第一章 三幕 17.群雄割拠②

 「……」


 エンジはその声を、倒れ込んだ地面越しに聞いた。最後は勝ったと思っていた。しかしそれによって、カナタの魔術が健在であることを忘れていた。天候を操るのなら、雹だって雷だって落とせるのだ。


「いやーしてやられた」


 エンジはクスクス笑った。ここまで面白く、白熱した勝負は久しぶりである。まだ身体の一部が痺れているが、動くことに支障はない。スッと立ち上がり、カナタに握手を求める。


「いい勝負をさせてもらった。オレ自身の弱点もこれで見つけることができたよ」


「こちらこそ、パワータイプの敵の対処法を改めて学ぶことができた。ありがとう」


 両者は固い握手を交わし、ジンたちがいる方へと戻ってきた。


「いやー初っ端から白熱した試合でしたね」


「そうですな。途中全く見えなかったとは言え、その中でどのような攻防が行われているのか、そう言った観客側の想像を膨らませる展開だったと思います」


「はい。と言うわけで、今の対戦を見た感想は?」


 と、ナリタはエレンから順に聞いて回る。


「カナタさんが終始エンジを撹乱すると思ってたが、エンジもエンジでやるな!」


「私はこの戦闘を自分に活かせるかもしれません……直接戦闘に使用されない能力でもうまく立ち回ることで勝機を見出せる……」


「同感〜でも私としてはエンジのスタイルも良かったよ〜? 何段階も奥の手を残していれば相手は倒すのに嫌気がさしてくるだろうしね〜」


「うんうん。両者ともに素晴らしい戦いだったな。して、ジンはどう思う?」


「へっ⁉︎」


 ジンが変な声を上げる。予想はしていたけど、今の話的に僕には聞かない流れかと思ってしまった。


「えっと……まだよく分からないけど、ハイレベルな戦いではあったかな」


 なんと言葉を探るも、まだメイジャーひよっこのジンに精密な分析は不可能。よって今の発言が精一杯の感想となった。


「確かにこれはハイレベルな戦いだった。でも上には上がいる。その言葉通り、第二試合は僕が勝利を収めてやろう」


 そう、ナリタが高らかに宣言した。


「お! ナリタさんとっすか! 楽しいだなあ!」


 そう言って、エレンはわくわくしながら体を動かす。第二試合はエレンとナリタの対決となった。


「もう始めちゃうか?」


「はい!」


 お互いが待ち遠しいといった感じで中央へと向かっていく。エレンが少し跳ねながら歩くことから、どれだけ楽しみだったかが分かるだろう。


「えーっと、それではナリタさんが不在の間は一時的に私が実況を引き継ぎます」


 コノハがバルバドムの隣に座る。「でも、これ実況の必要性ありますか?」


「ちょっとでいいんだ。何もサッカー実況のように話せとは言わないさ」


「では、気楽にやらせていただきますよ」


 そう言って目線を前に戻した。既にあの二人は試合開始の合図を待ち侘びている。


「それでは、覚悟はよろしいですね?」


「覚悟って死ぬわけじゃないよ」


「殺さない程度に殺し合えとナリタさんが言っているんですから、ナリタさんもそのつもりで来ますよ。ですよね?」


「もちろん。遊びだなんて思わないでほしい。全力で来いよ、エレン」


「ヘッ……やってやるさ!」


 多分これ以上待たせるとエレンがフライングしかねない。そう思ったコノハは急いで叫んだ。


「第二試合、始め!」


 その言葉が耳に届いた瞬間、雷光を纏ったエレンが瞬きの間にナリタの頭上へと移動した。ナリタはそれを視認した後、軽く地を蹴って後方へと下がる。頂点から叩きつけようとした拳を避けるためであり、今から方向修正も間に合わないだろうと読んでのことだ。


 しかし、エレンはにやりと笑った。


――“一掃せよ、衝雷サンダーラウンド”!――


 地に叩きつけられた拳から放射状に雷が迸る。間合いに入っていたナリタは容赦無くその雷撃を受け、身体が痺れる。そんな状態になりながらも本能により、なんとか範囲外に脱出する。


「おっと新技? まさかナリタさんが先にダメージを負うなんて……」


「全くの予想外と言いたげのようだな。しかしこれが黄雷の家系キトリニブロンティの戦い方。雷を操り、雷速で相手を翻弄することで先制打撃を与え、スピード決着に持ち込む。初見で対応するのは至難を極めるが、長期戦に持ち込まれるほど不利になると言う弱点もある。しかし今みたいに新技を混ぜ込みながら戦えば、さらにダメージを稼ぐこともできそうだ」


