第一章 三幕 9.魔術顕現

 プリムラの右腕がじわじわとその長さを増していく。その能力にアギトが悪態をつく。


「単純な能力だな。よくもまあそれで徳まで至れたもんだ」


「ええ、今やってるのが一番基本の技ですからね。そう思うのも当然でしょう」


 軽くあしらいながら、伸ばされた手は防犯カメラに届く。横にある電線らしきケーブルに触れると、プリムラは悩むように唸った。


「このケーブルを切断することはできるのですが、そんなことしたら一発でバレますよね? だから一時的にカメラを止めて、ただの電気系統のトラブルだと思いませたい。私では……ちょっとどうしようもないですね」


「あの……」


 アリアが申し訳なさそうに手を挙げる。「カメラの向こうで監視しているのは……人……ですよね」


「ええ、恐らくは」


「でしたら……私の魔術でなんとかなるかもしれません」


 アリアが静かに手を挙げる。「ただ……」


「ただ?」


「そっぽ向いててください……本当にお願いします……」


「ええ、分かりましたよ」


 アリア以外が壁の方向を向く。フレッドがプリムラを見た。プリムラは少しだけ首を縦に振る。直後に探るような気配。仲間と言えど、陣による監視で不意打ちは防ぐつもりか。


 もちろんその感覚はアリアにも届いている。やはり背を預けるとまでは信用してくれません。私たちはまだ出会ったばかり。だからこそ、あなたの期待には応えてみせます。


――ツボにハマるアイアムユー――


 ※


 「うぅ〜……」


 ひ弱な唸り声を聞いてみんなが振り向く。目線の先にアリアはいなかった。少し目線を下げると、暗い紺色の長い髪が目につく。アリアはそこに、頭を抑えてしゃがんでいた。


「大丈夫ですか?」


 プリムラは近づいて顔を覗き込んだ。見れば、耳までもが真っ赤に染まっていることに気づく。


「ええ……これで……私の能力は発動しました……」


「どういうものなんですか?」


「一時的に相手の意識を乗っ取ります……ただ、私の変顔を見て大笑いするのが条件でして、その……変顔を見た直後の記憶から入ってくるため……こうやって何度も自分の変顔を見ては恥ずかしくなります……」


「へえ……」


 カイは一人頷いた。強ければ強いほど、そのリスクと対価も大きいと聞いていたが、肉体的なダメージとかではなく、突拍子な行動を発動条件とすることもできるのか。



「ダッハッハッハ‼︎」


「どうしたんだ? 何か面白いものでもあったのか?」


 意識を乗っ取ると共に、見張りが複数人であったことに気づく。ここはなんとかして誤魔化さないといけません……


「いやあね? ここに映ってる女が同じ牢の人と口論してて、最終的に泣き出してたからちょっとおもしろおかしくって」


「お前そんなキャラだっけ」


「まあまあ、人の不幸は蜜の味とも言うじゃないか。ストレス発散みたいなものさ」


「そうか。でもちゃんと見張っとけよ」


「分かってますよ」


 そうしてそれぞれがそれぞれの業務に徹する。内心でアリアはほっとした。



「ふう……」


 アリアが落ち着きを取り戻し、みんなの前で立ち上がる。「現在……見張りの思考は私が支配しています……二人の意識を同時に動かすというのは……すごく……難しいので……迂闊に私は動けなくなりました」


「分かりました。見張りの目を奪ってくれてありがとうございます」


 プリムラは軽くお辞儀をした。「後は監視の目をどう掻い潜りますか……」


 そうだ。この牢にはごくたまに監視が来る。防犯カメラだけでも十分だというのにマメな奴らだ。それも定期的ではなく不定期にだ。頻度こそ少ないものの、何か動きがあったらすぐに駆けつけるはずだ。


 陣で探知することも可能であろう。しかしそれだと範囲が狭い。何か行動しているときに、それでは間に合わない恐れがある。


 仲間……仲間が欲しい。ただ戦闘できるだけじゃダメだ。みんなをサポートできる力が必要だ。


 そしてカイは気づいた。


 力が無いなら、自分で創ればいい。


 今の俺にはその素質はあるはずだ。しかし。それが分からない。


 実はもう決めていた。昨晩こっそり練習中、一人で戦える力が欲しいと、自己完結できる能力が欲しいと願った。そして、俺の魔術は顕現してしまった。さらに追加できないものか。


