第一章 三幕 16.群雄割拠①

 あわあわしながらも広場に出た。吹き抜けの空間で空が見え、日差しも直に感じる。しかし周りは壁に覆われ、ざっと見ると正方形の形をしている。監獄のようにも思えた。ジンも含めた七人……ではなく、ジンの真横にもう一人いるから八人は広場の中央まで移動する。


 到着したところでナリタが話し出した。


「さて、どうする? 広場全体を使って戦うか、半分に分けて二ペアずつ戦うか」


「まあ効率で言えば後者ですよね」


「でも目いっぱい使って戦いてーな!」


「同感。久しぶりに同格相手だ。暴れたい!」


 はっちゃけた金髪と勝てる気のしない不良がそう言うと殺される気がしてくる。ジンは背筋が凍りつく感覚を覚えた。


「コノハは半面、エレンとエンジは一面……と。みんなはどっちがいいかな」


「やっぱり一面でいいですよ」


 子供の駄々を仕方なく受け入れるようにコノハが言う。


「……んじゃ、一面でいいかな?」


 異を唱えるものは誰もいない。「よし、一面で行こう。今くじを作ってくるから待っててくれ。ウォームアップしていてもいいぞ」


 ナリタが広場から消え、ジンが親しくする人間は消滅した。途端に少し辺りがしいんと静まり、余計に気まずくなる。


「そういえばジン」


 そんな状況を打破させるため、カナタがわざわざ話しかけに来る。「君の父親、ダン・クロスなんだって? 本当なのかい?」


「あっ……はい、本当です」


「そしてダンさんを見つけるためにメイジャーになったと……」


「そうです」


「ダンさんと最後に会ったのは?」


「十二……の夏です」


「そっか……だとするとなあ」


 何かを含ませ気味にカナタの独り言が耳に入る。居ても立っても居られないのでジンは尋ねた。


「あの、もしかして父さんがどこにいるのか知っているんですか?」


「ああ違う違う違う。僕も探してる」


「……そうなんですね」


 やっぱり手がかりは掴めずか。露骨にジンが肩を落とす。


「まあどのみちいつか出てくるからいいさ。それよりもジン、君は本当にあの魔術を使えるのかい?」


「あの魔術?」


「ほら……その……気弾」


「あ、僕の能力ですか。使えますよ」


「マジか! これは初めて手合わせするかもしれないな〜」


 今からでも楽しそうと言った表情でカナタは目を輝かせる。そんなにこの魔術貴重だっけと、ジンは自らの種族の希少さを改めて思い知った。


「はーいごめんね。遅くなった」


 そのタイミングでナリタが帰ってくる。くじ引きの抽選箱と、トーナメント表を持って来る。「何番が何番と戦うとか決まってるから、その紙をちゃんとなくさずに持ってろよ」


 そして七人はナリタの前に並ぶ。ジンは最後の番に回る。初めにナリタ自身がくじを引き、その後次々とみんながカードを受け取る。


「ジンのカードというか、余りはこれ」


 ナリタからカードを渡される。数字は『7』と書いてある。


「オッケー。みんな確認したかな? それじゃあ組み合わせを発表します」


 スポーツイベントのテンションでナリタがトーナメント表を見せた。てっきり数字順に対戦者が並んでいると思っていたが、一捻り加えられていたことに全員が驚きの声を漏らした。


 第一試合 一番 対 五番

 第二試合 二番 対 六番

 第三試合 三番 対 七番

 第四試合 四番 対 八番


「げっ、私トリか……」


「奇遇ね〜。アタシも最終試合よ〜」


 早速最終試合の組み合わせが判明する。コノハとゴーストだ。


「最終試合は置いといて……一番と五番の人、手挙げて」


 誰が手を挙げるか期待する中、最も大柄の男が動く。


「オレと……誰だ?」


「まさかエンジと当たるとは……お手柔らかに頼むよ」


 第一試合は、エンジ対カナタとなった。


「エンジ対カナタ。これも面白そうな展開だ。よしみんな端によって観戦する準備をしよう。エンジとカナタは中央で待っててね」


 戦闘がこちらにまで来ると危ない。少し見えづらいが、六人は先ほどのドア近くまで避難した。中央では、二人がそれぞれ戦う用意をしているのか、ストレッチのようなものをしているようにも見える。


「さて、初戦からかなりのフィジカル差があるバトルとなりますが、この戦いどう動くとお考えですか? バルバドムさん」


「おっと、私が解説なのかね?」


「はい。あなたが一番中立的な立場ですし、経験豊富ですので」


「そうですな……エンジ君が突っ込んで行けば、カナタ君は少しばかり焦って考える時間を無くす。ですが彼はもう計画を立てているでしょう。それにエンジ君がどこまで対応できるかで勝敗が分かれるでしょう」