「へぇ……」


 飽きてるのか感心してるのか、どっちとも取れない返事をしてから再び前を向く。


「放電技を覚えていたなんて驚きだよ。よくこの短期間で習得したね」


「まあ、俺も努力を怠っているわけではないんですよ」


 喋りながら打撃の応酬を繰り広げる。エレンは雷を纏い、雷速で繰り出してくる。それをナリタは受け止めるのではなく受け流す。それで最小限の動きしかしていないからなのか、エレンの攻撃速度にもついてくる。


「放電はどうした? これだと纏うので手一杯なのか?」


 と、余裕の出てきたナリタが煽る。


「……その言葉が欲しかったんですよ!」


 待ってましたと言わんばかりにエレンが吠え、右手に電気を溜める。一瞬を間を置いて、その拳が速度を上げてナリタの土手っ腹に迫る。


――叩き込め、撃雷サンダーブロー――


 ナリタは、その攻撃を受け流すためにエレンの拳に触れる。しかしその瞬間、その手から凄まじい電撃がナリタの身体を襲った。


「……っ!」


 その強さは、ナリタの動きを止めるのに十分な威力を兼ね備えていた。


「ガラ空きだぜ真眼!」


 そのままの速度で何発もの打撃を打ち込む。対するナリタはそれに抗えずされるがままに殴られていた。


「まずいな。これはナリタにとって相性が悪い敵だ」


 バルバドムがそう呟く。


「相性が悪い? そうなんですか」


「ナリタはこちらにデバフを与える敵にめっぽう弱い。触れることで毒を浴びることになったりすると、あっちは手出しも何もできない」


「確かに……ナリタさんの弱点は、飛び道具がないことですね」


「その通り、エレンの電撃をいかに掻い潜ってダメージを与えられるかにかかっている。その分析にどれだけ時間がかかるかだな」


 目下では、ようやくナリタが打撃の無限ループから抜け出したところだった。しかし相当の疲労が出ている。汗が浮かび、呼吸が少し荒い。やはり先手を打たれたのは思ったよりも痛いらしい。


 ナリタは雷速で駆け回るエレンを避けながら、なんとか対抗策を編み出そうとする。いつの間にか口の中に血の味がする。やはり相当打撃を被った。速く反撃したいところ。でも触れば電撃か……


 あれ? 僕結構詰んでない?


「スキアリ!」


 エレンが突っ込んできて、慌ててナリタが避ける。この俊敏さは前より格段に上昇している。対応するのにかなり時間を要しそうだ。


「逃げるだけでいいのか?」


 エレンが腕を前に出す。その腕に電気が溜まるのが遠目からでも分かった。


――穿ち抜け、槍雷ライトニングランサー――


 伸ばした手から放たれた雷の槍はナリタの頬を掠め、後ろにあった壁を貫いた。頬に一筋の傷ができる。掠っただけでも身体は痺れる。しかしこの威力は、ほぼ殺す気じゃないか?


 目の前に迫ったエレンの攻撃を間一髪で躱した。そのまま裏を取る。


――霊拳!――


 ナリタの攻撃が初めて入った。近接戦闘しかできず、ダメージを負っているとしても帥は帥だ。その威力は圧倒的で、エレンの体制を崩す。それを好機と見て、ナリタは続けて乱撃を与える。


 しかし速度に劣る分、エレンが体制を立て直すのも時間の問題だった。少しの隙を突かれて後ろに下げるのを許してしまう。そしてエレンが再びナリタに攻撃を仕掛けようとしたときだった。


――脅迫の眼ウゴクナ――


 ナリタの眼が赤く光る。同時に放たれた強烈な殺気に当てられ、エレンの動きが止まった。


 殺気が消え、エレンが前を見たときには遅く、再びナリタのターンが始まる。先程とは形勢が真逆だ。逆境で強くなっているのか、ナリタの速度も上がっていく。


 やばい。このままだと負けてしまう。しかしあの技を出すにはまだ未熟だ。エレンは攻撃を受けながら迷う。


「エレン、さっきまでの大口はどうした? もっと力は出せないのか?」


 今のタイミングでその発言。まさかと思い、エレンはナリタの目をしっかり見る。確証はないが、ナリタさんは今“真実の眼タンテイ”を使ったはずだ。そして今の発言の意味……


 惜しみなく使ってしまえと言うことだな!


 エレンの両手に電気が溜まり、オーラの流れが速くなる。大技の予感。僕もしっかり守らないと……!


 双方が力を溜め、大きな力がぶつかり合う。


――弾き飛ばせ、圧雷サンダーブーム――


 高密度の雷がナリタの前方に立ちはだかる。それらはなんとかオーラの盾によって防ぐことができた。しかし圧倒的な密度の雷によって生じた衝撃波まで防ぐことはできず、ナリタは吹き飛ばされた。


 空中だとまずい! そう身の危険を感じたナリタは身をよじって方向転換を目論む。しかし、エレンの方が早かった。


――縛り尽くせ、遠雷アレストショック――


 エレンから伸びた雷が何度も直撃し、ナリタは声を出すまでもなく電撃に晒される。手足は全く動かず、断続的に続く雷から逃れる手も思いつかない。万事休す、正にそうだ。相性が悪いことは認める。しかしここで負けては帥という存在自体の信頼が落ちる。そんなことにはさせたくない。


 電撃が止み、エレンが直接飛びかかってくる。ならばここだ!


