悔しがり始めた。「もーちょいだったんだよ見てたしょ?」


「見てた見てたすごかった」


 コノハは軽く受け流しながら、倒れたままのエレンを持ち上げようとする。


「絶対思ってないじゃん」


「まあまあ、実際帥にあそこまで対抗できたのは、間違いなくエレンの努力の成果ではあるんだ」


「カナタさんはちゃんと褒めてくれて嬉しいわ。それに対してコノハはねぇ……」


「そんなこといいから早く起きて。あとなんで私は呼び捨てなのよ」


「俺だって無理しすぎてヘトヘトなんだよ。悪いけど運んでくれねーか?」


「話す余力を歩く力こっちに回して欲しいわ」


 ぶつぶつ言いながら、コノハはカナタと協力してエレンを持ち上げる。


「もうちょい上げるか」


「分かった」


 そこそこ息の合った動きでエレンを搬送する。搬送中に、エレンはナリタに向けて腕を伸ばした。ナリタはそれに気づき、軽く拳を打ちつけ合った。


 ――いい勝負だった。


 双方が、心の底からそう思える戦いであった。そして、その気持ちは拳を通じて伝わり合うことができた。


 それを、ジンとバルバドムはすぐそばで眺めていた。


 第三試合はジン対バルバドム。二人は事前に中央に移動し、いつでも始められるように準備していた。


「緊張しているか?」


 バルバドムの方から話しかける。「殺すつもりというがこの程度では誰も死なんさ」


「分かっています。けど……」


 ジンの悩みはそこではなかった。先の戦いがハイレベルすぎて、自分の番ではそのレベルが一気に下がってしまうことを危惧していたのだ。素質があると言われ続けてきたが、メイジャーの新米であることに変わりはなく、実戦経験は皆無に等しい。そんな自分が、この経験豊富そうな方と手合わせなんて……負ける気しかしない。


「思い詰める必要はない。お互い楽しめたらそれでいい」


 そう言ってバルバドムは手を差し伸べた。「いい勝負をしよう。どちらが勝っても清々しい勝負を」


 その優しい姿に、ジンは深い感銘を受けた。


「……はい!」


 元気に返事をして、握手する。お互いの目を見る。もうそこに迷いや怖気などは残っていなかった。


「もう良さそうかな」


 今度はナリタが実況、コノハが解説となる。


「私は解説できませんよ」


「大丈夫だよ。適当でもなんとかなる」


 そう忠告したものの、ナリタは聞く耳を持たなかった。


「……」


 しかし、コノハもまんざらではなさそうだ。やや口角が上がりながら、試合の開始を見守る。


「準備はいいね?」


「もちろんだ。いつでも構わない」


 バルバドムの返事に、ジンは頷いた。


「了解だ。第三試合、始め!」


 ナリタの号令と共に、戦いの火蓋が切って落とされた。先手を仕掛けたのはジン。持ち前の俊敏さでバルバドムを翻弄する。その速さはバルバドムはもちろん、観客側でもどよめきが起こった。


「はえーなアイツ。雷纏ってなくても俺と同じくらいじゃね」


 と、エレンがぼやく。


「流石に雷より速くはないよ」


 コノハはエレンを方を振り返る。「体調悪くて幻覚でも見てるんじゃない?」


「そんなことはない……ないよな」


 エレンも少し不安になって、自分の額に手を当てたりする。それを見て、コノハは全然体調不良なんかではないと判断した。


「だが速いのは事実だ」


 ここでナリタが口を挟む。「エレンほどではないが、恐らく素のスピードであればここにいる誰よりも速いと考えている。ジンの強みの一つだな」


 確かに、と思いながら二人はジンを見る。現にバルバドムは手を出せず、かろうじてジンの攻撃をいくつかいなしているだけである。


「君の速さには驚いたよ」


 戦闘中であるが、バルバドムが褒め称える。「やはりこの老いぼれではついていくこともできない」


 ありがたく受け取りながらも、ジンは何か嫌な予感がしていた。魔術が一度も出てきていない。つまりバルバドムは全力ではないのだ。


「バルバドムさん、あなたの魔術は使わないんですか?」


「かく言う君も、まだ魔術は使っていないだろう。フェアに戦っているんだ」


「だったら、僕が魔術を使えばいいんですね!」


 ジンは少し距離を取り、黄色い気弾を手から生み出す。


――麻痺する黄色の弾エレキボルト――


 バルバドムはその球を跳ね返そうとする。しかし着弾した途端に電気がバルバドムの身体を走り回り、その動きを止める。その間にジンはバルバドムに迫る。ようやく麻痺から抜け出したとき、ジンは間合いに入ろうとしていた。


「おっと、少しは腕が立つようで安心したよ」


 その刹那、バルバドムの身体から溢れた覇気がジンを飲み込む。オーラが湧き上がり、鬼のような形となっている。いや、これは幻覚だ。この覇気がそうなるように見せているのだ。