 能力の発展版だ。一人で戦える力に、心強い味方を追加するんだ。そう考えれば、新たに生み出せるはずだ。


「プリムラさん」


 カイがその目をまっすぐ見る。「俺がなんとかしてみせます」


「カイが? だが、君はまだ……」


「きっと、今ならできます」


 触れた魔術は二つから四つに。少ないと思えるが、知見は倍となった。


 鉄格子の前に手を伸ばす。なんの意味があるかは自分にも分からなかった。ただ何か掴み取れる気がしただけなのだ。


 強く念じる。ここで俺が動かなくて何になる。助けとなる、仲間が欲しい。複数人だ。隠密性に長け、独自の意思を持っていて欲しい。これが顕れれば、君たちはこう呼ばれるだろう。いや、そう言われる存在となれ!


「――出でよ。小さな英雄たちリトルレンジャー――」


 カイの体が眩く光る。表面を、黄金に輝くオーラが覆っていく。ひとつ、ふたつと、オーラの球体が浮かび上がり、いくつかの塊に分かれて地面に着陸する。やがてそれは、丸みを帯びた人型へと姿を変えていく。シャキッとしておらず、どことなくほんわかとした、優しい感じの人型となってしまい、本人もびっくりする。だがそんな反応は気にせず、人形は創られていく。


 五体の黄色い人形が生まれ、その中の一つがカイに近づく。歩く音もどこか可愛げがある。そしてソイツは、カイの前で敬礼をした。なんでこんなマスコットみたいな見た目になったのか。カイは自分のセンスを疑った。


「ご命令を、カイ司令」


 想像しがたい渋い声。しかしそれにカイは少し安心した。これで子供や女の声だったら、間違いなく自分を信じていられなかった。


「周辺を偵察し、監視が来たら伝えろ」


「了解です。接近した場合テレパシーで伝えます」


 当然のごとくテレパシーを使えることに驚いた。まあ、無線だと思っていればいいか。


「頼んだ」


 カイが返事をすると共に、五体の小さな英雄たちは散らばった。小さいので鉄格子に引っ掛かることなく、各々が自由な方向へ移動していった。


「すごい」


 その声にカイが振り向いた際、プリムラが肩を掴んで、興奮した様子で迫ってきた。


「素晴らしいよカイは! まだ行法の全てを会得していないというにも関わらず、人型の人工生命体を創り上げるとは! やはり君には魔術の才能があるな!」


「あ、はい」


 なんかこの人、冷静なときと熱血化したときの落差が大きいな。教育肌なのか分からないが。心の底から喜んでいるようだった。


「それで」


 そんなのお構いなしにアギトが声を上げる。「アイツらから連絡は来てるのか」


「あ……いえ、今のところは」


「ならいい。これで大っぴらに行動できるってことだ」


 アギトが少し後ろに下がった。「何をしようか?武器は必要か?」


「ああ……必要っちゃ必要ですね」


「だったら、俺も魔術を使おう」


――M.F.Oマルチドローン――


起動セット


 アギトの周りに三機のドローンが現れる。それらはホバリングして宙に浮いている。


「アタッチメントをつける程度なら、コストもかからない」


 そう言うと同時に、三機のドローンの下部にマジックハンドが現れる。「あとは……」


 三機のドローンは鉄格子スレスレまで近づく。案の定横幅がつっかえそうだ。


「二機で運べたらいいのだが」


 ドローンが一機消滅する。その直後、残った二機の大きさが縮み、難なく鉄格子を通過した。


「ドローンを操る能力ですか……」


「正確にはドローンを生み出して操る。ゲームみたいに召喚コストとその上限も決まってる。だからこうしてやりくりするしかないんだ」


「ですが、汎用性は抜群な気がします」


「……まあな」


 褒められてかアギトが少し微笑んだ。「何度も助けられた」


 その間も問題なくドローンは進み、付近を探索していく。駆動音は現状恐ろしいほど静かだ。これもコストをやりくりした結果なのだろうか。


「……あったぞ。緊急時の武器貯蔵庫だ」


「見えるんですか?」


「視覚共有みたいなものだ。伝達操作マニュアルモードのときはコストフリーの代わりに、魔力消費が若干多くなる」


「なるほど……って」


 プリムラが呆れたように尋ねる。「何故にあなたは自分の能力の詳細を垂れ流すんですか」


「お前はまだ俺を信用していないだろ」


 アギトは淡々と話す。「初手で対立してんだ。そう軋轢が戻るわけない。だが今はいがみ合ってる暇なんてない。だからこうやって能力を開示しておけば、俺が反乱しても抑えられるだろう」


