第一章 三幕 15.群雄集結

 ――五月五日――


「おはようジン。疲れは取れたか?」


 ナリタが顔を覗き込んでくる。結局深夜まで技の議論と実践を繰り返していたせいで、今は九時。かなり寝坊してしまった。


「ナリタさん……おはようございます。ナリタさんは何時に?」


「僕も少し遅かった。七時に起きたよ」


「それで今が九時……九時⁉︎」


 慌ててジンは布団を跳ね上げる。「今日は確か、掃討部隊が顔を合わせる日だ! やばい遅刻する〜……」


「焦るなよ。集まるといっても昼からだ。それまでゆっくりしてよう」


 ナリタにそう言われ、ジンはひとまず落ち着きを取り戻す。


「……じゃあ、朝ごはんからいただきます」


「そうだろうね。ジンの分もちゃんと残ってるから、着替えたら食べにきな」


「分かりました」


 ナリタが部屋から出る。ジンは吹き飛ばした布団をちゃんと整え、寝巻きから動きやすい私服に着替える。そして部屋を出てテーブルに向かう。


「じゃーん。今日はトーストでーす」


 ナリタがふざけて見せびらかす。要は材料もなく何か作る余裕も無いということだ。ここまで適当な朝食も初めてだろう。


「悪いねこんなんで。いちごのジャムならあるから塗って食べてよ」


「バターは無いんですか?」


「確かオムライスのときに切らした」


「ああ……」


 かなり前のこと、ジンがここに来た初日の出来事であり、それからもう四日と半日が経っている。にも関わらずバターの補充ができていない。それはナリタが最近協会の方の仕事で忙しく、買う余裕が無いことを表していた。


 それでもいちごのジャムを塗ったトーストは美味しい。ナリタ流のこだわりなのか、適当でも焼き加減は少し手が混んでいる気がする。程よく焦げ、中はふわふわなまま。食パン本来の甘味と焦げの苦味がうまくまっちしている。

 そこにいちごジャムが加わると、果物本来の新鮮な甘みがより一層引き立って、パンに彩りをつけてくれるのだ……あ、いちごは果物ではないのか。


 なんてことを思いながら軽い朝食を済ませる。続いて魔力のトレーニングだ。


「すぐ覚えたからってすぐやめてはいけない。前にも言ったが自転車と同じ理論だ。初め漕げても、そのあと乗るのをやめるとまた忘れてしまう。逆に継続して乗ることで忘れなくなるし、逆に技術は向上する。分かったか?」


 という教えをきちんと守り、ジンは朝食後に必ず行法などを一通り行う。それが終われば少しオーラを放出し、その強さを維持する。まだナリタがアドバイスしながらではあるが、慣れれば一人で出来るようになるだろう。


「乱れてるぞー」


 そう注意すると、もともと安定していたオーラが微動だにしなくなる。人の言葉によって己の質をさらに向上させることができる。簡単そうに見えて難しく、途中で指摘が嫌になって抜け出す人もいる。


 だがジンは違う。僕の注意を素直に聞き入れ、その通りに自分を修正する。真剣に強くなりたいと思っているのがそれの原因であるが、そこには少なからず、師への尊敬、信頼が土台にあってこそ築かれる意志だ。それは僕がそうだったから分かる。ネオさんに憧れて、ネオさんに追いつきたいから、僕もネオさんの言葉をちゃんと聞き、それで成長してきた。ジンを見ていると、昔の自分を見ているようでなんか微笑ましかった。


「はい、十分終わり」


 今日は早く繰り上げ、軽く手合わせをする。これも、昨日やったことを忘れないためだ。


「うん、スピードはなかなか」


 模擬格闘戦を行うと、ジンのもともとの速さに魔力のブーストがかかって更に素早さを増す。ジンは本当に素晴らしい素質の持ち主だ。真っ当な訓練を受けさせることで順当に強くなった。掃討部隊の戦力としては機能するだろう。