――真紅の眼トラウマ――


 比べ物にならない程濃厚な殺気がエレンを包む、死んでないのに死んだ感覚。殺されてないのにたった今殺されている真っ最中な感覚。全てが気色悪く、苦しい。エレンの動きはぴたりと止み、ナリタの横に崩れ落ちた。


 その間にナリタは距離を取る。作戦を考えたい。そして回復もしたい。とりあえず余裕を作りたかったのだ。


 対するエレンは混乱していた。さっきの余韻が残っている。恐ろしかった。思い出すたびに冷や汗が出そうになる恐怖。ごくりと唾を飲み込み、ナリタの方を見る。そこにいるナリタはいつも通りだった。だとするとあれは能力。あれを喰らうと確実に行動不能になることが判明している今、使う技は遠距離攻撃に限る。


 エレンがぱっと腕を出す。それに気づいたナリタが走り始めた。


――縛り尽くせ、遠雷アレストショック――


 燃費の良い技、つまり手数で攻める。駆け回るナリタの偏差を予測して当てようとするが、ナリタは直前で当たらないような身のこなしをする。一筋縄では絶対に行かない。やっぱりあの技を使おう。


――追い詰めろ、狼雷ウルフチェイサー――


 エレンが繰り出した複数の雷が、獲物を追いかける狼の群れのようにナリタに襲いかかる。避けた瞬間に他のものが襲いかかってくる。ある程度の知能が無ければ到底不可能な芸当。エレンの成長に目を潤ませたいところだが、そんな暇はどこにもない。


 避けて、避けて、避けた。しかしまだ追ってくる。ひょっとしてこれは永遠に追いかけられるのか?


 試合終了まで追い回されるか、今喰らって次に備えるか。どちらがより効率的でダメージも少ないか。数秒考えた後、逃げ切れる保証は無いとして喰らうことにした。


 複数の雷がやや間を開けてナリタの身体を撃つ。電撃が長く続き、そのために大きくエレンに近づく暇を与えてしまった。


 大きく振りかぶられ、右フックがナリタに迫る。ナリタは身をよじって躱わし、大きく空いた胴に反撃を与える。若干エレンはひるんだものの、すぐに攻撃は再開される。速度に任せた容赦ない連続打撃。いてもたってもいられなくなり、ナリタは遂に十八番おはこを使うことにした。


――分析の眼アナリスト――


 なんとか受け流しながら、エレンの攻撃パターンを分析する。右フックが多く、左はアッパーとストレートが四対六程度。蹴り技は今のところなし。雷を出す手はいつも決まって右手――よし。


 パターン解析完了。こっからは僕のターンだ。


 繰り出された右フックを寸前で回避し、左のアッパーを受け止める。やっぱりこっちは痺れない。利き手での操作は上手くいくようだが、左手から放出することにはまだ慣れていないようだった。


 焦り始めたエレンの猛攻。しかし既にパターンを把握したナリタにとっては、攻撃を受け流すことは朝飯前のことであり、いつどんな弱点が生まれるかも分かっていた。


 そのため、エレンは一方的なカウンターに晒される。胴に何度も打ち付けられる拳。これは飛び道具を使うべきと悟り、エレンは至近距離から一気に加速させた雷を撃ちつける。


――穿ち抜け、槍雷ライトニングランサー!――


 渾身の力を込めた最後の悪あがきだったが、準備中のオーラの動きで容易に悟られていた。雷の槍はナリタに迫ったが、ナリタが首を傾けることで失敗に終わる。


「……こんなところまで逆転されるなんて。でも、諦めは悪いんだよな!」


――雷撃加速・最大速度ライトニング・ファイナル!――


 エレンの速度がさらに上がり、ナリタに膨大な密度での攻撃を仕掛ける。だがしかし、ナリタはそのひとつひとつを全て受け流してしまう。


「ごめんな。僕は分析を得意とするから、長期戦になるほど有利になる。エレン、君のスピードはもう見切った」


 すると、ナリタはエレンの体制を大きく崩し、目にも止まらぬ早業で位置を入れ替え、数瞬の間に何発もの打撃を与えた。「相性が良さそうに見えて、実は最悪だったと言う訳だ」


 エレンは最後の攻撃で力尽き、意識を失ってナリタにもたれかかった。


「第二試合、勝者ナリタ・エンパイア」


 コノハの宣言が響き渡った。

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