「……」


 プリムラはしばし呆然と眺めていた。


「あと……なんだ、お前ら世代で言えば、味方の戦力は敵以上に知っておくものだろう」


「……はい」


 プリムラは頬を緩めた。「先日は古協会だの言ってしまい。申し訳ございません」


「それはいいんだ。俺は古協会からのメイジャーであることに変わりはない。ただあの行動は、防犯カメラの前でやっていいここでもなかったから引き留めたかっただけだ。仮に魔術師が監視していたらすぐに怪しまれる」


 ……最悪な状況を常に考えろとはよく言うが、それでも盲点があった。私はカイの潜在能力の高さゆえに、好奇心と情熱が用心深さを追い越していた。彼は私を頭ごなしに否定したわけじゃない。起こり得る脅威を未然に防ぐため、冷静に分析し、私たちに忠告していたのですね。


「言葉下手なだけでしたか」


「急に何言ってんだか」


 アギトはため息の合間にそう呟いた。「どれ、もうすぐ武器がここまで来るぞ」


 全員が目を凝らす向こうから、二機のドローンがいそいそとやって来る。


「い、一丁だけ……?」


 カイが口を開けて、運ばれてきた物を見る。やや旧式のアサルトライフルが一丁だけ、二機のドローンに掴まれて宙に浮かんでいる。


「音を立てず慎重に運ぶためだ。いくつも持ってくると武器がぶつかり合ってうるさい」


 冷静に考えれば妥当な意見に、カイは一つ頷く。なんとなく会話を聞いていて分かる通り、この人は常に冷静を保って全体を見渡し、最もリスクが少ない行動を心がけているのだろう。良く言えば軍師、悪く言えば臆病者……と言ったところか。


 鉄格子越しに腕を伸ばし、アサルトライフルをマジックハンドから引き抜く。ぶつかって音を立てないよう、慎重に牢の中に入れ、獄中の地面に置いた。


 俺たちが反抗するための第一歩、武器調達がこれで進み出した。


「問題なさそうだな」


 と、アギトも胸を撫で下ろす。「よし、このまま続けるぞ」


 ※


 そして二機のドローンは何往復もして、マシンガンやピストル、刀剣、そして銃の弾薬などなどを次々と運んだ。


「武器は奥に隠してください」


 プリムラにそう指示され、出番が一切ないフレッドとダイレスが交互に運ぶ。アリアはと言うと、武器が運ばれる光景を目で追ってはいるが、あまり話す余裕はなさそうだ。カイはそっとしておくことにした。


「……あ、そうだ」


 思い出したようにカイが口を開く。「偵察がてらアジトの構造をある程度把握しておいた方がいいですよね」


「そうだね。情報はあればあるほど嬉しい」


「それじゃあ」


――小さな英雄たちリトルレンジャー――


 カイは新たに二体の小人を生み出す。「この基地の構造を調べてくれ。くれぐれも敵に見つからないように」


「了解です」


 小人はビシッと敬礼し、またどこかへ行ってしまった。


「……本当に……便利な、ものですよね……」


 アリアが久しぶりに声を出した。


「もう、声出しても大丈夫なんですね」


「ようやく……コントロールが安定してきました……非魔術師なので……あと一時間は操れそうです……」


「一時間も……」


「魔術師……にやるとなると、効果時間は半減します……ので」


「一時間もあれば充分ですよ」


「ふふ……そう言っていただけると、やっぱり……嬉しいものですね」


 そう微笑んだ表情を見ると、やや丸くなったサクラが頭に浮かんできそうだった。


 そういえばサクラはあの後どこに向かったのだろう。まだ連絡は一切受けていないから、旅は順調なのだろう。もし助けが必要なのに躊躇っているようなら話は別だが。

 しかし一つだけ言えることは、ここの人質にはなっていないことだった。サクラは狙われることなく、俺が人質になったことも知らないで、自分の旅を続けていると思うと、緊迫していた心が徐々に解けていく。サクラにはもう俺なしでも生きていけるようになって欲しいから、俺とはしばらく距離を置いた方が成長には大きな期待が持てる。