「よし終わり。次は魔術の確認……としたいところだが、もう行かないとな」


 キョトンとした顔でジンは時計を見る。既に十一時近い。いつの間にこんな経ったのかと考えたが、着替えて飯食って稽古してたら妥当な時間か。とにかくもう行く時間だ。


「用意はできてるか? あ、汗臭いとかは気にする人いないから大丈夫だぞ」


 つまり着替える必要な無いということだ。ジンは汗を拭き、携帯をポケットの中に入れ、玄関で靴を履く。「もう行けますよ」


「オッケー。じゃあ行こうか。初めての顔合わせ、どうなるかな〜」


 明らかに楽しんでいる様子でナリタはドアを開け、外に出た。ジンもピッタリと着いていく。


 そういえば、昼に街中に行くのはあまり無い気がする。普段見慣れない光景にジンは思った。


 横を通る大きな道路では、いつ見ても車がひっきりなしに往来している。そして歩道にも人が溢れている。今から出勤なんて人は流石にいなさそうだが、営業の外回りなのか、腕時計をちらちら見ながら小走りするサラリーマンなら見かける。お昼時で出前が多く、人混みを縫うように駆け抜ける自転車、お洒落なカフェの前に集まって談話しているマダム方、いろんな人が、今日も普通に生きてるんだなあと思う。


「うーん……これじゃ時間かかるな」


 ナリタがぼやき、すぐに近くのバス停を覗く。「お、確かアレは協会前まで行ったはず。ジン走るよ」


「えっ」


「早くしないとバスに遅れちゃうよ〜」


「ちょっと⁉︎」


 突拍子もない行動にジンは振り回される。しかし足の速さではナリタに引けを取らない。段々と追いつき、バスに乗るときにはほぼ横一線になっていた。


「やるじゃん」


 バスの中でナリタが褒める。ジンは初めてナリタに勝てた気がして、少し威張るようにニカっと笑った。



 ※



 そして四度目となるメイジャー協会。一度目は試験で来ただけ、二度目は不穏な空気の中、三度目は戸惑いながら来ていたが、今回のジンにはそのようなネガティブな気持ちはなく、自身と期待に満ち溢れた表情をしていた。


「ナリタ様……とジン様ですね。どうぞお入りください」


 受付に言われて中に入る。前回はすぐ会長室に呼ばれたが、今回はそこまで急な用事でもないためか、どこに行けとかいう命令はなかった。


「ここのロビーをしっかり眺めるのも、ジンは初めてかな?」


「そういえば……」


 二度目に来たときも、ちらちらと見るだけだった。今見ると非常に近代的というか開放的というか……とにかくそんな感じで、白を基調としたデザインだ。螺旋形のエスカレーターも近未来感を感じさせてくれる。