「なるほど。ありがとうございました」


 そうして、ナリタは中央にいる二人に声をかける。「準備はいいかい?」


「はい。いつでも始められます」


「分かったよ。それでは早速参りましょう。第一試合スタート!」


 ナリタが叫ぶと同時にエンジが突っ込む。その巨躯からは想像しがたい速度。瞬きする間にカナタの目の前まで迫る。


 カナタの脳天目掛けて拳を振り下ろす。カナタは飛び退いてそれを避ける。床に着弾し、土煙が舞った。


「地面もへこませるなんて、やっぱりエンジは怪力だな」


「へっ当たらなければどうってことはないとでも言うのか?」


「まさか、スピードも持ち合わされてるんだからそうもいかない」


 カナタがエンジとの間合いを取る。


「なら、もっと速く強くなればいいんだろ?」


 エンジの身体からさらにオーラが立ち昇る。「早めに決着をつけようじゃないか。魔力爆発ブースト!」


 エンジの身体から、さっきの数倍はある規模のオーラが満ち溢れる。


「エンジの魔術、魔力爆発ブースト。髪に蓄積された魔力を放出することで、普段の何倍もの力を出せる強化型魔術。これは短期決着を狙っているということでしょうか?」


「いえいえ、彼のブースト具合には何段階か存在します。向こうの疲労を狙って、疲れてきたところにさらに追い打ちをかけるつもりでしょう」


「なるほど。しかし相手は元素人ステヒオラー。おそらく一筋縄では行きませんよね」


「ええ、だからこそこれからの展開が楽しみなんですよ」


 解説を聞きながら、なぜあんな頭なのか問題に腑が落ちる。あの前に突き出た髪の塊は、密度が凄いからこそ形状が安定しているのだろう。つまり多くの髪の毛が集まっており、蓄えられるオーラも多いということだ。やっぱりちゃんと考えられてんだな、とジンは再三に渡って見た目が全てではないと思い知った。


「どうだ? これならお前のオーラ量も超えている。一気にけりをつけてやるからな」


「確かにそれで攻撃されたらひとたまりもないな。攻撃は最大の防御……そもそも僕の力では君にダメージを与えることすら難しいだろう」


 カナタも、先程より多くのオーラを立ち昇らせる。「だから、僕は戦略で勝負といこう」


――理想気象ソラノマド――


 カナタが“陣”を広げたことを感じる。途端に当たりが暗くなった。


「なっ何……」


 上を見上げてジンは言葉を無くした。さっきまで晴れていた空には重たい雲が垂れかかっており、誰がどう見ても曇天である。


「カナタさん。これはどういう……」


「ジンのために説明しよう。僕は元素人ステヒオラー空の家系オゥラノス。その名の通り空――つまり気候を操るんだよ」


 言っている間に、あたりに霧が立ち込め始めた。「もちろん、霧も天候の一つであり、僕が操れる対象である。エンジ、さっきも言った通り、僕は自分の力を最大限に活用して勝負に臨むよ」


 段々とエンジの周りも見えなくなってくる。カナタの顔すら今はぼやけている。


「視界がほとんど役に立たない中で、どんな戦い方をするのか見せてくれよ……」


「くっ‼︎」


 エンジはカナタに向かって襲いかかる。霧の中に消えたカナタ目掛けて拳を振るうが、既にカナタの影はどこにもない。


「もう消えやがったか……」


 索敵をするため、エンジも“陣”を広げる。しかしエンジの力ではその広場全体をカバーすることができない。魔術を体外に放出させない種類の能力者ほど、これは難しいのだ。


 慣れない“陣”を持続させるのにも疲れが溜まる。エンジは“陣”を解き、自身の耳を使って相手の位置を探ることにした。


 足音が聞こえる。右にずれていく音。しかし距離感だけは掴めない。やはりこちらから行くしかない。


 足音がした方向へと走り出す。しかしどこまで行ってもカナタの姿はない。気づけば、エンジは広場の壁まで進んでいた。


「そっちに僕はいないよ」


 背後から声がして振り向く。しかしやはり、カナタの姿はそこにはない。


「クソッ」


 エンジはとにかく走り回った。音がした方向目掛けて進み続けた。カナタの姿を何度か捉えることはできたが、打撃を与えることはできない。手のひらで踊らされている。そんな感覚があった。