 しかしもう一つの感覚、本能に訴えかける死の予感がジンを踏みとどまらせた。バルバドムとの距離は少しある。飛び道具を持っているわけでもなく、このリーチを持つ武器を持っているわけでも……


 しかし確かにきらめいた。杖の上部、金属の光沢がこちらを覗いていた。


「バレてしまったか」


 バルバドムは観念したように杖――もとい無反りの刀を引き抜いた。それを左手に持ち、前方に構える。「杖の中に仕込んで、無防備を装っているんだ。初見でこれに気づく奴はそうそういない。君みたいに迫りくる死の感覚に気づくのが大半だ」


 それを聞きながらも、ジンは攻める手を止めようとはしない。今度は右手に青い弾が生み出される。


――投げ撃つ蒼色の弾オーラバレット――


 一直線に投げられた気弾がバルバドムに迫る。しかし刀の間合いに入った途端、刀が滑らかに気弾を斬り飛ばした。


「……“瞬迎”ですか」


「よく分かった。全くもってその通りだ」


 となると、近接戦をすればあの刀の餌食。手数でゴリ押すしかない。

 再び“投げ撃つ蒼色の弾オーラバレット”を連続で投げ込む。その全てが刀によって無効化される。それほど、威力が弱いということでもあるだろう。


 物量か、大技か、どちらで攻めるべきか。


 そしてジンは気づいた。刀は一振り。対応できる数には限りがあるはず。というか無いと困る。

 全方位からの飽和攻撃。これなら少なからずダメージを与えられるはずだ。


 ジンはマシンガンのような勢いで気弾を発射する。それらは別々の挙動を取り、バルバドムを囲むように飛んでいく。前後左右上下、全てを囲っている。


「なーるほど……」


 バルバドムは持てる力を尽くして、出来る限りの弾を斬り弾く。四発が当たった。体勢が怯みこそしたが、個々の威力は当然控えめだ。その隙を叩くため、ジンは捨て身で立ち向かった。その途中でも気弾を投げ続け、容易に立て直させない。バルバドムもこの物量には驚いた。


「楽には勝たせてくれないようだな」


「当たり前ですよ。僕だってメイジャーです」


 目の前で迫った。バルバドムの刀が迫る。バルバドムさんは優しい。わざわざ刀を返し、峰で打とうとしてくる。それでも刀で殴るというのは大きな打撃となる。


――防護する青色の弾ガーディアン――


 左手から展開したバリアが刀を弾く。攻撃によってガラ空きとなった胴を狙い、オーラを込めた鉄拳を撃ち込む。


――霊拳!――


 衝撃でバルバドムは少し吹き飛ばされる。ジンはすかさず追い込み、連続で打撃を与える。


 鯉口を切る音が聞こえた。ジンはバリアを展開しようと動くが、間一髪間に合わない。峰が脇腹に食い込む。今すぐにでもお腹を押さえてその場にうずくまりたい。しかしここは闘いの場。そんなことをすれば次に何が飛んでくるか分からない。


 返す刀で斬りかかられ、今度は回避する。“防護する青色の弾ガーディアン”で受け止めてもいいが、こっちの方がコスパがいいことを知っている。しかしこのままでは防戦一方。どこかに打開策はないものか。


「苦戦しているようだね」


 バルバドムが尋ねる。「私はまだ、魔術を使っていないのだが」


 事実、バルバドムは魔術と言える魔術を使っていない。唯一使ったものとしても行法である“瞬迎”のみだ。未だ謎に包まれたバルバドムの魔術。


「君の同意さえあれば、リハビリのようなものとして魔術を行使したい」


「同意? なぜそのようなものを」


「私の魔術を使えば、今ある状況がさらに深刻化するからだ。つまり君はより不利になる。それでもいいのなら、惜しみなく魔術を見せよう」


 悩む時間は不要だった。すぐに好奇心が勝る。負けてもいいから、今はいろんな魔術を見て戦っていきたい。


「是非、お願いします」


 気が引き締まり、オーラの流れは速くなる。バルバドムはひとつ息を吐き、集中した。


「了解した。私の魔術、とくとご覧あれ。“冬景色”」


 バルバドムがそう唱えた瞬間、空が暗くなった。視界に白くちらつくものが見える。


 雪……? 春なのに雪が降っている。それらはどんどん激しく降り始め、一気に吹雪いてくる。


「へっくし! さっむ……」


 気温も低下し、恐らくは氷点下を下回るか同じくらいかと言ったところ。完全に辺りが冬の気候となっている。


「カナタさんのとそっくり……!」


 いや、厳密には違う。カナタさんはこんなに精巧な気候を生み出さなかった。雨は出しても雨季にはしなかった。それと同じような感覚ではある。こちらは冬そのものを持ってきている。