 ジンがしばらく周りに見とれていると、横から男性がやってくる。六十から七十前半と思える容姿でお堅い印象。どっかで見たことあるなあ……


「ナリタ」


 聞いたことある声だなと思ったら、メイジャー試験後にいろいろ教えていた人だ。


「チェスターさん。こんにちは」


「昨日頼んだ新しい携帯ができたのでな、渡そうと家に向かおうとしていた。まさかここで会うとは、協会に用があったのか?」


「そんなところです。携帯ありがとうございます」


「次は盗られるなよ」


 終始練れた真面目な声でチェスターは会話し、すぐにナリタのもとを去った。


「あの人……忙しいのかな」


「ああ、チェスターさんは副会長だからね」


「ふっ……副会長?」


「うん。メイジャー協会副会長にして、メイジャーの情報部門を一身に担っている。この魔法携帯マイフォンだって、チェスターさんが具現化したものだ」


「すごい方なんですね……」


「そうだなあ、あの人いなかったら今頃連絡手段とかに悩む人が多かったんじゃないか……と危ない。そろそろみんな集まってるか」


 ぶつぶつ言いながらナリタは歩き出した。「ついてきてね」


 ジンはナリタの背を見ながら歩く。珍しく上階に行かず、一階の通路を進む。やがて『第一作戦室』と書かれた表札が付いたドアの前で立ち止まる。


「それじゃ、準備はいいね?」


 ジンはこくりと頷く。ナリタはそれを見てドアを開けた。


 大きなテーブルに、どこかの地形がホログラムとして立体的に投影されている。それを見ながら何やら議論していた人々が一斉にこちらを向いた。


「お疲れ様です。ナリタさん」


 丸く収まった、濃紺の髪をした男性がこちらに一礼する。「そちらが例の?」


「うん。ジン・クロスだ。よろしく頼むよ」


「……よろしくお願いします」


 自分も挨拶しないといけないことに気づき、慌てて言う。


「子供……? ナリタさんとどちらが上で?」


 低い位置でツインテールにしている、大人な雰囲気の女性が尋ねる。


「僕が一つ上。だからジンは十五……御年十六だな」


 その年齢で御年とか言われても似合わないと思ったが、もちろん口をつぐんでおく。


「本当に戦力になるのか?」


 金髪リーゼントとポンパードール頭に長ランボンタンと、一番イカつい奴がもっともな意見を呈したことに驚いてしまう。やはり人間外見で判断してはいけないと改めて思った。


「それは実戦で分かるさ。どうであれエンフェント族であることに変わりはないからな」


 そしてナリタは、ジンの背を押して少し前に出させる。「まあ、礼儀正しくて親切なやつだから、仲良くしてくれよ。と言うわけで自己紹介、アイスブレーキングの時間とでもしよう」


「そうですね。ジンさん、どうぞこちらにお座りください」


 先程の女性が親切に勧める。


「では、お言葉に甘えて」


 ジンは女性の隣に座り、折角なので今一度自己紹介する「既に紹介されましたが、ジン・クロスと言います。これからよろしくお願いします」


「私はコノハ・エグゼティと申します。こちらこそよろしくお願いします」


 礼儀正しい模範のような受け答えと礼。思わずこちらの頭も下がる。


「コノハ〜それ見てると堅いぞ。アイスブレーキングなんだからもっと楽しく行こうよ」


 横から、金髪短髪の青年がひょこりと顔を出す。「あ、俺はエレン・サンダー。よろしくな」


 エレンは出会い頭に握手を求めてくる。


「エレン、あなたは初対面の人に対して礼儀がなさすぎです。それで当主が務まるのですか」


「なーに大丈夫さ」


 にこりと笑って受け流し、エレンはさらに握手を求めてくる。でも、これはこれで悪い感じはしない。むしろすぐに仲良くなれそうだ。先程の会話から察するに目上の人に対してもやってそうだけど。


「よろしくお願いします」


 快く受け入れる。がっしり握ってきた手はジンより一回り大きい程度で、目上というより先輩のような感じで接することができそうな気がしてきた。


「自慢ではないんだけどさ、俺元素人ステヒオラーなんだよね〜しかも当主」


「……へ、へえ」


 ジンが戸惑ったのはエレンが自慢してきたからではない。元素人ステヒオラーと言うものが何か理解できなかったからである。


「よしなエレン、彼は元素人ステヒオラーを知らないようだ」


 一番初めに声をかけてきた、濃紺色の髪の若い男性が優しく間に入る。


「え? マジで?」


「ええ……実はメイジャーのことはまだあまり知らなくて」


「まー……メイジャーと元素人ステヒオラーは別だが、切っても切れない関係がある。説明しよう」


 若い男性はそのまま喋ろうとしていたところ、肝心の自己紹介を忘れていてはっと気づく。「ああごめん、僕は四十風彼方。カナタと呼んでくれ」


「ヨソカゼカナタ……ひょっとして東洋の方ですか?」


 東洋の人には、こちら西洋とは少し違った文化があるらしい。もちろん細かい部分は国によって大違いではあるが、名を名乗る際は基本的に名字を先に言う傾向がある。名前全体が漢字という複雑な文字で表すことができ、長音符や半濁音をあまり用いないのが特徴だ。