 まあ、そうなると俺の情けなさが目立つな。何かあったら連絡くれよと言ったのに、これじゃ俺が連絡する側だ。恥ずかしい。


 カイが一人で赤面していたところ、突然脳内に誰かが呼びかけてきた。


――カイ司令、銃を所持した監視と思わしき人物が牢に接近中です――


 テレパシーってこう言うものなんだなと思いつつ、自分もテレパシーを使えないかと念じてみる。


――分かった。どれくらいで着きそうだ――


――恐らく二分程度かと――


 テレパシーでの交信は上手く行った。確かにこれは便利だな。


「プリムラさん、あと一分半程度で監視がやってきます」


「分かった。今日はここまでとしましょう」


「了解した。すぐに引き返す」


 アギトがドローンを戻す。かろうじて最後に持ってきたのは弾薬だった。それをダイレスが受け取り、奥に持って行く。


「まずい……!」


 突然アリアが逼迫した声を上げる。


「どうしました?」


「別の見張りに……あの……画面を見られました……」


「見張りは一人じゃなかったのか!」


「すいません……! 操って……ると……会話も困難で……」


 暴言を吐きたげな表情でアギトが頭を掻く。「それで? 現状どうだ?」


「武器……とは断定されてませんが……怪しいと……監視に、調べろ……と連絡……してます」


 その場にいた全員に緊張が走る。


「調べろって、多分牢の中まで入って来るぞ」


「あの武器をこれ以上どう隠せと言う」


「とにかく、落ち着いて考えましょう」


「いや、落ち着いてはいられない」


 アギトが反論する。「監視はもうそこまで来ている」


 大人陣が揃って慌てる中、カイがその全ての発言を一蹴した。


「大丈夫です。俺に任せてください」


 不思議そうな目でこちらを見てくる。


「本当になんとかできるのか?」


 アギトが念を押して尋ねてくる。俺は自信を持って答える


「はい」


 アギトがプリムラに目配せする。プリムラは頷き、


「カイ、頼んだ」


 そう一言だけ告げた。

 そして俺は武器が置いてあるところに向かう。きちんと一ヶ所に集められている。これなら上手くできる。


 本来これだけのはずだった、俺のメイン魔術。小さな英雄たちリトルレンジャーを追加したせいで弱体化していないか、無事に発動できるか心配ではあるが、やるに越したことはない。


――武器庫ポケット収納クローズ――


 青い魔法陣が現れる。それは滑るように武器の山を飲み込み、ものの数秒で大量にあった武器は消えてしまった。


 自然すぎる新魔術の行使、そしてあまりにもあっけない問題解決解決。新参者がこれを行ったこと。カイ以外は開いた口が塞がらなかった。


 しばらく突っ立っているところに監視がやってくる。二人組だ。恐らく中を調べるとなってから一人追加されたのだろう。報告と違い、沈黙に包まれ、誰一人として動かない異様な空気に怯む。


「ろっ牢の中を点検する」


 困惑しながらも監視が一人、牢の中に入る。くまなく捜索したが、怪しい物は一つも出てこなかった。


「なんもない」


「そうか」


 軽く睨んだ後、二人の監視は揃ってその場を去る。足音が遠ざかったところで、全員が安堵の息を漏らした。


「カイの魔術がなければ……どうなっていたことか」


「しかし、まさか二重属性魔術師バイマレフィシャルだったとは」


「なんですかそれ」


「二つの属性の魔術を同時に所持する魔術師のことだ。リトルレンジャー……? それが顕現型魔術で、今使った魔術が倉庫型魔術」


 フレッドが簡潔に説明した。


「なるほど……」


 その○○型がなんなのかはよく分からなかったので、また今度教えてもらうとしよう。と言うか、二つ持つだけでこんなにチヤホヤされるなら、三つ持っていた場合どうなってしまうのか……


 考えている間にも、話は進んでいく。


「もう……操る必要はないですか……? でしたら……私は能力……解除しますが……」


「ええ、ひとまず今日の作戦は終了しましょう」


 プリムラがそう宣言すると、一斉に緊張が解ける。アギトが大きく伸びをした。


「これで、第一歩だな」


 そう、俺たちはまだ一歩だけ踏み出したに過ぎない。俺の頭の中にある計画はまだ沢山残っている。最終的には協会と結託し、外と内の両方から吸収することを理想としたい。


 先は長い。鍛錬を続けながら、そのときをじっくりと待とう。

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