「はあ……はあ……てめえはいつまで隠れてるつもりだ」


「エンジが疲れ果てるまで。弱ったとこをしっかりと突く。ずるいと思うかもしれないが、これも戦略だ」


 霧の中からようやく姿を現す。どうやら既に弱ったと思われたらしい。霧も晴れ、両者の姿が鮮明に映る。


「今更……だが、姿を見せて良かったのか?」


 エンジは不敵な笑みを浮かべた。


「その感じ……まだ奥の手が残っているのかな?」


「そういうこっちゃ。起死回生の一手と覚悟の奥義がな」


――瞬間的補給スーパーチャージャー!――


 エンジのオーラがふっと消える。何事かとみんなが見守り、カナタもまた好奇心から不意打ちなんてものはしない。


「……八、九、十、魔力爆発ブースト二倍出力ツインターボ!」


 約十秒後、再びオーラが立ち昇る。しかしその大きさはさっきのものを遥かに凌駕している。その圧倒的な魔力出力量には、観客側のナリタも感服せざるを得ない。


「どうだ! 瞬時にエネルギーを補給できることによって更なる強さをこれで手に入れた。これならお前だって打ち砕けるはず!」


「うん……でもそれを言ったら、僕はまた霧を出すだけなんだけだな」


 言いながらも、カナタは既に霧に隠れ始める。「強くなるだけじゃない。頭を使わなきゃ」


 ああ、それくらい分かってるさ。だから今、オレは使。そして“翔”を使って一気に詰め寄る。絶対に届くはずだ。


「そんじゃ少し待ってろや」


――魔力爆発ブースト三倍出力トリプルターボからの“翔”!――


 より一層オーラの密度が濃くなることを認識したときには、エンジが既に目の前まで迫っていた。嘘だろ……あれの更に上があったか!


「まずいっ……」


 カナタが回避行動を取ろうとするが、考えるよりも動く方が速かった。エンジの拳が先に到達する。カナタは声を上げる間も無く、二、三度地面をバウンドして転がる。


 オーラでガードはできたはずなのにこの威力。普通なら骨が砕けているかもしれない。確かにやばい。だから次の攻撃が来る前に――


 既に前方を覆い隠すように、エンジが飛びかかってきている。カナタは急いで回転して攻撃を避ける。素早く体制を直し、迫る拳を見極め、かわし続ける。今度はこちらが消耗を強いられるパターン。どこかで手を打たないと絶対僕が負けてしまうからな。


 エンジが拳を振るうのをしっかり見極める。少しでもいい、体勢が崩れたときが狙い目だ。


「ハッ!」


 カナタの顔面目掛けて拳が飛んでくる。咄嗟にしゃがんで間一髪で回避し、エンジの拳は壁にめり込んだ。


 よし、今だ!


――翔!――


 足にオーラをため、放出する。目にも留まらぬスピードでエンジの傍をすり抜け、あっという間に距離を取った。


――理想気象ソラノマド!――


 再び霧が辺りを覆う。エンジは深追いせずに止まった。カナタは絶対に攻撃してくるはずだ。だからオレは待っていればいい。


 今度は“陣”も広げながら耳を澄ませる。カナタは右に移動した。右方向から来るつもりか。


 そのまま動きたいのを抑えてじっとしている。ジリジリと気配が近づくのは分かっている。あと何歩だ。いつになったらかかる。そんなことを考えていると、“陣”が反応する。


 来た――!


 エンジは反射神経で飛び退き、もといた場所の方向を向く。


 お前の強みを吹き飛ばしてやる。オレのとっておきで!


――魔力爆発ブースト最大出力フルスロットル!――


 今までにみたことない大きさのオーラ。霧越しでもその強さが漏れ出てくる。ジンはその規模に怖気付き。ナリタの楽しげな笑みは更に増す。


「オオオオオオ!」


 雄叫びを上げながら勢いよく正拳突きを一発。その速度で前方に突風を巻き起こし、霧を全て晴らした。その結果、カナタの姿が露わになった。


「……まじか」


 カナタも驚きを隠せないと言った表情。なんたって最大の防御であり、エンジを撹乱させるための術が破られたのだ。


「さあ、これでお前を隠すものはもうない。そしてこの状態は長く持たない。さっさと決着をつけようか!」


 エンジが突進してくる。そして今回はもう逃げるのが非効率と考えたのか、一歩も動かない。


「霧も破るなんて……成長したなエンジ。頭も回るようになって、いろんな戦い方ができるようになったんだな」


 そこから少し声が低くなった。「だが忘れてしまったようだね。僕は確かに魔術を解いたが、“


 その直後雷鳴が轟き、エンジの脳天に直撃した。


「がっ……やりやがった……な……」


 エンジがその電流に痺れて倒れる。


「敗因は、“陣”に慣れすぎたこと。いつ何時でも、範囲内であれば雷は飛んでくるって覚えといてね」


 エンジが倒れるのを見て、ナリタは高らかに告げた。


「第一試合、勝者はカナタ・ヨソカゼ!」

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