「そう。僕は和国なごみこくの出身でね。コタローさんには会ったかな? あの人もなごみ出身なんだ。西洋風に名前を改造してるけど」


「そうだったんですか。まあ確か顔とかは東洋人にしていたな」


「そうでしょ? と言うわけで自己紹介も済んだし、話題が脱線しすぎる前に話を戻そう」


「はい。お願いします」


 ――元素人ステヒオラーとは、古来では元素と呼ばれた自然物を魔術として扱う家系の総称。その元素において圧倒的な汎用性と火力を誇り、並の魔術師とは比にならない実力を持つ。


「うわあ……すごい人たちなんですね」


「うん。そして僕もその一人、元素人・空の家系ステヒオラー・オゥラノス四十風家当主、カナタ・ヨソカゼだ」


「んでんで、俺は元素人・黄雷の家系ステヒオラー・キトリニブロンティサンダー家当主、エレン・サンダーだ」


「は、はあ……」


 正直名前の前付けが長すぎてよく分からない。あとでちゃんと調べるかナリタさんに聞こうと決心した。


「ちょっと元素人げんそびとの皆さんや、オレが挨拶できないだろうよ」


 出た、不良っぽいのに言ってることはまともな人。決して悪い人ではないのに、なぜか恐怖で体が固まってしまう。


「エンジ・グレーバーだ。よろしくな」


 近くで見ると分かるがでかい。身長二メートル近くありそうだ。


「よ……ろしくおねがいします」


 怯えた姿勢に腑抜けしたのか。ため息をひとつついてエンジは離れていった。そして交代で、ちょび髭の優しそうな、杖をついたジェントルマンが近づいてくる。


「君がジンくんか。私はバルバドム・ラザコフスキー。君のお噂はかねがね、素晴らしい才能の持ち主だと聞いているよ」


 外見に反して渋い声であるギャップに少々驚きを隠せない。


「いえいえ、僕はまだ半人前です」


「フッ、何も経験を積めばすぐに私たちに追いつけるさ。君の活躍を楽しみにしているよ」


 無邪気に期待を込めた表情を見せたあと、バルバドムもジンのもとを離れた。


「……あれ、ゴーストは?」


「ここにいますよ」


「うわっ! びっくりしたー」


 ナリタの背後から、今にも存在が消えそうな薄暗い女性が現れる。彼女は音もなく移動して、ジンの前までやってきた。


「どうも〜ゴースト・ストレンジです〜」


 その消えそうな存在感に似合わない明るい声で話しかけてくる。


「はは……どうも」


 どうもメイジャーには個性的な人が多いな。念の為握手すると、ちゃんと触れることができる。すり抜けたりしたらどうしようかと思っていた。


「それで……ゼロは?」


「……」


「……またか。まあ望み薄かったしな。しょうがないから今いる人たちで話を進めよう」


 ゼロ、と呼ばれた人物のことはもみ消し、ナリタは本題に移る。「君たちは晴れて掃討部隊に選ばれた。しかし実際の作戦内容はそこに人質の救出も含まれる難しいミッションだ。チームプレイがないと必ず被害が甚大になる。そこで、だ」


 ナリタは裏口を開ける。そこ先に広がっていたのは、軽いグラウンドのような広場だった。


「お互いの実力や特徴を知るため、今から模擬戦をしてもらいます! みんな、殺さない程度に殺りあってね!」


「オッケー行くか!」


「なんやかんやでこれやるんだな〜」


「ナリタさんこれ好きですよね」


 ジンが困惑する周りで、すでに慣れたと言わんばかりにみんなが移動する。


「ええちょっと……ええ?」


 誰か僕にも説明してよ。ジンは心の底から嘆いた。

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