「カナタの魔術と比較されがちだが、私の魔術は別物だ。私が思い描く冬そのものを現実に投影する。周囲の季節を上書きしているのさ」


 つまり夏であろうが、バルバドムの設定する範囲内は強制的に冬ということだ。そして闘いの場は閉鎖された空間……これは逃げ場がない。範囲外に逃げて暖を取りたいところだが、ここでは凍えることしかできない。


 鼻水が出てきた。手足が震え始めた。もうさっきみたいなパフォーマンスは発揮できない。今のうちになるべくダメージを稼がないと。


――投げ撃つ蒼色の弾オーラバレット!――


 投げるのではなく、銃のように撃ち出す。これであれば凍えたことによる身体能力の低下を無視して、安定して攻撃ができる。その分速度や威力は劣ってしまうが。


 何十発による飽和攻撃を掻い潜り、バルバドムは雪に埋もれる世界を自由自在に動き回る。視界は白一色に等しい。しかしオーラの流れで、どこにいるかは把握できる。


 一方のジンは何もかもを見失っていた。突然背中に痛みが走るが、その原因となる人物は既に雪の向こうに消える。ジンは視界を使った索敵を諦め、第六感に頼る。


――陣――


 これであれば、バルバドムがどこにいるか分かる。今は自分の左側。いつ近づいてくるか。


 気配に動きがあり、迫ってくるのが読み取れる。しかし認識できるのと対応できるのは全くの別物だ。振り向いたときには峰が迫っている。腕を動かしたところで、凍えているため動きが鈍い。結果攻撃を食らう。既に体力の消耗が激しく、精神まで削られている。


 何度目かの攻撃が当たり、遂にジンは片膝をついた。吐く息が白い。手が赤くなり、震えている。視界の端は暗くなり始め、意識がふとした瞬間に引きずり込まれる。


 僕は成す術なく完敗してしまうのか。経験の差があるとはいえ、とても悔しい。もう少し、対抗策を考えることができたら上手くいったのだろうか。ナリタさんならどうやって切り抜けるのか。僕ではどうしようもないのか……


 いや、ひとつだけあった。土壇場で使うべき最強の奥義。これに賭ける。少しでも相手に衝撃を与えるため、力を貸してくれ。


――目ざめるは意志の象形アウェイキングオブエンフェント!――


 ジンの髪が黄金に輝く。オーラの量が増大し、力強く流れ始める。


「ジン……まさか」


 凍えながら目を凝らしていたナリタが呟く。覚醒はまだ使いこなせていないはずだ。無闇に使っては暴走の危険もある。無茶だ。


 そんなナリタの心配をよそに、ジンは覚醒してバルバドムを探し出す。感覚で把握できる。そこだな。


 さっきまでの寒さも感じられない。今こそ反撃のときだ。


――帝王の威厳クラスター――


 ジンの周囲に現れる複数の赤い球。そこからさらに、小さい赤い弾が無数に発射される。その勢いは吹雪を押し退け、バルバドムの姿を無理矢理晒す。


 流石にここまでの物量は予測していなかった。幾度かいなすものの、すぐに追いつかなくなった。おびただしい量の気弾が一斉に襲いかかる。威力も蒼い弾より高く、容易に体制を崩してしまい、バルバドムは気弾の中に埋もれた。


 しかしそれでも気弾の雨は止まない。土煙が巻き起こり始め、いつしか雪は止んだ。バルバドムの魔術が解除されたのだ。それに気づき、ようやく攻撃も止まる。


 煙が晴れ見えたのは、ボロボロになったバルバドムであった。瀕死ではないものの、ダメージは蓄積されている。魔術を解除してしまったのがその大きな証拠だ。


「エンフェント族の覚醒……噂以上の伸び代……見誤った私の完敗だ。いい勝負だった……」


 降伏宣言をしてからジンの目を見て、バルバドムは初めて戦慄した。ジンの目に正気は無く、焦点があっていない。大きく見開かれた目を見れば、本人の意志がそこに存在しないと理解できるのは容易なことだ。呼吸も荒い。何よりオーラが禍々しいのだ。流石にバルバドムも命の危険を感じた。


「まずい。暴走だ」


 血相を変えてナリタが飛び出す。そのまま暴走したジンに向かって霊拳を放った。


「起きろジン! 正気に戻れ!」


 そう訴えかけるナリタの横に、バルバドムも参戦する。


「飲み込まれるな。自我を保つんだジン」


 しかしその声は既に届いてないようだった。獣のように二人を睨む。その圧倒的な殺気と覇気に、二人ですら一歩を踏み出せなくなる。そして意味すら持たない雄叫びを上げ、ジンの猛烈な気弾の雨が辺りを襲い始めた。

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